魔王VS勇者
「「おかえりなさいませ。我らが主君。ルー・デンベルグ魔王様」」
ゲームにログインした涼介ことルー・デンベルグ魔王を迎えたのは二人の召使い。
ちなみにこの二人はNPC。
つまり、予め運営によって設定され配備されたモブだ。
ただ、魔王直属というだけあってステータスもそこそこ高い。
とはいっても、この世界の上位プレイヤーには劣ってしまうが。
「いつも同じセリフ、同じ仕草での出迎えご苦労さん」
『いやいや~、それほどでも~』
というジョークをNPCはかましたりしない。
「本日はどのようにいたしますか。我が主君よ」
そう言いつつ一歩前に出てきたのはゲルトだ。
「人界軍との今の戦況を教えてくれ」
「はい。ただいまの人界軍との戦況はこのようにあります」
そう言うと、ゲルトがパチンッと指を鳴らす。
次の瞬間、何もないところに光学映像のスクリーンが映し出された。
「ふむ。東西で張っている防衛線が突破されつつあるが、原因はわかるか?」
「はい。おそらく魔法の力によるものかと」
「魔法だと?魔法は我々しか使えないはずだろう?」
「はい。人間にも稀に魔法を扱う者がいるそうですが、我々魔族と比べると大したことはありません。しかし、ここ数日で魔法を扱える人間が増えてきてるのもまた事実です。それも戦況を大きく覆せるほどの力で」
「となると……こちら側から人間どもに魔法に関する知識を流している裏切り者が……?」
「左様かと」
「とにかく西と東に人員をまわせ。足りないのなら中央からでもいい。そこが破られたら我々は負けるぞ」
「しかし、中央からまわすとなると今度はそこが危ないのでは?」
ゲルトの言う通りである。
学校が終わって帰宅し、早々にログインしたのだから時刻は16時前後となる。
当然夜と比べるとプレイヤーの数も圧倒的に少ない。
「いや大丈夫だ。中央には我が直々に赴くとしよう。ゲルトはこのままここに残り戦況を掌握しとけ。リサーナ!お前は我についてこい。援護をしてもらおう」
「「承知いたしました」」
「では行くとしようか。人間どもに魔王の恐怖を叩きこんでやる……!」
渦舞く戦火の中、ヒューマン族のプレイヤー達は勝機に満ち溢れていた。
ある者は人間サイズの盾で敵の攻撃から味方を守り、ある者は味方に加護と癒しを与え、ある者は詠唱を唱えると強力な攻撃魔法を叩きこんでいた。
「進めーーっ!プレイヤーの少ない今がチャンスだ!このまま一気に押し切るぞーーー!」
リーダーらしきプレイヤーの怒号と共に周囲からも『うおおおおおおおおお!』と声が重なる。
リーダーの元に駆け寄るプレイヤーが一人。
「おい、ヴェルゴ!これは本当にやれるんじゃないか?」
「まぁ落ち着けよ。まだ油断はできん。といってもプレイヤーがいないこの時間帯で魔界軍はNPCだけで持ちこたえるとも思わんがな。がっはっはっは!」
人界軍リーダーの名はヴェルゴ。勇者のいない人界軍のトップはこの人物である。
勇ましい性格に巨躯であり、王宮流剣術の腕も人界軍の中では上位に立つであろう。
勇者不在の一年間、魔界軍との激戦を潜り抜け、今日まで他のプレイヤーたちをまとめあげてきた実力もあり、まさに理想のリーダーであった。
「皆の者!このまま前線を維持し、魔界のゴミ共をNPCもろとも蹴散らせぇ!」
魔界軍プレイヤー達はすでに憔悴しきっていた。
ある者は死を恐れログアウト。
ある者は奮闘するも四肢を切り落とされ、戦闘不能に。
士気の上がりきった人界軍の勢いは止まらない。
しかし彼らはまだ何も知らなかった。
知らなさ過ぎたのだ。
魔王という存在の恐ろしさを。
「ヴェルゴさん!西と東の部隊からの伝達です!敵がこちらに圧力を増してきたとのこと。また偵察部隊からも中央の戦力が分散したとのことです。どうやら我々の作戦は上手く進んだようです」
「ふっ、愚かな。了解した。西と東はそのまま今の戦況を維持せよ。突破はするなよ?また集まられたら意味がないからな。上手く分散させておけ」
「了解であります!」
「おまえらぁ!耳の穴かっぽじってよーく聞けぇ!敵さんはどうやらこっちの作戦にはまったようだ!このまま次の作戦に移るとする!後方で待機している魔導部隊の準備もそろそろ終わるはずだ」
「ははっ!魔界の怪物達は見た目だけじゃなく、頭もいかれてるらしいなぁ!」
「ほんとバカな奴らだぜ!」
そこら中から人界軍プレイヤー達の笑い声が上がってくる。
そしてヴェルゴもまたその一人。
「がっはっはっは!では、最後の命令だ・・・。中央連合部隊このまま前方へ突撃!目標・・・魔界城!魔王を打ち取れええええええ!死を恐れるな!骨は拾ってやるさ!」
人界軍の猛攻が始まった。
誰もがこの状況を見ればそう思うであろう。
だが、そうはならなかった。
人界軍が城に迫る中、魔王ルー・デンベルグこと涼介は空を飛んでいた。
羽など生えていない。
これはリサーナによる魔法である。
「リサーナ。見えるか?あれが人間というやつだ。お前は見たことがなかったな」
「・・・。」
NPCであるリサーナは興味を示さない。
運営によってあらかじめ設定されたリアクションしかとらないためである。
「ふん、まぁいい。リサーナ。敵の数はざっとどれぐらいだ?」
「・・・。」
「ええ!?これも無反応なの!?いまいちよくわからないなぁ。」
『リサーナ 無反応』という予想外な出来事に肝を抜かれつつも、涼介は敵を上空から見る。
中央にいる人界軍、その数はざっと3千万、4千万といったところだ。
そして涼介は地に降り立つ。
そんでもって一言。
「よくここまでこれたものだ。褒めてやろう、人間ども。だがしかし、貴様らの命もここまでだ。この魔王、ルー・デンベルグの前から生きて帰れると思うなよ?」
人界軍からどよめきがあがった。
先ほどまでの勢いは一体どこへ消えたのだろうか。
だがそれも仕方ない。
相手は魔王だ。
絶対なる存在はそこに”いる”というだけで相手に畏怖を与える。
魔王の何気ない降り立つ行動でも人間視点では突如目の前に現れたように錯覚させる。
もとより人間と魔王ではステータスに圧倒的な差がある。
結局一言では終わらなかったが、涼介は次の行動に移る。
並行して蓄積していた魔力を一気に放出させるためのスペルを唱える。
「ルー・デンベルグの名に置いて命ず。顕現せよ!深淵の扉よ!」
次の瞬間、人界軍プレイヤー達の頭上に無数の扉が出現する。
続けて涼介は詠唱する。
「欲望のままにその全てを喰らえ。ヘルドーナ!」
その扉は人間という餌を目の前にし、食事を始める。
「な、なんだあの扉は!扉が開いて……うわああああああ!」
その扉は魂を喰らう。
魂を捕食された人間の体は抜け殻となり、宿主を失った身体は次々と地面に倒れていく。
人界軍プレイヤーはすでに半数以下となるが、今もなお捕食は続けられている。
もはや人界軍に勝利の二文字は失われた。
「撤退だー!急いで撤退しろー!」
「も、もうだめだ……。こんなの勝てるわけが……」
背を向け敗走する者。
膝を付き、ただただ絶望する者。
しかし、こんな状況でも一人立ち続ける人物がいた。
ヴェルゴだ。
ヴェルゴは不敵な笑みを浮かべ、まるでその時を待っていたかのように涼介を見据えていた。
そんなヴェルゴの駆け寄る人物が一人。
どうやら先ほどまでヴェルゴと会話をしていたプレイヤーと見える。
「ヴェルゴさん!あんたも逃げないとこのままじゃやばいぞ!おい!聞いてんのか!」
「逃げる?何を言っている?もうすぐ……あと少しで目的は達せる!」
「この状況で何を言ってるんだ!さすがにこの状況じゃ……ああああぁぁぁ!」
また一人。
魂を捕食される。
「なんて脆いのだ。人界とは所詮この程度なのか?これならわざわざ大魔法を使うまでもなかったな……んん?こっちを見ている?この状況下で立ち続ける者もいるのか。ふっ、面白い」
そう言うと涼介はヴェルゴの前へと歩み寄る。
辿り着いた涼介は見下ろすように前に立ち、言葉を放つ。
「残念だったな人間。貴様らがどう足掻こうと我の前では無駄なのだよ」
しかしヴェルゴは反応を示さず、瞳の奥でただ、ただ、魔王を視ている。
「貴様はなんだ。なぜ平気で立っていられる。我の瘴気にも当てられてるはずなんだが?まぁいい……どのみち貴様らの負けだ」
ふん、つまらん男だ。
そう言い、立ち去ろうとする涼介の後ろから一声。
「魔王よ。なぜ今まで勇者が魔王の前に姿を現わせなかったのかわかるか?」
声の主は反応を示さなかったヴェルゴだった。
「分かりきった質問をするなよ人間。勇者に選ばれたプレイヤーがまだそちらにはいないからだろう」
「ちがうな。まず根本的に間違っているぞ」
何を間違っているというのだ?
勇者という職業にプレイヤーが選ばれてないのは事実だ。
勇者が誕生した瞬間、全プレイヤーにメールで通達はくるし、何より勇者だ。
魔王と並ぶほどの力をもつ人界軍最強の職業だ。
この一年間勇者が不在でも不思議ではない。
「どういうことだ?」
「いいか?勇者は別に選ばれるわけじゃねぇんだよぉ」
ヴェルゴは続けて言う。
「勇者は人類の英雄であり、世界を救えるたった一人の救世主。
勇者ってのは人類が!世界が!危機に陥った時。
”陥れる存在の力が公の場で明らかになった時”現れるんだ」
そうか、と涼介はヴェルゴが何を言おうとしているのか。
その真意に気づいた時にはすでに遅かった。
同時に自分の失態にも気づく。
「だが、魔王は勇者のいないこの世界で今まで何をしてきた?せいぜい軍の指揮や内務といったとこだよなぁ。勇者がいないんじゃ力を振るう場面なんて早々ないもんなぁ」
さらにヴェルゴは続けて言う。
「だが今ここを見てみろ!一度に大量の命が失われていくこの現状……。まさに世界の危機ってやつだよなぁ?」
ヴェルゴの不敵な笑みの正体が明らかになった瞬間であった。
「ぎゃーっはっはっは!今!ここに!勇者は誕生するぞぉ」
「くそがっ!」
ヴェルゴが意味したのはつまり勇者が今誕生するということだ。
今ログインしている魔界軍プレイヤーはほとんどが戦闘不能だしそもそもこの時間帯だと人が少ない。
さすがにまずい。
勇者と1対1で勝てるのか?
わからない。
不確定要素が多すぎる。
第一にこの男はなんなんだ。
なぜ尽きない?
「貴様になぜそんなことがわかる!ただのプレイヤーなんだろ!?運営側しか知らないような設定をなぜ語れる!」
「運営……?あぁ、そうかそうか。魔王様はあちら側かぁ」
「なにを……言っている?」
すると涼介にも見えるようにヴェルゴの上に名前を表示するカーソルが現れる。
「ヴェルゴ……?!?バカなっ!!なぜカーソルが青じゃなく黄色なんだ!」
黄色いカーソルが示すのはつまり……
「そうだ。お前ら風で言うなら”NPC”ってやつだなぁ。クックック……!」
「そんなはずないだろう!NPCは知能を持たない……AIじゃないんだ!こんなまともに話せるわけないだろう!!!」
だが、仮にNPCというならこいつが今立っていられるのにも説明がつく。
プレイヤーはNPCに対して攻撃は出来ても、その命を奪うことはできないのだ。
「そうらしいな。だから俺はNPCでもなんでもねぇ。”元々こっちにいるんだよ”」
「元々こっちに……?何を言っているんだ!?わかるように説明しろ!」
「まぁそんなに焦んなよ。ほら、きたぜ」
「きたって何が……!?」
そして、涼介は感じ取った。
それが何者なのか。
抜け殻となった人間が無数に倒れている中、涼介の元に歩み寄る影が一つ。
魔を打ち滅ぼさんとし聖剣を携え、いかなる攻撃をも無効化する鎧を身に纏う人物。
ストレートに伸びる髪は煌びやかな金に染まり、いかなる偽りをも見抜く碧眼を持つ少女。
涼介はその人物を知っていた。
ソフトを購入した時に同封されていた設定資料集に載っていた。
勇者『エイナ・アルカーデ』
「勇者……エイナ・アルカーデ……」
涼介は思い返すように彼女の名前を呼ぶ。
彼女の名前もまた黄色いカーソルであった。
俺はこの時動けずにいた。
(だって、この少女は……)
「災厄を起こし、世界を混乱と暗黒に陥れんとする魔王!今!私がお前を討つ!」
聖女の加護を受けた聖剣を抜き、ダッ!と踏み込み涼介の元へと駆ける勇者。
「ッッ!!」
反応が遅れ、一歩出遅れた涼介の目前に剣先が迫る。
(まずいっ!このままだとっ!)
死んでしまうーーー。
と涼介は終わりを決心し目を瞑る。
だが、その剣先が身を削ることはなかった。
あと1秒あれば届いたであろう剣先。
否、勇者の方が止まったのだ。
第三者による介入によって。
「まぁちょっと落ち着いてくださいよ。勇者様」
「貴方、一体何をしているのです!早くその手をどけなさい!」
「な、なんだ?」
ヴェルゴの介入により死を逃れた涼介。
しかし、目先にはまだ剣先が迫ったままだ。
「それに早くここを離れなさい!このままだと巻き込まれるだけじゃ済まないわよ!」
「だから落ち着けってぇ。魔王も勇者様も焦りすぎなんだよぉ。まぁいい、もう条件は揃ってんだぁ。とっとと始めるとすっかぁ」
「何を言ってるの・・・きゃあっ!?」
「勇者!」
突然、空間が引き裂かれそこから何本もの鎖が勇者を絡み取る。
手から聖剣が落ち、涼介もその脅威から解放されるが、同じように鎖に絡め取られる。
「おいヴェルゴ!一体何をするつもりだ!なぜ勇者まで!」
だがそんな言葉もヴェルゴの耳には届かない。
最初から気にもしていなかったかのように。
まるで、別の何かに縋るように……。
ヴェルゴは魔王と勇者に背を向けると腕を横に大きく広げ、威勢のいい声で叫ぶ。
「では、天使を召喚するとしよう……!魔導部隊!儀式の開始だぁ!」
ヴェルゴの合図を元に涼介達のはるか上空に巨大な魔法陣が形成される。
魔法陣が形成されると今度は天空から無数の光の柱が伸びてくる。
涼介が出現させていた扉も光の柱に当てられると、跡形もなく四散させ、光の粒子となり空気となる。
さらに光の柱は抜け殻となったプレイヤー達にも降り立ち、光の粒子へと四散させる。
そしてその柱は勇者にも例外なく伸び……
「きゃああああああああっ!?」
加護を受けた勇者の聖剣も光を失い、ただの金属器となってしまっていた。
そして勇者の体も徐々に光の粒子へと変わりつつあった。
涼介はその光景を目の当たりにしていたが、動くことはできなかった。
謎の鎖によってその強靭な身体は抑制され、魔法すら発動できそうにない。
ヴェルゴだけがその場で笑っていたが、こんな状況ではもはや気づけやしない。
(また俺は何もできないのか)
あまりはっきりとは思い出せない夢の中でもこんな状況だった。
そういえば、あの夢ここ最近何回か見た気もする。
だけどやっぱり鮮明には思い出せない……。
涼介は目を閉じる。
(また諦めてしまうのかい?)
聞き覚えのない声にふと目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
真っ白い空間。
ポツンと置いてあるレトロなイス。
そして、そこに座りかけ、足を組む少年。
(君はまた何も出来ずにここから逃げ出すのかい?)
何を言っている?
ここはどこだ?
俺はさっきまで……あれ、なにしてたんだっけ。
つかお前誰だよ。
(僕は子神。君達人間が崇める神というやつさ)
そんなわけないだろ。
魔王の前に現れる神様とか聞いたことないぞ。
(まあ今はそう思うだろうね。だけど君は魔王である前に人間だ。もう忘れたのかい?)
人間?
我は偉大なる魔王だ。
人々に恐怖を与え、世界を支配する者だ。
人間などという下等生物と一緒に……!?
(記憶が戻ってきたみたいだね。君は人間だ。だけど、あちら側でもない。この意味わかるかな?)
く、うああああああああああ?
涼介は頭を抱え、苦しみだす。
毎朝、母に起こしてもらう光景。
幼馴染と学校に通う通学路でからかい合う日々。
もう一人との幼馴染とゲームやらなんやらで語る日々。
それらはまるで幻であったかのようにモヤがかかり、そして。
走っていた少女。泣いていた少女。
やがて光に包まれ消えてしまった好きだった人。
上から見ている事しかできなかった無力な自分。
思い出したくない。
思い出さないようにしてたのに。
夢であったはずのあの日の光景が鮮明に浮かび上がってくる。
(君はもう無力じゃない。魔王という強大な力を手に入れたはずだ)
『契約の時はきた!今度は君が僕に力を貸す番さ。さあ、戻っておいで』
『氷室 涼介』
否。
『ルー・デンベルグ』の意識は途切れた。
誰か続き考えてください