3 ブッコミのテイコ
通用口を抜けるとそこに、これでもかというくらい広大な庭が広がっていた。
ある一角には美しい花が咲き乱れ、また別の一角には、緑豊かな木々が生い茂っている。
これは個人宅の庭のレベルやないぞ。
そしてその庭のはるか向こうに、カスミの家と思しき建物が見えた。
ここからやとかなり離れてるからハッキリとは分からへんけど、あの家も相当でかそうやった。
ていうか、あの場所まで歩いて行かなあかんのやろうか?
駅からここまでの距離より、更に遠そうやねんけど。
するとそんなオレの考えを察したように、テイコさんが言った。
「心配せんでも、歩くのはここまでや。あのお屋敷までは、アレに乗って行くんや」
そう言ってテイコさんが指差した先に目をやると、そこに一台のスクーターが置いてあった。
「なるほど、アレに乗ればあっという間に向こうに行けますね。
でも、オレヘルメットないし、おまけに三人乗りっちゅうのはマズイんとちゃいますか?」
それに対してテイコさんは、自信満々にこう言った。
「大丈夫!ここはヤマトウ家の私有地やから!」
「だからといって、あまり無茶な運転はダメですよ?テイコさんはすぐ調子に乗るから」
「はい・・・・・・」
カスミにそう釘を刺され、シュンとかしこまるテイコさん。
何やらカスミがテイコさんのお母ちゃんに見えてきた。
そんな中テイコさんはスクーターの傍らに歩み寄り、それにガバッとまたがった。
するとスクーターのタイヤが思いっきりグニュッとへこんだ。
しかしテイコさんはそんな事は一切気にせず、オレとカスミに言った。
「ささ、二人とも乗って乗って」
しかしあいにく座席の後ろの部分は、テイコさんのでっけぇお尻に半分以上占拠されている。
なのでオレは小声でカスミに問うた。
「なあ、オレ達はあのスクーターの、どの部分に乗ったらええんや?」
それに対してカスミも、小声になってこう返す。
「私はいつも、テイコさんの膝の所に乗っています」
「じゃあオレは何処に乗ろう?」
と首をひねっていると、テイコさんは自分の肩を指差しながら言った。
「ヨシオ君はここに掴まり」
「え?テイコさんの肩に掴まるんですか?それってちょっと危なくないですか?」
オレは不安の声を上げたが、テイコさんは事もなげにこう言った。
「大丈夫!振り落とされへんかったら大けがはせんから!」
「いや、だからその振り落とされる心配をしてるんやけど・・・・・・」
結局カスミはテイコさんの膝に乗り、オレはテイコさんの肩にコアラのようにしがみついた。
大柄なテイコさんの背中は見た目よりも大きく、オレのお父ちゃんの倍はありそうな気がした。
そのテイコさんが、両手でハンドルをグッと握りしめて叫んだ。
「ヨシオ君!振り落とされへんように頑張るんやで!」
「いや、ていうか、振り落とされへんようなスピードで走ってくれたらええんですけど」
オレはそう提案したが、それに対するテイコさんのコメントはこうやった。
「私は若いころ、『ブッコミのテイコ』と呼ばれとったんや!」
知らんがな。
そして『ブッコミのテイコ』はハンドルを思いっきりひねり、
「行くでぇええっ!」
という叫び声とともに、スクーターを急発進させた。
しかもいきなりアクセルを全開にしたせいで、
タイヤがギャギャギャギャ!と凄い音を立ててホイルスピンをし、
次の瞬間、スクーターはありえない加速力で爆走を始めた。
「ぎゃあああっ!」
のどかで緑豊かな庭園に、スクーターの爆音と、オレの悲鳴が轟いた。
何度も言うけど、やっぱり神戸なんかに来るんやなかった。