か
逸脱 アナザー
逸脱2。正道への吸収•溶け込みか、変われない者か。生存ルート編。
逸脱エンディング直前。
プリペイド携帯だかSIMフリーの携帯だかを借りていた達仁。ユーマに持たせていた。
笹田に遥に託していた想い。このまま終わるのは悲しいから。
銃自殺直前に二人がGPSを頼りに駆けつける。
すぐさま銃を取り上げ、隠し。ユーマをひと気のない所へ引っ張る笹田。遥が、女性がいるので怪しまれることなく、家族間トラブルと思われ通報されず。
「…お姉ちゃんになって…ほしい…」
泣き、咽びながら嘆願する。渇望する。
空気を壊しそうで何も言えない笹田。俺もお兄ちゃんになってあげるよと言いたかったが。
ふと思い出す。内ポケットに入れた物。銃をどこで処理するか。難しい顔をしている笹田。
達仁が残してくれたもの。人との関わり、絆。絆と呼べない程軽いものだが、人と関わらないイコール死んでいるのと同じだから。
残してくれたもの。
引き継がれた想い。
達仁を犬死ににさせないように出来るのは自分だけ。最も解ってくれた人。目標のないユーマが。
救う。
誰を?
結局自分を救う為だった達仁。
「生活費どうすんだよ。ヤクザにしてもらうか?須賀さんに頼んで」
「ダメだよっ!」
遥が制する。
何をしたらいいのか分からないユーマは黙っている。大人連中が頭の上で争論している。
なにがしたいのかも分からないのになぜ生活費を稼ぐのかわからないユーマ。
「何を救えっていうんだ…」
表で頑張ってテレビ大会に出て岩瀬を告発して、真実を明らかにするのか?して危ない橋渡って、遥を危険な目に遭わせても…。
誰かを救うのか?自分達と同じ境遇、心情の人達を。どうやって。
放っておけば確実に自殺する少年。寝覚めが悪いなんてもんじゃない。知り合った、友達みたいな年下。ニュースになり、虐待の過去も晒されるだろう。
「死なれたらかなわねぇ」
笹田がユーマの首根っこを掴む。立たされる。とりあえず自分の家へ連れていく。
「…しかたねーなー…」
歩き出す笹田。笹田だけなのも心配なのでついて行く遥。
「えっ?汚いって!狭いって!」
頑として譲らない遥。
「しゃーねー。初日だもんな。未遂の」
渋々連れてゆく。
ボロいアパートへ着く。汚い部屋。ばつが悪そうな笹田。
とりあえずユーマを座らせる遥。事前に買っておいた飲み物で落ち着かせる。後はカモミールの匂い袋を嗅がせる。
「うっ。やっぱ女子なんだなぁ。不釣り合いだわ。この部屋と」
「編集部はストレス溜まるからね。ヒーリングミュージックとハーブの匂い袋は必需品なの」
「あぁ…」
嫌いではないユーマなので仕方なく今日は泊まらせてあげる笹田。
ユーマが落ち着いた頃、編集部へ帰る遥。連絡先を全員分交換しておく。
感情の見えないユーマが部屋にポツリと居る。奇妙なかんじ。自分も座り。
「…聞いてもいいか?全部。今までのこと。記者さんにしか言ってないこととかもあんだろ?」
「…疲れた…」
「なら明日でいいよ」
「…ありがと」
笹田に遥に安心し、久々の深い眠りを摂るユーマ。
寝顔を見る笹田。いびきなどかかない、若者。荒々しくない、中性的な少年。
「…とんでもないことだよな…」
ポツリ漏らす。
子供のいない笹田。
「変なもんだな」
30代前半と10代後半。息子感は全くない。弟。
一旦、土木作業員として働いてアノアから離れていた半月。まだ本当の先は見えていない。これからどうするのか。守る者がないから適当に生きている。
守る者がない。ユーマが好く者。今日は忘れ眠る。
翌日。
感情の見えにくいユーマ。前のままなら喋りやすかったがそうはいかない。まだ半月しか経ってないのだから。
重苦しい空気。とりあえずカップ麺を出す。無言の食卓。
食べ終え。
「笹田…ありがとな…」
殊勝な健気なシンプルな言葉。
「…」
(捨てられねぇよなぁ。あの嬢ちゃんもどうすんだか)
自分もどうするのか。アノアへ戻って最後の数年闘うのか。肉体労働するのか。
悩む笹田。
空っぽなユーマ。
(っていうか、兄になるって言っちまったな…)
達仁の役を自分がやるということ。といっても達仁は放任主義だったが。
(希望か…)
生きるには希望がいる。そんなことを達仁が言っていた。自分にもない。希望なんて、ただ目的もなくだらだら日銭を稼ぐだけ。病気になるなら仕方ない。どうすることもできない。だって自分だってあの場にいたんだから。地下に。トラック運転手からの脱落。
何も与えられない。自分は人格者じゃない。遥に任せるか…普通の人間。女性。母性。マトモな人間に。
何も考えないのなら、悪友感覚でルームシェアでもするが。状況が状況。金もない。
金もない。親もない。行く当てもないユーマ。
打ち明ける過去。
「…うん…」
半分くらい察していた笹田。全て信じ、だが何も言わない。
「…俺ってさ…このまま家出のままハタチ過ぎたらどうなんのかな?放置?」
「俺も知らねぇよ。国はどうすんだろうね。役所は成人したら放置なのかね」
鬱屈とした雰囲気。
「…」
「…」
静寂を破るものもない。お互いが何も描けない。
冬の一月。寒い中、心も。物悲しさを越えて。
「…はぁ…久々に笑いてーぜ」
あの頃のように、と出かかった。達仁がユーマが歯に衣着せぬ物言いで色々ぶった斬り、笑わせてももらった日々。地下なんかで。地下なのに情報量が多くて、今まで自分の周りにいなかった狂った奴らとの日々。凄まじい闘い。
あの頃。たった数ヶ月前なのに、あの頃を思い出す笹田。笹田は普通の学生生活を送ってきたがあくまで普通の生活。あれだけ人に期待したのは初めて。あのままテレビ出てみんなで楽しくやっていた未来…をなぜか今なら想像できる。
失くなったもの。戻らないもの。壊れたもの。死んだ者。
ずっと大晦日から停滞した日々。ユーマは何を見ているのか。ただ座っている。
「笑いたいよな?」
笑いこそが、跳ね除けてくれる。この世のストレスから。笑いさえもないのなら、それも死んでいる。ロボット状態。
こんな暗い空気がいつまで続くんだ。達仁はもういないのに。希望って笑いって。心許せるものって。哲学する笹田。生きるために哲学する。
生きる為に働くのではなく、なぜ生きるのかを哲学し出す。
「…」
「…」
「…笑いってなんだよ」
「…今頃反応してんのかよ…」
「人は笑わなきゃ生きられないって?だから俺は…。俺は笑ったことないよ。あの時まで」
自分を分かってくれる人が目の前に現れるまで。
「達仁ってあんな人を近づけない雰囲気なのになぁ…」
「達仁が少しの間俺を救ってくれたんだよ…」
「…?!」
「…!?」
救い。
救いを考える笹田。難しい顔をしている。
ユーマは…人を救った達仁に、救える達仁に涙する。
その涙を見てまた考える笹田。特殊な人間を救うための人間。それになるって、なんなのか?それってヒーローなのか?少しの間救うだけなら、駄目なのか?思わせぶりな態度の恋愛的な何かになるのか?
はみ出さされた者を救う会ってなんだよ。と自分の中でツッコム。友人もいぬ笹田。ユーマ。年の離れた。これも絆になるのか?疑問しか思い浮かばない自分を責め。ユーマに向き合う。
「俺はさ…なんにも持ってない。ぶっちゃけて言うと何も与えられない大人だ、俺は。でも友達に、弟になるか?」
「…なんだその告白みたいなやつ」
「よせよ」
「まぁ、俺も達仁に告白まがいの弱音吐いたことあんだけどな…」
「…」
「とりあえずここからだな…やっぱり終わるにしてもさ」
後ろ向きな言葉。だか今はそれでもいい。
「希望探しの日々が始まる!ってか?」
「一般人にとっての希望ってさ。子供。子供が成人して、孫できて」
「でも俺もお前もそれには興味ないじゃん」
「かぶかなきゃ、かっこつけなきゃ駄目だよな」
「大物になるしかねぇじゃん。子供持たず。でも金や有名だからってことで好きに派手に生きれる」「また一般人論かよ。まぁ、とにかく自由になるには有名人に、特別にならなきゃいけない」
有名人になって何かを伝え、子を持たずとも何も言われない人生。
「なんだよそりゃ、ゴールが有名になることって。…普通じゃない理由でさ」
モテる為や金、女、車の為じゃなく、自分らしく生きる為にならなきゃいけないナゾな世界。
人に見てもらう為には有名にならなくちゃいけない。好きに生きる為にも。
死ねるというアドバンテージ。捨てられる。持ってない側の。
「「死ぬ気でやったら」ってポジティブじゃん」
「死ぬ気で死ぬ為に生きる」
達仁のことを指している。
「はっ…あんなヤバイ奴が一番近くにいたんだぞ?」
「ははっ……」
「死ぬ気があればなんでも出来るってか?」
「あっはははっ!!」
笑えないネタだが笑う。笑い飛ばして力を得る。
なんらかのモノマネを始める笹田。
「死ぬ気があれば〜」
「おいやめろよっ!ははははっ!」
遥が笹田のアパートへやって来た。笹田は遥に任せ、用事へ出る。
「遥さん。甘えていい?」
「うん…」
「って嘘だけどさ。照れ隠しに言っておくと、誰にも甘えたことがないから甘え方が分からない」
重たい言葉。母性本能すらもくすぐらない。どう接していけばいいのか。
「…たっちゃんにね…一回甘えたけどね…」
涙が零れる。
その涙を見てすぐに何も考えず抱きしめる遥。
結果甘えることになってしまったユーマ。女性の温もりを感じる。達仁にさえもらえなかった女性、母性の温かさ。癒しを。
泣きじゃくるユーマ。未成年。たとえ成人しようが心の育っていない存在。
やはり捨て置けない、儚いもの。他人中の他人のユーマ。
もう一人ぐらいいたらまだ上手くいきそうだが、ユーマが心を少しでも許す者なんてもう現れない。自分達が守ってあげなくちゃ、壊れ死ぬ。
ある意味縛られてしまった遥と笹田。
とはいえ、どこに答えがあるのか。希望が、普通がない人間に対しての。どこに終わりが、ゴールがあるのかも分からない旅。
自分が捨てたら見限ったら本当に死ぬ。それに耐えられるなら捨てれる。罰ゲーム。達仁が置いていったもの。達仁はそこから逃れ、消えた。
また悲しみが訪れるのか。
なにかとっかかりがほしい大人二人。
あの達仁の仲間が同じ格闘技で頑張るストーリーで売ってアノアでやっていくのか。表でコツコツやるのか。何か才能はないのか。絵などあれば良かったのになぁー、と思いながらも画材道具も用意しない笹田。
他人の為に動いている、助けている。既にここは救済所になっている。誰にも褒められることの評価されることのない活動。
「…ユーマ。言ってなかったけど」
「何?」
「未成年略取」
「…そうだよ。分かってるよ」
「綾瀬も俺もな」
「でも女性なら?」
「いや、流石に未成年少年を囲ういやらしい女扱いになる」
「ちっ。ムカつくな。善人をよー」
「まっ。どうするかだな」
やはり表では生きていけないユーマ。アノアで稼ぎ、有名人になり、成人してからうやむやにするのが一番なのか?
親の死後逃げ出した少年の旅路の末路は…。
かなり複雑な関係の三人。一人は保護されるかもしれない存在。
「違うだろ。世間は…高校普通に通えるガキ。高校中退の家出する不良少年。そのまま、ネカフェ難民でも、裏の仕事でもやって勝手に生きろって言うさ…」
「裏の仕事は絶対駄目だよ」
釘を刺す遥。
「何か書ければいいけどね」
「俺だからこそ書ける…もの…」
この世で、嘘の世で。煽ったもの勝ちの、騙したもの勝ちの資本主義。奴隷社会。印象操作の、伝達時代で。偽物のマーケティング社会で何を…。
遥に甘えたくなるユーマ。でも甘えてはいけない。そうだから。そういう風にできてるから。悲しそうな目でいるユーマ。
自分から抱きしめてあげる遥。緊張の和らぐ瞬間。これを千倍にすれば生きていけるかもしれない。
深い深いもの。
「表の給料知ってるか?数千円…かタダ働き」
達仁の代わりに表の格闘技界の説明をする笹田。
「えっ?あれは?労働法」
「いや…マジだから」
「王者でも数万、十万」
「生活できないじゃん」
「だから綾瀬はあの方法でやってたんだよ。リスクありを分かってて」
「マイナースポーツ過ぎて泣けてくるな」
「だから営業だよ。綾瀬も言ってたよ。表の人間みたいに媚び売りたくないって」
「営業マンになる。闘う為。友達にスポンサーに社長に」
「それに興行主、ジムの会長、OB、選手、トレーナー、セコンド、用品店の店主」
メンタルコーチ、ヘッドコーチ。田舎のタニマチ。スポンサー。広告代理店。テレビスタッフ。芸能人。栄養士。オーナー。協会。
「もういいよ。腐る程いんだろ?」
「まっ、それでも…いや、サラリーマンよりきつい場合もあるかな」
「狂わなきゃ無理じゃん」
色々な意味で。
「だから狂ってて才能あるやつは特別中の特別になれるけどな」
「かといって芸術エンタメ関連も、人気を毎日チェックして疲れて」
「楽な仕事はないってこったな…一般人には」
「支配階級、上層、上流階級、貴族、企業、メディア、政治家、官僚」
「あー言っとくと、ヤクザやパチンコ経営者もだからな」
達仁と話してたような話を笹田とする。何も感傷的になりはしないが。
「印税も不動産も土地持ちも株持ちも…」
「金に選ばれし者だな」
「…そうだな」
しかも狂わされし者。達仁と違って、本来普通に生きていたはずの二人。
他人に殺され、貧乏をしている。他人に押し付けられた不幸。
笹田の賠償金、慰謝料どうしたのかは聞けないユーマ。そこは踏み込まない。何か制度があるのだろう。貧乏だから放置とか、保険、税金、生活保護、自己破産的な。会社が責任負ってクビになったのか。離婚同様に。払わない、払えないもの。
酒もあまり飲まない笹田。タバコもしそうな見た目だがしていない。
「…ギャンブルとかはしたことあんの?」
「あぁ、30万くらいなら勝ったことあるよ」
「宵越しの金は…ってしたの?」
「…だな。キャバとか」
一気に使い切ってしまったらしい。
ギャンブル。勝負師。ある意味、格闘家的な刹那的な存在。
「麻雀ってヤクザの代打ちするじゃん。やべーよな」
だらだら喋る二人。
「パチプロに競馬に宝くじ」
「アメリカンドリーム」
金金金。自由をくれるお金様。
「はいっ!お金ー!って言ってくれたらいいのにな」
「誰がだよ」
「金を手に入れて、餓死の心配がなくなった後、スターがしたこと知ってるか?ガンのリスク下げるため乳房切除したのさ。前に俺らが言ったこと合ってただろ?結局次から次と精神病の奴らは…気にするのさ」
「怯えて生きるってことじゃん」
「その極致が。そこから逃れる方法が…」
とてもじゃないが言えない。だが本当にその逃げは救済なのだろう。
それに成功しなかった人物。自分ではできなかった人物を思い出し話題を変える。
「遥さん…」
顔を見るだけで分かるようになった遥。甘えさせてあげる。だが、母を感じているのか、姉を感じているのか。
遥の記事の写真担当としてアルバイトするユーマ。勿論銀行振込なんてできない。取っ払い。達仁もしていたこと。
「この金…どうなんだ?全くわからん」
一般常識というか社会がわからないユーマ。納税や保険など分からない。マルサぐらいしか分からない。
「貧乏人はほっとかれるんだなー。聞いたことないか?百万円以下どうのこうの」
「でも競馬で稼いだ人が税金取られたニュースあったじゃん」
「知るかよ。貯金するか自分に投資するかは適当に決めろよ」
「…何の才能もないのに、投資なんて…」
「一回、記者さんには内緒でさぁ」
いかがわしい話とでも思ったのか睨むユーマ。
「いつまで記者さんって呼んでんだよ」
「貴崎さんな…貴崎さん俺に惚れたらどうする?」
「…」
「えーと、ごめん」
視線を外す。デリカシーのないことを言った笹田は慌てて。
「アノアだって。一回本気で死ぬ気でやってみろよ。怪我すんなよ。バレるから」
「それができんなら凄いな」
結局銃も使わずじまいで、須賀には嫌われてはいない。
銃は、今どこにあるのか。いつの間にか心身衰弱中に消えていた。
誰にも狙われていない状態。怖い大人連中には。
「遥さんに隠し事すんのかよ」
「まぁまぁ一回出たこともあんだしさぁ」
「いつ?」
敵と向かい合う。せめて腹筋だけは、首だけは鍛えていたユーマ。達仁に憧れて。スパー相手になる為。
久々のアノア、空気が悪いように感じる。賑やかでムカつく。なぜなのか?怒りが湧いてくる。
この怒りをぶつけられるのは目の前の相手だけ。だが、強烈なものを見せれば観客も選手も恐れおののくかもしれない。ムカつく奴らの為に。
数ヶ月ぶりに滾る血。狂わされた精神からくるもの。
客席で脚を組み見守る笹田。
「なんだ…?あの雰囲気は…良い方向にいけばいいが…」
筋量は少なくとも、急所を打てば、隙を突けば勝てる格闘技。かといって軽量級の試合、何も起こりはしない。
ゴングが鳴る。
解き放たれたように進むユーマ。
ヘッドムービングを使って相手のパンチを避ける。
何かが起きるのか。壊すぐらいしかないが。何かを引き当てるのか。須賀が見つけるのか。第二の…。
相手の隙を突くため、避けに徹する。あえて戦意は抑える。確実に勝つ為にむしろ青ざめる顔。
「はぁぁ…入ったのか…前と違って」
相手の隙に百を叩きこむ為の仕込み。を繰り返すユーマ。
達仁が亡くなってからあまり獰猛な闘いをするものがいなくなった表とアノア。佐原に勝つ達仁が死ぬのだから、自分が人殺しになりたくなんてない。
スイッチの入り切ったユーマ。いつもより身体が軽いが、見えるが、それよりも早く動く。
その時が来る。
相手のガラ空きの頭部。崩れた態勢、体軸。
「あぁぁぁっっっ!!!」
つい叫んでしまったユーマ。気どられるがもう遅い。確実に入るタイミング。むしろ声を出してハイパワーが高まっている。
一撃で失神させる。
意識がなくなり、床へ落ちてゆく相手の頭部。に、打撃を宙のまま入れ続ける。床へバウンドしたところへ靴ありの踵で何度も踏みつける。
地下でも死なれては敵わない為、レフリーがユーマを押しのけて選手へ覆い被さる。
久々にド派手なものが見れたと狂喜乱舞する客。もはや客のことなど見えていないユーマ。
「こりゃー…駄目だな…」
勝ったのに、落胆する笹田。表じゃ、こんな闘いできない。スマートな闘いじゃないと魅了できない現代。何かの片鱗は見せたが。
控え室にて。
何を入れて勝ったのかも覚えてないというユーマ。自分はここまで入り込んだことないからなんと言っていいのか。
「…惜しいな…」
勝ったのに何が惜しいのかはわからないが、覚えてない部分で何かあったのだろう。
「そうか…」
よく知る笹田がそう言うのならそうなのだろうと納得するユーマ。
ユーマのことも技術論も興行論も理解のある笹田。
「まぁ、俺には勝てないんだけどな」
「それ言われたらやる気なくすな」
「俺を、上の階級を殺せるぐらい気張れよ」
「物理的に無理だろ」
軽量級は迫力がない、稼げない階級だが、裏を返せば日本人平均ぐらいの体格。そこでヒーローが生まれれば、何か爆発的に人気を得ることもあり得る。投影するほどの。自分もプロを目指すほどの普通の体格の人間の闘い。そこを得られれば、軽量級でも稼げる。
その何かとは試合なのか華なのか。今はまだ何も始まらない。
「どうしたもんかね」
ジム代出すのか。表でやらせるのか、バイトをさせて、自分も援助して。
筋量もない。拳もスネも鍛えていない。でも避けて避けて隙を突けば。グローブ有りなら、肘、膝、寝技なら痛むことなく勝てる。
軽量級同士ならサイズアップしなくてもよい。
柔。身体を柔らかく使い、打撃をいなし、寝技でもするすると逃げる。それが出来れば勝てる。あとは痛みに強ければ。
フィジカル重視じゃないキックボクシングで勘を鍛えさせ、その間体を作り、総合へ。がマシな道のりか。対人戦を経験させ、避ける技術を覚えさせる。
須賀に頼み込み、元ムエタイ選手と立ち技ルールで組んでもらう笹田。
「グローブ重いな…すぐ筋持久力切れそ…」
「だからいいんだろ?力の抜き方、ここぞというときの力の入れ方を学べよ」
ゆっくりとした試合展開。
ローをカットしたり、ジャブをグローブ上に当てあったり。
前蹴りのタイミングだけ掴んでおきたいユーマは集中する。
相手の蹴りをキャッチし、こかす。何度も相手の蹴りをキャッチし、こかし、起き上がりでスタミナロスを狙う。
タイミングバッチリで軸足を蹴りこかせる。
作戦を変え、首相撲にくる相手。
顔面だけは守り。腹にヒザが来た場合は腹筋に力を入れる。
相手の腕を押し上げクリンチする。そこから鯖折りテイクダウンで倒れこむ。また立つ相手。汗が多くなっている。まだこちらは余力を持て余す。
だが、変則的なリズムで間合いを詰められる。捨てキック。ハイキック。フェイント。止まってしまうユーマ。
肘を側頭部に喰らう。一瞬斜めになる視界。痛みはなく、衝撃だけが来る。崩れた体を立て直し、顎を引き、こめかみを手で守る。腹や脚へ攻撃が続けられるが、耐える。
大振りになったところをサイドステップでかわし離れる。
笹田がアノアの選手に話しかけられる。
「あの綾瀬の付き人、負けてもいいのか?」
特に感情を見せず、腕を組んで観戦する笹田。
「わっかんないよ。負けてやめてもいいと思ってるし」
「かっはは。なんか強そうに見えないもんな。あの坊ちゃんは」
格闘技を辞めて、他の仕事に就いてもらいたい気持ちもある笹田。だってまだ10代だから。
攻め疲れの見える相手に地味なレバー攻撃を繰り返すユウマ。
スタミナが切れ、ダメージが徐々に蓄積し出す相手。
100では触れない左ミドル、左三日月蹴りを溜める。
相手の右瞼辺りをジャブで引っ掛け、傷を負わせる。あえてやや上目に打つ。
相手のガードが下がった所を百の蹴りでレバー攻撃。
直撃し。よく見る。
苦悶の表情を見せる相手。マウスピースを落とし、相手の歯がよく見える。息の止まった相手に近づき、意趣返し的に肘で沈める。
勝ったユーマ。
スポーツだろうが格闘技だろうが、端から見るのとは違う印象。
一人称視点で試合をし、イマイチ自分の良い部分がよく分からないユーマ。客観的に見ている笹田。弟が出てるのと同じくらいのかんじで集中して、技術論で見ていた。
身内を勝たせたいからこそ、技術論で見る。遥ならできないから自分がその役割を果たす。
控え室で二人きりにしてもらう。
「いいのを喰らった後の判断力はできてるよ。経験したことないのにな」
褒め言葉。だが、暗くなる表情。
「…リンチされてる時に…」
地雷を踏んでしまったか…と久々にガラスのような繊細さを思い出す。
「リンチされて痛い時にさ、たまに…集中状態っていうか、よく見える時があったんだよね…」
「痛みには…?慣れるのか?」
「…」
傷。トラウマ。心ここに在らずなユーマ。
「…ごめんな」
撫でることも、手を取ることもできない。遥がいればよかったが。
達仁のようには上手くいかない。ユーマが自分から話せることだけ聞けばいいと心に誓う笹田。
壊れもの。腫れ物。開けなければいい。閉じ切っておけば、まだマシだから。
「冷静で良かったぞ」
「達仁に全パターンでやってもらったから」
総合、喧嘩における全ての劣勢状態からのスパーで教え込まれていた。
「そこ聞いたこと無かったよな。やっぱり、自分の身を守るのは自分だけってかんじで、丁寧に教えてくれたのか?」
「うん…」
生き方を教えるんじゃなく、壊されない方法を教えた達仁。逆に死を推奨する精神。でも他人には殺されないように護身術を磨く精神性。
「守るんだか、守らないんだか」
「…他人からは自分を守って、自分からは守らない。でも壊されたのは他人のせい」
「要るのは…心の守り方ってか」
「…」
肘打撃を面で喰らっただけなので 外傷がないユーマ。もしかしたら髪の毛の元では青あざがあるのかもしれないが。
「…いってぇ…」
「頭痛薬飲むのもありだぞ。表では駄目だが」
「は?生理痛の薬でも飲むって?」
「知らんよ。知り合いが昔言ってただけだ」
「まぁ、それも面白いよな」
「頭がガンガンし出したらマジで病院連れていくからな」
日本人平均身長のユーマ。勿論日本人はフィジカルが弱い。平均身長も低い。選ばれし者は176cm以上くらいから始まる。頑丈なら人間は。
「一回ぐらい、保険証忘れましたっつっていけんのかな?」
「格闘家って病院嫌い多いから、変な痛みでも時間で治す奴ら多いよ。プロもアマも」
「あれだろ?打撃の痛みには強いくせに、注射とかは怖がる」
「ニンニク注射とか90年代まではあったんだぞ」
「は?」
「ドーピングじゃない」
「んだよそれ、ただの栄養ドリンクじゃんか」
「はっはは」
アノアから去る。この慣れた出来事を笹田としている不思議さ。
とにかく10代なので食わせる笹田。自分の分を少し減らしユーマに分け与える。どうせ30代中盤になっていく身体。引き継がせる。まさか自分が人を育てるなんて…と感慨でもない不思議な感覚。ジムのオーナーでも兄でもない関係。
「ビール酵母で胃が大きくなるって昔見たぞ」
「はぁ?やだよ。あんな苦いの」
「そうだよな。次の若者はビール好まないだろうな」
「俺は酒やらないから」
何もつっこまない笹田。どうせ親が酒乱で、自分はならないことを課しているのだろう。
「サプリで摂るか?」
「いーよ。無駄金」
「どうせ長く生きないんなら、狂った食生活でいいっていうのが、プロレスラー、相撲取りだぞ」
糖尿病、腎臓病。色んな病のリスクがあってまでサイズアップを図る格闘家。スポーツ選手とは違う動機。どこまでいっても物理学な、体重な世界。
「…未来を捨ててまでやりたい事あるっていいじゃん。一般人と違ってさ」
「未来を捨ててる…」
ユーマの意図。
「未来…苦しめて生きる未来」
「…未来なく生き急ぐ刹那的な格闘家と…?」
「人を壊す為に生き永らえる一般人」
「…人を幸せにする為じゃなくて?」
「…いーよ。こういう話は」
ユーマの方から切り上げられる。
他人を、人を幸せにしたと堂々と言える人ってのは誰なのか?その答えを嫌という程分かっているユーマ。もうし飽きた議論。達仁とは違う感性の笹田。憎悪が無い。この世界に対しての。人間の業が罪が分かっていれば、分かる。
遥が訪れる。
「おとなしくしてたよ。遥さん」
わざわざ言うユーマに吹き出してしまう笹田。
二人が仲良くやってるみたいで安心な遥。
遥とユーマのお喋りを遠くから見つめる笹田。年長者。
「…」
恋人ではなく姉になって欲しいと言ったユーマ。趣味嗜好なんかじゃなく、何かあるのだろう。聞けないが。
「妹でもなくて、母でもなくて…」
遥にお茶を用意する笹田。
編集部の倉庫の整理の手伝いをしてほしい遥。部外者が編集部の倉庫になんて入れないが、弟と紹介し中へ。
編集長からお小遣いをもらうユーマ。
「なんかなぁ」
現金でお金を得ていくユーマ。
弟と紹介されたことに喜びはない。
もし万が一、ユーマが普通に働きたいなら。
「偽造屋。ニンベン師」
「車には乗らないから事故もしない。警察に見られはしなくて」
「偽造屋って…」
身分証明書って、と思うユーマ。身分証明書が無ければ天涯孤独ならば、身元というものは…。
嘘で塗り固め、犯罪を働く詐欺師、ヤクザ。嘘の身元。
「自分ではない自分になるのは厭わない」
「裏社会だぞ。たとえ犯罪してなくても」
「ニンベンってなんだよ」
「知るかよ。40代以上に聞けば分かるんじゃねぇの?」
「戸籍のっとりは本当にヤバイものだよ」
遥がそう告げる。
そりゃそうだろ。と思う男二人。戸籍のっとりなんて、あの組織しかできない。話を大きくし過ぎだ。と思う二人。
「ホームレスとかってさぁ、生活保護以外にも色々契約させられてんだろ?」
「トバシの携帯も、名簿とかもだね」
「なんで遥さんとこんな暗い話題しなきゃいけないんだよ」
ホームレスになりうるユーマ。要らぬ心配をさせたくはない。
気分を変える為、二人で姉弟デート。笹田も久々の一人家でくつろぐらしい。
「遥さん…クリスマス前にさ、泣いちゃったんだ、俺」
黙って聞く遥。
「今までもこれからも何もないから」
「…」
安易なことは言えない。不用意な一言でユーマが失望するさまを見たくない。
ただ手を繋いであげるハルカ。
それだけで心が満たされて、一筋の涙が落ちてゆく。
無言で歩き続けた数十分。気を取り直し、一月後半の街並み。何も飾られていない街中。日常が戻った冬。イベントイベントで忙しかった日々は過ぎ、でも受験生なら、どうだったんだろう。
インターンシップや縁故採用、家業を継ぐこと。色んな道。
道から外れた者。だが、今ここで姉とデートしている。
本当の姉だったなら、姉の為に、何か、あったかもしれない。
何の為に何になるのか?重いテーマ。誰の為に。自分の為、他人の為。
今は忘れ、楽しむ。
恋心のない想い。手は握ったまま。
昨日の闘いからの落差でおかしくなってしまう。笑みがこぼれる。
それを見、笑い返してくれる遥。つい手を握る力を強くしてしまう。だが受け入れてくれる。
異性への甘えを感受する。
とにもかくにも、闘わなければならない。何かの為に。
獰猛性の為に総合ルールで試合をする。
相手の攻め気、パンチをいなし胴タックルし、一発サイドへ。(着地時にポジションを取っていること)
膝を滑り込ませ、ブリッジされないまま、マウントポジションへ。馬乗りで制する。
マウントパンチの荒々しさはやはり初期衝動であり、たぎらせるもの。
グローブ有りの拳でフルパンチを叩き込み続ける。相手のブリッジは両手を広く床に着き、耐える。肘も鉄槌も弱パンチも全部入れ、闘争心を削ぐ。相手の反応が鈍った頃に全力でパウンド(グラウンドパンチ)を落とし、仕留める。
失神してもレフリーが止めるまでは殴り続ける。囚われたから。達仁がそれに近い行為で殺されたというのに、自分もしてしまっている。叩きのめすということ、暴力の魔力に取り憑かれた者。自分の力で、暴力で壊す魅力。
魔性の魅力を放つ格闘というもの。
軽量級だが仕留めるユーマに須賀も流石に何か想い、ボーナスをくれる。
「どこで稼いだ金?って聞かれるから俺が持っとくよ」
「あー…まぁいいけど」
「あんな仕事で稼いだ金で貴崎さんに奢ったり出来ないだろ?」
「あー」
格闘士とでも言うべき、代打ち的な雀士的な。
「「コロッセオで得た金です」って?」
「あっはは」
「とりあえず、携帯だけは維持しときたいな…」
遥とメールすることが癒しなユーマ。手放せない。かといって希望にはなり得ない。
「笹田にお世話になってるから、何か奢るよ」
「まぁ嬉しいもんだけどさぁ、年下過ぎて奢ってもらうのもなぁ」
せめてマッサージでもするユーマ。
現役時代のように、ブロッコリーや鶏のササミなどをユーマに作る笹田。
「グルタミンの知識なんていらないか?」
「達仁に聞いたことある」
「HMB導入してやろう。気にするな」
「まだ最近のやつじゃん」
達仁の為にも真っ当とまではいかなくとも、強くなってほしい想い。栄養面をバックアップしてあげる。
子供にするみたいな。笹田は女いないけどどうするんだろう。自分が枷になって結婚できないなら去るが、女はいないらしい。
申し訳ないが兄とは思えない笹田。達仁も兄ではなく神。自分が信奉する神。自分が信じるもの。同じ想い。今は鈍ってしまっているが。鈍って惰性で生きる。
遥との姉弟デート。
行ったことのない場所の方が多いユーマ。エスコートしてもらう。姉だから甘える。リードしてもらうのは当たり前。だって姉なのだから。優しい遥に甘えるユーマ。
家に招き入れる遥。笹田のアパートと違いエアコンヒーターを点ける。
「二人っきりでいっぱい甘えていいよ」
いつも無理している、結局は悲しげな表情をしているユーマ。
今までのものは手を繋いだだけの、遊びに行っただけの甘え。そんなものが甘えになるユーマ。友達程度のことが。
ソファーの上で遥の胸に顔を埋める。
また果し合いを始める。
少しは癒されているユーマ。でも本当に一生癒せないもの。それを少し解消するのは格闘。達仁と同じになってる…と対戦相手の前でついクスリとしてしまう。
煽られたと激昂した相手が飛びかかってくる。倒れこむ二人。
下から、手足四本を使い仕掛けをかける。
殺されない為の、本来護身術、柔術の技術でスイープ(ひっくり返し上下逆転)し、上を取る。
細かく、肘でみぞおちを押したり、息のタイミングに合わせ、ボディーにパンチを入れていく。
細かな技術で削る。手で口を抑え、指でのどを押す。顎で目を押し、抑える。
サイドポジションから耳の下へ肘を振り下ろす。
嫌がり、うつぶせになろうとした相手のバックを取る。そのまま四の字で固め。側頭部を殴り続ける。
「初めての試合と違って、強いんだよなぁ。でも表じゃ、世界じゃ無理なんだよなぁ」
化ける可能性もあるが。現実に例もある。負け込んだ選手がいきなり勝てるようになる。判定ばかりだった選手がいきなり一本取れるようになる。でもそんなものは特例で。
いっそのことステロイド輸入して、モンスター化できればいいのに。長く生きないのだから。とは思えない笹田。弟にステロイドを打つ兄がいるのか?
リング上では。ユーマ優勢のまま。
バックからのチョークで絞め上げる快楽。耐える相手を落としにかかる悦楽。100パーセント有利な状況で確実に殺せる。このまま絞め続ければ相手を殺せる本物の技。パームトゥパーム(手の平)じゃなく、マータレオン(ライオン殺し)。通常のクラッチで絞める楽しさがある。
勝って立ち上がった後、入り込んでしまっているユーマ。格闘の麻薬に。目はトンでいるのに、口角は上がりニヤついている。
客席から見つめる笹田。
「まぁ、軽量級だからな。これが中量級なら「ヤバイ奴が生まれたな」でもいいけど」
充分な実力がついた頃。表に乗り込む。ことはなく、穏便にジムに入るユーマ。
プロとスパーさせてくれるジムに決め、お願いする。
軽量級の新人プロに押すユーマ。
最後攻め返されるが、寝技スパー。試合では実戦ではどちらが勝つかはわからない。
そのスパーを見たコーチ長に何度か試される。吸収の早いユーマに色々教え込む。
昔総合のジムに通っていた。そのジムは田舎のジムで潰れた。名のあるプロもいなかったと説明したユーマ。
かなり早いがアマに出てみるのを勧められる。
地下の試合は全て黙ってきた。
遥は表のジムで普通にやっているユーマを見て安心する。綺麗なジム内でスポーツ的に高めていく姿が普通に見えて。だから応援してくれることに。
友人としてアマ大会を見に来た笹田とハルカ。総合なので空手や柔道などと違い親連中がこぞって来ない。静かな会場。二人だけ引き連れたユーマ。
スパーばかりだったこの頃。久々の実戦でいきり立つ。身体が軽い。
ヘッドギア無しのルールで相手をノす。
二回戦も一本取る。
決勝戦前にだらだら仲間とお喋りする。仲間とはジム仲間ではなく、あの二人。
「こんなかんじで勝ち続けたらプロになれるんだよね?」
「いや…それがかなり複雑で。格闘技ってプロを芸能人やプロレスラー的に名乗れるんだ。今やってるのは売る為の実績作りで…必ずしもここでプロになる必要はない」
「どっちでもいいんだよね。まぁとにかく、ハルカさんにわかりやすく言うと勝ち続ければいつかブロの団体かテレビの団体に出れる」
「うん」
「とんでもない将来世界レベルの新人王とかがいなければな。とは言っても決勝の相手の試合見る限り普通の奴」
三〜五団体程あるアマシステム。独自にやっているもの。協会もなく、誰でも出れるプロ。あの、芸能人やモンスター路線を始めたテレビ格闘技なら、プロデビューもできるのはこの目で見た通り。
打撃も寝技もどちらも出来ることを示したユーマ。決勝戦でカタくこられる。
仕方ないのでステップインジャブストレートで削っていく。
ギリギリまで見、体軸がブレることなくカウンターを入れる。
アマ程度で仕留められないんじゃマズイ。
シャッフルステップを踏み撹乱し、ハイキックを当てる。相手の見えない角度からの一撃。そのままアマなので早めにレフリーが止めに入る。
アマで優勝したが、大事なのは中身。この内容ならまぁ良い印象だろうと会場を去る笹田。
表から正道から、岩瀬に向かうユーマ。
目の前しかまだ見えていない。岩瀬に会ったところで何をするのか。
遥や笹田を裏切ってまで…。とそこまで考えて達仁のことを思い出す。達仁が生きる想いだった場合の未来。四人でまだ若い自分達はどういう風に過ごしたのか。
申し訳程度の安いトロフィーを片手に。
全く緊張しなかった自分。強敵じゃないと多分緊張しない。地下であの試合を生で観て、大きな大会であの試合を観てきたのだから。
特に傷がつかなくてホッとした遥。非常に女性的な姉的な。
撫でてくれる。ハタから見ても姉弟的な雰囲気。
関係者に愛想や媚を振り撒き頑張るユーマ。
「無理してんな…」
見守る兄的な笹田。姉的な遥。
プロ大会に前座として出るユーマ。たまたま欠員が出た階級に合わせられるためである。
ボクシングのように登録などがされ、プロになる証明書が出る訳じゃない総合格闘技。
とにもかくにもプロで一戦するユーマ。これからは肩書きをプロ総合格闘家と言える。
だがこんなものなんの意味も無い。
達仁が消え、笹田と遥との生活。
チケットを二人に自腹で買った悠真。招待する。
感慨深いものがあり、軽く涙する笹田。遥は思いっきり抱きしめてくれる。
だが心にしこりが残る悠真。何も変わってないはずなのに。
プロ初戦。確実に勝つ為に判定上等で行く悠真。軽量級同士、破壊力はそこまでなく、技術で渡り合う。判定で勝利する。
リング上で試合が終わって、やっと冷静になり周りを見渡す。遥や笹田の為じゃなく達仁が見た景色の為。
マイクパフォーマンスなんてド新人ができない。でももしできるのならば、自分は何を伝えるのか。伝える側に回れたこと。無名だが、プロになれたこと、有名人の卵になれたこと。
おかしくなる頭。
「ならなきゃ…ならなきゃいけないんだ。逸脱者に。一般人から脱却しなきゃ…」
ただ一点のみの執着。一般人外になりたがる。自分の為に、達仁の為に。
せめて生まれたのならカッコつけなければならない。無で終わるんじゃなく。傷を残さなければ死ねない。
一緒に生活しててもやはり理解できないものに壁を感じる笹田。壁なんてものじゃない。究極の拒絶。この世からの。一般からの。
頑張っても何も変わらないのか。ユーマはなにも…変わってはくれないのか…。自分がしてきたことはなんだったのか。延命して、また創り上げて。
創り上げた上で…。
人間は何を育てているのか。感情なのか。
歴史、政治、発展。医療、科学、経済、発明。
何の為に。楽をする為に。誰が楽をする為に。そのしわ寄せは誰が取るのか。一般人にとっても。
離れてゆくもの。乖離していくもの。
壊された狂わされたもの。
達仁が乗り移るのか?なら達仁は何を残したのか。達仁の色んな考えの中で一番重要だったこと。
それすらも分からなくなっているのか。絆されて。何の為に復讐したのか、達仁について行ったのか。マトモになることが怖いユーマ。およそ一般人にはわかり得ない。
この感情はどこへゆくのか?
遥への想い、感情はどこへゆくのか?
何が優先されるのか?壊れた人間が最後の最後…。
笹田は男だからいい。でも遥は。遥が悲しむ姿。ただそれを見ないだけの為に、あれを我慢するのか。
心に渦巻くもの。達仁と同じ立場になって初めて喰らい付いてきたもの。
死の予兆を感じる笹田。
「またか…」
涙する笹田。また友人が。
喋れる雰囲気ではないが、確認しなきゃいけないことがある。銃をどこに処理したのか。
「…」
押し黙る笹田。ぶん殴られるかもしれない。”なにか”を止めるために。物理的に縛り付けられるかもしれない。今なら互角かもしれないが。
「俺が殴ったところで取りやめてくんねーもんなぁ」
力無くうなだれる。
「悠真…お前がもし…したら…俺は貴崎遥を犯すかもしれない。殺すかもしれない」
笹田の精一杯の脅し。
そんな人間でないことは分かっている悠真。何も告げない。
少しの静寂の後。
「…頼むよ…おれの為に生きてくれよ…遥の為に生きてくれよ…頼むよ…」
昔聞いたセリフ。頼むから…頼むから死んでくれ…。誰から聞いたんだったか。
哀願。憎悪。
冷め切った青ざめた表情。唯一の救いはこの場に遥がいないこと。
「笹田。いや、お兄ちゃん…縛りって知ってるか?人間の業、罪…だよ」
どちらを指しているのか分からない笹田。自分の今の言葉なのか、トラウマなのか。
縛り付けられる心。囚われる心。狂い続ける。今、一時的に平穏を取り戻したとして。
あの時、銃自殺を止められて…。
本当に自殺出来る側の精神なんて、分かりはしない。理解できない人間。理解できないから捨てる他人。捨てられない家族。いつまでもひきずる家族。その家族すらもいない。天涯孤独の少年。
悲願。達仁が出来なかったことを自分が達成させるのか、二人を取るのか。今、生きている人間二人。失くなった人間。失って消えた。
悠真にとって親とは誰なのか。
達仁と違ってまだ人間味のある悠真。今ならまだギリギリ止められるかもしれない。
夜。
ひと気のない空き地で。決闘を行う二人。
「体格というハンディキャップはあるが…。本当に死んでも成就したい想いがあるなら勝てるよな?」
初めて見る笹田の本当の本当の怒り。感情に雰囲気に身体が震える悠真。
死ぬ気で止めに来るウェルター級の男。
目的の為の闘い。
迫力は出したものの、大分鈍っていた体。
現役プロの技術に押される笹田。
本気で打ってくる笹田に自身も本気で返す。
今までで一番辛い闘い。遥の知らないところで二人が闘っている。なにかを賭けて。
一瞬の隙を突き、腕を取る悠真。
だが、折れない。折れる訳がない。ギブアップなんてしない死ぬ気の笹田。だから落とされて逃げられては敵わないから、絞め技に細心の注意を置いた闘いをしている。
離す悠真。
「折れないなら、まだ終わりじゃないな」
ガード上から叩かれる。
いつ終わるのか?
防戦一方になる悠真。
涙が零れ落ちる。それを見て笹田からも涙が流れる。
泣きながら殴り合う二人。
どちらともなく、手が止まる。ただ立ち尽くす。
もう遥に頼るしかない。サイレントにしておいた携帯を拾い、電話をかける。
止めようとした悠真の片手首を握り抑える。
「捨てないでくれ…」
捨てるという言葉。悲痛な叫び。
一旦アパートへ帰り。
泣いている三人。泣かせているのは自分。
泣かせているのは…自分。だが、そのことにも…。
家族じゃない家族。勝手に作った彼女でも妻でも子供でもない。自分が嫌う家族の形ではない家族。血のつながりの無い他人。
普通ではないもの。この世から逸脱した絆のカタチ。達仁が残してくれたもの。
達仁を犬死にさせない為の綺麗なもの。キズナ。
心が入れ替わった悠真。二人に深い謝罪をし、三人で抱き合う。
悲しい人間を救う言葉だけピックアップしてサイトに上げる。
死にはしない。
「ただ痛みが分かる人が居るよ…」
無地のシャツに描かれたURLを指差す。
勝利後、そう告げてメジャー団体のリングを降りる。
その為に生きる。二人の為にも生きる宣言。
リング下では二人が泣いていた…。
完。
逸脱 狂いver.
逸脱3。狂いの果てに。
アナザーで悠真はハッピーかもしれないが、達仁は何のために生きたのか。残したが、絆を。
とうとう言い放つ本音。一般人憎悪。達仁に任せていた自分。解放されて狂って羽ばたく。人を傷つける為に生きるユーマ。
一月。冬。
懐の銃を握ったが、ふと思い立ったユーマ。このまま死ぬなんて犬死だと。
復讐してやる、傷を負わせてやる。いまだ燃えている。未だ死なないでいる。
遥を危険な目に遭わせたくない。距離を取るユーマと笹田。笹田はついてきてくれるらしい。
一旦笹田の家へ居候させてもらう。
「失神って気持ちいいんだろ。絞めでもKOでも。ということはこの世から逃れてる間だけ快楽ってことは?」
「うっ、そっちかよ」
「いや、元の、なら死ぬ時も気持ちいい説も」
「哲学的に考えると、解放か。でも誰も教えてくれない死んだ時の感覚」
「どっちだと思うよ?」
「そりゃー俺は痛いと思うよ」
「気持ちよさ…ねぇ?」
金もなくてヤクも出来ない。
「まぁ、須賀さんはドラッグ系やってないけどな。シノギで」
「薬は「逃げ」って言われるからな」
「でも薬に逃げたくなるぐらいの苦しい心は?」
「…覚醒剤って廃人になんだろ?自殺と似てんじゃん。目的があるからそんな風になれない」
ある日。
ひったくりを捉え滅多打ちにするユーマ。多少ヒかれるが、感謝される。
「見たか?周りの奴ら逃げてただろ。だって家族の為に生きなきゃいけないから。家族を守る為、端に一緒に移動した奴もいた。守るものが無いから、凶器なんて知ったこっちゃなくて、 ひったくり犯と戦える。守る者がないから、誰かを救えた」
無茶苦茶な理論。
「正義になりたいのか悪になりたいのかよく分からない」
「俺も…よく分からないよ…」
家でお話しをする。
「ヤクザより闇医者の方が価値が高いから。外科手術できる人とただのチンピラ」
闇医者がいなければ移植も内臓買取も出来ない。だから闇医者の方が取り分が多い。
「だからそこを狙うんだよ」
「最後の最後ヤバくなったらだろ?どちらにせよ、俺はそんなのには乗らないからな」
日銭を稼ぐため、アノアで試合。思いの丈を対戦相手へぶつける。
「初めて稼ぐのがこれってイカしてるじゃんか。まともじゃなくて」
「えっ?前の一回って金もらってないの?」
「うん」
他にもパチンコパチスロで稼ぐユーマ。勝ち方は笹田に教えてもらった。
イベントや朝から並んだり、出やすい台などがあるらしい。
若く見えるユーマはマスクをして店内に入る。どうせタバコ臭いし丁度いいやと思うが、音は耐え難い。慣れるまで無感覚でいることに努めた。
パチンコ店内に鳴り響く大音響。東京ドームで聞いた入場曲よりもきつい。一切鳴り止まない爆音。
やたら、台を蹴る荒々しい連中などがいて、ため息を吐くユーマ。だが、正攻法で稼ぎたくないから、一般人的でないから我慢して打つ。
プロレスラーや格闘家などはやはり荒く、パチンコなどギャンブルを好む。笹田も御多分に洩れずその一人。勝ちやすい台が分かるらしい。大人しく従うユーマ。
運良く大勝ちできたユーマ。とりあえず笹田にお礼や生活費として渡しておく。
「くっそ、何時間経っても耳が遠い…」
「俺らおっさん組はまぁ平気なんだよ」
臭いも音も劣悪な環境も。トイレが綺麗なくらい。手に玉の汚れか黒ずみが残る。
「昔の奴らって…病気もしない。靴も履かない。薬も飲まない。肌も五感も強い。俺ら現代人からしたら、タフ過ぎてロボットに見えるよ」
「ははっ」
「やっぱりテレビだよなぁ。岩瀬だよなぁ」
一人呟くユーマ。
アノアで試合の経験のあるユーマ。あくまでスポーツとして総合をジムで月謝払って練習し、初めて試合に出る選手は緊張で動きが悪い。不良なんかは喧嘩で場慣れしてるかもしれないが、自分より強い奴と喧嘩しない不良はプレッシャーに結局弱い。四方に観客のいる試合。家族や友達の為に試合してるわけじゃないユーマ。相手を否定する為に出場している。
そいつらを狩っていった末に。ステップアップできるのか?
笹田は受け取らなかった日頃のお礼、生活費。その金で表のジムに通うことにしたユーマ。
最初は同じくらいの体格の相手に技の攻防を覚えた。とはいえ達仁に教授されていたのでそつなくこなす。
その帰りにアノアで闘う日々。
ローテーション的にプロとスパーできる日がある。笹田に仕掛ける旨を伝える。
ある日。
中堅プロとスパーする機会が出来た。名は砂山。自分と同じ170cm周辺の選手。
丁度ボクシンググローブでなく、オープンフィンガーグローブでの総合スパー。
スパーでシュートセメントガチンコ仕掛ける。表で。
ちょっと激しいなぐらいで気に留めず各々のスパーを黙々とこなす周り。
プロならいなして俺を失神させられるだろ、と強い打撃をいれていく。
ガラス張りのスポーツジムの窓。そこから笹田がユーマを見守る。
いきなり普通の見た目のユーマにガチを仕掛けられたプロ。こんな奴は90年代以来いない。
「そこまでガチなやつはなしだ」なんて言えない。し、打撃の避けに集中している。そもそも新人の暴挙ぐらいサッと制して止めなければコーチもしても失格。誰にも止められない闘いが密かに行われている。
今迄で一番の強敵相手に絶対目を逸らさず、瞳孔も開き、本気度を相手に伝える。なぜか喧嘩を売られたプロ。恨みじゃなく腕試しと分かるが、かといってここまで闘志むき出しで来られると一瞬戸惑ってしまう。
止める為に強めの一撃も顔面に入れるが止まらないユーマ。当てても前に出てくる、という試合さながらの気合い。
仕方なくタックルに行くがひざを当てられる。初めてのカウンターヒザを一般生徒に喰らい面食らう。
異常な集中でタックルの予兆を感じたユーマがドンピシャで合わせたヒザ。
だが目は死んでいないプロ。流石だな、と思いつつ仕留めに行く。
追撃に行くユーマ。ユーマも攻め急ぎ過ぎてパウンドが空を切る。
仕方なくパスガードだけしとき、サイドに行くが脚を効かせハーフに戻される。
まだ誰も気づいていない道場破り。たまたまヒザのカウンターが音がしなかった為。
ヘッドコーチは女生徒ばかり面倒 見ている。
屋外にいる笹田だけが注視する。
何も言わず、少しでもダメージを与えるため肘やパンチを入れる。とはいえ慣れられればこちらが殺される。下からの罠でハーフガードか緩められた時、それを利用し、いきなり立ち上がり腹へストンプ。
顔面への踵スタンプは想定できる、パスガードは予想できるプロ。流石に突然立ち上がりお腹への踏みつけは予想外過ぎて痛みで動きが止まってしまう。
そのまま落ちるようにヒジを落とすユーマ。今度は顔面への攻撃が直撃する。そのままぐちゃぐちゃなマウントで殴り続け、腕ひしぎ十字へ。すっぽ抜けない為のコツを達仁に教えてもらっていたユーマ、確実に捉える。親指を上へ向け、きっちり太ももで挟み、折る勢いで背筋で相手の腕をひしぐ。
タップするプロ。だが離したらどうなるのか。離した瞬間プロの怒りのパンチが降ってきて破壊されるかもしれない。かといって離さないなら終わりは折ることしかない。
そこへ笹田が無理矢理入ってくる。ユーマを引き剥がす笹田。流石に折るのはマズ過ぎる。この業界やジムから抹殺されてしまう。そもそもこの選手は二ヶ月後試合。その分の賠償も求められるかもしれない。「たまたまスパーで興奮してしまって、すいません」なんて言い訳効くわけない。
ユーマも笹田がいる為離す、だが一応プロ選手から距離を置いておく。
笹田が走ってやってきたことで、全員の視線が集まる。
「どうした?トラブルか?こちらの方は?」
ヘッドコーチが寄ってくる。
ミドル級の体格の笹田。どこかのプロだろうか?といきなり警戒はされない。
ここでプロ選手が、「いや、何もありませんよ。ちょっと激しくし過ぎちゃって、はは…」と余裕のあるかんじで対応する。プロの精神で騒ぎにならないよう収める。
腹に踏みつけを喰らった時もうめき声をあげていないプロ。腕ひしぎをかけるユーマの姿しか見ていない周り。
今なら逃げ出せるんじゃないか、と思う笹田だが。
「とりあえずみんなスパーに戻ってくれー!」と大声でかける砂山。
プロ選手が言うなら、と黙々とまたスパーをこなす周り。
ヘッドコーチだけは笹田をどこの所属だったかな?とマジマジ見つめるが、プロの大会に出たことのない笹田。「ちょっと田舎でサンボの方をやってまして」などと誤魔化しておく。サンボなら組み技系なのでゴツい笹田に違和感ない。
ヘッドコーチも「見学だけじゃ物足りなくなったらスパーもどうぞ」などと言い女生徒の方へ去る。のんきなジム。
プロ選手は。
「素人に負けたと周りに見られるのは嫌だからね」と人払いした理由を述べる。
「いや…試合なら私が壊されてます」
「…まぁ、そうなんだけどさ」
いきなり仕掛けられるのと試合は違う。試合形式なら絶対ユーマは勝てない相手。
「いきなりでも途中からは真剣に対応したからまぁ半分負けかな?」
懐の深い、器量のあるととるべきか、怒りはしないプロ。
申し訳なさそうな顔をし続ける
笹田。
「…プロになる気なのかい?」
「…はい。なりたいです」
なんだこの会話は?と驚愕している笹田。
「実際喧嘩だったら今みたいになってたかもね、やっぱり」
負けを認めるのか?
「プロにガチ仕掛けてまで何がしたかったんだい?」
少年のユーマに対して言葉遣いの柔らかい砂山。
「とにかくプロ大会に出たいんです」
なぜジムオーナーや関係者じゃなく俺なのかと戸惑う砂山だが、こんな方法でしかできない不器用というか、今の時代にイかれたユーマを知りたくなってしまう。
「どうしてもプロになりたいんです。でも俺…色々あってマトモにはでれない…」
「プロ選手を滅多打ちにできたって称号かい?」
だが周りにバレない為に取り繕った目の前の男が手伝ってくれるとは思えない。
「自分をガチスバーでマジで倒した奴がいるんですけど、面白いでしょ?使いませんか?」など興行主に勧めてくれるのか?
「…」
「…っ。くくっ、いいよ、君」
ボコボコにされたのに了承する砂山。聞けばプロレス的エピソードが好きらしい。家出して道場に土下座して新弟子としておいてもらった選手や、プロ相手に喧嘩売ってボコボコにされて、毎日リベンジにきた者など、トンパチエピソードが好きな格闘技雑誌プロレス雑誌購入者。
それを今の時代に、目の前の少年が。まさか自分がその役になるなんて、いつか君が有名になったら小ネタとして使わせてもらう。と拍子抜けな状態。
「いや、それなら私が先にインタビューで使いますけど」
「そりゃそうだな、あっははっ」
笹田もユーマも力が抜ける。
でも大会にゴリ押ししてもらったとして、勝てるかどうかは別。何かを起こせる奇跡系ファイターであることを願っている笹田。反応の良さを褒める砂山。
ユーマも毒気が抜け、緊張を解く。
時間と共に砂山のおでこ辺りが腫れ上がってきた。
それを通りかかったヘッドコーチが「何事か?!」と駆け寄る。
「いや、タックル不用意に行って当てられたんですよ。この子将来有望ですよ、伸びますよ」
と平然と語る砂山。
「まぁ、二ヶ月あるからいいけど。二週間以内は抑えてスパーしろよ。昔からお前はそういうとこ気にしないし」
「はーい」
結構飄々とした人らしい。
笹田は自分は「ただの連れである」と述べた。プロ志望はユーマだけ。
「俺が鍛えてやってもいいけど?二ヶ月あるからガチスバーやってもいいよ?」
なんだかんだ大怪我はしないと暗に示しているプロ砂山。
ごく一部の海外ジムのように打撃ありのガチスバーができるなら、と甘えるユーマ。
試合前の中堅プロと毎日激しいスパーをする。達仁よりも笹田よりも体格的に合う砂山の元でメキメキ上がる実力。
砂山の試合当日ついていくユーマ。その際、興行主や権力者に紹介してもらう。激しい面白い試合絶対する奴です、と。
一応顔を売る為、金髪にしてきたユーマ。
今丁度軽量級の選手が増えてるらしい。だが怪我も多く選手が実質的には足りないらしい。ほとんどがアマや趣味でやってる軽量級というか日本人平均体格の人達。そんな一般人的な軽量級選手は仕事を優先して試合をキャンセルする者もいるらしい。暴力に飢えたマジもんの格闘家とは違う、スポーツ的な、家族、生活優先な人達が結構いる、と。
そしてビザの問題で外国人選手は直前に呼びにくい。だから結局日本人選手が直前オファーの対象である、と。
達仁に聞いたことがある話もありながら大人しく聞くユーマ。
絶対に大会を降りない、怪我しても出場する旨と気合いを伝え、若い、という売りもあって好感触で終わる。
砂山は無事勝利した。
「今日の相手だったら、ユーマ君の方が強かったかもね」
笑顔でそう言う砂山。変わり者っぽくて、まだ好きな部類。
具体的に聞くと、メンタルだと言う。絶対負けられないという力強さ。嫌だおれや心が折れる選手はプロの中にもゴロゴロいる。勝つ時は気持ちいいからプロをやっている側。自分が攻められると一気に急速にしぼむ闘争心の持ち主など。パワー押しでやっている荒々しい選手。かっこつけの為格闘技をやっている選手。
それとは対照的に、壊し合いの為に、ヒリヒリ感の為に命を削ってでもやりたいというファイトジャンキー側。そちら側の選手は絶対試合を諦めない。完全に失神させるまで立ち上がる怖い選手。
闘いに取り憑かれた、闘いの麻薬に禁断症状を起こし復帰する選手もいる。壊し合いという非日常。命を燃やす程の魅力。
立ち上がるという言葉に達仁を思い出すユーマ。狂ってるからできる。自分も狂っている。だからなにか起こせるかもしれない。
試合後、半週後からまた付き合ってくれる砂山。
技術を磨くユーマ。勿論試合時には憎悪で脳内興奮物質をドバドバ出すつもり。
「本番に強いタイプとかいるけど、君もそうかもね」
本番という実戦。実戦で相手と壊し合いをする異常性に昂る心。
才能がないと思っていた自分。だが、上の階級の達仁や笹田におもちゃにされていただけで同階級では十分強いらしい。そもそも不意打ち的とはいえ砂山に勝っている。
確実に相手を殺す為に頭が冴えて、逆に冷静になる脳。キビキビ動く体。
早くプロで闘いたいユーマ。
欠員が出たらしい大会。砂山が電話で自分のことを押してくれている。中堅の砂山が言うならと試合の決まったユーマ。
「クレアチン飲んだ方がいいっすかね?」
「分からない。キャッチウェイトになるかもしれないし、一応やめておこう」
砂山とユーマが通うジムは、サプリメントだけタダで提供してくれている。お得用のでっかい外国仕様の容器に入ったBCAA。クレアニチン。グルタミン。女性用のソイプロテイン。
試合が決まった後、達仁のことばかり思い出すユーマ。最近は色々ありすぎて、離れていたもの。
達仁と佐原の試合のように、何かを起こしたい。
メンタルコントロールを達仁でやるユーマ。宗教のように、神に祈る外国人格闘家のように、自分の神、達仁に祈る。
ユーマの試合当日。笹田にメールが送られてきた。距離をとっていた遥も会場のどこかで見てるらしい。
「どうやって知ったんだよ。笹田か?」
「知らんよ。片っ端から格闘技大会情報見たんじゃないの?」
小さな地方大会は格闘技雑誌にもネットサイトにも載らない。チケットがコンビニやぴあなどでも売りに出されない。メインカード以外不明の、100人しか入らないハコのマニアックな興行もあるが、ユーマが出るのは中堅団体。カードも全て表記されていて、名前が載っていた。
ユーマで登録された、名字のない芸名。リングネーム。
「笹田ユーマにしても良かったかも」
「はっはは、おれ兄ちゃんかよっ」
「いや、お父さん」
「えっ?」
やっぱりユーマは緊張せず喋れる。余裕こいたアホと相手に見られても構わない。
「あれだもんな。砂山に仕掛けた時も緊張してなかったもんな」
「ま、それは理由あんだけどさ」
達仁にしか話してないことだろう。と聞きはしない笹田。とにかく大会に出る社会的なユーマだけでいい。このままイビツでも社会復帰してくれたら。
前座の試合。第一試合の始まった会場。さほど盛り上がらない。やはりメイン目当てに来るものだから。
入場口に近い控え室にいるユーマ。
判定で終わった第一試合。その瞬間廊下に出て軽く動き、待つ。自分の試合を。
ふた選手同時に入場するいかにも前座な演出。
笹田と遥以外知り合いのいないユーマ。さっさとリングへ上がる。砂山がセコンドについている。
対戦相手を睨んだりせず、達仁も上がったリングというものの感触を、舞台上の光を確かめる。観客の目。また判定だろうと暇そうな顔。だらけた目。金払ってやってきたのに可哀想だな。と思うユーマ。天邪鬼的にKOできそうでも判定まで行ってやろうか、とにやける。
砂山はユーマの異常性を久々に目の当たりにし、何かを考える。
何も期待されていない前座第二試合が始まる。
いきなりきつい一撃をお見舞いするユーマ。身長の割りに腕が長くて、ハンドスピードも速い。
人によってはパンチのパワーより拳速を欲しがる者もいる。
とにかく速くて伸びるパンチを当てるユーマ。かといって力まずスタミナロスはしない。
このパンチを見せることで相手が不用意に入ってこない。遠い距離になる。やすやすと相手のタックルが切れる。離れ際ミドルキックを顔面に入れる。浅かったが恐怖を植え付ける。
グローブの間、隙間からジャブを入れる。引き足の速い蹴りを入れる。
スタンドのジェネラルシップは取った。
ストライカーだと思われてんだろな…と客席から見守る笹田。
派手に振りかぶった膝をボディに入れる。苦悶の表情を浮かべながらも脚をキャッチしテイクダウンに来る相手。
身体を柔らかく使い、立ち上がる。すぐさま、首を捉えプレッシャーをかける。体重をかけ、ヒザを入れる。すぐさまバックサイドへ移行する。間髪入れずパウンドを降らせる。
やや動きの止まる相手。更に腕をインサイドリストで制しながらパウンドを安全圏から入れる。前方回転して逃げようとする相手を泳がせ、見計らって強パウンドを入れる。最後はサブミッションで勝ちたいユーマ。
チキンウイングアームロックへいく。相手の頭部をまたぎ、角度を決める。キャッチレスリング式のコツで極めを強くする。
タップする相手。
勝ち名乗りをあげる。
「これでオールラウンダーとは思われたかな」
客席で笹田が呟く。
こんな小さな大会で勝ったところでなんにもならない。上を、岩瀬の団体を目指すユーマ。
笹田の携帯に遥からお祝いのメールが来る。だが削除してくれと頼む。遥を見ると日和ってしまうから。
男だけの闘いだけの世界で生きるユーマ。殺伐さだけがある。
少しでも実戦が積みたいユーマ。アノアでも試合を組んでもらう。ユーマの名前はまだ当たり前だが全く知られていない。プロになったことも知らない周り。
相手は元ボクサーらしい。
「くくっ。絶対レフリーが止めても殴り続けてやる」
不敵な笑みを見せるユーマ。
呆れた笹田は。
「ボクオタに親でも殺されたのかよ?」
「殺されてねーよ。愛だよ。ソーゴーへの愛でボクシングが憎くなる。宗教的か?自分の好きなものの為に他を憎悪する」
宗教。自分の信奉するものだから、それに合わないものを迫害する。
達仁の考えに信奉するユーマだからこそ、傾倒する。陶酔する。
トラウマと同じで、敵がいれば生きる気力になる。憎むことが。
蔑むことが生きる気力の一般人悪人。自分達弱者は憎むことで生きられる。
「それは…すまんな。俺には分からん…」
達仁が亡くなってから、前のように笑ったり、ふざけたりも無くなったユーマ。不気味さもあるが、ついていくと決めたので流す。
元ボクシングの相手。レフリーが助けてくれるものに慣れ切った中途半端な連中。スタンディングダウンもなく、止めるのも遅い総合スタイルで嫌倒れした相手を痛めつける。
笹田が。
「敵がいれば頑張れる…ねぇ?」
実際、相手自体は憎くはないのだろう。でも発散する。一般人悪人のように、他人で発散しているユーマ。
「ま、最初からユーマの方は悪寄りだからいいけど」
ユーマに正義など求めてはいない。ただ世界に怒りをぶつければいいよ。と自分も地下の住人だけあって、適当な笹田。
記者会見できるぐらいの選手に登りつめたユーマ。とはいっても格闘技プレスが特集するだけだが、なにがきっかけで火がつくかわからない。
諍いは拡がるから。怒りは格好の的だから。
嫌われ者の方が視聴率とるボクシングやワイドショー。
なら、なればいい。一般人の敵に。公共の敵に。
「炎上しなきゃ見てもらえない時代なんだから」
「俺は一般人が嫌いです。どうでもいい平凡だからどうでもいい、じゃなくて嫌いなんです。絶対選ばれし者になる。俺は。絶対REALー1に出る!」
宣戦布告する。世間へ。対戦相手じゃなく民衆へ放つ意気込み。
一般人にビッグマウス、トラッシュトークを放つユーマにメディアもヒく。
雑誌のインタビューを受けるユーマ。ページ数は少ないらいがガンガン喋る。今までの一般人憎しを語った上で新しいことも。
笹田は今更。
「一般人が憎いなんて異常だぞ?」
「俺が今有名人だとして、何かを残したとして十年後失職する。それをバカにするのは誰だよ?」
「そりゃあテレビを見てる一般人だな」
「そいつらの許せないとこは普通を誇ること。自分は普通にこれからも生きれる。結婚できたことが誇りで人をバカにできるのが許せないんだよ」
「まぁ前も言ってたもんな。自分より強い、有名な格闘家にどれだけバカにされても許せるって」
「だって上だもん。本物の上。俺は一度も自慢なんてしたことない、卑下する側。ただ憎悪してるだけ」
「…結局カーストの付け合いだからか?それを一般人同士でやってるのが許せないのか?」
「死ぬ間際に何かを誇ってくれよ…俺はずっと底辺の人間だからできない。一般人様、死ぬ間際に”何かを誇って”くれよ」
特別至上主義。なぜこんな奴が生まれるのか。今更理解に苦しむ笹田。
逸脱至上主義。
「闘い。誰かと闘うこと。一般人はそれがサラリーマンの役職で競る。自分より上の金持ちは腐る程いる」
「一般社会で金を少しでも稼ぐという、闘いはしないんだよな」
「…」
ただ遠い目をするユーマ。
「嫌いなものをみたがる炎上。嫌われキャラの有名人。嫌いな人に関わっていくいじめ。これが…」
「…嫌いを好むってか?」
「だから…」
「…」
「理由なんてないいじめ、嫌うこと。だから…所帯染みた奴らが嫌いなだけだ…悪でいいよ。達仁とは違うんだから」
「…」
「達仁は悲しみ。俺は怒り」
その怒りを一般人何十億に向ける。
「それのなにが悪いんだ?現実でもネットでも人を叩く。何も正さない、救わない。だから俺も人間というものの流儀に則って、やる…ただそれだけだ…嫌われていいんだから。好かれたくてやってんじゃないから」
拒絶。究極の拒絶。達仁がした自殺以外にもこんな形であるのか…と憐れみすらも越えた笹田。今日はもう別れる。
「普通であることが誇りなんだから、大企業の大量リストラとか銀行の破綻とか嬉しいね」
ブログなどに書いてるらしい。
笹田はもう放置している。
「一般人て逃げてるじゃん。選挙すらも行かない。シークレットブーツ。化粧。自分を偽って逃げてるじゃん。マスクマンのプロレスラーは有名人的だからいいけど。人を楽しませる為のマスクなんだから」
人の為の有名人。自分を偽る一般人。自分の為だけ。自分の為だけに生きる人間。
「こりゃー筋金入りだな」
笹田がそう呟く。
「今既婚者の皆様。どうしても自分が結婚したかった人とできて羨ましいです。好きな人とそんなに数人も付き合えてきた一般人の方々も。どんな恋も成就させてきた選ばれし者の皆様」
だって一般人は妥協なんてしてない設定なのだから。卑下しないのだから妥協もしていない。
他人を憎むという異常性。だが悠真が語った”いじめ”も一緒だから何も言えない笹田。
嫌われもしない不気味なものを見るような目で見られるだけのユーマ。だがそれでもいい。
笹田のアパートでぐだる。ちょい有名人になりそうなユーマを抱える笹田というおかしさ。
「高学歴の奴ら、有名大学の奴らって駅伝とかマラソンするじゃん?それで文武両道気取れるから」
テレビ業界のOB達が大袈裟にしている選手達。
「ボディビルって才能いらない世界だしバカにされるじゃん?」
競技の才能がいらない世界。
「マラソンって一緒じゃん。でも一般人は絶対バカにしない」
ただ走ってるだけで視聴率取れる。長距離。しかも駅伝を仲間との美談、チームプレーの感動物語とする。
選ばれし者は短距離。陸上。そこから落ちたのに、なぜか文武両道の運動の才能もある扱い。
「俺だってボディビルダーがバカにされてなかったら言いたくないけど同じじゃん」
だからマラソンは市長や年寄りや権力者なども、清いスポーツをしている自分扱いでやる。
「ガチでやらなくていい、テニスサークルとかもそうだけど、やってるだけでスポーツマン扱い。上扱い」
選ばれてない者なのに、でもスポーツに縋る。他からの評価の為好きでもないものをやった気になる。陽キャから落っこちないよう必死に作り上げる狭い世界。
「本当に市長とかもイメージの為に出てるから。才能も練習もいらないスタミナ至上主義のものに」
しかもガチでやらないからタチが悪い。好きだからガチでやってるマラソン選手、長距離選手。アピールの為に使う一般人、素人。
アピールの為に使われるのだからやはりレベルが低い競技ともとれるが。
「格闘技だってバカにされてるだろ。一般人から。俺でも出れるとか、不良にも俺でも勝てるとかさ」
「だからそのバカにされる格闘技でヤバイもん見せて怖がらせてやろう、だから頑張るってポジティブささ」
「はっは…ポジティブ…」
「下の俺は卑下する。でも奴らはしない。そこが異常に重いんだよ」
卑下しない人間イコール周りを下げる叩く。中は逃げる。下は直面する。
「だから、自分の実力で勝ち取ったもので誇るんじゃなく、ネットで明らからな下を叩くだけ。現実でもカースト」
力説する悠真。
「わかったよ、やっと。自分で勝ち取ってない。でも他人は叩ける。なぜなら下だから。じゃあ叩いてるのは?中…ってことだろ」
ネットだろうが現実だろうが、偽る。自分を自分の底を絶対見ず逃げる。
「下以外の中の奴らさえ…ってことで悲しんでるのが”俺ら”だよ」
「格闘家って色白多いじゃん?室内で練習してるから」
ネット時代に外にいたがる奴らがSNSやって自分らを陽キャと言う。肌か焼けていることを誇る奴らが色白と舐めてかかったら、ボコられる。
「痛快じゃん」
交感神経刺激されることもない、平凡な。金のために勉強するといって何時間も勉強する。他の勉強はしない。才能がないと逃げるから。才能がなくてもできる勉強。暗に東大生をもバカにしている一般人。なれもしないのに。
「なりたいものが金持ちだってさー」
落ち着いたトーンで言い直す。
「なりたいもののために努力する。それが勉強。そこまで勉強してなにになるのかって金持ち」
人と違ってほしいということを他人に押し付けたい悠真。だって人は道を押し付けるものだから。他人の自由を束縛する例は今迄たくさんあげてきた。一般人様がするのだから自分もするという幼稚的なもの。
ブスは臭そうって言われる。肌も汚いイメージ。でも整形でもいい層がいる。
「元がブスで生まれてるのに、整形したら抱けるんだってさ」
「がっはは」
「顔以外ブスの遺伝子のままなのに。子供にはブスを継がせるのに…」
急に鬱になるユーマ。いつもの躁鬱病なのでほとぼりが冷めるまでほっておく笹田。隣の部屋に移動する、が。
「やっぱり、不幸を産むっていう重さから逃げられないのかねぇ。一生独りのユーマ…」
毒舌芸で行けよ。一般受け探してさ。
「潮流掴むんなら一般人だろ。カルト的人気を得るには狂うしかない。そうだろ?」
「まぁ、な。芸能人もアスリートもトップはやっぱ狂ってるからな。エピソードとか」
「流行ってるものを自分も追いかけて、そんなかんじの曲を書く、漫画を描くってそれ一般人そのものじゃん」
人と違うということは越えること。逸脱すること。凡百から超絶へ。
一度笹田は煽ってみる、
「じゃあお前は何を魅せれんだよ」
「…死に様をだよ」
ピクリと動く笹田の表情筋。
くだけた笑顔を見せる悠真。
「…嘘。俺は底辺の人間だからって言い訳で逃げる」
「ブロガーってさ、ファッションでも化粧品でもさ。馴れ合ってんのよ」
「ほーん」
「スイーツ仲間とオフ会して、同性とだけど「デートしました」って女子高生みたいに言える。自分のコーディネートを人に見せる。人が作った服を買ってコーデを自分オリジナルと言って」
ブロガー幸せ系。
いつまでも服やスイーツを追いかけ続けられる。変化しなくてよい。変革しなくてよい人生。10代と同じことできる女様。だって女だから。
そのちっぽけな世界で大袈裟にする。自分達を。カースト。マウントの取り合い。自慢。
「女は嫌いになったらねちねちいつまでも」
「まぁ、言いたいことは分かる。男は嫌いになったら関わらない。女は…取り巻き使って悪評流す」
「だろ?素人同士の小さな世界で自分を重要視する。絶対卑下しない。相手が悪い」
女は他人に縋る、依存する。男みたいに独りで生きていけない。
「その人達は誰にも迷惑かけてないけどさ。停滞してる」
その世界で馴れ合ってそれでいいのか。飛び越えるのか。
「現実世界で言ったら自分の取り巻きだな。取り巻きによいしょされてそれでいいのか。逸脱するのか」
「大御所芸人とかだろ?芸磨かず、取り巻きに太鼓持ちさせて悦に浸る」
「だからなんで言っちゃいけないの?二軍以下に「もっと凄いもの見せてみろ」って素人は言えるんだから、素人に「もっと美人ならなぁ」ってなんで…なんで!言っちゃいけないんだよ!」
「理想論って理想論から逃げてる奴らが言うことだろ?」
ここまで言い放ったら絶対負けられない。退路を断つやり方。負けたら一般人に戻るぐらいの気持ち。
興奮剤を打ってるんじゃないかと裏で噂されるユーマ。そんな奴らの戯言放っておく。
アンチが増えていくユーマ。アンチだろうが注目されているということ。嫌われ者で炎上芸で結構。と突き進む。
金髪にしたまま。赤髪なども試したり。特に髪は掴まれないので短髪にしたりはしていない。タトゥーは面倒臭いので入れない。
いつも、プリーズダイのシャツを着て入場する悠真。本気の思い。
道連れ、相討ち、刺し違え、集団自殺。
連勝し、岩瀬に近づいていく。敵は一般人なのか、岩瀬なのか、ウォルバーなのか。
会場とジムと家の往復の日々。アノアはもう捨てた。
敵をぶち殺す覚悟。何もかも投げ捨てる覚悟があるのか?
「元々持ってないし、得ることもない」
最早瞳孔が開くこともなく、素のままで言える。
新人が悠真を見て。
「ここまで狂わなきゃトップにいけないのか…」
しかも見た目は普通だからタチが悪い。日本人平均身長。草食系の優しい顔立ち。その横にたまにいる笹田という人はワイルド系の濃い顔でカラダもゴツいが。
また面倒なテレビ大会への交渉。
「岩瀬。やっちまえばいいじゃん」
独りだから刑務所にも自殺も行ける。どーせ死ぬんだから、素手での本物の殺し合い。目潰し金的あり。
やるのか。
「後処理がめんどいからなぁ」
折角プロの格闘家になれたのに、何を言ってんだか。いつものイかれか。と気にしない笹田。
「本当はやりたかったけど、失明したらREALー1に出れなくなるからなぁ。流石に隻眼では」
「流石に身内のなんでもありは見たくないぞ」
「…本当はやりたかったよ」
ムカつく格闘技関係者がいる。
「権力者?やっちまえばいいじゃん数分以内に」
守る者が自分もいない笹田。ギリギリまで悠真を追う予定。だが一応つっこんでおく。
「ずれてきてんぞ。暴力に」
「その場でどうやっても勝てないのはプロ格闘家だぞ?権力者もヤクザもその場では殺せるじゃねぇか。後が怖いだけで」
どんどん人が変わっていく悠真。人に晒されているからか。
危険な話ばかりが続く。なまじ地下にもいたし。
格闘家とヤクザをいきなりやらせれば。面白いのに。
「金があればなぁ。須賀もやってくれねぇじゃん。それは」
「須賀さん…な」
なんとか他の者に媚び売ってテレビ大会に出れるようになった悠真。ゴールはなんなのか?悠真にとっての人生のゴールとは。
寒気がする悠真。
達仁と同じ場所に辿り着いた自分。分からなかった最後の日の達仁の精神状況。
本当の…。
本当の目的、ゴール、死。譲れないもの。植え付けられたもの。
自殺未遂からの今までの人生は暇つぶしだったのか?壮大な暇つぶし。
怒り。恨み。悲しみ。絶望。
最近どこかおかしい悠真。だが話しかければマトモに受け答えする。とうとうテレビで緊張してるのか、と気に留めないことにした笹田。
笹田との同棲を解消する。アレを持って。笹田も独り立ちの感慨などない。遠い存在になったと自らも離れていってるのか。
笹田は「テレビで見るからなお前の勇姿」などとのんきにのたまいている。
「あの時の銃。トカレフか。ロシア製の」
銃を手に取り眺める。達仁の案。二重底に入れる。
アリーナ興行。さいたまスーパーアリーナで行われるテレビ中継ありの大会。メジャー団体。
気軽に岩瀬に挨拶されてしまう。
第三試合。それを待つ。自分の出番を。静かに。何も聞こえてこない耳。脳。
勝利する。その興奮のまま。何かを見据える。
「結局誰も殺せなかった俺の…」
銃でやる。
最悪なルート。テレビ前で自殺じゃなく他殺を。
他殺を見せつける。
「頼むから死んでくれ」と呟いてから。
テレビのマイクがその音を拾っていた。
岩瀬の頭や胴体に撃たれる弾。サイレンサーなどない。銃の激音。
微動だにしない客席の笹田。虚ろな目。何を想うのか?
演出と思って逃げなかった人間。叫んで一目散に逃げた人間。
一つの大会、テレビ番組、格闘技、なにか…を壊した悠真。
銃殺を日本で、テレビの前で大観衆の前で行った狂い人。
凶悪犯罪者としての名を轟かせた。伝説になった存在。
刑務所でも殺し続ける。
刑務所のグラウンドで、ひと気のない木の近くでチョークで絞め続ける悠真。素手でも人を殺す。
その方が楽だから。
太陽の光。蝉の鳴き声。遠くで聞こえる受刑者の話し声。喧騒。
無表情。
無感覚で絞め続ける。
人に怯えられ、恨まれ。
受刑者同士で目潰し金的有りの素手の殺し合いも起きるかもしれない。
天涯孤独の犯罪者。殺人者。
最悪の結末しか待ち構えていない…。
ただ、救いは。テレビが「頼むから死んでくれ」という言葉を拾っていてくれたこと。
その言葉がニュースで流れたこと。
死ぬイコール産まないことだから。
本当は自分が不幸を植え付けたとわかっている。
だが。
これで、ゆがんでいるとはいえ達仁への恩は返したはず…と。
ゆがみきってしまった者。逸脱者。狂い人。
だが人間の業は、罪は忘れ去ること。自身もこのまま消える悠真。
なかったことになり回ってゆく世の中。
完。
逸脱 if
逸脱4。A生存ルート。カオス。ラストスピン。
遥が自殺計画を知り、止める。女性を善人を脅せない殺せない。そもそも誰も殺さない自分だけが死ぬという正義の達仁。
流石に遥の交友関係的にヤバイかもしれない。諦めムードが漂う。それにどうせ勝てないのだから、王者には。
「岩瀬を脅しちまったんだよ。須賀よりかなり大きい組のバックを持つ岩瀬を」
中小団体でやっていくのか?岩瀬の息のかかってない団体で細々と。
「慣れて見えなくなったのか?顔面タトゥー」
「絶対に結婚はしない。孤独死してもだ…」
「ハッピーはさ…どこにあるんだよ…ハッピーエンドのない…」
笹田が訴えかけてくる。
「それ言わなかったか?前。結末の決まりきったバッドエンド直行って」
馴れ合わない。
自分で作った、恋ができない縛り。
どうしても譲れないもの。人と闘うもの。産まないこと。究極事項。
悠真が立ち上がる。
「クリエイター論あったじゃん。思ってたんだよ」
子を作れないのなら、作品を作ればいい。作品は自分の子供。クリエイターになって、不幸を産まず幸を産めばいい。それが人に笑いを救いを夢を与えられたら…。
「そこが落とし所か…」
笹田が納得する。
「クリエイターの自分を神じゃなく、親とする…」
遥も深く思案する。
「セルフセラピーだよ。自分しか自分を癒してくれない。それも悲しいもんだけど」
「セルフセラピー…」
「達仁の子…」
「俺が絵をかけたら漫画とかなぁ」
悠真が言う。
原作、脚本、小説を達仁が作れと言うのか?
「二人の合作?」
絶対途絶えることのない二人の絆。だからこそ喧嘩別れしない。
音楽でも、芸でも。
「いやっお前ら忘れてるだろ?!格闘技の試合は選手オリジナルの展開になる、作品だって言ってたじゃねぇか」
「最悪格闘技か…」
「最悪て…」
笹田のいつもの呆れ。
「それで有名になって思想を伝える。それでいいじゃん。死ななくても」
悠真は軽く言うが、才能の世界。 選ばれし者の世界。そんな簡単なものじゃない。
「まともじゃない生活送ってきたんだからコミックエッセイでもルポライターでもやればいいじゃん」
笹田も応援する。
フェイスタトゥーの入った男。誰も守らなくていいのだから、それでもいい。
なにか作品を生み出すことに注力する人生。
「死の小説を書けばいいじゃん。主人公が自殺する物語をさ」
完。