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第百四話 励ましの言葉


 王都で嫌がらせを受け、苦い思いをし、アルレインの街に引き抜かれていったレトさん。

 果たして彼は結果的に王都から去る切っ掛けの一つにもなってしまったシグラクニスさんを恨んでいるのか。


 俺には彼の気持ちを正確に推察することはできない。

 ただ……。


「レトさんは……王都には人を傷つけることをなんとも思わない者もいる、とそういっていました」


「っ!? それは……」


「人を傷つけ喜ぶ者がいる、とも。……ですが、俺はシグラクニスさんは人を傷つけてなんとも思わない人だなんて思いません。話していてもレトさんへのそのときの対応にいまでも悔やんでいるのがわかりますから」


 押し黙ったまま話を聞くシグラクニスさんは苦悶に満ちた表情だった。


「ただ俺は、シグラクニスさんがレトさんにアルレインの街を薦めてくれたことに感謝しているんです」


「なんじゃと?」


「レトさんはアルレインは温かい場所だといってくれていました。住民が助け合い生きる場所だと。そして、レトさん自身も俺の助けになるべく自分が嫌われる覚悟で忠告してくれた。俺を、助けるために」


「……」


「王都のことを語るレトさんは苦しげだった。……彼が本当はシグラクニスさんのことをどう思っているかはわかりません。でも、レトさんはアルレインの街を大切に想ってくれていた。きっとシグラクニスさんの提案はレトさんにとっても新たな出会いをもたらしてくれる転機になった。そう、思います」


「じゃが儂が……レトを追い出してしもうたのは事実じゃ」


「少なくとも俺はレトさんと出会えて良かった。アルレインの街のギルド職員が人を思い遣り忠告のできる人で良かった。だから……自分を責め続けないで下さい。俺には貴方を励ますことしかできない。でも、きっとレトさんなら悔やみ続ける貴方を見たら心を痛める」


 レトさんならなんてそれこそ彼に助けられただけなのに烏滸がましい推察だ。

 俺の妄想と言い換えてもいい酷い憶測。

 

 ただ俺はそれでも励ましたかっただけなんだ。

 レトさんが俺を助けてくれたように、俺もシグラクニスさんの助けになりたい。


 レトさんを助けたはずなのに苦しむ人の力になりたいと、そう願うから。


 果たして、俺の言葉はシグラクニスさんに届いているんだろうか。


 彼の表情は変わらない。

 

 俺の言葉を聞いてもその苦悶の表情は晴れない。


 俺が届かない言葉に落ち込んでいるとき、気怠げにこの会話を見守っていたエディレーンさんが一転する。

 それは彼女と出会ってから初めて聞く熱の籠もった言葉。


「ギルドマスター、嘆いても過去は変わらないよ。それに私もレトに王都の空気は合ってなかったと思う。あいつは……真面目過ぎたからね。周りに頼るということも知らなかったし」


「じゃがのぅ……」


「アイツが王都を去る時に言っていただろう。助かりましたと、私はあの短い一言にアイツのギルドマスターへの感謝の気持ちが凝縮されていたと勝手に思ってる」


「……」


「アイツは人を信じているんだ。人の善性を。それはギルドマスター、アンタに助けられたからだ。わかるか? アイツが、ここにいるクライを助けたなら、それは人の善性を信じていたからに他ならない」


 エディレーンさんは一瞬こちらを見る。

 その瞳は……ひたすらに熱かった。


「王都には嫌な思い出もあるだろう、私だってあの時アイツの助けにはなれなかった。周り中が敵に見えていたのかもしれない。だがな。そんな中にあってギルドマスター、アンタはアイツの助けになりたいと本気で考えていた。アイツだってそれがわかったから、すべての人が悪意に満ちている訳ではないとわかったから、だからクライを助けるために行動したんだ」


 シグラクニスさんに自らの思いの丈を訴えかけるエディレーンさんは目線を下げ、握った拳を見る。

 だけどすぐに視線を上げた。


「自分を許せと私は言わない。私だってあの時なにかできなかったか時々悔やむことはある。だがな……前に進むんだ。その想いを胸に前に進め。それが人の想いを信じるってことだろ」


「エディレーン、お主のそんな熱いところを見たのはいつぶりじゃったか……」


「さあね。私だって忘れてたよ」


 シグラクニスさんの問いに、エディレーンさんはもう仕事は終わったとばかりに、ひらひらと片手を振る。

 いつの間にか、いつもの飄々とした態度に戻っていた。


「……儂の不甲斐なさをこんなにも励ましてくれるとはな。本当に情けない限りじゃ」


 そう語るシグラクニスさんは、さっきまでとは少しだけ違っていた。


「人の善性、か。儂もレトの最後の言葉を信じてみるかのぅ。こんな老いぼれでも誰かの助けになれると信じて」


 俺の言葉は届かなかった。

 そのことが少しだけ悔しく思う。


 だけど、エディレーンさんの言葉はしっかりとシグラクニスさんに届いていた。

 彼はもう一度、自分を信じることを取り戻したようだった。

 それが、それだけで嬉しかった。


 ふとエディレーンさんがこちらを感慨深いものを見るような目で見ていたのに気づく。


「それにしても、甘い、本当に甘い坊主だ。だけど、熱い男でもある。私もその熱に当てられたな。だが……中々どうして悪くない」


 俺の言葉ではシグラクニスさんを立ち直らせることはできなかったし、ただ空回りしただけなんだけど、そういわれるとなんだか恥ずかしいな。

 

「ケイゼもイクスムもいい男を捕まえたな」


「やらないぞ」


「クライ様はエクレアお嬢様のものです。私は捕まえていません」


「ハハッ、そうかそうか。お前らの方が捕まったか」


 即答する二人になぜか居た堪れない気持ちになる。

 というか、イクスムさんの考えだと俺ってエクレアのものなのか?

 エクレアを見ればひたすらうんうんと頷いているし…………本当に?


(イクスムはわかっていないな。クライは私のものでもあるんだぞ、まったく)


(ミストレア、俺は誰のものでもないぞ)


 ケイゼ先生とイクスムさんを楽しそうにからかうエディレーンさん。

 沈んだ空気の立ち込めていた応接室は、いつの間にか団欒の場に変わっていた。


 そこにしみじみとした口調でシグラクニスさんが話し始める。

 視線はエディレーンさんに向かっている。

 

「御使いのこともある。そろそろギルドマスターも世代交代が必要だと感じておるんじゃがな。優秀な副ギルドマスターもおるしのぅ」


「あー、あー、なんのことかわからんな」


「まったくお主は……。はぁ、もう少し儂が頑張るしかないかのぅ」


「ああそうさ、ギルドマスター。アンタじゃないと冒険者ギルド王国本部はまとまらない。なあに、私以外にも優秀なヤツはいっぱいいる。心配いらんさ」


「ホッホッホ。じゃが副ギルドマスターはお主しかおらんぞ。……仕方ないのぅ。この席は儂がいま少し守っておくとするか。人の善性を信じられる者のために」






「さて、話が長くなったが、お前たちの目的は……コレ、だろう?」


 エディレーンさんがマジックバックらしき袋から取りだしたのは……一つの古めかしい木箱だった。

 意外にも小さい。

 長さ六十cmか七十cmぐらいの箱。

 この中に“失色の器”が……?


「依頼内容は天成器に酷似した灰色で精巧な武器を象ったもの。そして、天成器でも魔法でも破壊できない強度をもつもの」


 そうか、灰色の武器だけでは依頼しても違うものが集まってしまう。

 “失色の器”の特長、決して壊れないことを捜索するものの条件に加えたのか。


「実をいうと、コレは冒険者ギルドの保管庫にあったものだ。ケイゼの捜索依頼を受けたものの、冒険者からの発見報告はなかった。それで冒険者ギルドの保管庫を当たってみたところそれが大当たりだった」


「苦労をかけたな」


「なあに、言ったろ。滅多に顔を見せない古い友人の頼みだ。私も少しは張り切って探すさ。さあ、手に取って確認してくれ」


 エディレーンさんが木箱を手渡してくれる。


 重い。

 

 受けとるとその木箱はずしりと重かった。


 古くザラザラとした感触の木箱。

 長い年月の間保管庫に納められていたのがわかるようだった。


 木箱の蓋には厳重に封をされていたであろう痕跡がある。


 それを、ゆっくりと開ける。


 中には……。


「短剣?」


 鞘に納められた一本の灰色の短剣。


 これが俺に予想もしない、辛く苦しい過去の光景を見せると、このときの俺はまだ知らなかった。


 人々に忌み嫌われる存在を俺は目の当たりにする。


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