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逸脱  作者: ド素人
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日本から25時間以上もかかるブラジル。

ブラジリア。ウォルバー宅。

日本で稼いだ金で立派な邸宅を建てたウォルバー。

だが。

「…あいつの目が…気味が悪い血の涙のタトゥーが、脳裏にこびりつく。俺が流させた血が頭から離れない」

一人リビングでソファーに腰掛け、苦悩するウォルバー•レスク。

白人とインディオの混血である、いわゆるメスティーソ。

今迄散々リングやケージで暴れ回ってきた屈強な男が頭を抱える。

「俺が殺したんじゃない。岩瀬が…観客の変な雰囲気が…あいつの雰囲気が…あいつが立つから…中途半端に失神しないから」

リビングの写真立てに飾られた家族の写真を見て。

「…金に目が眩んだ?…あいつの気持ち悪い雰囲気…顔面タトゥー入れるような異常者の纏う雰囲気のせいで、俺までおかしくなって。謎の殺気•憎悪にあてられてっ!」

自殺の為にリングに上がる異常者。

「俺じゃない」

およそスポーツマンではあり得ない精神性で出てきた達仁。

「金稼ぎじゃなく…殺し合い?今更他のスポーツも出来ない」

虚空を見つめる。おぼろげに。

「人を殺した拳と付き合っていけっていうのか…」

ブラジル黒人よりは貧困具合がマシだったウォルバー。殺してでも金が手に入ればいいアウトロー達とは違う。

「あいつのせいで…日本人のせいで…」

他人を悩ませる達仁。殺したのは岩瀬とウォルバーだが。

「わざわざ、日本からメール送ってきやがって…罪の意識?」

日本人。一部の人間がウォルバーのジムに罪を問うメールを送りつけてきていた。

日本に稼がせてもらったウォルバー。日本に自分のファンもいっぱいいてチヤホヤされてきて、日本自体は憎めない。

「…俺はブラジルと日本、二つの場所で後ろめたい思いをして生きて行かなきゃいけないんだぞ?」

あれからロクにジムに顔も出さず。少し痩せた身体。

「憐れむな、哀れむな、罵るな、マスコミ、一般人…」



数週間後。

東京…。

「結婚した…悪いな。俺も結局馴れ合いで生きちまってる。あんな生活•考え、おかしかったんだよ…まだ普通の生活を取り戻せてよかった…。この赤ちゃんの為にも頑張って生きてゆく」

「…って言うかと思ったか?天国のタツよ…って天国じゃなくて無の世界に行っちまったんだけど…」

昼…。

冬の物悲しさはまだ続いている一月。

陸橋のフチに手をかけ、行き交う車をボーッと見つめる。

風を感じる悠真。

室内では居られない。

「くっくく、数週間程度で赤ちゃん出来るわけねーだろっ」

一人で喋る悠真。

だが冷めた都会人は気にも留めない。無視される。存在がないかのように思える。

「ほら…俺なんか生きてても一緒なんだよ…意味無いんだよ」

自分の命に対して軽々しく言い放つ言葉。

「家に戻ったところで誰も助けてくれない、どころか…明らかに面倒臭そうな後処理。また父親の為に無駄な労力使って、そこまでして生きても…何も残ってない。生きた証が何も残ってない」

ボーッと下の方、車道を見つめる。

「トラックに飛び込めば運転手を不幸なさせてしまう」

想像する…。

須賀か岩瀬の前で懇願する自分の姿を。

「俺も守ってくれる人が一人もいないんだ…殺してくれよ…」と悲しげに言い放つ自分を想像する。

殺してくれよ。が最後の言葉。

また違う想像。病院清掃のアルバイトを始める自分。

勿論更生したわけでなく…。

「死ぬのもひと手間…嫌だね…人間って」

安楽死用の薬の場所を確認。そのまま一気にか、後日押し入って注射で死亡…する自分の姿を俯瞰的に客観的に想像する悠真。

…そして。

一番今の自分にとって現実的なもの…拳銃。

「あのまま一般人のままだったら手に入れられなかった代物。裏の、闇の品物」

人を殺すことが出来る道具•凶器。

自分すらも殺すことが出来る。

「ヤクザだったら迷惑かけてもいーよな…」

内ポケットをなぞる悠真。

達仁が亡くなっても自分だけが悲しかっただけ。何も変わらない。変わらなかった世界。

自分にとってのその後の世界…から自分もいなくなる…。

そういう結末だけが頭の中を、脳をグルグル廻り続ける。

飛び降りる。注射する。銃口を口の中へ引き入れる。銃をこめかみに当てる。

そういう選択がグルグル廻り続ける。

諦め、悟り、無気力…無力な…。

「くっく…安楽死が認められてるらしいオランダに移住するか?何年か働いて国籍を得て、やっと…って思っても結局病人しかさせてもらえない…くくっ」

空を見上げる。

「空はある程度綺麗だな…建物は汚いが……はぁ…」

未だ陸橋の上。

「どの道を往けばいい?」


地下で底辺•下であった。佐原に勝ち中になり、テレビ出演で上になろうとした達仁。

最初から停滞したままの下から抜け出せない悠真。


今までの人生、どれだけしてきたか分からない、空っぽな虚ろな目、悟り。

「刑務所で生きていくぐらいしか出来ねーよな…俺何も出来ねーし。中卒、コネ無し、才能も無い。」

一般人である、弱い悠真。

「でもやっぱエグいいじめとかあんだろーなー」

想像する。深く想像する。

そこで虐められても、誰も助けてくれない、表の世界なんて比じゃない陵辱を…。

友も頼れる親もいない自分。

その自分がリンチにあってる最中。「パパ、ママ助けて」と心の中でどれだけ叫んでも、本当の本当に出所しても誰もいない。

本当の天涯孤独に…吐き気がする。過呼吸気味になる。

そもそも両親も敵側。

それすらもうこの世にはいない。

青ざめ続ける。枯れた涙…が、また…自分の為に、自分の境遇に流す涙がまた…吐き気と共に。

究極のごちゃ混ぜされた感情が、感覚•脳を狂わす。

頭がグルグルと回り、吐き気を催し、涙を流す。

本当に壊れる寸前。

本当の本当に衝動で自殺出来るほどの異常な…。

およそマトモな人間には欠片も想像出来ない程の…。

泣き叫んだ末に死ぬ。死ねるぐらいに悲しくて、泣き叫ぶこと。

これからの人生を想像するも…今までもいじめと虐待•悪意を経験しているが、悠真の想像の中では遥か上の地獄が想像される…狂っているから。

一般人と比べて不幸な境遇だが、再起不能な程の怪我は“体“には負っていない。

達仁に助けてもらい、危機的状況、死の寸前までには陥っていない…だが社会復帰する気のない…やはり再起不能になっている“心“。

ギリギリまで父と一緒に生活し、復讐という目的のみで生き、達仁と、出会い、本当の孤独は経験していない。

不幸とも違う孤独、というもの。

自分が本当に独りだということを、今、初めて痛感した悠真。

「都会人は一人で平気で暮らしてるってか?」

誰にも甘えたことなく、世界に置き去りにされ、捨てられ…。

「ほらっ、やっぱり生まれない方が良いじゃんかっ…。普通の家庭でも愛する家族が先立つんだから…この世に生きているの、みんな不幸じゃんかっ!」

歪んだ悟りを開く。

「……きっついよ……助けてくれよ…達仁……死に向かう奴しか信頼出来なかった俺の人生…本当に死を選べた…はずの達仁。なんだよあいつ…俺よりイかれてる…今思い返すと俺はどうせ親殺せなかった…ナイフなんかで痛い惨めな思いして自殺なんて、出来なかった…」

狂いきって壊れて社会が人間が憎い悠真。

「どの方法、どの道って…結局」

衝動のまま拳銃の安全装置を外す…。

「銃しか一瞬で死ねない。自分で自分に引導を渡さなきゃいけない世の中」

笑う…。

「死ぬ手助けをしてくれよ…誰か…」

狂う。

「それだけは誰もしてくれない。余計なことだけはするのに“それだけ“はっっっ!!!」

震え続ける体、手。

冷や汗、涎、涙。

「生まれたくなかったんなら、今すぐ自殺しろって、他人に言われんだもんな…そうだよ、お前らが殺したんだよ…」

眉間に銃口を当て、構える…両手で…祈っているかのように両手を重ねて…“死“への照準を向ける。

「死体処理でまた迷惑かけてって言われんだよなぁ…」

優しさ、愛というものを受けたことのない、悪意だけ受け続け…悪意だけが見え、グルグル回る。

「死ぬことすら否定されバカにされるこの世の中ってなんだよ…」

無の世界…生まれなかった場合と同じの無の世界へ…。

「天国•地獄があってもそこでまたランク付けされ心を殺されんだろ?」

真っ暗闇の、何も産み出さない世界へ…。

何も生み出さない、苦痛すらも生み出さない世界。

そこへ自分で戻らなきゃいけない、因果、業。

叫ぶ。

最後の一押しの狂いの為…。



希望が無いから絶望。

惰性で生きるだけの余力•生気もな く…。

希望とは?

娯楽なのか、家族なのか、人の優しさなのか?

拠り所、期待、希望。

心を保つ為にあえて考えない心。

死なない為に忘れ、無かったことにする心。

達仁という安定剤も無くなった悠真。

人に、変質させられたモノ…。


本当に自殺する為準備した。殺されてなければ、自分で死んでいた達仁。

本当に最後まで行く。

常人ならざる。

一般人の想像•理解を超える。

法•規則•正道•社会•常識からの、逸脱。



「結局出来なかった…」

“何処か“へ帰って歩いている悠真。

憔悴しきった顔。人相まで変わってしまっている。

ふと目の前に映る、お店の前にいる三人家族を見て、足が止まる。

プレゼントをされて喜ぶ女の子と 両親。

それを見てほっこりするどころか、暗くなる。

本当に笑えたことも、本当に幸せを感じたこともない。

今まで…これから…マトモじゃないこと。

もう一度銃を取り出し、今度こそ自分を殺す悠真。

銃声が、人の前に、街に、響き渡る。

宙にフェードアウトするでもなく、ただ無•闇。

これ以上表現出来るものもなく、終わり。


最後まで誰も殺していない達仁と悠真。

恨みを自分にぶつけて…。

死を感じているから。

死から逃れる一般人。不幸を産むことの意識から逃れる一般人。

達仁と悠真の二人。

死が間近にある、隣りにある。それを直視出来ているからこそ…。

逃げなかったからこその…。

かといって何も変わらない、手に 入らない。欲しい物はない。


脱出。抜けること。

正道(一般人)からの逸脱ではなく。

他者に振り回され壊れ、選ばされた。決められたルート。

決まりきった結末。

過去から逃れ…未来を捨てる…。


人間っていうのはどうやっても、生まれた時点で縛られる…。

そこから逃れる唯一の…。

人間社会…人間であることからの…逸脱…。


完。

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