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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あべこべ網 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは将棋倒し、もしくはドミノ倒しをやった経験があるだろうか?

 ドミノの並べ方、それを倒す際の美しさを楽しむこの遊びは、16世紀に原型ができて以来、多くの国、多くの人の間で人気を博している。

 私も時間が取れると、地元のイベントに進んで参加していたよ。いまのご時世だと、催されることが少なくなってしまっているけどね。


 ドミノ倒しをするにあたって、私が昔から思っているのは、物事には順序が必要だ、ということだ。

 真っすぐ並べたドミノだって、一方から倒されれば、もう一方が自動的に最後尾になる。動き出した時点でドンケツが決まっているわけだ。

 中ほどにあるドミノたちも同じで、どちらかから倒されれば、自分がいくつめに倒れるかが決定する。アクシデントでもない限り、それらの順番は飛んだりゆがんだりすることなく、確実に訪れるんだ。もはや、運命といっていい。


 だからね、あらゆることでいつもと違う順番が現れるようなら、少しばかり気を配るべきだと思うんだ。現れたものばかりでなく、そこからしばらく続く流れまで、ね。

 その一例を示した昔話を、最近になって仕入れてね。君の好きそうな話だと思うし、聞いてみないかい?



 むかしむかし。とある村にいた妊婦のお産が、長引いていた。

 初産とはいえ、すでに陣痛が始まって丸一日以上が経っており、まだ赤ん坊の身体の一部しか見えていなかった。

 その赤ん坊は逆子だったんだ。それも足の先から出てくるという、とても厄介な事態だった。

 現代のように、帝王切開ができる環境でもない。母親の体力と産婆や医師といった、その場にいる者たちの技量頼みとなり、実に30時間に及ぶお産の末、赤ん坊はその産声をあげたんだ。

 一度、陽の下へ生まれ出て泣き始めると、赤子は健康そのものに思えた。母親も後々まで響くような負傷や症状も残らず、誰もが胸をなで下ろしたという。

 しかし翌日以降、奇妙な現象が村の中で起こるようになった。


 野菜が多く育つ、この初夏の時期。本来であれば双葉などを土からのぞかせる作物たちだが、どうしたことか。真っ先に彼らが土をのけて現したのは、黒や灰色に染まった枝の姿だったんだ。

 何本、何十本と長い枝が突き立つ畑の姿は、むしろ墓地のたたずまいだ。枝を墓標代わりにいくつも突き立てて作ったと説明した方が、まだ説得力がある。

 奇妙に思った村人たちは、試しにその一本を抜きにかかってみた。まずはそのまま引っ張り、そのままで歯が立たないと分かると、土を取り除けながら、数人がかりで枝をつかみ、深くにあるものを引き上げようとする。


 枝は全く抜ける様子を見せない。掘っていくにつれ、ますますその身体は太くなり、複数人がかりで強く引っ張るたび、畑の土全体がぐらりと揺れる感触がしていたんだ。

 すでに地中で、大きな根が張っている。いや、本当に「根」があるのかどうかは怪しいが、それほどに広大な何かがあると、皆は薄々察していた。

 これ以上、手を加えると何かしらの祟りがあるかもしれない。年寄衆がそう呼びかけて回ったこともあり、枝はそのまま置いておかれる。日を追うごとに、枝の背丈はじわじわと伸び、いったい土の下で何が育っているのかと、少しずつ皆の間で不安が高まっていった。

 

 そうこうしているうちに、新しい異変が村人たちを襲った。空腹が満たされないというんだ。

 ただの腹減りであるならば、騒ぎにはならない。問題は昨晩、口にしたはずのものが、夜が明けると元に戻っていることだ。

 家に蓄えてあった水、米、野菜など、前の晩に消費したはずのものが、調理される前の姿で、保存してあった場所に鎮座しているんだ。

 最初のうちは、かえって好都合ととらえていた村人。

 減らない食料ができた。腹が空いたらそのたび食べればいいのであって、寝起きの空腹くらいは我慢すればいいと。

 

 しかし、数日も経つと少しずつ恐ろしい実態を目の当たりにすることになる。

 たとえ前の日にまったく食事をとらなかったとしても、食料の貯蔵は増えていくんだ。記憶力の良い者は、それが前々日にとった食事に使われたものであるとも気がついた。

 そのうえ、食事をとっているものでも、翌日になると消費した量以上の野菜たちが、戻ってくるんだ。そして身体が訴えるのは空腹のみならず、痛みやくらみといったものが混じっり始め、ついには立てなくなる者さえ出てくる始末。

 飢えにあえぎながらも、どうにか動ける者は解決の策を求めて、あちらこちらをかけずり回った。しかし、有効なものは聞いても探せども見つけることはできないまま。

 その日も皆は頭を抱えたまま、「どうせもとに戻ってしまうのならば」と、いつもより数倍する量の具材を鍋で炊き、ほぼ夜通しで食べ続ける家がほどんどだったとか。


 そうして、ほとんどの家の者が起きていたからこそ、気がつくことができたんだ。

 あの逆子として生まれた赤ん坊。村の誰よりも早く寝息を立てていたはずの彼が、母親がうっとり舟を漕いで目を放したその一瞬で、大きく泣いたんだ。けれども、その声は長く続かない。

 はっと彼の両親が見たときには、大口を開けた赤ん坊と、その小さな口にぽっかりはまるいがぐりのごとき大きさの姿があったのさ。

 無数のトゲに覆われながら、その一本一本の間に、あぶくを思わせる小さな目の集まりを見せる奇怪な物体。それをごくんと、喉の奥へと飲み込んでしまった赤ん坊は、ごろりと布団から抜け出すと、母親のまたぐらを目掛けて飛び込んでいったんだ。


 あっという間のことだった。

 頭から突っ込んだ赤ん坊に対し、母親が自らの裾をまくり上げたときにはもう、胴体の半分以上が隠れ、腰より下しか見えないような有様だった。

 ほんの半月ほど前まで、自分が育てられていた場所。すでに体も大きくなってきているだろうに、そして母親側ももはや、赤子を抱えておけるようなお腹になっていないだろう。

 なのに赤ん坊は抵抗なく、身体の残りさえもねじこみ、ついには残っていた足もちゅるんと中へ入っていってしまった。ちょうど足から出てきたお産の逆回しのようだった。

 受け入れた母親の腹もまた、いっぺんに大きくなる。しかしそこに痛みは一切なく、むしろ温かくて安らぐ感触が、丹田にじわじわ溜まっていくのを感じていたらしい。

 

 

 更にその半月後。母親は二度目のお産を迎えた。

 今度は頭から赤子が出てきたばかりか、痛みもまったく伴わないという、用足しと変わりない生みようだったという。

 改めて赤ん坊が外へ出て来るや、畑の枝類はみるみる土の中へ引っ込み、代わりに若葉を見せ始めた。

 食したものはきちんと数を減らし、久しく味わわなかった満腹感が人々に戻ってくる。

 

 あの赤ん坊がくわえていたもの。正体は分からないが、あれをとらえるために様々なものをあべこべにする必要があったのではないかと、人々はうわさしたらしいよ。


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