結婚式の予約
正樹は5年間勤務した後に1年間留学することになった。留学先は自分で決めることができたので、正樹は金融関係に強いという理由でNYのニューヨーク大学ロースクールを選んだ。夏美は当然のごとく勤務先を辞めて、正樹に付いていくことにした。二人は留学から帰ってきたら結婚しようと決めた。帰国してから約2ヶ月後の大安の日に結婚式をすることを決め、留学に行く前に帝国ホテルの結婚式場の予約をした。1年以上前に予約するカップルの方はお珍しいですよ、と結婚式場の担当者は言った。仕事柄必要なのか、あるいは自分の好みなのか分からないが、年齢より若くみせようとしてひどく濃い化粧をしていたが、それが逆に実際の年齢以上にみせている。「これから1年アメリカに留学なんです。だから日本にいるうちに予約しておこうと思って。大丈夫ですよ、絶対にキャンセルはしませんから」と正樹は言った。それならいいですけど。最近はキャンセルするカップルが多いですから、と言いながら妙に甲高い声で笑った。上司もたくさん招待する予定だし、政治家も何人か参加してくれる予定だから、キャンセルなんてしたら大変なことになるし、出世できなくなっちゃいますよ、と正樹は言った。こういうことを正直に言うところが正樹の長所の一つだと夏美は思った。もちろん夏美もキャンセルつもりなど全くなかった。正樹と結婚することが夏美の唯一の夢なのだ。
「予約をしにきているお客さんにこんなことを私が言うのも変ですが、アメリカに留学するなら、アメリカで結婚式を挙げてもいいんじゃないですか」と、担当者は遠慮がちに言った。
「それは素敵かも。お母さんもお父さんもNYに行きたがっているし」と夏美は嬉しそうに言う。
「そんなことはできない」と正樹は少し大きな声で言った。「結婚式は、普段お世話になっている上司や他の官庁の人に対する恩返しの場だし、将来政治家になるために、国会議員と知り合うための絶好の場所なんだ。結婚式にはそういう狙いもある。アメリカで結婚式なんかしたら、そういう人たちを呼べなくなるし、いろいろなチャンスを失うことになる」と正樹は怒ったように言った。