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第百八十一話 慟哭と暗がりの出会い


「遅いぞ! オーニット、お前、いままでなにをしていた!」


「……」


「このっ、黙ったままではわからないだろ! お前が中々こないせいで、クライに万が一のことがあったらどうするつもりだったんだ!!」


「…………」


 ミストレアの糾弾にも一瞥するだけで意にも介さないオーニット。

 不満からか悪態をつく彼女は、その冷淡にも見える態度にさらにヒートアップしているようだった。


「膨張し続ける風の大鮫が展開されたとき、あのときだって助けにこれたはずだろう! なぜこなかった!」


「…………あの程度で人は死なない」


「コイツっ……」


「まあまあ、落ち着いてくれ。ミストレアさん。オーニットも悪気があって助けに行かなかった訳じゃないんだ。アニスさんを救出するベストなタイミングを測ってただけなんだよ、な」


「……」


 オーニットの天成器ハバルクードが必死に使い手を擁護するが、当の本人は聞いているのかいないのか。

 

 うん、出会ったときにも感じたがやはり意思の疎通が難しいな。

 エリオンは孤独を好む人物といっていたけど、無口にしたってちょっと度がすぎないか?

 割となにを考えているかもわからないし。


 取り敢えずオーニットに突っかかるミストレアは一旦置いておいて、まずは拘束されていたアニスの手足の縄をナイフで切り落とし、猿轡で封じられていた口を開放する。

 目立った怪我はないな……良かった。


「……アニス、ごめん。遅くなった」


「ごめん? ごめんじゃないよ! なんで? なんであんなに無茶したの!?」


 大粒の涙はそのままに隣に座る俺を見上げてくるアニス。


「血が、血がいっぱいでてた。傷だらけでいまにも倒れちゃいそうでクライが……死んじゃうかと思った。なんで? なんで逃げなかったの? 自分が死んじゃうかもしれないって考えなかったの!?」


「……それ、は」


 彼女は突然人質にとられ自分も怖い思いをしたはずなのに助けにきた俺の身を案じてくれていた。


「わたしは……クライの重荷になりたくなかった。わたしのせいでクライが傷つく姿を見たくなかった。王都まであなたを追いかけてきたのはあなたの弱みになるためじゃなかったの。ただ、あなたに追いつきたかっただけなのに……ねえ、どうして! どうしてこんなことに……」


「アニス……」


「ごめん、いまわたし、訳わかんなくなってる。本当はわたしが謝らなくちゃいけないのに。迷惑かけちゃったクライを責め立ててる。ごめんね、簡単に人質なんかになって……ごめん……」


 彼女は優しい娘だ。

 人質になってしまった自分が悪いと自らを責め苛んでる。

 彼女はなに一つ悪くないというのに。


「…………っ」


「驚いたぞ。まさか“孤高の英雄”ともあろう者が我らとの約束を破り、危険と承知していながら赤の他人に助力を願うとは。参考までに教えてくれ。その魔人とオマエのような大罪人は一体どのような関係だ」


 この騒動の元凶が厭味たらしく口を開く。

 

 だが、予想外の人物の登場に僅かに動揺したままなのはわかってる。


 俺とオーニット。

 いままで交流も会話すらもしたことのない相手同士、疑問に思うのももっともだろう。


 俺だっていままで接点のない相手とこうして共に肩を並べることになるとは思いもよらなかった。


 本来は誰にも知られないはずの出来事。

 それなのにオーニットはこの場で俺に力を貸してくれている。


「……お前にそれを教える理由があるのか?」


 それは数時間前に遡る。


 学園に向かう道中、アニスを人質にとったことが記された手紙を受けとったあのあと。






「手紙の待ち合わせ場所は第一障壁を登った先か。警備の者がいるはずだが……差出人がなにかしたんだろうな。アニスが心配だ、急ごう!」


「……」


 朝方、喧騒がはじまる前の王都の街中を目的地に向かってひたすら走る。


 いつの間にか懐に差し込まれていた差出人不明の簡素な手紙。

 恐らくだが、登校中に不意にぶつかってきた人物が忍び込ませたのだろう。

 その人物は気づいたときには霞のように消えてしまっていたけど、記されていた内容は目を疑うものだった。


「アニス……朝クライを起こしにこなかったから変だとは思っていたが……まさかこんな事態になっていたとは」


「……」


 学園に出かける前にこの違和感に気づけていれば……。

 いや、そのときにはもうアニスは攫われていたのだろう。

 く……俺がもっと危機感をもってアニスにも注意を促していれば。


「クライ、こっちの道の方が近いんじゃないか!」


「……」


 ミストレアの指し示す先は暗い路地裏だったが、いまの俺には関係なかった。

 アニスが人質となっている。

 それだけでいてもたってもいられない気持ちだった。


 最短距離、日の当たらない建物の隙間を進む。


 だが、そこで俺は出会う。


「…………止まれ」


「っ!?」


 路地の暗がりから現れる人物。


 学園の制服を身に纏った見に覚えのない少年。

 深緑の髪、背は高く、こめかみから伸びる天を衝く角が威圧感を感じさせる。

 腰には天成器と思わしき白銀の鞘に納まった刀。


 誰だ?


「誰だ! こんな人気のない路地でなんの用だ! まさか……手紙の差出人か!? ……怪しい奴め、名を名乗れ!!」


「……」


 ミストレアの問いかけにも一言も答えない魔人の少年。

 辺りにはまったくといっていいほど人はいない。

 それなのに真っ直ぐこちらを見て視線を逸らさない。


 タイミングといい場所といい……この手紙の関係者か?


 問い詰めるミストレアに続いて、疑問を投げかけようとした瞬間、男性の声が狭い路地に響く。


「ちょっーと、待ってくれ! 俺が説明する!」


 これは……天成器の声?

 謎の人物の腰に据えられた白銀の鞘に納まった反りのある刀。

 白銀の剣帯に備え付けられた天成器はイクスムさんの小太刀にも似た形だが、約一m超と長い。


「俺はこいつ、オーニットの天成器ハバルクード。悪いけどこいつはコミュニケーションが大の苦手だからな。俺から事の経緯を説明させて貰う」


「……オーニット?」


 どこかで聞いたような名前だ。

 この目の前の人物がそうなのか?


「んん、オーニットぉ? 最近どこかで聞いたような……もしかして、オーニット・マクアレン? フェルディナンドクラスの生徒かっ!?」


 そうだ、エリオンが話してくれたフェルディナンドクラスの実力者の一人。

 事前に個人戦に出場するかもしれないと予想されていた人物。

 確か彼も魔人の少年だったはず。


 いや、なぜこんなところにいる!?

 今日はクラス対抗戦の開催される日だぞ。


「な、なぜこんなところに……」


「……」


「あはは……その辺りの事情は俺から説明させてくれ。ついでになぜアシュリークラスの実力者である“孤高の英雄“が、クラス対抗戦を抜け出してここにいるのかの理由も教えてくれると助かる」


 ハバルクードさんの乾いた笑い声が路地裏に響く。

 俺とミストレアは想定外の人物の登場に呆気にとられることしかできなかった。


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