第百八十二話 慧導の魔眼
路地裏の暗がりにも慣れた頃、ハバルクードさんを通じて俺たちが急いでいた理由を伝える。
幼馴染みであるアニスが攫われ人質となっていること、ここからまだかなりの距離がある第一障壁南門近くを登った先へと向かわなくてはいけないこと、手紙に記された要求ではこの件を身近な者に知られないようにしなければならないこと。
気づけば俺は差出人不明の手紙から始まった一連の出来事を、赤裸々に打ち明けていた。
……俺も誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
要求に従えば頼れる人はおらず、手紙を読んだ俺を不審がるイクスムさんや心配そうな顔を浮かべるエクレアにも誤魔化すしかなかった。
それに、アニスを救出するにしてもミストレアと二人きりで用意周到に待ち構えている相手に万全に対処できるかは不安が残る。
アニスは大切な幼馴染みだ。
勿論救出には全力は尽くす。
だが……相手の思惑が不明瞭な以上一筋縄ではいかない場合もある。
焦りばかりが先行してどうしても冷静でいられなかった。
そんなときに出会った二人。
彼らが敵対する者でないと知って俺は少しばかり安堵していた。
「そう、だったか。険しい雰囲気だと思ったがそんな状況だったとはね。呼び止めてすまなかった」
さっき会ったばかりなのに自分のことのように心配してくれるハバルクードさん。
彼の声からは心から俺たちを労う響きがあった。
「ハバルクードだったか、お前の使い手はなぜこんなところに? 私たちのように特別な事情はないだろう。なぜクラス対抗戦を放りだしてきたんだ」
「……」
「ああ、そちらの事情から先に聞いてしまったからね。俺とオーニットがここにいる理由も説明させてくれ。勿論そこに至った経緯も」
無言のままのオーニットを半ば無視してハバルクードさんが理由を説明してくれる。
「まず初めに魔人の眼が特別なものだということは知っているかな?」
「眼、ですか?」
魔人の角には魔力を察知する能力が最初から備わっていると聞いたことがあるけど、眼?
「魔人には種族的な特長がある。有名なのは頭部から生える角だ。これは外見からでもすぐに判別できる最も大きな特長だね。大体十歳前後から生え始めるこの角は魔力察知能力に優れ、魔力察知、魔力支配、魔力操作などの魔力に関係するスキルを成長と共に自然と習得できる」
「!?」
魔力関係のスキルを修練なしで……俺が魔力を感じとるのに苦労していたのが嘘みたいな話だな。
「この角は魔人の中でも血筋によって形状が変化する。オーニットが天に向かって伸びる角を持つように、ねじ曲がった角やカクカクとした直角を描く角をもつ魔人も存在する。ああ、それと注意しておくと魔人の角を動物の角に例えるのは止めたほうがいい。特に本人の前ではね。大抵の魔人は侮辱されたと感じて激怒する」
そ、そうだったのか。
アルレインの街では魔人は見かけたことがなかったし、王都でも街中を歩いている魔人はほとんどいない。
魔人の知り合いで普段から接する機会が多いのはケイゼ先生くらいだけど、角が羊に似ているかな、なんてちょっとだけ思ったこともあるけど……直接伝えなくて良かった。
「話が逸れたね、本筋に戻そう。魔眼は魔人が開眼する特別な眼のことだ。そしてそれはステータスにエクストラスキルとして記される」
「エクストラスキル……」
「魔眼を由来するエクストラスキル。能力は個人によって様々、攻撃に使えるものから防御まで、あるいは補助的な効果まで。天成器が第四階梯で習得するエクストラスキルや生まれつきステータスに記されるエクストラスキルのように多種多彩な能力がある。しかし、魔眼に開眼しエクストラスキルを習得する条件は不明だ。……ただ開眼している者の多くは高レベルの冒険者だという。稀に生まれつき開眼している者もいるらしいけどね」
なら、オーニットはどちらなのだろう。
実力者だとは聞いたけど、エリオンからは魔眼の能力なんて聞いたことがない。
戦闘には使わない?
あるいは学園では隠しているのか。
「そして、オーニットの魔眼に由来するエクストラスキル。それは――――《慧導の魔眼》」
「慧導……?」
「端的にいうとこの魔眼はスキル所持者にとって良い運勢の方向を見極める。いや、導くといった方がいいかな」
「なんというか……少し地味だな」
「言おうとしていることはわかるよ。具体的には迷子や落し物を見つけたり、道に迷ったときに目的地に導いてくれたりする」
「能力も地味だな!」
「だが、この魔眼の指し示す先に幸運が待ち受けていることは間違いない」
「む……」
幸運……ハバルクードさん曰く必ずしもそれは金銭や物品といった形のあるものだけではないらしい。
得難い経験、天啓のような気づき、不足した要素を補う体験。
一見なんの変哲もないことでも、思い返せば回り回って自身のためになっていた。
魔眼に導かれし先にはそんな不意の幸運も含まれるそうだ。
「そして、《慧導の魔眼》の対象は人である場合もある」
人……オーニットがこの場にいたということはその対象は……俺?
「…………魔眼はこの場にオレを導いた。そして、クライ・ペンテシア、お前を助けろといっている」
オーニットの漆黒の瞳が俺を射抜く。
人気のない路地裏で不意に出会い互いの事情を話すこととなった奇妙な関係。
ただ、オーニットの揺るがない眼差しからは不思議とそれが嘘ではないと信じられた。