ニューヨークでの出会いと別れ、成長物語、人生にとって恋愛の重要性や意味とは、いろんな切り口で読める大人の物語です
夏美と正樹は生まれる前からずっと一緒だった。二人の両親が名古屋市郊外の町で隣同士で住んでいた。同じ形の一戸建て住宅がどこまでも並ぶ典型的なベッドタウンだ。正樹の母の和代と夏美の母の涼子はちょうど同じ時期に妊娠し、同じ産婦人科に通い、それぞれが購入した育児に関する本をお互いに貸したり、男なんてこんな時には何の頼りにはならないわと不平を言ったりして過ごした。
「私たちは辛い戦いを共にした戦友なのよ」と二人はよく笑いながら言っていた。「あなたたちは、私たち二人の大切な戦利品」と正樹と夏美に向かって言うこともあった。
「ひどいわよね、私たち、物みたい」とそう言われた時いつも夏美は少し怒りながら正樹に言った。
夏美が3日先に生まれ、それを追いかけるように正樹が生まれた。二人は同じ幼稚園に通い、同じ小学校に入った。夏美が家を出て正樹の家の外で正樹が出てくるのを待っている。夏美は正樹の母親にも可愛がられていたからもちろん正樹の家に入っていくこともできたが、夏美は外で正樹を待って、そこから見える景色を眺めているのが好きだった。屋根の色しか違わない家が、きちんと整列している子どもたちのように並び、その家並みのはるか向こうにはいくつもの山々が見え、季節によって違う色の衣をその山肌にまとっていた。空に浮かんでいる雲を眺めていることも好きだった。毎日昨日とは違う形の雲が昨日とは違う場所に浮かんでいた。
正樹はいつも学校に間に合うぎりぎりの時間に出てきて、二人は学校まで早足に歩き、時には走って行くことになった。夏美は正樹と二人で走って学校に行くことが嫌いではなかった。景色がいつもより早く後ろに過ぎ去っていくのに、歩いている時より周りがくっきりと浮かび上がって見えた。正樹の息遣いも聞こえる。いつも正樹が途中からスピードを速め、夏美は少し後ろから必死で付いていくことになった。
「ずっと正樹の後をただ付いてきた」と夏美は走りながら思った。「これからも正樹の後をずっと走って行こう、何があっても」と夏美は思った。
少し痩せすぎと言えないこともなかったが背も高く、成績も常に学年のトップで、中学高校とバスケット部のキャプテンをしていたから、女子生徒の人気もあったが、正樹は夏美以外の女性には興味がないようにみえた。