第四十八話 クラスメイト
俺が通うことになったトルンティア王立学園は、十四歳で入学し、十八歳で卒業する四年制をとっている。
一学年に三クラス、クラスの平均人数は十五人。
実際は俺の入学した編入試験もあるためクラスごとの人数はこの数字より大きくなるらしい。
ここが地方の各都市に存在する学校と異なるのは、学園の敷地内に複数の施設を内包するからに他ならない。
王国の中でも最大の面積を誇り、実戦を想定した模擬戦も可能な訓練場を備え、全校生徒が揃って観戦できる闘技場に近い構造の施設まである。
学生たちの寮はもちろん、教員の先生のための寮、外部からの驚異に対応する警備の人たち、普段は学園の清掃も行う通称“掃除人”の宿泊施設も完備されている。
学生食堂では国と冒険者ギルドの支援によって学生なら無償で飲食もできてしまうのだから驚きだ。
生徒は王国中から集められた選りすぐりの実力者たち。
多くは出身都市の推薦を受けてここを訪れ、厳しい入学試験を受けることになる。
いまこの教室に集まっているのもその中から合格した十五人。
途中参加の俺を含めて十六人。
そんな将来有望な学生たちに囲まれる中で問題が一つ。
「ねぇ、エクレアちゃんのお兄さんっ」
これだ。
同い年のはずなのにクラスのほとんど全員がエクレアの兄としてしか呼んでくれない!
エクレアが学園に通っているのは認識していた。
母さんも俺が屋敷に滞在している間に兄妹で顔を合わせられるように学園は休ませたと言っていた。
イクスムさんも学園の内情に詳しく弓の天成器を所持していることで不利益がないか心配してくれていた。
ヒントはそこら中にあったはずなのにまったく予想できていなかった。
――――まさか、妹と同じクラスになるなんて!!
「あれ〜、聞こえてる?」
……マズい、人前だというのに思わず物思いにふけってしまった。
「……すまない、考え事をしていた」
座学の授業の終わりに、小首を傾げて尋ねてきたのは王都のパン屋の一人娘だと言うマルヴィラ。
明るく人当たりのいい性格で、俺のような編入組の生徒にも積極的に話し掛けてくれる。
「今日この後の実技の授業、一緒に受けない? 多分何人かでグループを作ると思うんだぁ。せっかくだからエクレアちゃんのお兄さんとも組んでみたいし、ね、一緒に受けよっ」
マルヴィラのふわふわとした癖っ毛が目の前で揺れる。
そこに突然甲高い女性の声が飛ぶ。
「マルヴィラ! なぜこんな奴を誘うの。誘うなら他にもクラスメイトはいるわ。よりによって編入してきたばかりの性格もわからない相手と一緒に授業を受けるなんて!」
その声はマルヴィラの腰に備え付けられた白銀の短棍から聞こえていた。
「ごめんね、エクレアちゃんのお兄さん。シャリりんはちょっぴり心配性なんだぁ」
「な、わたしはその男がマルヴィラの優しさにつけ込んでなにか仕出かすんじゃないかと……」
「わかってる。私が騙されないように警戒して欲しくて強く言ってくれたんだよね。でも、きっと大丈夫だから」
「ぅ〜〜」
マルヴィラになだめられると最初の勢いは急激になくなり、すっかり意気消沈してしまった。
それがなんだか不憫に思えてつい言葉をかけてしまう。
「……シャリりんさん、その……」
「シャリりんなんて呼ばないで! わたしはシャーリーよ!」
ではなんて呼べばいいんだ。
最初のステップで躓いてしまった。
「シャリりんはあだ名なんだぁ」
マルヴィラが補足で説明してくれる。
「あなたなんかに馴れ馴れしく呼んで欲しくないわ。シャーリーと呼んで!」
「わかってる。特別なあだ名だから大切にしてくれているんだよね」
「……その呼び方で呼んでいいのはマルヴィラだけなんだから」
うん、なんだろうこの二人……忙しい。
かろうじて聞こえるくらいのか細い声で返事をするシャーリーさん。
それを笑顔で見ていたエクレアがこちらに視線を移す。
「エクレアちゃんのお兄さん。シャリりんはちょっと言葉はきついときがあるけど、根は優しくて心配性なだけなんだぁ。本当に仲良くなりたくないなら、名前も呼ばないでって言うはずだから、これからゆっくり仲良くなっていってね」
「あ、ああ」
「勘違いしないで! わたしはいつでもあなたを見張っているんだから」
「わかってる、わかってる」
「……もう、本当にわかってるの」
グループに誘ってくれたのは嬉しいけど、なんだか少し疲れたな。
返事をする間もなく、会話が進行していてあんまりついていけないからか?
そんな内心などどこ吹く風のマルヴィラは、ふらっと近くの席までいくとそこに佇んでいた人物の腕を強引に引っ張る。
「いま同じグループ募集中なんだぁ。ほらっ、セロ君も一緒に行こうよ」
「え、僕は……」
マルヴィラが強引に連れてきたのは研究棟にいく際に気をつけるように忠告してくれたセロだった。
ミストレアが気弱と称するように、どうやら彼は一人で授業を受けようとしていたようだ。
腕を引っ張られて慌てた様子だが、本気で嫌がっていないようなのでどこか安心した。
セロは人に話し掛けるのが苦手なのか、誰に対してでもおどおどとした態度だが、実は研究棟に向かう間際には一緒に行こうと提案してくれた勇気ある一面もある。
「あの……その……お兄さん、よろしくお願いします」
「……あ、ああ」
……お兄さん呼びは変わらないな。
「……兄さん、私も一緒でいいですか?」
そっと近づいて来て提案するのは学園の制服に身を包んだエクレア。
俺とは一歳違いのエクレアがなぜここにいるのか。
答えは単純だ。
エクレアは僅か十三歳ながらも学園に実力を認められたと言うこと。
このトルンティア王立学園には各都市の学校と違い、王国と冒険者ギルドからの支援を受けている背景がある。
そのため受験の際の募集要項も僅かに違い、十四歳に届いていなくとも実力が伴えば入学できる。
エクレアはなにも悪くない。
呼び名に関して言えば、彼女にも想定外だったろうし、なにより担任であるレリウス先生の方が問題だろう。
編入して間もなくの自己紹介のときに、エクレアの兄として、お兄ちゃんと呼んでやってくれとわざわざ皆の前でいうのだから。
……レリウス先生いわく、編入組の生徒は一ヶ月近く入学が遅れるため、クラスに馴染めない生徒も多いからそのためだと、後でこっそり教えてくれたが……なんとも言えない。
こちらをじっと伺うエクレアは、普段の無感情の表情の中に不安そうな感情が見え隠れしている。
「……気にするな。皆一緒に受けよう」
「……はい」
少し表情が和らいだ気がした。




