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9月

「あああっ、終わったあ! 良かったねえ!」

「あー、うん、やっぱりいい曲だったね……」

「よねっ! 主題歌が最後の打席で流れた瞬間とかゾクゾクってなったわ!」

「打席立ったところでイントロがチャーンチャーンチャーンってなった瞬間はワクワクしたけどねえ……。あの流れでなんでああなっちゃうかなあ。普通に成功で良かったんじゃないの」


 上映が終わりスーッと明るさを取り戻していくスクリーンを前に意気揚々と立ち上がった私と比べて、カズくんはゆっくりと立ち上がって寝起きのように腕を伸ばしていました。まさか本当に眠っていたわけじゃないんだろうけど、この態度を見て「ああ、カズくんもいっぱい楽しめたんだな」と思う人は私含めてただの一人たりともいないのは間違いありません。


 映画館の一階にあるバーガーショップに入り、たった今まで上映されていた内容をおかずにお昼ご飯を食べたけど、ここでのテンションの差はあまりにも対照的でした。


 一体どうしてこんな事になってしまったのか。興奮が薄れるて冷静になっていくにつれて、こんな日程にするんじゃなかったかなと後悔が募っていきました。


 長期休暇はこの間終わったばかりだけどすぐに休日が来るとは9月のカレンダーを開いた時点で分かっていました。じゃあそこで夏の残香を絞り尽くそうという事で私とカズくんとで話し合って、どうせならと県内一の都会まで行く事に決めました。


 それから日程を決めたけど、かなり紆余曲折ありました。最初はカズくんが「じゃあ土曜日にJリーグの試合あるから観に行こうぜ」って提案して、私もかなり乗り気でした。サッカーの見方みたいなのをスカウトのおじさんにレクチャーしてもらったから興味が高まっていたのもあるし、もう一つの理由もありました。


 つまり今までホームスタジアムは交通が不便だったけど新しい交通機関が数多の血と汗を吸い込みつつ8月の終わりにようやく完成して、昨日はそれが開通して最初のホームゲームだったんです。


 だから試合だけじゃなくてそっちにも乗ってみたかったんだけど、夜の試合でスタジアムの場所も考えると帰宅が物理的に不可能だから泣く泣くボツに。


 しかも相手は前年の覇者で、試合内容もお互いゴールをガンガン決めまくった末に地元チームが勝利という一番楽しめる流れだったみたいだし。ただ観客動員も凄い事になってて、五万人収容と称するスタジアムはニュースとかの映像で見る限りまさに立錐の余地なしでした。


 今思うとチケット取れただろうかってなるし、こういう結果に終わったのはそれで間違いじゃなかったのかも知れません。でもやっぱり、行けるものなら行きたかった。


 未だに残る新記録をもう二人分底上げ出来ていたはずがと惜しく思いますが、これが田舎暮らしの限界です。私達には帰る家があります。逆に言うと帰るべき家にはちゃんと帰らなきゃいけません。そうじゃないとみんな心配するし。


 それで野球観戦に切り替えました。こっちは18時試合開始。サッカーは19時開始で一時間しか違わないんだけど、バス乗り場が球場に近いという立地条件なんかも考えると事実上三時間ぐらい違います。タイミングよく切り上げれば日帰りも余裕だし、もはや選ばない手はありません。


 冷静に考えるとかなり遅くなるんだけど、初っ端からスポーツ観戦が基本にあって、それで日帰りすら不能なサッカーと比べると野球はいける! 余裕ある日程! という認識で突っ走ったからブレーキなんて最初から壊れてるのと同じでした。


 賀内駅前のロータリーから高速バスに揺られて二時間弱、子供料金なので二人で往復だけで三千円ほど。高い。他にもあっち行ってこっち行ってと色々詰め込んだからどうあがいても大金必須、というわけで割合ひっそり夏休みを過ごして今日を迎えました。


 今私が誰とどこにいるか、そしてこれからどこに行って何をするか、お父さんもお母さんも知りません。外出自体は「友達と出かけるからちょっと遅くなるかも」なんて、さも大した事ないみたいな言い方で伝えています。でもまさかこんな本格的な遠出してるとは、よもや予想だにしていないでしょう。


 お父さんは「いいけどあんまり遅くなりすぎるなよ」と答えて、それに「大丈夫」と返したけど……、これも嘘です。我が家において帰宅時間の基準は7時ぐらいで、ギリギリ8時台までは許容範囲だけど、今回の場合日程を考えるとどんなに早くても帰宅は9時半以降。言うまでもなく完全にアウトです。


 じゃあそんな日程組むなよってのは正論だけど、でも一度「これやりたい」と高まった衝動を抑え込むのは簡単ではありません。二人で決めたからには例え偽りに塗れても進む以外に道はありませんでした。 お父さんもお母さんも好きだけど、それよりもカズくんを愛してるから。


 行きのバスが高速道路に入ったからにはもう引き返せません。私の心は罪悪感でいっぱいでした。いくら愛のためとは言え親をペテンにかけるなんて。いっそ素直に言えば良かったか。でもそれでもし反対されたら……。


 後の事を思うと怖いし、周りの人たちの視線までもが研ぎ澄まされた抜き身のナイフに感じられるほどでした。本当は私達の事なんか誰も気に留めてないはずなのに。


 一方でカズくんは普段通りのペースで窓の外をひたすら眺めていたかと思ったら「ここのサービスエリアに売ってるラーメンがまずくてねえ」とか話しかけて来るので感心しました。よくもまあ、こんなにもあっけらかんとしていられるなあって。親にはどう説明したんだろう。


 そんなモヤモヤを抱えつつバスが終点に到着したのが正午頃。言うまでもなく試合まではかなり時間があるけど、それは野球観戦の前に映画鑑賞もしようってあらかじめ決めていたからです。


 ちょうど昨日封切りされた映画があって、CMがずっとバンバン打たれまくってたし主題歌も最高だから絶対観にいこうねって、これはまだサッカー観戦しようって言ってた頃から確定事項でした。


 子供用のチケット二枚に、オレンジジュースと烏龍茶とはちみつ味のポップコーン、さらにパンフレットも購入。普段なら絶対こんな贅沢しないけど、初めて親以外と映画館で映画を観に行くなんて生涯唯一のビッグイベントだから、今頑張らなくてどうすると大奮発しました。


「いやあ、いい椅子使ってるねえ。いつもはあんまり映画館とか来ないからさ、変に緊張するわ」

「あれ、でも夏休みにジブリのやつ観たって言ってたじゃない」

「でも実際今年はあの一回ぐらいだし。ぴーちゃんはどう?」

「私もディズニーの奴ぐらいだし、だったら大して変わらないんじゃない」

「そっか。おっ、暗くなってきた」

「そろそろ始まるわ。あんまりペラペラ喋ってると怒られるし、次にお話するのは二時間後ね」

「おう!」


 それで映画を実際観てみると、求めていたものは大体そこにありました。まさに王道で、さすがにバンバン宣伝打ってただけの事はあるなと、それまでのモヤモヤも全部吹っ飛ぶような観て良かったなって映画でした。


 でもそう思ったのは私だけだったみたいで、カズくんはご覧の通りの塩対応。お昼のハンバーガーも舐めてるみたいにもそもそ食べててあんまりおいしくなさそう


 暗くなる前のテンションはどこへ行ったのという、熱で萎れたレタスみたいにしけた顔で粗を語られるとこっちは「うーん、確かに言われてみるとあのテンションからアウトはないかも?」ってなるし、でもカズくんのほうも私のテンションを見て空気読んでくれたらしく「いや、でも本物のチーム名とかスタジアム使ってるのは凄かった」なんて取って付けたような擁護を口走るのがまたあべこべでした。


 つまりカズくんはもっと本格的なスポーツシーンを期待してたけど、実物はスポーツものの皮を被った恋愛ものだったのでその辺に違和感を覚えたみたいでした。「なんか違った。話がペラい」なんて言ってて、でも私は宣伝の時点で明らかにそういう作品だと認識した上でやっぱりその通りだったから「ストーリーは完璧だった」ってなるわけで、これじゃ噛み合うはずもない。


 そもそも今回のメインイベントである野球観戦は元々筋書きのないドラマだから、序盤で大量失点とかあんまり歓迎できない展開になる可能性もあります。そのセーフティネットとして筋書きのあるドラマである映画を用意しておいたのにこの体たらく。完全に誤算でした。かくなる上は他の何かを用意しないと大量の金と労力を注ぎ込んだくせに「あんまり面白くなかったな」で終わる最悪な結果になりかねない。


「ごちそうさま。それで、次はどこ行こうか?」


 ハンバーガーをお腹の中にしまい込んだカズくんの問いに、私は枯れたドリンクの最後の一滴を絞り出しながら考えました。どうしよう。どうすればいい? 何かないものかとあらゆる知識を総動員させながら「とりあえず歩こうか」と席を立ち、大きいパン屋を横切ったあたりでついに私の頭脳がたったひとつの冴えたやりかたを導き出しました。


「そうだ! プラネタリウム行こう!」


 地理的にもエンタメ的にもこれしかない! 我ながら快心の提案でした。でもカズくんはこれを耳にした途端眉毛を内側にぐにゃりと変形させて「何で?」と心底不思議そうに言い放ちました。


「いや、だってさ、試合開始まではまだ時間あるし、それで一番楽しめるのはここでしょ。球場からも近いし、しかも小学生は無料!」

「タダかあ。でもせっかくのデートにお勉強とかじゃつまんないな」

「いやいや、プラネタリウムだよ! お勉強だなんてとんでもない! 確かにちょっとためにはなるけど、それはあくまでもおまけ。単純に楽しめるって、見れば分かるから!」

「そうか?」

「そうよ!」

「ふーん、そっか。ぴーちゃんがそこまで言うならいいよ。晴天の下で星をみるひとか。うん、それもまあまあ格好良いな。それで行こう!」


 いつもはカズくんに流されがちな私だけど、今回は珍しく押し通せました。それぐらい確信していたから。ただ目を酷使する日程ゆえか、最初カズくんは少し眠たそうに目を半分閉じていました。でも始まると、瞬く間に口をポカンと開けたバカ面、じゃなくて無垢な表情を晒しながら瞳を星に同化させていました。


 私はカズくんのこういう顔が好きです。嘘偽りがかけらもないから。元々いくらでも見られたのに、今の関係になってからは格好付けてるのかさすがに無防備すぎる表情は恥ずかしいと気付かれたか、最近はあまり見せてくれなくなっていました。それが大人になるって事なのかもしれないけど少し寂しく思っていました。


 でも鍵を開けられればやっぱりカズくんはこういう顔でいられるんだって、なんだか安心しました。どさくさに紛れて手すりに乗っけられた掌の上にそっと私の右手を重ねてみたけど、気付いてくれたでしょうか。


「ポーラ・スター、北極星。彼ら宇宙の旅人たちは数千年の時を経てなおも私達の進むべき道を照らし、そして悠久のロマンに誘い続けているのです」


 最後のナレーションが響き終えて、余韻の中にゆっくりと光が灯って銀河を写した天井のスクリーンを白色に戻していきました。それはまさに30分ほどの時間に詰め込まれた夢から覚める時でした。


「はああぁ……。いやあ、良い物見たねえ」

「ねっ、来て良かったでしょ?」

「そりゃあもう、何って言うかなあ……、思ってたのとは大違いだ。まだ胸がこう、締め付けられるような……。宇宙って凄いよ」


 カズくんは開口一番大きなため息を吐き出し、それから外に出てもなお収まらずに目を閉じても体内から溢れ出る感動に身悶えしながら、たった今眼前で繰り広げられた光の魔術を頭脳の中で反芻していました。


 広い宇宙を前にすれば小賢しい知恵などすべて吹き飛び、生まれたままの姿で世界に放り出されたような開放的な心でいられるもので、それはとても気持ちの良い刺激でした。


「ほらね、面白かったでしょ?」

「うん。プラネタリウムっていいもんだねえ。もう帰ってもいいやってぐらいの体験だったよ」

「確かにそれぐらい良かったけどね、むしろこれからが本番なんだから。はい、チケット」

「うん、ありがと。ええっと、ここからどっちが入り口だっけ? 道路沿いのほう?」

「いや、ライト側だから普通にここ真っすぐ行けば……、ほら、ここよ!」


 近接するビルの影に隠れて薄暗い入り口から築四十年の歴史が独特の湿り気を醸し出すシミだらけのコンクリートは今思うといかにも古臭いけど、それでも私達にとってはさながら異世界への入り口でした。闇の中、遠くに差し込む光を目指して通り抜けると、そこには白茶けた芝生と土で塗り分けられた夢空間が広がっていました。


「おおおおお……! 本当にテレビで見たまんまの光景だ!」

「でしょ? 席は適当なところを確保するとして、とりあえず前の方行ってみようか」

「俺はここ初めてだからよく分からないし、任せる。しかしまあ、こんなに野球帽被ってる人がいるもんだね」

「本場だからね」


 家族で何度か来た事がある上にシーズンオフ恒例の野球教室でグラウンドにも一度入った事がある私と違って初参戦のカズくんは凄い凄いと視線を左右にキョロキョロさせて、球場のあちらこちらを眺めまくっていました。本物のフェンスだ、本物の客席だ、本物の照明灯だ、そして本物の選手たちだ!


 思えば私も初めて連れられた時は同じリアクションだったなと、少し懐かしくなって目を細めました。


 それからも通路でいちいち立ち止まっては「トランペット吹いてる人達とか生だとヤクザみたいな格好だね」「こっち側が赤で向こう側が青なわけか。でも映画と違って青い人達少ないな」などとピュアな発言を連発していたカズくんを引っ張るように階段を降りて空いている席に腰を下ろしました。


「何だかお祭りみたいだね」

「休日だしね、今日はいつもより盛り上がってるわ」

「そっかあ。でもこんなの毎日のようにやってるって凄まじいよね。おおーっ、すげー肩。ボールがスーッて伸びていくよ」


 プロの外野手が行うキャッチボールは美しいものです。まさに糸を引くような送球が空を駆け巡るたび、カズくんは歓喜のため息をこぼしましていました。しかしその真価に早くも気付くとは、さすがスポーツセンスの塊です。


 それと内野手の動きも少年野球とは雲泥の差。私の現役時代、今は亡き賀内東リトルロビンスでは三塁手をやっていました。右打者が多い少年野球においてこのポジションは猛ゴロ飛び交う激戦区。その中で自分で言うのも何だけど、反射神経には自信があったので鋭い打球をキャッチするのは得意でした。


 キーンと高い音を響かせる金属バットから放たれる猛烈なライナーをバシッとキャッチして、女ごときにどうせ捕れまいと高をくくって飛び出したランナーを素早く刺した時は心の中でガッツポーズしたくなるぐらい快感でした。


 逆にボテボテのゴロや力ないフライをポロポロしてしまう苦いミスは一度や二度ではありませんでした。打球に勢いあったらただ反応でどうにかなりますが、緩くて時間かかると「フライの目測本当にここでいいの?」とかゴチャゴチャ考えすぎてしまう悪癖があって、ここはどうにか治したいと思いつつなかなか改善しませんでした。多分今も。


「最近調子いいな。昨日は負けたけど」

「うん。ちょっと前までは最下位だったけど夏から一気に上げてきてね、もう二位だもんね。上の調子も悪いみたいだから結構マジで優勝も見えてきたわ」

「一時期は本当どうしようって感じだったけど、何がそんなに良くなったんだろ」

「ピッチャーも頑張ってるけどやっぱり打線よね。Eなんてそれまでずっと不調だったのが嘘みたいに八月には月間最多ホームラン記録叩き出したし」

「毎日打ってるみたいだったな。それで今日は勝てそう?」

「相手は去年一昨年と連覇してるけど今年はそうでもないし、大丈夫だと思うわ、多分。あっ、選手引っ込んだから、そろそろプレイボールね」


 とは言いつつ勝ち負けを試合前から完璧に予測出来るはずもないし、出来れば勝ってくれると話も弾むし、そこはもはや神頼みの領域でした。カズくんは私と違って特にファンでもないので、純粋にワクワクしながら待ち構えていました。ウダウダととあれこれ心配する私にはない、その広い心構えが羨ましくなります。


 連勝が止まった事に関してはむしろ朗報だと見ています。ずっと勝ち続けるなんて不可能だし、昨日勝ってたら今日は十二連勝を狙う試合だったけど負けたお陰で単なる一試合として臨めるはず。でも今まで勢いが逆流してしまったら……。不安と期待が7:3ぐらいの割合でドキドキしながら膝を握っていました。


「プレイボール!」


 アンパイアの声以上にけたたましく鳴り響くトランペットと歓声が祭りの始まりを高らかに告げました。これにもカズくんは目を輝かせて「よくやるもんだねえ」とレフト側を見ながらリズムを取っていました。


 試合は序盤からホームチーム優勢。二回ワンナウト一塁から迎えたバッターが、ライトスタンドに陣取る私達の目の前にライナー性の鋭い打球をかっ飛ばして2対0。一番力強い形で先制点を奪いました。


「うおおおおおおおおお生のホームランやべえ!! ぶつかったら死んでたぞ!!!!」

「私もこんな近くにホームラン飛んできたのは初めてよ。でもこれで幸先良く先制したし、いい流れよ」

「勝てるなこれ!」

「これからこれから!」


 カズくんだけでなく球場360度全体が沸き返るような幸先の良いスタートに勝利の手応え十分。こっちの先発は今シーズン覚醒してやたらと勝ち星稼いでるし、今日も頼むよという私の願いを聞き入れてくれたかのようなナイスピッチで相手をゼロに抑えていきます。


 そして五回には先制ホームランを放った選手がまたも3ランを打ち込むなど派手な猛攻を見せて相手先発をノックアウト。後続にも容赦ない打撃攻撃を浴びせかけて、これでもはや勝負ありでした。


「強い強い! ホームラン初めて見たのにしかも同じ人が一試合に二本も!! この人凄いの?」

「うん。今打ったのがね、この選手よ」


 私は持ってきていた選手名鑑を膝に広げて、該当の選手がいるページを開いてみました。カズくんは「うわあ、そんなもの持ってるんだったらもっと早く出してよ」と言わんばかりに食いついてきました。


「成績見ると結構しょぼいんだな」

「去年まではね。でも一昨年はノーヒットだけど去年はこの安打数なのにこのホームラン数だから、割合からすると立派なもんでしょ」

「おお確かに。大体ヒットの四本に一本がホームランの計算か」

「だからこうやって着実に成長していってね、今年一気に出てきたわけよ。しかも夏からかなりの勢いで打ちまくってて、確か後半戦だけでホームラン十本ぐらい打ってるはず」

「へえ、やるねえ!」

「トレーニングが好きな選手で、筋力なんかはすでにチーム屈指だったみたいだからね。外野はいい選手多いけど、どうやらポジション掴んだ感じよね。パワーあるし、スピードもあるもんね」

「凄いねえ。じゃあ俺この選手のファンになろっか!」

「そうしたらいいわ。これからクリーンナップに定着すると思うし、そうなると若い選手で中軸ガッチリのかなりえげつない打線になるわね。後は投手陣を整備すれば黄金時代待ったなしよ!」

「それは楽しみだ!」

「そして今年も優勝よ!」


 結果的にこの年は優勝出来なかったし、その後の黄金時代も主に投手陣に色々計算違いがあって来なかったけど、この選手自体はとても凄い成績を残し続けました。カズくんはいい選手に目をつけたなとほとほと感心します。


 でもそれは未来の話。この瞬間のカズくんには過去も未来もなく、ただ野球の応援に夢中になっていました。自分がサッカーやっててプロ野球を見たのはこれが初めてなんてお構いなしに。そして横に誰かがいるなんて事さえも忘れたかのように、ひとつの火の玉になりきっていました。


「うおおおおー! かっとばせー!!」


 カズくんは一度夢中になるとのめり込むタイプで、サッカーについてもそうだし星だって野球観戦だってこの通りです。


 そして私はカズくんにとってそれらのものと並んでいられる存在なのか。ああ、せっかくの野球観戦なのにまたそんなつまらない考えが頭の中を占領してしまいました。なまじ点差が開いた事で緊張感がゆらぎ、その隙間に入り込むのがこういうつまらない感情なんだから面倒です。


 せっかく買ったのに飛ばす機会なしじゃかわいそうなのでラッキーセブンにもならないのにジェット風船を膨らませる私の顔を見られたとしたら、やきもちで膨れる姿にしか見えなかったでしょう。


「へへっ、応援するだけでもガッと疲れたな。さすがにもうクタクタだあ!」

「そりゃそうでしょうよ。こっちの攻撃中あんなずっと立ったり座ったりしてたらね」

「はははっ、だって周りがそうやってたから。郷に入りては郷に従えだよ」

「そうだけどさ、昔はこういうのやってなかったのに不思議な感じよ。それで、どうだった? 楽しかった?」

「そりゃもうとっても! もうちょっと近けりゃ毎日でも行きたいぐらい! 今日ほど生まれを呪った事ないよ」

「ははっ、そんなに?」

「うん、そんなに」

「じゃあ私と同じか」

「だよね。うーん、何と言うかね、鼻っ柱へし折られた気分だよ。プラネタリウムにしても、この世界にはもっと知らない楽しみが色々あるんだな。ぴーちゃん、ありがとう」

「こっちこそ、今日はありがとう。楽しかった。そばにいられて……」


 最後の言葉は再び吹き荒れた大歓声のかき消されていきました。また点が入ったみたいで、いくら野球が筋書きのないドラマだとは言ってもさすがにこれは大丈夫だろうという点差にまで開きました。


「どうやら決着付いたみたいだし、そろそろ帰ろっか。あんまり遅くなるといけないしね」

「そうしよっか。……まさかここから逆転はないだろうね」

「さすがに大丈夫でしょ」


 リリーフは弱いけど多分大丈夫だろうと信じ切って、私達は光を背にしました。実際この試合はそのまま圧勝、先発投手は自身プロ初となる完封勝利を収めるという記念日だったけどそれは翌日の新聞で知った話。


 それからバスの時間を待つ間にデパートの地下で火照った肉体を冷ましました。それで皮膚の熱気は落ち着いたけど、 星と野球の興奮によって虚飾が剥ぎ取られたハートは冷める気配を見せません。それで今日の思い出を口に出るままにぶつけ合いました。


「それにしても本当に良かった。また来ような」

「きっとそうしようね。それじゃまた明日」

「うん。じゃあね!」


 バスを降りればお祭りは終わり。暗闇の中で手を振り、見えなくなった時には十時前になっていました。肩を落とし、ため息を闇に混ぜてから歩き始めたけど、その速度は極めてゆっくりにならざるを得ませんでした。だって多分怒られるし。


 先の運命を悟りつつ、それでも何事もなかったかのように「ただいまー」と家のドアを開けると、そこには今にも噴火寸前のマグマをたぎらせるように眉間にシワを刻ませたお父さんとお母さんが待ち構えていました。そして案の定、思いっきり怒られました。


 お母さんからは「もう少しで警察に連絡するところだったわ」と怒鳴られました。ごめんなさい。お父さんからは「夜10時ってのは小学生が外を出歩いていい時間じゃない。明日は学校なのにどうするつもりだったんだ」と窘められました。返す言葉もありません。でも後悔はしていません。


 迷惑かけたしまたやりたい、なんて厚かましい事をおいそれとは言えませんが、でもやっぱりやって良かった。楽しかった。その気持ちだけはこの世界で唯一の真実だと胸を張って、神様にだって誓えます。

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