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2月

「ところでねえカズくん、今日が何の日だか知ってる?」

「んー、何だっけねー?」


 2月のちょうど真ん中にあたる14日の放課後、私の見え透いた質問に対してカズくんも見え透いたおとぼけで答えました。


 とは言いつつも、答える一瞬前にカズくんの口角がピクリと動いたのを見逃す私ではありません。そうやって期待感を隠しきれてないくせに素直に本当の答えを言わないから、私ももうちょっとだけこの茶番にお付き合いしてあげました。


「それはそれは昔の話、キリスト教の偉い人が今日亡くなったんだってね」

「へえ、それは凄いねえ。で、その偉い人の名前は?」

「知ってるんでしょ? はいこれ」


 あんまり引きずってもくどいのでここらでもういいかとばかりに、私はランドセルの中に忍び込ませていた赤いリボンに包まれた白い箱を取り出しました。


「うわあ、ありがとう。中には何が入ってるのかな?」

「さあ何だろうね。開けてみてのお楽しみよ」

「じゃあもう開けていい? よね? てなわけで早速行くよ」


 カズくんは私の答えを聞く前にリボンを隅のほうにずらして外し、蓋を開けて中に鎮座する物体を確認した瞬間「うわあっ」と目を丸くしていました。


「驚いてくれてありがとう。これが私の最終兵器。笹かま型手作りホワイトチョコレートよ!」

「うわあこれチョコレートなの? しかも手作りって」

「そるあこんなのがお店で売ってるわけないでしょ。昨日女子みんなで本当頑張ったんだから」

「マジかよ! すげええ!!」


 思えば色々苦労しました。「じゃあチョコレート手作りしよう」って思いついたのはいいけど、結局はカナちゃんやみんなの助けを借りる以外に手はありませんでした。


 それでホワイトチョコなんてこの辺じゃ全然売ってないからカナちゃんがどんな手を使ったのか知らないけど調達してきて、それを溶かしたものをうまく形作るのも大変だったし、カラメルとかを使って色を付けるのも何度か失敗した末にようやく納得のいくものが出来た頃にはすでに下校時間を過ぎていました。


「うん! 凄い美味しい! こんな美味しいチョコレート初めてだ!!」


 それでもここまでの苦労なんてこの笑顔を見るだけで、この弾む声を聴くだけで全部吹き飛んでいきました。お菓子作りなんて女の子みたいな趣味に手を出したのは生まれて初めてだったけど、何と言うか女の子万歳だなと心から感謝しました。


 チョコレートがカズくんの口の中で溶けるたびに私の心も溶かされていくように温かい。そうだ。カズくんのこの混じりっ気のない朗らかな顔をもっと見たかったから私はカズくんの事を好きになったんだなって改めて気付かされました。


 そう言えば先日、公民館で制服の採寸を行いました。白い布で臨時に仕切られた中で服を脱げと言われ、そうしたら今度は順番に並ばされてから一人ずつブカブカの青いセーラー服を着せられて「もうちょっと小さいのでもいいかね」「いや、成長も考えてこれぐらいでいいでしょ」なんて大人たちがあれこれ言ってるのを不安げに聞いていると終わりました。


 未来のクラスメイトとなる西小の人たちも大挙訪れていた中でただ一人、カズくんだけはそこにいませんでした。そんなところからもお別れが迫っていると否応なしに突きつけられるみたいで切ないかったけど、だからこそ今を大事にしたいと思いを新たにしました。


 それで今日も授業が終わって掃除が終わって帰りの会もつつがなく終えると気持ちは即座に教室を出てカズくんの家へと先走っていました。


「それじゃごめんカナちゃんマロンちゃんヒロちゃん。この埋め合わせはきっと4月に」

「分かってる分かってる。今日は君ら二人の日だもんな」

「どうせならうちらにも協力した成果をここで披露してくれたらありがたかったけどね」

「まー後で報告だけはちゃんとしてよねー」

「うん、それは絶対するから! あっ待ってよカズくん」


 気持ちが逸ってるのは私だけじゃなくてカズくんも同じで、だから私はさっさと教室を出ていたカズくんに小走りで追いついてから、左肩にもたれかかるように隣の空間を奪いました。


「ドジャースだってねえ。どれぐらいやれるんだろうねえ」

「さあねえ。凄いピッチャーだけど怪我もあったしねえ。万全ならいけるんじゃないって信じたいけど。しかし今の時代、サッカーもそうだし外国に行くのが当たり前になってくるのかしらねえ」

「まあそこにもっと高いレベルでやれる世界があるならそっちで試してみたいってなるのは男の性だから」

「うん知ってる。カズくんもそうだからね。しっかりやってよね。どうせ行くんならプロだけじゃなくてそれこそイタリア行くとして世界中に賀内の名を広めるぐらいにさ」

「はははっ、まあ頑張るさ。それで今日はどうする? やっぱいつものでいい?」

「私は何でもいいんだけどね」


 一言喋るごとに一歩一歩のストライドは広く、ピッチは早くなっていきます。競歩みたいな早歩きになって、しかも勝負が大好きなカズくんだから「じゃあどっちが先に着くか勝負だ」となるのはもはや必然でした。


 自慢じゃないけど、私はそこそこ足が速いほうではあると自負しています。まずクラスのかけっこで女子相手では負けた事はないし、男子相手でもオーバくんよりは毎回速いし、カズくんとは勝ったり負けたりで毎度いい勝負を繰り広げていました。


 だからこの勝負、受けて立つ気は満々だったけど、走り始めた瞬間から背中をバコバコと打つ違和感が私の足を引っ張りました。あっ、まずい。これはランドセル締め忘れてるぞ。


 ただでさえ教科書やノート、プリントの重量が邪魔極まりないのに、下手したらそいつらを路上にぶちまける不安と隣合わせで一体どうしてベストなランニングが出来るものか。


「ちょっとたんま!」

「待てと言われて待ってあげる奴があるかい!」

「ぐう、卑怯者! 冷血漢!」

「なんとでも言え! 準備不足の相手に負ける俺じゃないさ!」


 慈悲を乞ったところであっさりと一蹴されました。


 寒風に晒される太腿を温めるようにストライドをグイグイと伸ばしながら、カズくんの健脚は私を引き離していきます。そして目的地であるカズくんの家に到着する頃にはすっかり一秒ぐらい離されていました。


 ここまで差がついたのは初めてかもってぐらいの惨敗でした。息を切らしながら上目遣いで見るカズくんの得意げな笑顔が本気で憎らしく思えるぐらいに悔しい気持ちが体中をぐるぐる駆け巡っていきました。


「はははっ、圧勝!」

「ぐうう、かくなる上は中学入ったらね、陸上部に入ってカズくんなんかぶち抜いてやるんだから!」

「おう、そうしたらいいんじゃないの。じゃっ、入ろっか。ただいまー」

「おじゃましまーす」


 声が帰ってこない家に挨拶を入れてから、靴を脱いで二階へ上がりました。さすがに全盛期は五人も兄弟がいた家だけあっていっぱい部屋があるけど、私達が使う場所はいつも決まっています。


「さーて、早速こたつのスイッチオン!」


 畳の上にランドセルとコートを放り投げてから、カズくんは部屋の真ん中に居座っている四角い幕の中に手を入れました。ここの和室にはこたつとテレビがあって、しかも広いからまるで自分の家みたいに寝転んだりも出来ます。


 まるですっかり自分の家のような……、とは言うもののあんまりくつろぎすぎてだらしのない姿を晒すのもどうかと思うのである程度は自制してるつもりだけど、カズくんにとっては文句なしに自分の家だから簡単に無防備な姿になるからそれにつられてうっかり他の人に見せられる以上のものを見せてしまい、後から恥ずかしくなったりします。


 相変わらず簡単にカズくんの術中にはまる私のちょろさに時々呆れ返るけど、でも今はそれでいいんだとさえ思えます。カズくんと二人きりでいる時を無駄にしたくないから。


「はわあ、美味しかった。ぴりかはお菓子作りの才能もあるんだな。将来お菓子屋さんになっちゃう?」

「はははっ、ありがとね。あんまりおだてると本気になっちゃうわ」

「いやいや本当に。でもここからの勝負は手加減しないよ」

「うん。それは分かってる。むしろ本気で来てくれないと切なくなるからさ」

「だよね。じゃっ、やろっか」


 さっきまでの緩みきった笑顔が一変し、カズくんは左拳でバックルを鷲掴みにするとそのまま引っ張ってベルトを外しました。ランドセル、コート、そしてベルトという外出時の正装が無造作に転がる畳の上に、なおも強い吐息が重なりました。


「相変わらずやる気満々ね」

「ぴりかにはそう簡単に負けられないからね。じゃあ早速第一戦と行こうか」


 ベルトを外して臨戦態勢を整えたカズくんが一秒たりとも待っていられないとばかりに四つん這いになりながら二歩ほど私の方へにじり寄ると、その勢いですっと腕を伸ばして、パチンとスイッチを入れました。


「ゴーーーーール!!!!」


 テレビから合成音声が高らかに響くと、激しいギターサウンドに引っ張られて各チームのフラッグや応援する人たち、そして選手のスーパープレーの瞬間を切り取ったスタイリッシュなオープニング映像がのどかな室内を一瞬にして決戦の地へと変貌させます。最後に冒頭と同じ声によるタイトルコール。今日もいつも通り、カズくんと一緒にサッカーゲームをプレーします。


「さーて、今日はどうやってぴりかを負かせちゃおっかな!」

「生意気な。まだ負けるって決まったわけじゃないでしょ」

「さあどうかな。昨日ぴりかがチョコレート作ってる間にも俺は一人でトレーニングしてたからな、今日はその成果を見せる時だ」

「へえそれは楽しみね」


 キックオフ直後、カズくんは中盤で撫で回すようにパスを繋ぐ、焦らし作戦に出ました。これそのものは特に驚異を感じるプレーじゃないけどいつまでも続けられるとくすぐったいもので、でも私の方から逆に打って出ようとしたらさっと引っ込められるので攻めるにも守るにもじれったい状態が続きます。


「ああ、もう。相変わらずいやらしい攻め方するんだから」

「へへっ、時間はまだまだいっぱいあるからね。こうやってじっくりとね、ぴりかの弱いところを探れるわけだよ。例えばこことかね」

「あっ、くうっ! まったく。一体どこでこんなテク覚えたんだか」

「実戦積み重ねてきたからね。それ、もう一回!」


 試合時間にして10分ほど焦らされた挙げ句、今度は一転して鋭いサイド攻撃に転じてきました。この緩急こそカズくんお得意のパターンで、最初のゆったりしたリズムに適応しつつあった私の心理を丸裸にしているかの如く容赦のない攻撃を繰り返してきます。この場はなんとか弾き返しましたが、肝を冷やしました。


「ちっ決まらなかったか」

「今のパターンなんて予想済みよ。毎回毎回やられる私じゃないわ」

「その割にはもうやばそうな顔してたけど?」

「うるさい! まだ試合は始まったばっかりなんだからね!」


 とは言うものの、全体的な経験値としては明らかにカズくんのほうが上なので、相手の波状攻撃をどうにか跳ね返すのが精一杯という有様。私も機を見て時々反撃をこなしてはみるものの、散発的に終わるばかりでまとまったダメージを与えるには至りません。


 あっさりカットされるボールを見て、カズくんは企みに満ちた悪魔のような微笑みを浮かべています。そろそろ本格的な攻撃が来るか。私が覚悟した通り、ここからは一方的な展開となりました。カズくんは私のチームの弱点である右サイドにボールを集めて、ガンガン攻め上がる態勢に入りました。


「ぴりかはここが弱いんだよなあ!」

「ああっ、もうやめてよ。そこばっかり攻めるのは!」

「やめてって事はもっと攻めろって事だろ? ほらほら、いい加減諦めなよ」

「だ、誰がそんな……、ああっ駄目っ!」


 このままじゃ受けきれない! 戦況は絶望的でした。守護神の奮闘もあって最後の一線だけは死守していますが、それももはや布切れ一枚程度の防備で風前の灯。もはやゴールはがら空き同然で、もうじき魔の手が伸びるに違いないというところで前半終了のホイッスルが鳴り響きました。すんでのところで決壊だけは免れたけど、どこまで続くか見通しはありません。


「はあはあ、心臓もげるかと思ったわ」

「うーん耐えられたかあ。でもどこまでもつかな? 随分苦しそうな表情になってきたじゃない」

「くっ、余裕ぶってからに。あ、あんな攻撃なんて全然効いてないんだからね」

「ふふっ、相変わらず嘘が下手だなあ。でもぴりかのそういう素直じゃないところも好きだよ」

「それカズくんの言えた事じゃ……、あっ!?」


 ハーフタイムの時間を埋める長い口づけに、ただでさえ萎えかけていた私の闘争心は決定的に吸い尽くされました。ずるいやり口。でも拒めない。私も本当はそれを望んでいるから、拒むはずがないとお互いに知っているから。ホワイトチョコレートの甘い残り香が私の唇に染みて脳がクラクラします。


 すっかり骨抜きにされた私とこれからが本番だと燃えているカズくん。肝心のプレーヤーの心理状態ににここまで差があると、後半の趨勢は火を見るより明らかでした。


 案の定後半が始まってすぐに最終防衛ラインは突破されてしまいました。私は小さく顔をしかめつつ、でもこれは最初から分かりきっていた話だと強がってみるものの、一度崩れたら後は早いものです。それまでは何でもなかった攻めにさえ強く反応するようになるんだから。やってる自分でも驚くほどに脆くなったディフェンスは軽々と突破されていきます。そして……。


「さてここらで終わらせるとするかな。それ、行くよっ!」

「んくうっ、あああっ!!」


 コンダクターのように指の先端をしなやかに滑らせてコントローラーを支配していたカズくんが荒々しい獣へと変貌しました。ここぞとばかりに全身の力を一点に集中させながら放ったシュートは、私のゴールネットに力強く突き刺さりました。


「さあまずは一点!」

「はあ、はあっ、やられたっ……!」

「ふふっ、さっきは俺のターンだったから次はぴりかが攻めていいよ。ほらほら、どっからでもかかってきなよ」


 そういうとカズくんはコントローラーを畳に放り出してから両手を広げました。カズくんは毎回一方的な展開にならないよう、先に点を取って優位を得た段階でわざと手を抜いて、私にも点を取らせてあげる癖があります。「ワンサイドゲームじゃつまらないだろ」とはカズくんの言ですが、そうやって余裕綽々な態度を取られるのもなかなかに癪です。


 とは言え、攻めていいと言われて攻めない私でもないので、シンプルに中央からの突破を仕掛けました。


「おーうまいうまい。うわっ、へえ、そんなフェイント出来るようになったんだ!」

「私だって伊達に経験を積み重ねてないんだからね。あんな付き合ってたらこれぐらいのテクニック会得ぐらいはするわよ」


 そして滑らかなパス回しで前線にボールを回すと、そのまま勢いよくシュートを放って一撃を叩き込みました。今回はあんまり見せない動きを見せたからカズくんも思わず紅潮させた顔をぐいっと乗り出してくるほどに感情が高まっていました。


「これでどう? 多少は効いたんじゃない?」

「いや、今のは結構効いた。こうなると俺ももっと本気でやらないとな!」


 とは言え習熟度に関してはやはりカズくんのほうが上なので、本気を出されると私は一気呵成に蹂躙されまくりました。でもこうなる事は最初から分かっていました。結局のところ、私はカズくんに弱いんだから。タイムアップの笛が流れる頃にはすっかり三点も決められてしまいました。


「ううう……、もう無理」

「ふふっ、やっと降参したね。よし、今日も俺の勝ちっと」

「まったくもう。本当に何でも勝ち負けにするんだから」

「でもいいだろ? ここ一年俺は負けっぱなしだったし、残り1ヶ月ちょいでせめてイーブンまでは持っていかないと悔しいし」

「負けっぱなし? 誰が?」

「そりゃあもう、どこもかしこも。まず4月。ああいうのは普通俺から先に言わなきゃいけなかったのに先にぴりかに言われただろ。これでいきなり大量リード。後は、海行った時とか信じられないくらいズタボロにやられたし」

「あれが? どっちかって言うと私のほうが負けたと思ってたわ」

「いやいやいや、あんな負け方なかったぞ。ほら、ぴりかのアレがああなってただろ?」

「恥ずかしい話思い出させないでよ」

「いや、そこがキモだから。まずこれは断言しておくけど、俺はそれまでぴりかをそういう目で見た事は一度もなかった!」


 妙なところでアクセントを強めてきたので、私は「本当に?」と聞き返しました。


「これに関して嘘をつく意味ないだろ。でも別にぴりかに何も感じてなかったわけじゃなくて、歯止めが効かなくなると見えてたから聖域に祭り上げてたんだ。それでその時もどうにかしてサッカーとか別の事を考えて忘れようとしたけど、無理だった。そうしてるうちに思ったんだ。そうか、これは今、俺の男としての自制心が試されてるんだと。自分との勝負に他ならないと」

「で、結果は?」

「もちろんボロ負け! 秒単位での瞬殺だったけどね、それがやっぱりね、結局自分の心に嘘をつけないんだって思い知らされたよ。もう理性吹っ飛んで人目があってもかまうもんかってぐらいで! いや、多分人はいなかったと思うけど。一応見回したし。で、それからはずっとぴりか一筋!」

「真顔で何熱弁してんのよ。大体私はずっとカズくん一筋だったのに」

「あっ、本当? さすが女の子は身持ち良いなあ。まあとにかく、そういうのも全部込みでぴりかにこの一年ずっとやられっぱなしだったわけだよ」

「私こそカズくんにずっとやられっぱなしだったんだけどな。今も含めて」

「そっか。なんだかなあ。お互いに自分は翻弄されてるみたいに思ってたなんて不思議なものだよねえ」


 謎の熱気がそろそろ収まってきたので、私は一度息を吐いて心の平穏を取り戻してからまた話し始めました。


「お互いちょっと背伸びしすぎたのかも知れないわね。本当はもっとソフトなやり方で愛を深める手もあったはずだけど、でもそのやり方をどっちも知らなかったからやりたい放題でここまで来た。田舎暮らしだしね」

「でも色々あったけど、俺にはぴりかがこの揺れ動く世界の中で一番大切な人だし、そんな世界だからこそもっと強く愛していたい。ぴりかもそうだろ?」


 次の言葉が分かりきった問いかけに私はそっと目を閉じて、首筋に軽く息を吹きかける事で答えました。ちょっと気取ってたかな。目を開けると、カズくんは穏やかな笑顔の扉を開けて私を待っていました。


 夏の太陽のような満面の笑みもいいけど、私にだけ見せてくれる暖炉みたいなこんな柔らかな顔もたまらなく好き。せっかくの冬だしね。私は四季折々の手紙を受け取った時のような微笑みを返しました。


 そして私は気付きました。いえ、それそのものはきっと最初から気付いていたけど、戦い終えて安らかになった心が改めて真実に触れてみたって言い方も出来るでしょう。


 例えば、まだカナちゃんがいない頃だから3年生の夏休みだったけど、一緒に西小の縄張りまで自転車を漕いでたどり着いたよく取れるスポットだと評判だった灯台の下で生まれて初めて魚を釣り上げた時と今、比べてみたらまったく同じ顔をしているはずだと断言出来ます。


 つまり二人がどんな背伸びをしようとも、その根っこにあるのは海と山の狭間にある田舎町ですくすくと育った元気な女の子と男の子であって、それは時や距離によってどれだけ離されても決して変わる事なんてないと。


 あの頃は純粋に釣りが好きで楽しいからやってただけで、つまりは遊びでした。今は遊びの中身こそちょっとだけ変わったけど、そこに通うものはずっと変わっていない。ただ一緒にいるだけで心が安らぎ、そして豊かになる。楽しくなる。だから私は、二人でいるんだと。


「そろそろ落ち着いた? じゃっ、二回戦スタートと行くかな」

「もうちょっと待ってよ。まだ無理だって」

「えー、だってさー。やろうぜ、はよはよっ!」

「子供みたいな事言わないのって、あっ、あれ……!」

「どうしたぴりか?」

「雪降ってない?」

「えっ、あっ、本当だ。すげえ! 生の雪だよ。珍しい事もあるもんだな」


 カズくんはさっきまで畳に溶けていたのが嘘のように勢いよく立ち上がると、すぐに和室特有の丸い窓のそばまで早歩きで寄っていきました。まったく犬じゃないんだからと苦笑しつつ、私もすぐカズくんの背中を追いました。


 私達の住んでいる地域は雪が1cmでも積もるようだと一時間目が自習になって全校生徒で雪遊びするぐらい温暖なので、ちらほらと空から結晶がこぼれるだけでもはしゃぎたくなる習性が植え付けられています。それはもちろん私も同じで、ただそれを体で表現する気があるかないかです。


「雪降るしホワイトチョコだし、さしずめホワイトバレンタインってところね」

「そうだなあ。ってかホワイトデーのお返しも考えないといけないんだな。何がいい?」

「いいのいいの。別にそれは期待してないから」

「何だい。それにしてもちょっと寒いと思ってたら窓開いてんじゃん。吐く息もホワイトじゃ洒落になんないし、せっかく顔を見せてくれた雪には悪いけど、こうだ!」


 カズくんは障子をピシャリと締めて寒気を笑い飛ばしたところで、改めて次の戦いを始めました。


 今日はいつもよりちょっと白色に染まったけど、1月からは大体こんな日常を続けています。そうしていられなくなる瞬間が決して遠くない未来に訪れると知りながら。

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