ベテルギウスのきらめき
「涙はなかなかみつからないし、きらめきを先にしよう」
ポラリスにお礼を言って別れると、クーはぐるりと周りを見回した。
「きらめき、って言っても、星は全部きらめいてるしなぁ……」
見渡す限りに広がる星々の輝きに、クーは困ってしまった。
「誰でもいい、って言うのは、それはそれで迷うものだなぁ」
そんなふうに頭を悩ませていると、青白い星々の中に時折見える赤い星の一つが目を引いた。
よし、あの星にしよう、と、クーはさっそく声をかけた。
「こんばんは、ベテルギウス。君のきらめきを少しもらってもいいかな。」
「こんばんは、クー。わたしが輝くのはみんなのため。ご自由にどうぞ。」
クーが小瓶の中をのぞき込むと、中では赤い光がきらめいていた。
「うわぁ、キレイ。」
青白い輝きとはまた違う、その燃え上がるような美しさを、クーはうっとりとして見つめた。
「うまく言葉にできないけれど、この光には、なんだか不思議な美しさがあるね。」
「ありがとう、クー。わたしの最期の輝きをそんなふうに言ってもらえて、とても嬉しいよ」
「え、最期?」
クーはびっくりした。
「そう、わたしの命は、尽きようとしているのさ。
もう、思い出せないほど長い間、この空で輝いていたけれど、カウントダウンが始まったんだ。」
「え、ペテルギウス、いなくなってしまうの……?」
クーが悲しくなって、尋ねると、ベテルギウスは困ったように笑った。
「そんな、すぐにいなくなるわけじゃない。人間で言えば、老人になった、というだけのことさ。」
「……じゃぁ、もう、こんなふうに周りを照らしている場合じゃないでしょう? 最期くらい、自分のため、過ごせばいい」
クーは太陽や、月のことを思った。
毎日毎日、地上を照らすために空を駆け回る、忙しない日々。
気づいてくれるものがいるとはいえ、ほとんどの生き物は太陽や月が照らしてくれるのは当然だと思っている。せっかくの彼らの優しさに、気づきもしない。下を向いて過ごすものも、いっぱいいる。
彼らは、地上を明るく照らしたい、と頑張っているのに。
みんなの幸せを祈っているのに。
ちっとも報われない。
そんな恩知らずたちなんか放っておいて、自分のために最期を穏やかに過ごせばいい。
クーは、そう思ったのだけど……。
「クー、最期の時間というのは、出し惜しみするものじゃない。残りの時間が少ないからこそ、自身を燃やすのさ」
「だって、終わってしまうんだよ? ベテルギウスは怖くないの?」
「わたしは、怖がる暇がないのさ。
ずっと、何年も、遥か昔から、わたしはこの空で命を燃やし、世界を照らしてきた。
そして今は、最期までの時間が少なくなったからこそ、ぼんやりしている暇はないのさ。
最後の一瞬まで、やり残しがないように、悔いが残らないように、大忙しなんだ。
足を止め、うずくまり、怯えている暇なんかないんだよ。」
「わからない。わからないよ。どうして、他人のためにそこまでするのさ。」
クーの不満そうな、拗ねたような物言いにベテルギウスは笑った。
「別に、他人のためだけじゃないさ。自分のためでもある」
「だから、それがわからないんだよ。」
「簡単なことさ。わたしは他人が幸せだと、嬉しい。そして、他人が不幸だと苦しいんだ。
そして、そんなふうに他人を大事にできる自分が好きなんだ。
他人にひどいことをしたり、我が身かわいさにコソコソ逃げ回ったり。そんなのは、カッコ悪いじゃないか。
誰かのために頑張っている自分は、ご覧のとおり、キラキラ輝いているからね。わたしはこの生き方に満足しているよ」
グサリ、と、ベテルギウスの言葉はクーの心に刺さった。その痛みに顔をこわばらせ、クーは一歩、後ずさる。
「そ、そっか。よく分かったよ。僕はまだやることがあるから、これでお暇するよ。これ、ありがとね。」
クーは挨拶もそこそこに、逃げるようにその場を立ち去った。
自分にはムリだ、とコソコソ逃げ回り、石ころのように黒い、輝けない自分。
――自分はなんて情けないんだろう。
にじむ視界に、慌てて涙を拭った。