第五十ニ話 暴風との激突
「ずるい! 一度に何発も魔法を放つなんて!」
「何言ってやがる。初級魔法の数までは制限されてねぇよ【タービュランスシクル2】」
乱気流の矢をすんでのところで躱した直後に間髪いれずに次の手を打ってきた。
横回転する二本の乱気流の鎌。
「ぐぅっ!」
腕を掠める軌道の一本を盾で受け止め、同時に斜め後ろに飛ぶ。
なんとか上手く受け流すことができた。
「よく受け止めたなぁっ! 削り取られても可笑しくなかったぞ!」
何が可笑しくのかよく笑う。
手応えからもわかっていたが、盾の表面に無数の傷こそ刻まれているが、一撃で壊れる様子はない。
やはり金属製の重い盾だけあって耐久力だけはある。
「【タービュランスアロー3】、ほら反撃してみろ」
避けるたびに訓練場の地面に穴が空いていく。
乱気流魔法は風魔法と違い、威力には優れるが隠密性には劣るようだ。
《ウィンドアロー》がほぼ透明な空気を矢に変えて撃ち出すのに対して、《タービュランスアロー》は濃い緑の乱気流を矢に変えて撃ち出してくる。
それに、魔法を展開した段階で荒れ狂う風が音をたて、その存在を主張してくれるお陰で少しは躱しやすい。
ただ、それでも当たれば削り取られ、大ダメージを負うことに変わりはない。
(アイツ……口先だけじゃなかったな。初級魔法だけでも本気で私たちに勝つつもりだ)
ウルフリックの右の手の甲には二重刻印が刻まれている。
天成器は第三階梯以上だ。
実力差はほとんどない、それどころか相手の方が強いかもしれない。
連続して放たれる乱気流の矢の嵐をときに避け、ときに盾で受ける。
「くっ……」
だが、やられてばかりではいられない。
模擬戦用の盾はありがたいことに、付属していた腰ベルトに吊るせるようにフックがついている。
手早く装着すると迫る魔法の合間を縫う反撃の一矢を射る。
「無駄だ。【タービュランスシールド】」
狙い澄まして射った矢は、荒れ狂う乱気流の盾に命中した途端瓦解した。
障壁魔法だけあって外部からの攻撃には強いのか?
追加で射った矢も、なんの影響も与えられずことごとく瓦解していく。
……あの盾はマズいな。
一切の攻撃が通じない上に、渦巻く風は接触すればこちらがダメージを受けることになるのは明白だ。
ミストレアでないため《矢弾錬成》で矢の補充もできない。
ここからは慎重に使わないと攻撃手段を失う。
「魔法因子が使えねぇのが残念だ。もし使えるなら俺の《サーキュラー》で切り裂いてやるのに」
「何言ってるの!?」
マルヴィラが切り裂かれ傷つく光景を想像したのか慄く。
「冗談だよ、冗談。そんなことしたら『外れ野郎』が真っ二つになっちまう。そんな残酷なことしねぇよ」
軽薄さを感じさせていたウルフリックは、一転して真剣な表情を見せる。
「オレはルールは守る。それに殺すつもりもさらさらない。ただお前の強さを知りたいだけだ。本当にお前が噂ほど強いのかを……」
確かに、いままで顔面を狙ってくるようなことはなかったな。
どれも手足を狙った攻撃で、急所は狙ってこない。
……まあ、それを差し引いても乱気流魔法は威力が高すぎるとは思うが。
「ゲインが使えねぇから仕方ねぇな……この貧弱な槍で我慢するとするか。――――今度はこっちからいくぞ」
いままで一歩も動かず魔法を放っていたウルフリックが模擬戦用の槍を片手に突進してくる。
その速度は速い。
槍の石突近くを握ると半円を描くように薙ぎ払う。
時折突きを織り交ぜながらも、回転させた槍で領域を築くように穂先を振り回す。
「逃げ回ってもオレには勝てねぇぞ!!」
(あの間合いの長さは厄介だ。迂闊に近づけない)
「っ……【タービュランスアロー】」
コイツっ、槍の突きに魔法を合わせてくるのか!?
「うわっ!?」
イクスムさんと同じ魔法と接近戦を合わせた戦い方。
槍の軌道だけを見ていたのでは、魔法の展開を見逃してしまう。
構えた盾に当たったから良かったものの運が良かっただけだ。
くっ……魔力を感じ取れないのがこれほど不利と感じたことはない。
だが……。
「たぁっ!」
「くっ」
槍の穂先を盾で勢いよく弾き返す。
魔法を受け流すのは難しいが、物理攻撃なら何度も盾で受けてきた。
「やるな」
互いが近づいたことで、戦いはむしろ激しさを増した。
薙ぎ払われる槍を盾で受け流し、至近距離から矢を放つ。
一方でウルフリックは槍術と魔法を組み合わせ、隙をなくした連続攻撃。
互いの攻撃が虚しくも空を切り、一進一退の攻防が続く。
「ここまで苦戦するとはな。だが、初級魔法も使い方次第だ。……【タービュランスボール】」
「なっ!?」
「……魔力支配域を操作すれば、魔法を使い手から離れた上空から放つこともできる」
落ちてくる。
(クライ!!)
咄嗟に横に飛んだお陰でダメージは最小限で済んだ。
乱気流を球状に形成した魔法。
真横の地面が乱気流の球が炸裂したことで大きく陥没している。
接近戦をしながら、視界外の上空に魔法を展開したのか……。
(どうするクライ、悔しいけどアイツは強い。……このままなら……)
狩人は冷静であるべきだ。
準備をし、息を潜め、機会を伺い、決めるべきときを見定め決める。
冷静に考えれば勝ち目は薄いだろう。
熟練した狩人なら次の機会を伺うため、苦渋を飲んででも撤退する場面だろう。
だが、許せるのか?
家族を馬鹿にされた相手にただの一矢も報いず負けるのが許せるのか?
冷静でいられるのか?
「……身体強化」
「これで終わりだ。【タービュランスシクル3】」
横に並んだ三本の乱気流の鎌を高めた身体能力で瞬時に潜り抜ける。
「なっ!? お前、身体強化だと!?」
「……これも別に制限されていないだろ」
「ぐっ」
盾を前面に構えてこちらから突進する。
槍を振り回し軌道をズラそうとするが、その程度では動くつもりはない。
「おおぉぉぉおーー!!」
「ぐあっ!」
ただの突進でも身体強化を施した突撃だ。
残念ながら倒れはしなかったが、それなりにダメージはあったはず。
「ぐぅ、クソっ! 【タービュランスアロー】!!」
この至近距離でそれは悪手だ。
「その魔法も、もう見慣れた」
「は?」
何度もみれば対処も思いつく。
といってもただ力任せに盾で弾くだけだ。
ギンッと甲高い音が鳴ったと同時、明後日の方向に飛んでいく。
「そんな簡単に……?」
簡単じゃない。
アレクシアさんのスキルがなければこんな芸当はできなかっただろう。
「まだ、オレは負けてねぇ! ……【タービュラン……、うぅっ」
「それも、もう見た。上空に魔法を展開するにも時間がかかるんだろ。……身体強化していればその間に射抜ける」
魔法の展開前に潰せば問題ない。
残り少ない矢を三本纏めて放った一撃はウルフリックの脇腹にぶつかる。
矢じりがないため刺さりはしないが、衝撃は受けてもらう。
よろけるウルフリックだが、まだ決着は着かない。
もはやお互いに限界だろう。
緊迫した空気が辺りを包み込む。
……次が最後の衝突だと、なぜかわかった。
ウルフリックは槍を地面に突き刺し両手を前に突きだす。
身体強化した俺の速度を捉えるための一面を埋め尽くす攻撃。
「これで最後だ! 【タービュランスボール4】!!」
いまだっ!!
「なっ!? 盾を投げる!??」
この機会を待っていた。
魔法の展開で足が止まり、攻撃がくるとは微塵も考えていないこのときを。
「タ、【タービュランスシールド】」
即座に展開された乱気流の盾。
だがそれは、水魔法や土魔法とは違い質量のない盾だ。
投げつけた盾は闘気で強化してある。
重量も相まって乱気流を突き破りウルフリックに直撃する。
「ぐあぁっ!!」
あとは道を確保するだけだ。
同じく闘気で強化した矢で、乱気流の球の着弾前に空中で炸裂させる。
倒れて仰向けになったウルフリックを足蹴にして馬乗りになる。
首元に至近距離から矢じりのない矢を突きつけた。
一方で俺の脇腹にもいつの間にか槍の先端が突きつけられている。
盾のぶつかる最後の瞬間に手にとっていたのか……。
「あ〜、そこまで! これ以上は殺し合いになる。これで終わりだ」
レリウス先生の合図で模擬戦は終わりを告げた。
「引き分けか……」
「……引き分けじゃねぇ……オレの負けだ。クソっ、ミリアになんて言えば……」
ミリア?
ウルフリックは立ち上がると、踏みつけた場所を叩いて土を落とし、真剣な表情で向き直る。
「……お前、強いな」
「いまさらなんだ。戦いを吹っ掛けてきたのはお前の方だろ」
「……それについては謝る」
「そんなことはどうでもいい。俺の家族を馬鹿にした。それが俺には許せない」
「そうか……天成器が家族か……」
「なにか可笑しいか?」
「可笑しくなんてない。ゲインも俺にとって家族同然だ。……悪かったな、お前も、お前の天成器も……その、済まなかった」
深々と頭を下げて謝るウルフリックに毒気を抜かれた感じだ。
なんでこんなに急に態度を変えたんだ?
(ははっ、クライのあまりの強さにひれ伏したということだろう)
(そんなわけないだろ)
ミストレアの戯言に呆れ混じりに返事をしていると、レリウス先生がクラスメイト全員を集めて話しだす。
「あ〜、皆参考になっただろうが、さっきの模擬戦のように魔法が使えずとも、戦い方次第でいくらでも善戦することができる。勿論魔法を覚えれば取れる手が増え、戦いの幅が増す。お前たちがどういった戦い方を選択するにせよ、彼奴等のように戦えるようになるには一歩一歩前に進むしかない。授業はしっかり聴くように」
これって結局レリウス先生の思惑通りに終わったってことなのか?




