現代に生きる吸血鬼たち
現在の日本には一億を越える人間たちが暮らしている。
特に平成に入ってからは多様な文化が入り混じるようになってきた。
それと同時に人間たちの考えや生活の仕方も多様化してきた。
そんな激しく変化していく日本の中で、昔と変わらず自らの正体を隠しながら暮らす種族がいる。
彼らは映画や小説の世界ではこう呼ばれている。
「吸血鬼」と・・・
賑やかな大通りから少し入ったところにある落ち着いた雰囲気のバー。
店内にはジャズが流れ、客たちはそれぞれの時間を静かに楽しんでいる。
カウンターの中では白髪交じりで髭を生やしたマスターが黙々とグラスを拭いている。
そんなマスターの斜め向かいに若い女がひとり座っている。
スーツの上着を椅子の背もたれにかけ、頬杖をついたままグラスの淵を指先でくるくると撫でている。
その指先を眺めながら女はマスターに向かってこう言った。
「ねぇ、マスター。私っていい女なのかな?」
「んっ、あぁ、いい女だと思うよ。うん」
「えぇ、そうなのかな。マスターも私のことそういう風に見てるってこと?やらしい」
「えっ、いや、君は美人だから素直にそう言っただけで・・・」
「ふふふ、可愛い」
あまりろれつの回っていない口調で、女は戸惑うマスターの顔をにやりとしながら見た。
確かに女は日本人離れした見た目でかなりの美人だ。
顔なじみであるマスターであっても、女の瞳をじっと見ながら話すことは緊張してしまう。
店のほかの客たちも気にしていないふりをしているだけで、ちらちらと女のほうを見ている。
そんなどんな相手でも惹きつける彼女。
実は人間ではない。
彼女は正体を隠しながら生きる「吸血鬼」なのだ。
そのことはマスターもまったく知らない。
彼女の日本人離れした美しさも、吸血鬼であるがゆえのことだ。
そんな彼女は今、一人の男が気になりだしている。
その相手の男は吸血鬼ではなく、人間の男だ。
マスターに質問したのも、自分がどう見られているかが気になったためだ。
「ねぇ、マスターは私と付き合えたら嬉しい?」
「んっ、まあ、決して嫌ではないかな」
「ふーん、じゃあ、そういうこともしたい?」
「えっ、いや、飲み過ぎだよ」
「ふふふ、可愛い」
酔いの回った目つきで、彼女はマスターをからかった。
マスターは下を向いたままグラスを拭き続けている。
「あぁ、だいぶ酔っちゃったね。そろそろ帰ろうかな」
「あぁ、うん、気をつけて帰ってよ」
「ははは、私のほうが襲っちゃうかも」
「んっ、うん」
そんなことを言いつつ、彼女は会計を済ませて店を後にした。