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心からのありがとう

作者:

頑張って書いたので最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 昨日妻が交通事故にあった。

 意識不明の重体で未だ病院のベッドの上で寝ている。


 交通事故にあう前に私は妻と喧嘩していた。

 最初は何気ない事だったが、次第にヒートアップしていき、今までで一番お互い熱くなった。

 ついに出ていった妻を追いかけることもせず、家でぼーっとしていると電話が鳴り、妻が交通事故にあったことを知った。


 血の気が引くとはこのことかと私は思った。

 これから妻と笑ったり、泣いたりすることが出来ないのかと思うと無性に怖くなった。


 急いで病院まで行き、妻の無事をひたすらに祈った。

 医師に妻を助けてくれと何度も願った。

 そんなことが大した意味を成さないことは知っていたが、無力な私にはそれしか出来なかった。


 手術を受けた後も妻が目を覚ますことは無かった。

 何故妻がこんな目に合わなければならないのか。

 湧いてくる怒りと共に私が感じたのは無力感だった。

 何一つ妻の力になれていない。


 こんな私と結婚してほんとに幸せだったのだろうか。

 不安だった。

 ひょっとしたら私という存在は妻の人生に色を残すことは出来なかったのではないか。

 ベッドに横たわる妻を見て私はそう思った。


 私は家へと帰った。

 妻がいない家は寒かった。

 食事もテレビも風呂も足りないと感じた。

 一通りやるべき事を終えた私は床に就き、何かを追いかけるように目をつむった。


 暖かい風が肌を撫でる。

 私は目を開けるとそこには延々と続く原っぱがあり、風に揺られてまるで緑色の海のようだった。

 その景色に圧倒されていると後ろから声がかかった。


「あなた」

「百合?百合!なんで?どういうことだ?」


 振り向くと妻の百合が立っていた。

 しかし妻は今意識不明の重体でベッド上のはずだ。

 何故こんな所に。


「なんでってそう言うならあなたも何でここにいるのよ」


 そう言って妻は笑う。

 確かに。

 私は家で寝ていたはずだ。

 何故こんな所に。


「ここはね。夢の世界なの。私があなたを呼んだのよ。最期にやり残したことがあるから。」

「さ、最期って縁起でもないこと言うんじゃないよ!」

「良いのよ。分かるから。ほら、やり残したことがあるのよ。キャッチボールしましょ。」


 わざわざ夢に出てきてやりたいことがキャッチボール?


「あら?忘れたの?結婚した時言ってくれたじゃない。今は忙しくてなかなか時間作れないけど、落ち着いたら空気が美味しい広いところにでも行って一緒にキャッチボールしようって。」


 確かに言った。

 今の今まで忘れていた。

 あんなに昔のことなのにまだ覚えてくれていたとは。

 でも、そんなことより私はもっと言いたいことが。


「そこにグローブ置いてあるから!」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。」

「早く早く!」


 いつの間にか現れたグローブとボールで私達はキャッチボールをした。


「それ!」


 掛け声と共にボールが飛んでくる。

 それを掴むと投げ返す。

 その繰り返し。

 そろそろ言わなければならないと口を開こうとすると妻が先に喋り始めた。


「結婚生活三十年は過ごしたよね。これだけ長いと色々なことがあったね。」

「もう三十年か。早いもんだな。」

「私が犬飼いたいってごねたこと覚えてる?」

「勿論だ。」


 あれは大変だった。

 テレビで犬の番組を見た妻が突然飼いたいと言い始めたので、突発的な感情で生き物を飼うのはやめた方がいい、結局世話をするのは私になると反対するとそこから一週間ご飯を作ってくれなかった。


「あはは、そりゃそうか。」

「大変だったんだぞ。仕事から帰ってきてご飯探してもひとつもないんだから。自分で全部やってさ。」

「ごめんごめん。あとはあれ覚えてる?遊園地行った時にジェットコースターに無理やり私が乗せて、あなたが超不機嫌になったこと。」

「勿論だ。」


 あれはきつかった。

 妻は私がジェットコースター苦手なことを知っているのに、もうお金払っちゃって勿体ないからと無理やり乗せたのだ。

 気分は最悪。

 その日二度と妻と遊園地には行かないことを誓った。


「結構覚えてるね。でもやっぱり一番の思い出はプロポーズされた日かなぁ。覚えてるでしょ?」

「も、勿論だ。」

「高級料理店ですんごい雰囲気作ってきてさ。懐から取り出した箱をカパって開けて、結婚してください!って言ってきてさ。」

「なんかバカにしてないか?」


 口調から若干のイジりを感じる。

 凄いニヤニヤしてるし。


「してないしてない。嬉しかったって話よ!」

「それなら良いんだが。」


 会話が途切れ、グローブをボールが叩く乾いた音だけが響く。

 そして、また話し始めたのは妻だった。


「あのさ。こんな夢にまで来てさ。言いたかったのはね。今までの人生楽しかったことも辛かったこともあったけどね。それを全部あなたと一緒に過ごせて良かったって。ありがとうって言いに来たの。」

「そんな俺の方こそ百合と一緒にいれて良かったし、これからも一緒に居たいよ。生きてくれよ百合。」


 百合がいないとダメなんだ。

 これでもう終わりなんて嫌なんだ。

 最期みたいな言い方は止めてくれよ。


「あはは、あなたの事だからあんな別れ方になっちゃったし気にしてると思ってたらやっぱりね!あのね、私を見くびってもらっちゃ困るわ。あなたと一緒なら絶対幸せになれるって、そう思ったから私はあなたと結婚したの。結婚を後悔したことは一度だってないわ。」

「百合。」


 百合の体は光にぼんやりと包まれ始め、微かに透け始めた。


「もう時間切れみたい。あなた。ありがとう。本当にありがとう。あなたのおかげで私は十分に幸せでした。私と一緒に生きてくれてありがとう。私の人生に色をくれてありがとう。もうこれでお別れだけど私と生きてくれたこと忘れないでくれると嬉しい、です。」

「忘れないさ!絶対に忘れるもんか!百合!こちらこそありがとう!君のおかげで僕はここまで楽しく生きれた!ありがとう!君と結婚して本当に良かった!」


 これで本当に最期なら、絶対に伝えたかった今まで言えなかった言葉がとめどなく出てくる。

 どんどんと百合の体が光となって消えていく。


「それじゃあね。愛してるわあなた。」


 そう言って微笑みながら百合は消えていった。




 翌日妻は亡くなった。

 表情は非常に安らかだった。

 私から不思議と無力感は消えていた。

 私の体には代わりに生きる活力が満ちていた。

 何をしても今なら成功しそうな気がした。




 彼女以上に素敵な女性はいないと私は思う。

 これは惚気では無い。

 事実である。


 事故の日から一年経った。

 仕事前にはリビングに飾ってある妻の写真に挨拶するのが日々のルーティンだ。

 その写真の横には当然ボールとグローブが置いてある


いつか別れは来るものですから他人事では無いかもしれませんね。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

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