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第百六話 忌み嫌われる魔法


 憎しみの籠もった罵詈雑言を叫ぶ群衆に、追い立てられながら都市を追放されることを余儀なくされたラナさんとそのお姉さん。


 彼女たち、特にラナさんに向けられる敵意は尋常ではなかった。

 一体ラナさんの何が彼らにあんな口汚く罵らせたのかはわからない。


 しかし、俺とミストレアはただただそれを見ていることしかできなかった。


 場面は変わる。






「ごめんね、お姉ちゃん」


 そこは大衆の集まる酒場のような場所。

 辺りは薄暗くなり始めていて、これから夜の帳が降りてくるのが窺える。

 皆思い思いにお酒を飲み、料理を食べ、仲間と騒いでいる。


 騒がしい喧騒の中で、フード付きのマントを羽織り、顔を隠した人物が、同じテーブルに相向かいに座るラナさんのお姉さんに話しかける。

 声からしてフードの人物はラナさんのようだった。

 対して、ラナさんのお姉さんはどうやら酒場の給仕を務めているのか、店内でお酒や料理を運んで接客している従業員の人たちと同じ格好をしていた。


 広い店内にあって中央からは離れた二人の座る視線の通りにくいこの場所だけは、騒然たる酒場の雰囲気とは隔絶された暗く沈んだ空気が漂っていた。


(どうやら幾ばくかの時が飛んだようだな)

 

(良かった……グラームホールは追放処分にされても他の街には入れたんだな)


 ラナさんが周囲から顔を見えづらくしているのは、やはり顔を目撃されるのはマズいと考えているからだろう。

 この街がグラームホールとは違うとはいっても、顔を目撃されてまたあんな事態になるのは避けたいとラナさんが思っているのは容易に想像できた。


 フードを目深に被ったラナさんは周囲の視線を警戒しながらお姉さんと会話を続ける。


「なんでアンタが謝るのよ」


「だって、わたしが……余計なことをしたから……。わたしが人前であの魔法さえ使わなかったら、グラームホールを追放なんてされなかった。それにお姉ちゃんを、また巻き込んじゃった……」


(あの魔法? クライなんだかわかるか?)


(…………まさか、いやそんなことは……)

 

「アンタは都市を守った。都市を防衛する戦力でも全然歯が立たなかった相手を、誰もが敵わなかった瘴気獣を倒したの。本来褒められて然るべきことをした。それなのに……あの都市の連中ときたら! アイツら、ラナの頑張りのお陰で助かったくせに、あんな仕打ちをして! アイツら頭がおかしいのよ!!」


「お姉ちゃん……」


 ラナさんのお姉さんが憤る。

 それを気遣うラナさんの声はフードを被っていても悲しそうにしているのがわかる。

 居た堪れなかった。


 そのとき、ラナさんのお姉さんの声に反応したのか酒場のお客さんの一人が陽気に叫ぶ。


「おーい、マリーちゃぁん! そんな奴と話してばっかりいないで、こっちにも酒をついでくれよぉ!」


「うるさいわね! いま休憩中よ、休憩中!! 少しくらい待ってなさい!」


「あ〜、悪かったよぉ〜、そんなに怒らないでくれよぉ〜」


「フンッ」


(マリー? ラナの姉はマリーと言うのか)


「ふふ」


「……なに?」


「ううん、お姉ちゃんが楽しそうにしてくれていたから」


「楽しくなんてないわよ。ここの客はみんなあんな感じ。大体馴れ馴れしいのよ。お酒を持っていっただけなのにひっきりなしに話しかけてくるし、恋人はいるのかー、とかちゃんと飯食べてるのかー、とかなんでも根掘り葉掘り聞いてくるし。ここで働くのだって余所者のわたしでもすぐに採用されたしね。……ホント、馴れ馴れしい」


 口では酒場のお客さんのことを悪くいっていても、マリーさんがこの場所を大切に思っているのはなんとなく察せられた。

 しかし、その話を聞いたラナさんはだんだんと落ち込んでいってしまった。


「…………グラームホールでも、お姉ちゃんは人気者だった。それなのに、わたしのせいで……。追放処分を受けた時だってわたしを弁護してくれたばっかりにお姉ちゃんまでみんなから責められて……追い出される羽目になっちゃった」


「違う! それは違うの!」


「……違わないよ。ホントはわたしがお姉ちゃんから距離を置けばいいのに……わたしの我儘でお姉ちゃんを連れ回してる。ごめん、ごめんね。お姉ちゃん」


 目深に被ったフードの奥から大粒の涙が止め処なく落ちていく。

 それを止める手段をこの場の誰も持ち合わせていなかった。

 





 再び場面は変わり、ここはどこかの部屋の中。

 追放処分を受けたときのような大きな執務室のような部屋ではなく、誰かが生活している跡の残るこじんまりとしつつも質素な部屋だった。


(ラナの部屋か? やたらと物が少ないな)


「ほ、本気で言ってるの?」


「うん」


 部屋の中には息を切らして駆け込んできたのか、マリーさんが慌てた表情と乱れた服のままでラナさんに真意を問いかけていた。

 フード付きのマントを羽織ったままに問われたラナさんは即答する。

 そこに一切の躊躇もなかった、準備は整っているといわんばかりにラナさんは窓の外を眺めていた。

 街のいまの姿を目に焼きつけるように。


「こ、今度の瘴気獣は別格だってみんな話してるのよ。小さな街を幾つも潰したって聞いてる。最近瘴気獣の発生が活性化しているけど、その中でもあり得ないほど強すぎる相手だって。それなのに……」


「うん」


「うん、じゃない! なんで!? なんでラナが戦いに行くのよ!?」


 マリーさんの絶叫にも似た声に、ラナさんは窓の外を見ていた視線をマリーさんに向ける。


「……ここに来るんでしょ、その瘴気獣」


「っ!?」


「ここは教国でも辺境だから、星神教会の戦力が来るまでは時間がかかる。近隣の街もきっと避難が優先されているから、ここに援軍を送ってくれる保証はない」


(ラナさんたちのいるここは、教国だったのか……)


「誰かが戦わないと……この街の人たちの逃げる時間も稼げない」


「だからってラナが戦う必要ない! ラナが強いのは私も知ってる。冒険者ギルドのランクはあの魔法のせいで上がらないって言ってたけど、ラナが誰よりも強いのは私が知ってる! でも、でも、ラナが戦ってあげる必要ないじゃない。……グラームホールだけじゃない。他の都市や街でもあの魔法のことがわかった途端みんな手の平を返した。どれだけ仲の良かった人でも、助け合った人でもみんな態度を変えた。ラナがどれだけ頑張って守っても誰も評価してくれなかったじゃない! そんな人たち守る必要ないよ!」


「お姉ちゃん……」


「に、逃げよう? 二人だけで。ど、何処だって行けるよ。王国だって、帝国だって……そう、国境の封鎖された森林王国だって……何処だって行ける。ねえ、ラナ、二人で逃げよう。何もかも捨てて」


 それはマリーさんの胸の内をすべて曝け出した懇願だった。

 縋りつくような心からの叫び。

 それに、ラナさんは……。


「……逃げたくない」


「ラナ!?」


「……お姉ちゃん、ここの人たちは優しいよ。わたし、この街の人たちが無惨に殺されるの……見たくない」


「ラナぁ……なんでよ……」


 マリーさんは泣き崩れていた。

 もうこの時点で彼女にはラナさんが引く気はないとわかっていたかのように。


「わたしの魔法を知ればここの人たちもわたしを嫌うかもしれない。それはわかってる。……でも、わたしは守りたい。ううん、逃げたくない。逃げるのはもう……疲れたよ」


「うぅ……ぅ……」


「そもそも、空を飛べる相手だしね。逃げようとしたって逃げられる相手でもない。……今度の瘴気獣にはわたしでも敵わないかもしれない。でも、だからこそ戦うよ。わたしが戦わないとこの守りたいと想える場所が無くなっちゃうから」






 場面は変わる。

 そして、きっとここが最後に場面が変わる場所なのだと、俺もミストレアもわかっていた。


 ラナさんたちが街といっていたようにこの場所はアルレインの街並みの大きさだったようだ。

 ミノタウロスを迎撃したときのように、瘴気獣の襲ってくるであろう街の外壁の近くに同程度の防衛戦力の陣が敷かれている。


 そこが、燃えていた。


 燃え盛り数多の人の命が潰えていた。


 上空から大気を震わす咆哮がけたたましい音量で轟く。


「グガアアアアアアアア!!!!!」


 体長だけで何十mある?

 目算ではわからない、ただ巨大なのだけがわかる相手。


 赤い体色に瘴気獣特有の灰色の瘴気を纏い、背中の二対の翼で上空を飛び回っていたその瘴気獣は、防衛陣地上空を何度か旋回したあと、地上に撃墜するかの勢いで降りる。


 あまりの重量に大地に亀裂が生じ、土埃が舞った。


「あれが……イグニアスドラゴンの瘴気獣」


 ――――ドラゴン。


 そう、地上で四肢を地面に食い込ませて巨大な口から火の粉を撒き散らし、周囲を一瞥するのは、紛れもなく竜だった。


(ドラゴン!? 物語でしか聞いたことのない相手だぞ!?)


 ミストレアが驚くのも無理はない。

 俺も目の前の光景が信じられない。

 

 だがそれは紛れもなく現実だった。

 俺たちには過去のことでもラナさんにとってはいま現在起きている現実。


「もう一度上空に飛ばれる前に決着をつけないと……」


 イグニアスドラゴンはかなり上空を飛翔していた。

 空に逃げられたら追撃する手段がなくなるのは明白だった。


「ごめんね、アステール。わたしなんかに付き合わせて」


「莫迦野郎。俺はお前の天成器だぞ。いつも言ってるだろ? 遠慮なんかするな」


 ラナさんがマントから右手をだしてその手の甲に刻まれた刻印に謝る。

 刻印からはラナさんを叱責する男性の声。


 あれは……三重刻印!?


「うん、お願いアステール。わたしに力を貸して」


「ああ」


 使い手の意思に天成器が起動し、刻印が白い光に変わる。

 

 右手に握られたのは白銀に輝く鞘に納められた一本の短剣。


 その表面には緑のラインが刻まれている。


 彼女は左手でその幅広い鞘を握り、引き抜く。


 正しくエディレーンさんの予想した幅広い木の葉型の刃有する短剣の天成器が姿を現した。


 ラナさんの前方数百mの位置に見えるイグニアスドラゴン。


 彼女はそれを見据え……。


「行くよアステール――――【エンチャントポイズン】」


(なぁ!?)


(あれは……!?)


 白銀の短剣の表面を緑の液体らしきものが覆っていく。


 ラナさんの魔法。

 それは誰もが習得を許されない系統外魔法。

 

 人を、生物を苦痛のままに死に至らしめる魔法。


 毒属性魔法。


 彼女はそれを躊躇うことなく使用した。


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