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第百八十五話 削り合う攻防

遅くなり申し訳ございません。



(私たちに援護するといっておきながら最前線にでてくるとは……アニスは大胆だな)


(だけど、アニスだけに戦いのすべてを任せる訳にはいかない。……それにアイツがこれで終わるとも思えない)


 火の華の咲く戦場。

 火魔法と鞭の天成器フーラを巧みに操るアニス。


 鞭の軌道は自在であり、二m前後の長さはそのまま彼女の魔力支配域でもある。


 意識の間隙をつく連続した攻撃に、反撃の機会のないロディアス。

 しかし、ヤツの目は苦痛に揺らぎながらもいまだ輝きを失っていない。


「何度も何度も、うっとおしい! ……【グレイシャースパイア】!!」


「アニス、危ない!」


「きゃ!?」


 初級突撃魔法、《ニードル》より遥かに長い射程。

 アニスの鞭を引き戻す瞬間、呼吸が乱れていたところを狙いすました一撃。

 ロディアスの前方の空間から、先端の尖った四角く角張った魔法が、アニス目掛けて急速に伸びる。


「ぐっ……」


 これは――――上級突撃魔法、《スパイア》!?


(規模はまるで違うが、王都の時計塔を縮小して長く引き伸したかのような、地面に水平に伸びる尖塔の魔法。氷河魔法の頑強さもあって受け流しきれない……)


 防御に用いたのが表面に刃のついた盾、一刃の盾だったからなのか、氷塊の尖塔に押し退けられ体勢が崩れる。

 すぐに立て直そうとするがその隙を見逃すロディアスではなかった。


 口の端が僅かに歪む。


 円環杖を握っていない左手を、斜め後方に振り上げるように高く掲げる。


「相性が悪い? 関係ない! すべてまとめて叩き切ってやる! 【大風鱗鮫:襲鋸切】!!」


「なに!?」


 左手の延長線上に出現する緑風でできた長大な両刃のノコギリのようなもの。

 いやそれは本当にノコギリなのか?


 平べったい全体は先端にいくにつれ細くなり、本来押し引きすることで物を切断する山型の刃は、等間隔に配置された棘に置き換わっている。

 魚の骨にも似た……余りにも歪なノコギリ。


(この位置、クライとアニスを同時に攻撃するつもりか!?)


「不味い……二人の救助を、オーニット!」


「……【ウォーターカッター・クイック3】」


「また《クイック》を加えた魔法か! その程度簡単に防げるぞ、【グレイシャーシールド】。そこで大人しくしていろ! 【グレイシャーボール・ホーミング5】!!」


 俺たちの元へ駆けだそうとしてくれていたオーニット。

 しかし、殺到する五つの氷塊球体に出鼻を挫かれる。


 ……援護は期待できないか。


 ロディアスの振り降ろした左手に追従するように動く緑風のノコギリ。

 五m近いリーチは俺とアニスを纏めて両断するには十分な長さ。


 以前までの俺ならアニスを背に庇いつつ盾を構え、蹲ることしかできなかっただろう。

 だが……。


「――――【マナシールド9】!」


「なに!?」


 いまは違う。

 新たに習得した初級障壁魔法、《シールド》。

 一枚一枚の障壁は純魔魔法の特性から決して強度は高くない。

 だが、魔力消費の少なさと同時に複数展開できるのは明確な強みだ。


 振り下ろされる緑風のノコギリの動きを阻害するように、九枚の月白の盾を配置する。


「これぐらいの軽い盾などっ!!」


(押し切られる! クライ!)


(わかってる!)


 一瞬の停滞。

 だが、それで十分だ。

 アニスの手をとり射程外へと脱出する。


「チッ、だが……」


(っ!? マズい、あのノコギリも破裂するのか!?)


 ミストレアの警告、

 そうだ、あれもエクストラスキルで展開した技なら――――。

 

 もう一度シールドを展開しようとして止める。

 なぜなら……。


「……【アースウォール3】」


「ふぅ、なんとか間に合ったな」


 安堵した溜め息を吐くハバルクードさん。

 爆風は三重の土の壁に阻まれこちらには届かない。

 

 あの追尾する五つの氷塊球を突破してきてくれたのか、助かった。

 追撃を警戒する二人に礼をいい、若干疲れた顔のアニスと共に戦場の中心から一旦距離をとる。


「アニス、怪我はないか?」


「うん……大丈夫。ちょっと感情的になって前にですぎちゃった、ごめん」


「いや……無事ならいいんだが。それにしても……フーラの話してくれた通りアニスは強くなったんだな」


 ロディアスを圧倒していたとはいえ、あれだけ行動を先読みして攻撃し続けることは至難の技だ。

 フーラが自慢げに彼女のことを褒めていたのも頷ける。


「へへ、まあね。目線の読み方とか感情の動きとか、些細な魔力の変化とか、お母さんに行動の起こりはどういったときに起こるのかいっぱい教えてもらってたから。だからなんとか戦えた。といってもまだ中級魔法までしか使えなし、フーラの第三階梯の能力も上手く扱えないから、威力のある攻撃はできないんだけどね」


「ふふふ〜、でもでも、アニスの実力ならあのイヤ〜な人相手でも通用するって信じてたよ〜」


「うん。ありがとう、フーラ」


 使い手の活躍により一層誇らしげに笑うフーラにアニスも微笑み返す。


 しかし、やはり彼女は疲れているようにも見える。

 さっきまで大分呼吸も乱れていたし……ずっと動きっぱなしだったのが堪えたのだろうか。

 傍目からみても戦闘中の彼女の集中力は凄まじかっただけに、疲労が溜まっていてもおかしくない。

 それに彼女は、どことなく落ち込んでいるようにも……。


「ん? あ〜、やっぱりクライにはわかっちゃう、かな」


 次の瞬間アニスが浮かべたのは淋しそうで悔しそうな表情だった。

 

「さっきまでの戦い方がなんとか上手くいったのはあのロディアス? って人が怒っていて感情を顕にしていたからだよ。あと、あんなふうに密着された状態の戦いはあんまり慣れてないんじゃないかな。だから圧倒的に弱いわたしでもなんとか形だけは戦いになった。……でもあの人、強い。実際に目の前で相対するとわかるよ。触れる相手は全部傷つけてやるっていう殺意をすごく感じる」


 短杖の形に変形し直したフーラをぐっと握りしめるアニス。


「多分もう一回同じことをしてもいまのわたしじゃ通用しない。あれはたまたま上手くいっただけで今度は力づくで押し退けられちゃう。丁度クライが助けてくれたときみたいに」


「でも……ここで退く気はないんだろ?」


「……うん、まだ魔力も残ってる。今度はちゃんと援護に徹する。だからまだわたしも一緒に戦わせて」


 決意の籠もった視線。

 ああ、もうアニスの意思が硬いのはわかってる。


「吹き飛べ、【グレイシャーシリンダー2】!」


「行け! オーニット!」


「……【アーストマホーク5】、【アーススラッシュ2】」


 戦場の中心ではオーニットとロディアスが一進一退の攻防を繰り広げている。


 空中を飛び交う土と水、そして氷塊の魔法。

 どちらも実力者だけに中々決定打となる攻撃はないが、互いに身体に刻まれる軽い傷は徐々に増えていっている。


 “黒陽“は相変わらずか……。

 飄々として掴みどころのない相手、アニスを人質に攫ったのはこの男らしいが今回の騒動にはあまり積極的には見えない。

 そして、いまのところ戦いに手出しはしてきていないが、それもいつまで大人しくしていてくれるかはわからない。


 ロディアスは強い。

 はなからわかっていたことだが、エクストラスキルの加わった戦闘は実力者差を多々感じるものだった。


 しかし、いまやロディアスの表情には最初にあった余裕はない。

 アニスの大胆だが自身の天成器を巧みに操った連続した攻撃が、オーニットの切れ味鋭い緩急のある攻撃が、ヤツの体力を確実に蝕んでいる。


 ……決着が近づいていることを感じる。

 ここからの戦い方次第でどちらとも優勢になるかわからない状況。


 だが、負けられない……負けたくない。


 アニスを人質にとるようなヤツに、家族を危険に晒すようなヤツに。


 俺はおもむろにマジックバックへと手を伸ばす。

 そこから取りだす道具はこれからの戦いに必要だと直感したもの。


「……使うのか?」


「ああ」


「ふっ、在庫は山程ある。確かにいまがそのときだな。……アニスが自分のできることを精一杯やってくれたんだ。今度は私たちの番だ! 見せてやれ、クライ! 私たちの、私たちしかできない戦いを!!」


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