結婚式の狙い
「正樹はすごいね」と結婚式場からの帰り、車の中で夏美はぽつりと言った。
「なにが」と正樹は運転しながら一瞬だけ夏美のほうを見て聞く。
「結婚式の狙い」と夏美は言う。「私なんて、ただ正樹と結婚式を挙げられるのが嬉しくて、それ以外のこと全然考えていないのに」
「それで全く構わないよ。狙いはおれ自身の将来についてのことだから、おれが考えるのが当たり前で、夏美は夏美の幸せについて考えていれば十分」と正樹は言った。
「いつもそう」と夏美は正樹のほうを見ないで言う。正樹が運転している車は青山通りから六本木に入っている。まだ夕方だがすでに仕事を終えたサラリーマンたちが高層ビルの出口から大量に吐き出されてくる。まるで巣から出てくる蟻のようだと正樹は思った。働くことしか考えていない働き蟻。おれも今はその蟻の一匹に過ぎない。でもいつか働き蟻を指揮する側にまわってやると正樹は考えた。
「いつもそう」と夏美はもう1回言った。正樹が違うことを考えていて夏美の言ったことを聞き逃すことがよくあるのは子どものころからよくあることだったから、夏美は慣れていた。
「何が」と正樹は聞いた。
「いつも、これはおれの問題って。まるで私が必要ないみたい」
「そんなことないよ。夏美はおれにとってかけがえのない存在だよ。ただ、自分のことは自分だけで解決したい。これは恋愛とは別の話なんだ」と正樹は言う
「私にはうまくできないな。そういうの。正樹の問題も私の問題も全部二人の問題として一緒に考えたい」