東京の街並み
「しょうがないよ。実際に、普通の会社に働いている人よりも高い給料もらっているんだから」と夏美は正樹をなだめるように言った。
「夏美は偉いよな。絶対に他人の批判をしない。そこはいいところでもあるし、よくないところでもある」と正樹は言う。
「私だってたまには他人の悪口言うよ。ただ、私はいろいろな人のいい面を見ようと努力しているだけ」と夏美は外を見ながら言った。すっかり暗くなり歩道を歩いている人たちの顔は見分けられなくっているが、少し目を上げれば、ネオンサインが空を覆いつくすように重なりあって光り輝いている。多くは消費者金融の看板だ。こんなに多くの消費者金融があるということは、それだけ借りる人がたくさんいるということだ。歩道を歩いている人たちのほとんどは、一緒に歩いている友達のほうを見るか、下を見て歩いているが、上を見上げている人もいる。ひょっとしたら、どこの消費者金融に借りに行こうかと考えているのかもしれない。高級ブランド店や有名レストランや一流ホテルが立ち並ぶこの街で、お金を出せば何でも手に入るこの場所で、消費者金融の看板を見上げてお金を貸してくれるところを探すというのはどんな気持ちがするものだろうと夏美は考えてみた。でもうまく想像できなかった。夏美自身お金に困ったことがなかったからだ。贅沢をしてきたわけではないが、買いたい物があればほとんど母親が買ってくれた。大学に入ってからはクレジットカードを父親がプレゼントしてくれて、これで何でも必要なものは買っていいと言ってくれた。むしろ働き始めて、正樹と二人暮らしを始め、二人の給料だけで生活するようになってから生活が苦しくなったくらいだ。お金を借りる必要がないだけで十分幸せかもと夏美は思ったが正樹には何も言わなかった。