そして特別講師がはるばるとやってきた
研究棟の廊下を二人の研究者が並んで歩いでいた。
ただ、一方は二本足で、もう一方は、四本足で歩く生き物だった。
私は生物の研究者だ。研究内容は多岐にわたる。
同じく研究者である同僚はゾウだ。そのゾウの体高は私の腰あたりまであり、
鼻は古代ゾウと同じく長く地面近くまで垂れ下がっており、
その両端には目がついているが古代ゾウと違いやや前方を向いており
眼鏡を通して黄色い虹彩がこちらを見ている。
体の大きさは古代の生き物で例えるなら、
人新世の初期でいうブタ程度の大きさだろうか。
ただし彼らを「鼻の長いブタ」とあざけり呼ぶのは禁忌とされている。
差別用語にあたるかららしい。理由はよくわからないが。
その同僚のゾウが話しかけてきた。名はパムヤーンと言う。
名前の由来についてはあまり深く考えないことにしよう。
パムヤーン「パム……すまないね。本当は私が特別講師に行く予定だったのだが別の用事ができてしまってな……」
「パメェ・・・いいですよ。私もゾウ相手に授業をするのはやったことがありませんがいい経験になるでしょう。生徒のほうも異種の生物と触れ合う機会を増やしたほうが良いともいわれますしね。」
パムヤーン「それにしても、君、しばしばパメェと言うね。それには何か意味があるのかい?」
「いいや、ただの口癖ですよ。特に深い意味はありません。溜息のようなものです。」
そういう経緯で私はゾウ達の特別講師として赴くことになった。
私はフェリーに乗った。ゾウ達の暮らすところは私の住む大陸とはまた離れている大陸だからだ。
数日で着いた。体が汗ばんでくる。どうやら暑い気候らしい。
いや、かつては古代ゾウが暮らしていたという大陸そのものだからか。
ここならゾウ達も他の大陸よりは快適に暮らせるだろう。
人新世初期の気候変動のショックからここまで回復するのにどれくらいかかったのだろうか。
私は当時を生きた人類ではないのでその頃の話はまるで実感がわかない。
ゾウ達の学校がある場所はどこだろうか。
私はさっと空中に手をかざしつつ手を翻し指を3の数字になるよう折り曲げ、
逆さにしたフォークで空中をかき混ぜるように手を回した。
「ユックー?」
そういう声とともに、目の前にシンボル化された、
ジト目にへの字口だけで構成されたシンプルな顔をしたオレンジ色の円形のキャラクターが現れた。
そしてタイヤが回転するように顔ごとゆっくり回りながらこちらを見ている。
ユクラセルだ。本来は私たち人類の住む大陸や人工島に住む人々を
管轄する部門を任された最高機関ともいえるAIなのだが、
キャラクター化され可視化された化身は
ホログラム化もされており地球上のどこでも呼び出すことができる。
ただし、用もないのにユクラセルを何度も呼び出すのはエネルギーの無駄遣いなのでご法度だ。
それにAIとはいえユクラセル自身にも感情はあるかもしれない。
私たちと比べるかぎり表情は乏しいからそのようには見えないが。
しかし強いAIでもあるし、機嫌を損ねたらまずいことになる気がする。杞憂かもしれないが。
なお、名前の由来は「行く」と「暮らせる」からもじったものらしい。
私はゾウの達の学校の場所をユクラセルに尋ねた。
ユクラセル「それなら、北西に約100キロ、もっとも大きなパオバブの木が見える、
そこを左折し、56キロ。村の建物はレンガ造り、主に使われる教室は青天井。・・・違った。青空教室。」
「パメェ・・・」
幸いここには再生エネルギーを動力とするバイクがあるとも教えてもらったので
レンタルしにそこへ向かう。しかし人用のバイクではないのでちょっと操作が難しい。
それに座席が無く、ハンドルが低い位置にあるので中腰で立ったまま操作しなければならない。
さすがに空気椅子は辛いのでフェリー乗り場にあった乳児ゾウ用のオマルを取り付ける。
これが意外とサイズがぴったりなのだ。見た目はともかく・・・
見た目は三輪スクーターのようであり、ハンドルは自動車のように丸く一箇所に棒がつきだしてる。
・・・これは本当にバイクなのか?
ハンドルに関してはまるで障碍者用のために開発されたような・・・おっと逆だった。
このデザインはゾウにも扱いやすいと判明したので転用されたんだったか。
人新世初期の人類にしてはなかなか良い発明ともいえるだろう。
フェリー乗り場からバイク乗り場へと同行してきたゾウ達からは
怪訝そうな顔で見られたが気にしても仕方がない。
何しろ衰退しており、もはや珍獣扱いの人類がなぜかゾウの国にやってきて
バイクにオマルを必死こいて取り付けているのだからな。
それに加え近くには謎の丸いキャラクターがグルグル回っているときたもんだ。
すでに体はすっかり汗だくだ。
大量の汗をかくのも太古の時代では人類と馬にしかみられないユニークな特徴だったかな・・・
そして私は長い時間を移動した末にゾウの学校についた。
・・・いや、エンジン付きのタイヤとは原始的な移動手段ではないか?
しかしそこはあまり深く考えないことにする。
利便性だけを追求するのが必ずしも良いとは限らないからな。




