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第百六十話 波濤


 綺羅びやかな催しから数日。

 部屋に籠もる俺はあのときの失態を思いだしては悶える日々を送っていた。

 

「それにしてもあの時はびっくりしたぞ。一体どうしたんだ。今生の別れでもあるまいし」


「うっ……それは」


 いま思い返しても恥ずかしい。

 自分でもなぜあんなことになったのか。


 あれは……ニールがハグスウェイトさんとハルレシオさんへの恩義のため、しばらくセリノヴァール領の城郭都市に活動の場を移そうかと話をしていたときのこと。






「じゃから、別に対価などいらんと言っておるじゃろうが!」


「だから、それじゃオレの気が納まらないんだっての!」


 言い争う二人。

 どちらも主張を譲ろうとしない。


(もらえるものはもらっておけばいいものを、義理堅いというか、頑固だというか……。この二人案外似た者同士だから気が合うんじゃないか?)

 

(……一理あるかもな)


 ついには怒鳴り合って互いの要求を飲ませようとする二人は確かに似通っている部分があった。


「ですけどニールさんのおっしゃることもわかりますわ。仮にも帝国の皇子様なのですから王国の大貴族に借りを作るのは……」


「……む」


「プリエルザ君、それは……」


 ハルレシオさんが配慮して黙っていたことをあっさりとバラしていくプリエルザ。


(場を混沌とさせる天才だな、コイツは)


 いつもなら辛辣だなとミストレアを諌めるところだが、今回は否定できない。

 ニールの正体を軽々しく口走るなんて、前回はゼクシオさんがなんとか止めてくれたのになんで今度は……ってそういえばゼクシオさんいないな。

 どこにいったんだ?


 思考が余計なところに逸れたがいまはそれどころじゃない。

 気になるハグスウェイトさんの反応は……。

 

「帝国の皇子ぃ? コイツがぁ? 見えんのー」


 か、軽い。


 思っていた反応とは真逆だ。

 てっきり隠していたことを怒られると思っていた。


 というか若干ふざけているのが声音でもわかるな。


 しかし、ニールにはやはり自分の事情を黙っていたことが心苦しかったようだ。

 改めてハグスウェイトさんに向けて姿勢を正すと真摯に謝罪する。


「爺さん、悪かったな。オレの素性を偽るつもりはなかったんだが……話が進むのが早くてな。つい浮かれていた。すまなかった」


「構わん。その程度のことで儂の考えは変わらんよ」


「その程度って……」


 申し訳なさそうに謝るニールをハグスウェイトさんは容易く一蹴する。


「帝国の皇子。大いに結構。じゃが、新たな友の身分など些細なものじゃ。それにたとえエリクシル一つを他国に渡したところでなんということでもない。ただの回復薬じゃしのう。ついでに言えば元々ハルレシオに落札させたものの扱いに困っていたものじゃ。ニール、お前が持ってく分にはいいじゃろ。……勿論悪用などせんだろうし」


「ああ、使い道については誓ってもいい。必ず母さんの治療のために使うと約束する」


 満足そうにウンウンと頷くハグスウェイトさん。


「ホントにのう。エリクシルについては国王様に献上するか、倉庫にでも死蔵するかしか選択肢がなかったんじゃ。リクセントには儂から一言言っておく。ま、アヤツも儂の普段の行いは知っておるから仕方ないの一言で済ませるじゃろ。若者が気にすることでもない。後のことは任せておけ」


「……恩に着る」


 話の本題はここからだ。

 俺が憂鬱な原因。


 エリクシルの対価について。

 ハグスウェイトさんにいくら気にするなと伝えられても『はい、そうですか』とはならないのがニールだ。


「エリクシルを母さんのところに届けるのは確定として、それでも爺さんたちにこの恩を返さないのは仁義にもとる。ハルレシオ」


「なんだい」


「爺さんは対価はいらんなんて言ってるがオレに任せられる仕事はないか? これでもオレは冒険者だ。すぐに対価分の依頼を達成する、なんてのは無理でも多少の恩は返しておきたい。魔物討伐でも希少素材の採取でも仕事があるなら任せてくれよ」


「むぅ……別に構わんと何度も言うておるのに」


「オレの気持ちの問題だ。大体母さんや師匠に聞かれた時なんて答えろって? 『本来目が飛び出るほどの大金が必要なところを友達に全部出して貰いました』なんて説明できねぇよ」


「面倒なヤツじゃのう」


「ああ、師匠にこんなことを伝えたらあれだけ啖呵を切って飛びだしたのに情けないって言ってぶっ飛ばされる。オレは……胸を張って帰りたい。たとえエリクシルが母さんの症状を癒せなくても、自信を持って帰りたいんだ。成長したオレを見てもらいたい。そのためには恩人に背を向けるようなことをしていたら駄目なんだ」


 自らの感情を優先するニール。

 しかし、その心根が称賛されるべきものなのは周りの人の反応からもわかる。


 見守る皆の視線はやれやれと呆れながらも……ひたすらに優しかった。


「そうだ。セリノヴァール領には仕事はないのか? もしそっちの方が良ければしばらく拠点を移してもいいかもな。王都周辺のエリクサーについての噂は大分調べ尽くしたし、王国の北方、セリノヴァール領周辺は魔力が濃い土地柄なせいか魔物が強いっていうしな」


 不意を打つ発言に一瞬ドキリと心臓が跳ねた。


 えっ……。


 顔を歪め向き直るニール。


「一緒に冒険するって約束したクライたちには悪いが早くに恩を返さないと母さんのところに戻るのも遅くなるしな。……オレから冒険しないかと誘っておいて……悪い、少しの間パーティーを抜けてもいいか?」


「……それ、は」


 ニールの冒険だ。


 ずっと追い求めてきた治療の鍵。

 目的の物が思いがけず手に入ったのだから快く送りだすべきだ。


 頭ではわかっていながらも俺は言葉に詰まっていた。


 焦ったように彼は続ける。


「勿論、クライのことは仲間として信頼している。オレの心を預けられる、ゼクシオたちに次ぐ……最も信頼できる仲間だ。でもオレはこの恩を少しでも返してからでないと先には進めない。だから……その……まいったな。…………な、泣くなよ」


「えっ……」


 感情が波濤のように押し寄せていた。

 たどたどしく紡ぐニールの言葉になぜか抑えきれない想いがあった。


 俺……なんで……。


「オレが抜けることをそんなに気にしてくれるなんて正直思わなかった、な。パーティーを抜けるっていっても一ヶ月か二ヶ月くらいの短い間だ。いや、帝都にエリクシルを届けにいくからもう少しかかるか。……だけど必ずオレは戻ってくる。クライたちとまだ冒険したりないからな」






 あのあと照れからかりんごのように真っ赤に赤面したニールに、ハルレシオさんはセリノヴァール領までいく必要はないと伝えていた。

 ハグスウェイトさんも王都にしばらく滞在する予定だから供回りをしろと提案し、それをニールは了承していた。


「はぁ……」


 考えるほど憂鬱になる。


 俺ってあんなに涙脆かっただろうか。

 いや、ラナさんたちの過去を垣間見たときも人前にも関わらず涙が溢れてきてしまっていた。


「はぁ……」


 恥ずかしい。

 俺の突然の奇行に全員の注目が集まっていた。

 あの微笑ましいものを見るような視線が忘れられない。


 次にニールやプリエルザたちに会ったときどんな顔をすればいいんだ……。


 そんなときバンッと勢いよく音をたて部屋の扉が開く。


「クライ、何をしているんだ。今日という日は刻一刻と過ぎていくんだぞ! 折角たった一日だが時間を空けられたんだ。さ、母さんと一緒に出掛けるぞ!」


 入ってきたのはやっと王城から戻ってこれた喜色満面の母さん。

 長期休暇最後の一日がはじまる。


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