9 愛のビンタ
「──────シー・・・・・・」
ん・・・・・・。
「ヨッシー、起きて・・・・・・」
んん・・・・・・。
「ヨッシーってば」
「んん・・・・・・ん?」
誰かに肩を揺さぶられ、オレは目を覚ました。
ここはオレが昨日も止まったヤマトウ家の寝室。
カスミとレイコは同じ寝室で寝て、オレは違う部屋で寝ていた。
それにしても、今はまだ真夜中やというのに一体誰やろうか?
オレは寝ぼけ眼をこすりながらまぶたを開けた。
すると目の前に、普段着に着替えたレイコの姿があった。
オレはまだ半分以上眠っている頭で尋ねた。
「何やねんこんな時間に?」
それに対してレイコは、至極声をひそめて言った。
「ヨッシー、起きて」
そしてレイコは無理やりに、オレの上半身を抱き起こす。
「な、何やねんオイ?まだ夜の夜中やろ?寝かしてくれよ」
オレはそう訴えたが、レイコはそんなオレの両肩をガシッと掴み、至って真剣な口調でこう言った。
「あたしな、決心してん」
そのあまりに真剣な目つきに、オレも少し姿勢を正して尋ねる。
「決心って、何を決心したんや?」
するとレイコは、ひと際言葉に力を込めてこう続けた。
「カスミンを、誘拐する」
「何やて?」
突飛とも言えるその言葉に、オレは思わず眉をひそめた。
しかしレイコの顔は真剣そのもので、とても冗談を言うているようには見えへん。
なのでオレは続けてこう尋ねた。
「それ、本気で言うてるんか?」
「うん、本気や」
レイコは深く頷いて言った。
どうやら本気みたいや。
そのおかげですっかり目が覚めたオレは、脳ミソをフル回転させながらレイコに聞いた。
「しかし何でいきなり、カスミを誘拐しようなんて思ったんや?」
「だって犯罪って、ある程度話題性がないとニュースにならへんやろ?
ニュースにならへん程度の犯罪を犯しても、ウチの両親への社会的ダメージは小さい。
でも、カスミンみたいに物凄いお金持ちのお嬢様を誘拐したら、凄いニュースになるし、
警察官かって沢山動く。
そうなると、ウチの両親への社会的ダメージは大きくなるっちゅう訳。
ざまぁみろ。
だからあたしはカスミを誘拐する事にしたんよ。分かってくれた?」
「ああ、大体分かった。つまりお前は、お前の両親を困らせるために、カスミを誘拐しようとしてるんやな?」
「その通り!」
「やっぱり両親の事を、憎んでるんか?」
「憎んでるというより、怒ってるんや。
あたしの意思なんかそっちのけで喧嘩して、離婚して、
どっちかの親について来いやなんて、フザけてると思わへん?」
「まあ、そうやなぁ」
「それやったら最初から結婚なんかすんなっちゅうに!」
「でも、結婚した時は仲が良かったんやろ?」
「だからって仲が悪くなったら離婚するんか!」
「いや、だから、そこに至るまでに、色んな大人の事情があったんやろ」
「大人の事情って何やねん⁉大人の事情を聞いてほしいなら、子供の事情も聞くのがスジとちゃうの⁉」
「まあ、そうやなぁ・・・・・・」
何か、オレが怒られてるみたいになってるんやけど。
何でオレ、こんなに申し訳ない気持ちにならんとあかんの?
とにかくこのままやと更にオレが怒られそうなので、話題を変える事にした。
「ところでお前、ニュースになるようなでっかい事件を起こしたら、お前自身、ただじゃ済まへんぞ?
下手したら、一生分の人生を棒に振る事になるかもしれん。それでもええんか?」
それに対してレイコは、何の迷いもなくこう答えた。
「それでもええ!あたしはあのアホな両親に、少しでもあたしの怒りをぶつけられたらそれでええんや!
その後のあたしの人生なんかどうなろうと知ったこっちゃない!」
「そうか、分かった」
レイコのその真剣な言葉に、オレはそう言って頷き、そして──────
レイコの頬を思いっきりひっぱたいた。
パチィン!
「痛ぁっ⁉な、何するんよヨッシー・・・・・・」
オレがホンマに思いっきりレイコの頬をビンタしたので、流石のレイコも怯んでしおらしくなった。
そんなレイコにオレは語気を荒くして言った。
「お前がフザけた事を言うからやないか!」
するとレイコも負けじと言い返してくる。
「フ、フザけてなんかないもん!あたしは本気で言うてるんや!」
「だからオレは怒っとるんじゃ!お前が両親に対して怒る気持ちはよく分かるわいな!
そやけど何で両親に仕返しをするために、お前が人生を棒に振らんとあかんねん⁉」
「それくらいあたしは怒ってるんや!あの人らを困らすためなら、あたしはどうなってもええねん!」
「その考えがオレは気に入らんのじゃ!ええかよく聞け!
オレは他人に思いやりが持たれへん人間が大嫌いやけど、
自分の事をないがしろ(・・・・・)にする人間も大嫌いなんじゃ!
だからオレはたった今お前の事が大嫌いになった!」
「なっ⁉そ、そんなにハッキリと言う事ないやんか!」
「いーや言うね!オレはお前が大嫌いや!」
「な、何よ!ヨッシーはあたしの気持ちなんか分かれへんやろ!だからそんなひどい事が言えるんや!」
「あーそうや!お前の気持ちなんかさっぱり分からんな!
両親が離婚するからってスネてるガキにしか見えへんわ!」
「うぅ、ひどい・・・・・・そこまで言う事、ないやんかぁ・・・・・・」
レイコはそう言うと、とうとう泣き出してしもうた。
あ~あ、誰やねん泣かしたの。
あ、オレか。
いや、でもね?
オレは別に、ホンマにレイコが嫌いになってこんな事を言うたんとちゃいますよ?
そうやなくて、レイコがアホな事をせんようにこんな事を言うたんですよ?
だってやっぱり、誘拐はアカンでしょう?
しかもそれで警察に捕まったりしたら、レイコの人生が台無しになるやないですか。
だからオレは、レイコの事を思ってこんな事を言うたんですよ?
分かってもらえました?
(著者注※ププッ(笑))
うぉい⁉誰や今笑ったの⁉
するとそんな中、レイコは本格的に泣き出した。
「うゎあああん!びぇええっ!」
何か小学生の低学年の子が泣いてるみたいやけど、このまま泣かしとくのも可愛そうなので、
オレは近くにあった箱ティッシュを取り、それをレイコに差し出した。
「言いすぎて悪かったな。とりあえずこれで涙を拭けや」
「うるさい、ヨッシーなんか嫌いや・・・・・・」
レイコはそう言いながらも、オレの差し出したティッシュを一枚取り、ズビビィッと鼻をかんだ。
そしてレイコが少し落ち着き、何かを言おうとしたその時やった。
ジリリリリッ!
辺り一帯に、非常ベルの音がやかましく鳴り響いた。