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第百三十ニ話 なぜ貴方はそんなにも


 あの時、迷わずの森でトールマンティスによって怪我を負ってしまったエリオンはそれでも戦場に行きたがった。

 待っているだけなんてできない、助けになれなくても結末だけでも見させて欲しい。


 彼の意見にフィーネもマルヴィラも賛成した。

 クライたちと別れてから彼女たちは自らの力の及ばなさに後悔しているようだった。

 たとえ何の力になれなくても彼らの戦う姿を目に焼きつけたいと願う彼女たちに私は反論できなかった。


 かく言う私も本当は見るからに強敵だとわかる相手に挑んでいく彼らの行く先が気になっていた。

 ……他人を信頼できないくせに。


 戦場は混沌を極めていた。


 破壊され尽くした拠点のそこら中で争いあう冒険者と瘴気獣。

 レリウス先生以外の学園の関係者も必死で戦っている。

 それでも、次々と新たな瘴気獣が現れ抑えきるのも難しい状況。

 

 その中でも一際存在感を放つカオティックガルムの瘴気獣。


 巨大で凶悪、白と黒の破壊の波動を操る狼型の獣。

 挑むことにすら躊躇してしまう相手。

 そんな瘴気獣相手にレリウス先生たちは死闘を繰り広げていた。


 そして、私たちが目撃したのは、かの獣を取り囲む水魔法によってプリエルザの渾身の闇魔法が直撃した場面。


 ……しかし、カオティックガルムは健在だった。


 上級魔法が胴体に直撃してもなお立ち上がってくる。


 だが、誰もが諦めていなかった。

 レリウス先生も冒険者の人たちも、手負いとなりさらに凶悪に威嚇するカオティックガルムに臆することなく立ち向かっていく。


 彼も……諦めていなかった。


 クライ・ペンテシア。

 エクレアの兄。

 学園では弱い分類に貶められている弓の天成器を携えた男の子。

 エクレアと同じく無表情で滅多に感情を覗かせない、どこか独特の雰囲気を纏った人。

 一見孤独に見えるが……決して一人ではない人。

 

 彼は……カオティックガルムに立ち向かっていった。


 なぜ。


 なぜ貴方はそんなにも……困難に立ち向かえるの?


 なぜ貴方はそんなにも……仲間を信じて戦場の中心に飛び込めるの?


 そもそもだ。

 後でプリエルザに聞かされた話では彼はカオティックガルムが暴れる暴虐の嵐の中、一人レリウス先生にプリエルザの最大威力の魔法を当てる策を相談しにいったという。


 なぜ、貴方はそんなにも……傷つきながら仲間のために走れたの?


 プリエルザは彼を“孤高の英雄”と称した。


 それは恐らく彼が瀕死とはいえたった一人カオティックガルム相手に飛び込んでいって見事打ち倒したから。

 力ある咆哮で誰もが動けない中、勇敢にも傷つき倒れるレリウス先生のため死を予感させる相手に挑んでいったから。


 わからない。


 私にはわからない。


 なぜ困難が待ち構えているとわかっていることに挑めるの?


 なぜ敵わないかもしれないと頭を過ぎらないの?


 なぜ……他人のために身を投げだせるの?


 いまもそう。


 あの襲撃者の実力は彼より上なのは明白だった。

 使う魔法の巧みさ、二人相手のはずなのに余裕のある立ち回り、天成器からは第四階梯に到達していると窺える。


 話を聞いていた限り戦いの始まりでも、エクレアへの奇襲でも手加減をしていたはず。


 なにかしかの魔法因子を加えられた氷壁に彼の切り札であるはずの天成器の杭は通じなかった。


 でも、彼は諦めない。


 狐獣人の女の人と呼吸を合わせて戦いを挑んでいる。

 仲間との連携が崩れればいつ致命的な怪我を負ってもおかしくない。


 一歩間違えれば……死ぬんだよ。


「――――【グレイシャーウォール・イムーバブル4】!!」


 襲撃者の作り出した高く強固な四枚一組の氷壁。


 一度突破できなかった普通なら諦めてしまう相手。


 それを飛び越え、空に飛び出す彼。


 落下までは無防備になる。


 思わずルインを見張ることを忘れた。


「【マナバレット7】!!」


「例え数を増やしても、もう見慣れたぞ! 【グレイシャーシリンダー4】!!」


 両者が吠える。


 空中で行われる一瞬の魔法の攻防。


 その最中彼はまたしても知らない技術を使う。


 あれは……ワイヤー?


 細く伸びる線が襲撃者の杖の天成器に絡まる。


 それを引き寄せ加速した彼は、襲撃者の必殺の魔法を紙一重で潜り抜ける。

 

「グ、【グレイシャーシールド】」


「「発射ッ!!!」」


 既のところで襲撃者が一歩引いたことで杭は外れてしまった。

 

 でも、あと、あとほんの少しだった。


 そして、さらなる乱入者が現れ勝者と敗者は決まる。


 彼は、クライは一時、たった一瞬だが、敵わないはずの相手を確かに上回った。


(なんて奴だ。クライ・ペンテシア……あの襲撃者にギリギリとはいえ勝ったのか?)


 いつも軽口ばかり言っているジセルまでもが心から驚いていた。

 彼にとってもそれほど信じられない光景だった。


 そして、その光景に私の心は乱されていた。


 知らずしらず彼の行動を目で追ってしまう。


「フフッ、見たかい。敵ですら感心してしまうミストレアの啖呵を。彼女もまた英雄に、クライに相応しい天成器」


 ルインは何者なのか。


 それは一目瞭然だった。


 横目で見た彼は子供のような羨望の眼差しをクライに向けていた。

 ……私と、同じように。

 

 戦いの終わり、クライと襲撃者の仲間との会話を見届けた後、ルインはいつの間にか消えていた。


 そこに誰も居なかったかのように何の痕跡も残さずに。


 そして、私も去る。


 この想いを胸に閉まって。


 きっと次にクライと出会ってたとしても私は心に防壁を築いたままだろう。

 また戯けた道化の振りをして自らを偽ってしまうだろう。

 簡単に彼のように他人を信頼することなどできない。


 でも、それでも私は彼という人を知っている。


 私の持っていない、忘れてしまった他人を信頼できる心を持っている人。


 困難に直面しても挑戦することを諦めない人。


 私の待ち望んでいた誰かを助けるために全力を尽くせる……男の子。


 彼への憧れが私の胸を切なく焦がす。


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