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ファントムワールド

 聞こえてくるのは、爆発音と建物が崩壊する音。


黒煙が立ち込め辺りは薄暗く、遠くまでよく見ることはできない。


唯一、崩れた壁の隙間から差し込む、外の光だけが頼りだった。


瓦礫と火災で道は塞がり、塵と埃が舞い、悪臭が漂う。


そんな悲惨な状況の中を、一人の少女が走っていた。


その少女の足には千切れた鎖が繋がっている。


やがて少女は立ち止まる。


その目からは涙が溢れ出す。


少女は膝を付き、ただ、ただ、すすり泣いていた。




 (助けないと)




 だが少年は見ているだけしかできなかった。


少女の下へ駆け寄って、手を伸ばそうとしても、手も足も見当たらない。


動かす体が存在していなかった。


少年はただ見ているだけ。


その無力さに絶望するだけ。




 やがて少女の身体を淡い光が包み、その光はだんだんと輝きを増していく。




 (待ってくれ。君は誰だ。なぜ俺は見ているだけなんだ)




 そして少年の視界も真っ白な光で染まっていき……『氷室涼介』の意識は途切れた。








 「ほら涼介。そろそろ起きないと本当に学校遅刻しちゃうわよ。今年は皆勤賞狙ってるんじゃなかったの?」




 「んんーっ。ふぁああ……。おはよう母さん」




 「はい、おはよう。ほら、早く顔を洗ってきちゃいなさい。朝ごはん出来てるわよ」




 「はぁーい」




 氷室家恒例の毎朝繰り返される母とのやり取りを終えた涼介は、早速顔を洗いに自室を出る。


洗面所の蛇口を捻り、水がぬるま湯へと変わるまでの間、涼介は今朝見た夢を思い出す。




 (あの夢は何だったんだ。俺はあそこで一体何をしていたんだ)




 その夢は鮮明に思い出すことは出来ず、断片的なものでしかない。


顔を洗い、寝癖で乱れた髪を直した後、母の用意した朝食を口に運ぶ。




 (う、うまいっ!なぜ母さんの作る飯はこんなにもうまいんだ!)




 どうやら涼介の母が作る飯は相当おいしいらしい。




 「じゃ、行ってきます」




 「はい、気を付けてね。行ってらっしゃい」








 春を迎え今年で高校二年生になった涼介は、桜咲く通学路を歩く。


周りには涼介と同じ制服を着た学生達が、同じ方向へと歩いている。




 「今日めっちゃ寒くない?」




 「ねー。タイツかジャージでも履いてくればよかったかなぁ」




 ふと、前を歩く二人組の女子の会話が聞こえてきた。


寒いのだろう。


気持ちはわからないでもない。


見てるこっちも寒くなる。


だがだからといって、スカートの下にジャージを履くのは女子としていいのだろうか?


魅力が欠けてしまうではないか。




 そんなことを思っていると、後ろから突然肩をトントンと叩かれる。


考え事をしていたため、不意をつかれたものの、特に何事もなかったかのように振り向いてみる。


同時に、頬を指でツンで突かれる小さな衝撃。




 「やったー!ひっかかったひっかかったー!」




 「優紀……。いつもいつも朝から元気なご様子で」




 「そういう涼ちゃんは朝からいやらし~い目で女子の足を見てご機嫌斜めなのかな?」




 「んなっ!いやらしい目でなんか見てねえよ!t、ただ女子としてその、えっと、ジャージはどうなのかなと……」




 「ははーん。つまり涼ちゃんは『俺の目の保養のためにジャージなんか履いてないで生足見せろ』と言いたいわけだ。きゃーーー!みんなーーー!ここにえっちでいやらしい変態がいますよーーー!!」




 優紀の声に反応し、前を歩いていた二人組の女子がこちらを振り向く。


その顔はまるで『ドン引きです』と言わんばかりの表情をしている。




 「ち、ちがう!えっちでいたらしい変態なんかじゃ!ああもう!頼むから勘弁してくれー!」




 とまあ、こんな感じで毎朝ちょっかいを出してくる彼女は幼馴染の『神無月優紀』。


成績優秀、容姿スタイル共によし。


性格には少々問題があるのだが、本人曰く『美しいバラにも棘はあるのよー』と言っていた。


そういうとこを指摘しているわけだが。


それさえ除けば理想の美少女。


みんなの人気者だ。


そんなこんなで目的地である学校が見えてきた。


今日は始業式だ。




 「クラス発表楽しみだね!今年は涼ちゃんと一緒のクラスになれたらいいないいな!」




 「ん、まぁそうだな。去年はクラス別だったからな。一緒になれるといいね」




 「涼ちゃんが珍しく嫌がらない……!」




 「新しいクラスに顔見知りいないと不安だからな。ほら、俺って友達少ないじゃん?」




 「当たり前のように友達少ないじゃんって言われても困るんだけど……」




 「もし一緒のクラスになる人を選べるんなら、俺は真っ先に優紀を選ぶよ」




 「ちょ、ちょっと!いきなり何言い出すのよ!」




 「はは、冗談だよ冗談。でも一緒にいてこんなに楽しくて可愛い幼馴染がいて俺は幸せだなぁ」




 「もう……バカ。涼ちゃんなんて知らない!」




 そう言い残すと、優紀はクラス発表の紙が貼り出されている掲示板へと走って行ってしまった。




 「仕返し完了っと」




 涼介も掲示板の前まで着くと、自分の名前が書かれているクラスを探し出す。




 「俺の名前は……あったあった。えーっと、B組か。ありゃ?優紀とも本当に同じクラスになっちゃってる。そういえばあいつどこ行ったんだ?てっきりここで俺を待ち伏せしてまた何か仕掛けてくると思ったんだけどな」




 少し面白い展開を期待していた涼介にとって残念なようだ。


気持ちを切り替え、涼介は自分のクラスへとその足を進める。




 (ここがB組か。さて、どんなクラスなのかな)




 ガラガラと音を立てて扉を開き、教室を見回す。


そこにはすでに、半数以上のクラスメイトが集まっていた。


その中には、どうやら友達と一緒のクラスになれたのだろう。


友達とハイタッチしはしゃぐ、優紀の姿があった。


せっかくの楽しい場に割り込むのは気が向かないので、一人自分の席に着く。




 「よっ!涼介!また同じクラスだな」




 「おう。おはよう隆司」




 そう声をかけてきたのは『橋本隆司』。


優紀と同じく隆司とは、小学校時代からの長い付き合いの腐れ縁だ。


数少ない親友の一人でもある。




 「学校一の人気者の神無月さんと涼介もいるのはラッキーだぜ俺も。またよろしくな!」




 「ああ、よろしく」




 親友との軽い挨拶を済ませると、着席完了のチャイムが鳴り響く。




 「じゃあまたあとでな」




 自分の席へ戻っていく隆司と別れた涼介は窓から外の景色を眺める。


しばらくしてやって来た担任の話を適当に聞き流し、始業式でも終始興味のない様子であった。








始業式が終わり、隆司と一緒に帰っていた涼介。


二人はとある話題で盛り上がっていた。




 『PHANTOM WORLD』




去年発売されたこのソフトは多人数参加型フルダイブオンラインゲームで、発売直後から世界中のユーザーから圧倒的な支持を誇り、その売り上げは今も伸び続けている。


簡単に説明すると、このゲームは勇者サイドと魔王サイドの二つの陣営が存在し、ユーザーはこのどちらかにランダムで振り分けられ、敵陣営とPvPで戦うのだ。


それは勇者か魔王どちらかが倒されるまで終わることは決してない。


そしてこのゲーム一番の特徴は勇者か魔王どちらかが倒された時、ゲームはリセットされ、ユーザーはランダムな陣営に分かれた後、再び争うのだ。


リセットとはその名の通り全てを失い、一からまた始めるのだ。


故にこのゲームはこう言われている。


『すべてが幻なのだ』と。




 「しかしこのゲームの一番の特徴と言われているリセットがまだ一度も起きてないもんなぁ」




問題はそこだ。


リセットというものをまだ誰も目にしていないのだ。


なんせ魔王と勇者はまだどちらも倒れていないのだから。




 「なぁなぁ、魔王さんよ。早いとこ勇者様をこう、スババーッ!ドカン!って倒してくれないかね」




 「それができないのはお前もわかるだろ……」




 「そうだけどよーーー!」




 そう、涼介は魔王だ。


丁度一年前のこの日。


涼介はPHANTOM WORLDの地に降り立った。


まず最初に目にしたのは薄暗く、殺風景な広い部屋だった。


ところどころ装飾が施されているものの、言うならば未完成という状態に近かった。




 次に二人の召使いだ。


男の召使いは黒を基調としたスートを着こなしており、種族は恐らくヒューマン。


白い髪をオールバックにきっちりと固めており、モノクルを掛けたその姿は老紳士をイメージさせた。


女の方はブラウンを基調としたメイド服のようなドレスを着ていた。


種族は……思いつかない。


黒い角と先端が釣り針の返しのようになった尾が特徴的であった。


そして、この二人の召使い達は床に片膝を降ろし、頭を垂れ、こう口にしたのだ。




 「「お待ちしておりました。我らが主君。偉大なる魔王様よ」」




 「いやぁ、最初に聞かされた時はびびったわ。だって魔王だぜ?このゲームの主要人物だぜ?その魔王様がまさか涼介だなんてなぁ……」




 「俺も驚いたさ。でも魔王になったからには勇者を倒す。そして記念すべきこのゲーム初の勝利を掴み取ってやるんだ!」




 「でもその勇者様がいないんじゃクリアもできないって訳だ」




 「本当……いつになったら現れるんだろうな。勇者は」








 「ただいま」




 母は仕事で出ているため、今氷室宅には涼介のみだ。


帰宅した涼介は真っ先に自室へと向かう。


目的はもちろん決まっている。


PHANTOM WORLDをプレイするためだ。


涼介は自作のPCを立ち上げ、ソフトを起動する。


ゲームが開始されるまで少し時間を置く必要があるため、その間に涼介は室内着へと着替える。


しばらくすると、モニターの画面いっぱいに『ようこそ!PHANTOM WORLDへ!」と表示された。




 「さあ、ゲームスタートだ!」

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