8 奥様の疑問
これでこの部屋に残ったのは、オレとナミコさん、そして、ナミコさんが作ったカレー。
オレは今、絶体絶命の大ピンチを迎えている。
第一巻で、『反少年主義窮地』という話があったが、この話にタイトルをつけるとこうなる。
『反少年主義死亡』
オレはここで命絶えてしまうんやないやろうか。
そう思えてならんかった。
そんな中、ナミコさんは穏やかな口調でオレに言った。
「それじゃあカスミの事はテイコさんに任せて、私たちは夕ご飯を頂きましょうか♡」
「そ、そうですね・・・・・・」
オレは下手な愛想笑いを浮かべ、元の椅子に座った。
するとナミコさんは、首をかしげながら呟いた。
「それにしても、どうしてカスミはあんな病弱な体に生まれてしまったのかしら・・・・」
だからそれは、あなたの手料理のせいなのでは・・・・・・。
「おまけにウチの主人ときたら、休みは定期的にあるはずなのに、なかなか家に帰ってこないの。
一体どうして?」
それも恐らく、あなたの手料理が原因では・・・・・・。
「ねぇヨシオ君、どうしてだと思う?」
「えっ⁉え、え~と・・・・・・」
いきなり意見を求められ、オレは思わずさっき思った事を口走りそうになったが、
それをすんでの所で飲み込み、代わりにこう言った。
「どんな幸せなご家庭でも、色んな問題があるものですよ」
咄嗟に思いついた言葉を言っただけやったけど、ナミコさんは大いに共感してくれたようで、
「うんうん、やっぱりそうよねぇ」
と言いながら深く頷いた。
そして少し間を置き、ポツリとこう言った。
「ヨシオ君、本当にありがとうね」
「え?何がですか?」
オレが目を丸くすると、ナミコさんは穏やかな口調で続けた。
「カスミとお友達になってくれて。
あの子、ヨシオ君と文通をするようになって、本当に元気になったの。
体もそうだけど、心の方も。
カスミは小さいころから人見知りが激しくて、身内以外の人間には、ほとんど心を開かなかったの。
だから、病気がちというのもあったけど、あの子はあまり学校にも行きたがらなかった。
でもヨシオ君と知り合ってから、それも変わってきたわ。
あの子は少しずつ学校に行くようになって、段々と学校のお友達にも心を開けるようになったの。
だからヨシオ君は、カスミの恩人みたいなものなの。本当にありがとう」
「ええ?そ、そんな、オレは恩人って言われるような大した事はしてないですよ」
ナミコさんの至極真剣な言葉に、オレは大層恐縮した。
オレはただ、理想の女性を求めてカスミと文通を始めただけやのに、
それがあいつにそんなにも大きな影響を与えていたとは。
何かもうひとつ、実感が湧かへんなぁ。
まあ、人を傷つけてしまう時も、自分では自覚がない事が多いから、
人が他人に何かしらの影響を与える時は、
案外、与える側の人間は特に何も考えてなくて、
受け取る側の人間が、色々考えていたりする。
つまり、影響を与える方が実は受動的で、受け取る方が実は能動的なんや。
だからつまり何を言いたいのかというと、何が言いたいんやろう?
何か話がややこしい事になってきたな。
こんな時タイ兄ちゃんが居てくれたら、いいアドバイスをくれるんやろうけど。
そんな中ナミコさんは、改めてオレに言った。
「ヨシオ君、本当にありがとうね」
「だ、だから、オレはそんなに大した事はしてないですって」
照れるオレ。
でも正直、ナミコさんにこれだけ感謝されて、悪い気はせぇへんけど。
するとナミコさんは、軽い口調でこう続けた。
「じゃあ真面目な話はこれで終わり。冷めないうちに、私の作った特製カレー(・・・・・・・・・・)を召し上がれ」