第百十六話 簡易鑑定
「え〜、ホント? 御使いに絡まれちゃったのぉ?」
冒険者ギルドからの帰りがけに奇妙な男性三人組に絡まれてしまった俺たち五人は、翌日御使いの事情に詳しいアイカの元を訪れていた。
といってもアイカは現在サラウさんの実家のバオニスト商会でお世話になっている。
そのため、本店である魔導具店に顔をだしたところ、いまだに冒険者稼業休止中のサラウさんが歓迎の面持ちで出迎えてくれた。
アイカに用事があることを伝えると、丁度冒険者ギルドの訓練場から帰ってきたところだった彼女とイザベラさんにばったりと出くわしたため、以前アイカに食事を奢ったこともある本店からほど近い喫茶店『ハニーランプカフェ』で、一緒に軽くお茶をしながら話し合いの場を設けさせてもらうことにした。
ちなみにカルラさんとララットさんは例のごとく訓練場で汗を流しているらしくこの場にはいない。
サラウさんも残念ながらお店が忙しいとのことで、喫茶店にはアイカとイザベラさんの二人だけがついてきてくれた。
アイカにまだ顔合わせしたことのなかったラウルイリナとニールを軽く紹介して昨日の三人組のことを話す。
彼女はそれを聞くと唐突に頭を下げた。
「その……ごめんね。御使いは色んな人がいるからさ。……やっぱり完全に止めることは出来なかったかー」
「アイカのせいじゃない。謝らないでくれ」
「でも……」
なおも気まずそうな表情をするアイカにニールが軽い口調で話しかける。
お陰で沈んでいた場の空気が一気に明るくなった。
……やっぱりニールがいてくれるとこういうときに助かるな。
「アイカって御使いなんだって? オレ、御使いは昨日の三人以外は見たことがないんだけど、意外とあんまり王都にはいないよな」
「うん、最初に地上に降臨した御使いは実を言うと数が予定より少なかったんだー」
「数が少ない? そんなことあるのか?」
「そ! そのお陰でわたしも地上に降りれた訳なんだけど、神の石版には地上に千人が降臨するってあったでしょ。アレ、ホントは五百人くらいしか降臨してないんだよ。だから王都にいる御使いの数も必然的に少なくなっちゃってるんだよね〜。多分セイフリム王国の王都には五十人? か、六十人くらいしかいないんじゃないカナ?」
どうりで王都を歩いていても御使いに会う機会は少なかった訳か。
まあ、あの三人組みたいな相手がまた突然現れたら困るからいいんだが。
アイカはその他にも御使いが降臨する場所は森林王国が一番人気で、最も人気がなかったのは教国だと教えてくれた。
なんでも美形の多いエルフを一目見たい御使いが多く存在したかららしい。
御使いにもエルフはいるはずなのに……なぜだ?
「だが、いくら御使いとはいえ昨日の不躾な視線はいただけなかったがな。私もカルマの判定を受けたことはあるが……同じような背筋に寒気が伝わるような感覚で驚いた。クライからも軽く説明してもらったが、アレも御使いの力なんだろう?」
ラウルイリナが嫌なことを思いだしたかのように顔を歪めながらもアイカに質問する。
「あー、《簡易鑑定》かぁ」
質問にアイカもまた嫌そうな表情を浮かべる。
《簡易鑑定》。
それは御使いのエクストラスキルの一つ。
以前アイカと共にレベル上げをしていたときに教わった話では、このエクストラスキルは物体のステータスの開示、それこそ簡易的な解説を表示させることが可能らしい。
視線に合わせて発動されたスキルは、物体の名称、分類、備考を表示させるそうだ。
それこそ俺のもつDスキル、《リーディング》のように。
そして、このスキルは魔物や人相手にも発動できる。
「魔物相手なら遠慮なく使えるんだけど……人相手だとね〜」
魔物相手なら視線を向けるだけで魔物の種類やレベルがわかる非常に便利なスキルだが、人相手だと少し勝手が違うとアイカが追加で説明してくれる。
どうやら人相手だと表示されるのは名前、レベル、カルマの三つだけだそうだ。
ただし、名前は対象に名乗ってもらわない限り表示されないらしく人探しには向かない。
それとレベルはあまり対象とのレベル差があるとこれもまた表示されないらしい。
しかし、カルマの表示は割と条件のようなものはないらしく、簡単に表示されるようだ。
それだけでも《簡易鑑定》が御使いが習得しているだけあって破格のスキルだとわかる。
そして、俺と出会ったときアイカはこのスキルを使うことはなかったけど、人相手にこのスキルを使うと対象にされた相手はカルマの判定と同じく不快感を味わうことになるらしい。
サラウさんの語っていた御使いの降臨直後のトラブル頻出もこれが原因でもあったらしい。
アイカは深く溜め息を吐きながら天界にいるであろう天使に不満を漏らしていた。
「わたしたち御使いもスキルを使用した相手に不快感を与えるだなんて知らなかったんだよね〜。ホント、天使様も事前に教えておいて欲しいよ」
彼女曰く、最初は御使い自身も《簡易鑑定》のデメリットというべき対象への不快感を把握していなかったそうだ。
そのため地上に降り立った御使いの多くがEPの消費も少ないこのスキルをあらゆるものに使っていたらしく、そのせいで王都の住民とのトラブルにまで発展してしまった背景があるようだ。
(自分自身の力のはずなのに把握しきれていないところはクライの《リーディング》と同じだな)
「それで、三人組はレベル上げを頼んで来たんだったか?」
「はい、そうです。アイカのレベル上げを手伝ったなら自分たちも手伝えといってきて」
昨日のどこかちぐはぐな三人組の御使いは、俺を見つけるやいなやレベル上げの助力を頼んできた。
見ず知らずの相手のはずだが、アイカのいったように噂のせいもあって俺は御使いの間では有名らしい。
三人組はアイカのレベル上げを協力したことを知っていたようで、自分たちのレベル上げも手伝えと半ば強引な態度を見せていた。
それは当然のごとく一緒にいた仲間たちにも向けられていて。
まあ、エクレアの前でそんな失礼な態度を見せればイクスムさんが黙っていない。
イクスムさんが三人組を一喝するとそそくさと彼らは退散していった。
それこそ、なにしにきたんだと文句をいいたいくらいだったが逃げ帰るのは早かった。
(それにしても失礼な奴らだったな。結局自分たちの名前も名乗らないで逃げていくとは)
憤慨するミストレア。
気持ちはわからないでもない。
あまりに唐突にはじまり、突然終わったから困惑の方が大きかったけど。
「いまだに御使い絡みのトラブルがなくならないのは自分勝手な者が多いからだろうな。はぁ……まったくどこで知ったのかは知らんが困ったものだ」
イザベラさんの言う通り、本当になぜそんなことがわかったのだろうか。
「う〜ん、わたしも他の御使いにはレベル上げのことは話してないんだけど……どこかで見られてたのカナ?」
別にレベル上げ自体は隠すことでもないと思って警戒していなかったからな。
現場を御使いの誰かに見られていたのかもしれない。
御使いは御使い同士で連絡が取り合えるようだし、噂のこともある。
情報が伝わるのが早いのかも。
昨日の話については一段落したが、アイカの元を訪れたのはもう一つ理由がある。
「それで……アイカにはもう一つ聞きたいことがあったんだけど……」
「あー、うん。アレでしょ。わたしもあんなことになるとは知らなかったんだよね」
御使いでも知らなかったのか。
てっきり天界絡みのことだからなにか知ってると思ったんだけど。
昨日俺たちは酒場で食事兼談笑をしていて気づかなかったけど、神の石版に新たな記述が増えていたらしい。
今朝星神教会から発表された内容には驚かされた。
「神の試練でしょ。わたしもびっくりしたよ。まさか御使いの数も少ないいま、そんなことをするなんて思いもよらなかった」
石版に記された神の試練。
激動の長期休暇がいまはじまる。