9 レイコの犯罪
「何をしとるんじゃお前はぁあっ⁉」
ズッコケそうになったのを何とか踏ん張り、オレはレイコに怒鳴り散らした。
それに対し、レイコは何ら悪びれる事なくこう言った。
「犯罪」
「アホか!何を子供のイタズラみたいな事をやっとんねん⁉
ニュースに出るような凶悪な犯罪を犯すんとちゃうんかい⁉」
「うん、だからまずは、犯罪のウォーミングアップをしようと思って」
「ウォーミングアップって何やねん⁉」
「いきなり凶悪な犯罪を犯そうとしても失敗しそうやんか。
だからまずは簡単な犯罪から慣らしていこうとかと」
「筋トレか!しかも飯を御馳走になった家の前で、一体どんな落書きをしたんや⁉」
「『この道を通ると、右ひじに微量の電気が走ります』って書いた」
「微妙に嫌やな!ちょっと回り道したくなるやんけ!」
「これで最初の犯罪は完了したで」
「次はどんな犯罪に手を染める気やねん⁉」
「吉野家の牛丼屋に行って、その看板に『吉野家』っていう振り仮名を振る」
「やめんかい!それやとただの吉野さんの家みたいになるやろ!アホな事しようとするな!」
「アホな事とは失礼やな。あたしは真剣なんや。余計な口出しはせんといてくれる?」
「あ、あのぅ・・・・・・」
オレとレイコが口論する中、カスミがおずおずと口を挟んだ。
「レイちゃんが真剣なのはよく分かりますけど、やっぱり犯罪を犯すのは良くない事だと思います。
だってそんな事をしたら、レイちゃんが警察に捕まってしまいます」
するとレイコは、一転して穏やかな口調になってカスミにこう言った。
「ありがとうカスミン。でも、あたしがどうなろうとそれはどうでもええ事やねん。
あたしはただ、あのアホな両親を困らせてやりたいだけなんやから」
「そんな・・・・・・そんなの嫌です。
せっかくこうしてレイちゃんとお友達になれたのに、
そのお友達が警察に捕まるだなんて、私、耐えられません・・・・・・」
カスミはそう言うと、うつむいて声を詰まらせた。
「カスミン・・・・・・」
それを見たレイコは、少し瞳を潤ませながらカスミの小さな体を抱きしめ、こう言った。
「あたしと、結婚してください」
「何でやねんオイ。おかしな点が多すぎるやろ」
オレがそう言うと、レイコは涙声になりながら答えた。
「だってカスミンってメッチャええ子なんやもん!あたしが男やったら絶対プロポーズしてるわ!」
「女の今でもプロポーズしとったやないか」
そう言って呆れていると、レイコに抱きしめられていたカスミが、レイコの胸元から顔を出して言った。
「あの、レイちゃん、ちょっと苦しいです・・・・・・」
「ああ、ゴメンゴメン」
カスミにそう言われ、慌てて体を離すレイコ。
そしてペロッと舌を出してこう続けた。
「カスミンの抱き心地があまりにも良くて、つい興奮しちゃった♡」
お前はセクハラオヤジか。
まあそれはともかく、オレはレイコに言った。
「とにかくお前、もうそろそろ家に帰ったらどないやねん?」
それに対してレイコ。
「やだプー」
「やだプーってお前な・・・・・・そもそも家出して何日目や?」
「えーと、今日で五日目かな」
「寝泊まりはどうしてんねん?友達の家か?」
「そんな事したら友達に迷惑がかかるやんか。夜は公園のベンチで寝てる」
「危ないなぁ。変なオッサンにさらわれてしまうぞ?それに小遣いはあるんか?」
「昨日でなくなった・・・・・・」
「だからさっき空腹で倒れとったんか。それやったら尚更家に帰った方がええやろ」
「だから嫌やって言うてるやんか。背ぇちっちゃいクセに分からずややなぁ」
「背ぇちっちゃいのは関係ないやろ!それに分からずやなんはお前の方や!」
「何でやねん!帰りたくないから帰りたくないって言うてるんやんか!
もうあんな親の顔なんか見たくないんや!」
「そやからってこのままでええ訳ないやろ!
とにかく一旦家に帰って、お前の気持ちを両親にぶつけたらどないやねん!」
「そんな事して素直に聞く人らとちゃうねん!」
「そんなんやってみんと分からんやろ!」
「分かるわチビ!」
「チビって言うなブス!」
そう言って睨み合うオレとレイコ。
もう頭きたぞコンチクショウ。
オレは基本的に女と喧嘩はせぇへん事にしてるんやけど(やったら負けるという理由ではないぞ)、
今回ばかりは我慢ならん。
相手は年上やし、こうなったらとことんやったるぞ!
と、腹をくくったその時、カスミが慌てて間に割って入った。