正樹と夏美の大学時代
正樹は当然のように東京の一流大学に進学し、夏美は英語教育で有名な東京の女子大に入った。夏美は正樹ほど勉強ができなかったが英語だけは好きだったからその大学に入れてとても満足していた。大学では英米文学のゼミに入ってアメリカ20世紀文学についてレポートを書いたり議論したりした。夏美は英語を勉強して何をしたいの、と、1度正樹が夏美に聞いたことがあった。特にしたいことがあるわけじゃないの。ただ英語が好きだし、アメリカの小説を読むのも好きだからと答えた。ジャズの本もいつか英語で読んでみたいし、それだけ。と夏美は答えた。正樹はその答えに不満そうだったが、夏美は正樹と結婚して奥さんになることしか考えてなかったから、英語を使って何か仕事をしようなんて思いもしなかった。
正樹は大学4年の時に受けた国家公務員試験に優秀な成績で合格し財務省に入った。
「どうして財務省を選んだの」と、夏美は、正樹の就職をお祝いするために二人で行ったイタリアンレストランで聞いた。
「官庁はたくさんあるけど、お金を握っているのは財務省だから。やっぱりお金を握っているところが一番強いし権限がある。どうせ行くなら大きな権限があるところが面白い」と正樹は言った。
「そうか、私の家もお母さんが財布握っていてお父さんより強いし」と夏美が言った。
「国家と夏美の家を一緒にするなよ」と言って正樹は笑った。