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逸脱  作者: ド素人
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アノア内。

今更ながら心配してくる遥。

「ここ危ない人も来るでしょ?」

「そうだね、須賀組とは関わりなく、薬物やってる奴もいるね」

そこに絡んでくる男。

「お前らもイかれてるしヤッてんだろー?」

ヘラヘラしている。

「んー、舌っ足らずな声…。俺軽犯罪レベルしかしてないのに、一緒にするなよ。お前の方が危険人物」

笹田は。

「そうかぁ?一人でクスリやってるだけの奴と、誰かを殺せるかもしれないお前と」

「えっ?笹田俺の事そんな風に見えんの?一応前科無しなんだけど」

「あっはは」

うやむやになった心配。

だが逆にのんきに過ごせているのだと納得する遥。



夜。達仁のアパート内。

達仁が出かけていて暇な悠真。件のURLを踏んだ際の、サイトでも見る。

いじめについての項目。


学校裏サイト。

生徒だけが見られるコミュニティ。狭い世界。

なのに口頭じゃなくわざわざネットで「コロスコロス」

本人が見てなくても書き込んでスッキリ。見てたら嬉しい陰湿さ。

下を叩く、いじめというもの。上には立ち向かわない。

いじめられてる側が何かした訳でもなく、なぜそこまで憎むのか?

遊びや部活をせず、あるいはしていたとしても、青春がこれ。時間をかけて書き込むこと。

先生が消してもまた書き込む。そこまでして表現したいものが「シネ」本当に理解することが出来ない。

普通は嫌いな人、興味のない人とは関わりたくない。見た目をキモいと言ってるなら尚更。

下を作って悦に浸りたいという精神が既に小•中学生の時点であるという恐怖。それが社会人になっても続いているという恐怖。

無視じゃなく無理矢理関わっていじめる。

犯罪者の方がまだ、利益がある分分かる。

利益…下の者を叩けるという利益が、他人を傷付けてまで欲しい利益。

犯罪者とも少し違う精神性。

犯罪者以外に自分を傷つける存在が腐る程いる世の中。


自分がされる側になりたくないからという理由で「やる側に回るしかない」と正当化する者。


周りにも、加害者にも責められる被害者。

自分で勝手に作った時効で、成人すれば時が経てば許されたと思い込む加害者。

その赦しって、時効って…後ろめたくなりたくない“自分の為のもの“なのに。


許さなければまたこちらを器小さい、人間性が悪いと叩く。そりゃあ加害者側だからそういう感性。

いじめる人間は心広い、人間性が良い。

しまいには「いじめられる程度の取るに足らない人間」と。

罪悪感から逃れる為の自分の為の謝罪。

「根に持つな」結局いじめの時と同じように強制してくる。

それならほっとけばいいのに、自分がやったことなのに、また関わってくる。

いじめて騒いだ楽しい思い出、加害者。

悲しい思い出しかない、戻りたくない、被害者。


いじめをするのは誰?物語の中で。主役じゃない人達。脇役•モブが人をいじめる。

物語を見てもそれでも、それに気づかない。人を叩くんじゃなく、自分を高める存在、人を助ける存在に、主役になろうとしない。悪でいい。正義でいたところで得しないから。


一般人が好きなのは結局スターじゃなくて、優越感に浸れる者、いじめの対象•自慢の対象がいることが喜び。

一般人という括りの中で勝ち組負け組。ママ友同士の夫の自慢のし合い。学歴自慢。同窓会。どんな小さな世界でもそれをする。

一般人なのに承認欲求が強い。

弱者は守る者ではなく、バカにして笑う者。



見ている内にいつの間に帰ってきていた達仁に背中に立たれていた。

「うおっ!…ビビった〜。幽霊かと思った」

普通の若者の会話。だが達仁はそこから。持論を展開する。


霊を怖がれるってのは羨ましいこと。

病気の人はそんなの楽しんでいられない。

現実には痛みか病しかないんだから。

病気というリアリティが絶対に自分を現実に引き戻す。これからも一生付き合っていかなきゃいけない本物の恐怖、不幸に。

病だけが現実を感じられるという、最悪の、人間という生き物。



翌日。

試合後。

たまたまタイミングが合い男三人で外へ。

夕日が眩しい。

「なんだまだ夕方だったのか。地下は窓が無いからな」

屋外の秋の肌寒い空気。

目の前を通りかかるラブラブ高校生カップル。その二人を見て。

「あー、あんな時代あったなぁ俺も。なぁっ?いいよな?」

地下でむさ苦しい男しかいない世界。羨む笹田。

「ない」

「ない」

シンクロするセリフ。

「底辺の俺なんかにはもう無いって意味か、自分に経験がないのかどっちよ?」

「後者」

「後者」

試す笹田。

「…彼女とか「格闘技とか危ないことしないで!」って言ってくるよなー…」

「知らん」

特に弾まないこの会話。

沈黙。

ビルとビルの間に夕日が差し込む。

「俺さぁ、30代だけど久々に恋バナとかしたいのよ…」

どす黒いアノアの連中でなく、若者相手に求める笹田。

真顔で答える達仁。

「手を繋いだこともない」

手を上げる悠真。

「あー俺もキスもしたこともないわ…そーいえば」

「マジで言ってんのかお前らっ!いくら地下にいるような奴らだからって腐りすぎだぞっ!枯れすぎだぞっ!」

一人興奮する笹田。

「俺は…人に好かれたことないから…」

ただモテないと言ってくれた方がマシな、きついセリフ。

苦い顔をする笹田。

「うわーくっらっ!」

「それに、目的の為に恋人作らないアスリートっての聞いたことあるだろ?」

冷める笹田は。

「そんなに余裕ないのかよ。そいつら…アスリート様って」

笹田の肩をポンと叩く悠真。

「まぁ、そっち系の話は俺ら出来ないから…そもそも死の匂いを漂わす奴を好きになるか?」

合わせて達仁が口を開く。

「だから…告白のドキドキも企業内のことも書けない。経験してないし」

「っていうか、お前経験してないことも怒って訴えかけるんだろ?世間に」

ふと気づく笹田。

「ん…?お前童貞のまま死ぬのかよ!?」

平然としている達仁。

悠真は恥ずかしそうに。

「俺は別に一回くらい恋してみたいかなーっとも思ってるよ。相手いないけど」

「生きてて楽しい?」

今更こんな感想を二人に抱く笹田。

「女に甘えて抱かれながら寝たこともないのか…お前らは」

世代間ギャップというよりかは、精神異常者ギャップ。

哀れむような眼差しを二人に向ける笹田。

「ちょっと可哀想だし、メシ奢るわ。牛丼屋行こ」

「おっ?ありがとな。恋愛経験無しのおかげで、得したじゃん」

「はっは」

男三人で移動。


最寄りの店内。

「冷めてる綾瀬の恋愛観ってどうなの?」

笹田の周りには普通に恋愛する奴やヤンチャしかいなかった。

「惚れた方が負け、って分かってるよ。俺は付き合ってもいつか別れるって分かってるから、恥ずかしいセリフとか吐かないし、依存しないかな…」

他者を拒絶してるわけではないが、深く関わらない。

「どこまでも冷めてんなー。のめり込んだりしないんだな、女に」

「えっ?データでは3〜4人目と結婚すんだから、達仁の言うこと合ってるじゃん」

噛み合わない返答に呆れる笹田。

一般常識というか、一般人の精神を講義してあげたくなる。

「統計とかじゃなくて、夢中になるんだよ。まっ、お前らには分からんか…でも美人は好きだろ?」

美人の補正も教授なのに美人!の補正もかからない。付加価値で顔を見ない。誰が作ったか(有名無実のクリエーター)とか友達補正もかからない。

冷めてるリアリスト。

相手に何の思い入れもないし、“持ってない“から。

補正や人の評価で見ないのだからある意味良い人間だが。

「そこまで行ったら感情の欠落じゃんかっ!」

年不相応のツッコミをしてしまう笹田。

本当に自殺できる人間の精神性。人を必要としない、希望の無い。

「あーじゃあさ笹田、自分がブサイクで美女と付き合えるのと、理想の顔になれるけどモテない。どっちを選ぶ?」

自分達でもしやすい会話に変える悠真。

「んなの美女の方に決まってんだろ、なんで?お前、後者とんの?」

「それは…自分のプライドを取るってことだよ。欲じゃなくて…ブサイクだったら何しても周りにバカにされる。…俺って中性顔じゃん?でも自分が格闘家になれるんなら、ヒゲが似合う恐い顔になりたいんだよ。ギャップとか要らないから。これってナルシストの扱いになんのかな?今の自分の顔好きな訳じゃない。ただ人にバカにされない顔になりたい。「よく美人ゲット出来たな、その顔で」って一生言われるくらいなら後者でいいもん」

傷つけられ否定されてきた者ならではの価値観。

会話に加わらず黙々と食べていた達仁が補足する。

「他人からの自己防衛の方が上行く。優先される」

「お前らっぽいな」

箸を休める達仁。

逆に気になる笹田はしつこく。

「本当のところ好みは?」

「所帯染みてない、料理出来ない、人間的に頭良い人。冷めてるサバサバ系が好き。しいて言うなら」

自分と逆のタイプを選ぶ人達もいるが。

格闘家なら、普段緊張しているから、奥さんに癒しを求める。

寡黙ならお喋りで引っ張っていってくれる明るいタイプ。

自分に無いものを教えてくれるからインドア派がアウトドア派と付き合う、など。

相手の能力•見た目には言及しな い、勘が鋭い人が恋愛対象の達仁。

死ぬのだから絶対作らないが。


普通の人は普通の人と付き合うんだから、でも達仁は痛みが分かるのだから、こっち側の女と付き合わなければいけない。逆を欲しがって普通の子は駄目、という縛り。

冷めているリアリストだからこそ、重きを置くからこそ、本当の愛を求める。そんなものはないと分かってるからリアリストの達仁。

「おーん」

やっと本音が聞けたものの、つまらない答えで生返事の笹田。

「お前は顔さえ良けりゃいいんだろ?」

友達同士のような、普通ののどかな会話。

食べるのが遅い悠真が更にお喋りでゆっくり食べていく。

「まぁなー」

「ヤクザとか政治家の娘でも?」

おどけて明るく言う悠真。

「なんかちょっと恐いよな」

バカな会話を続ける二人。

達仁が立ち上がる。

「ん?」

「須賀に呼ばれてんだ。もう行く。ご馳走様。悠真はまだ食ってていいぞ」

「はーい」

出て行く達仁。

「俺もう一杯食うわっ」

ミドル級の笹田は体維持の為、普段三杯は食べる、

そんな笹田を眺める悠真。

「俺は平均身長•平均体重だから、食う量にすらビックリするよ…あんたらの」

「まぁ、いわゆる燃費が悪い、で食費かかんだけどな」

「たかが食費ごときでその体になれんならなー」

プロ志望ではないが通常体型のユーマがデカイ男をうらやましがる。

デカくても虐められる者は腐る程いるが…。

よりより多くの人に勝てる可能性のある高身長。

「俺は怖がられるだけだぜ?別にモテない。女には自分から行くしか…で、お前の方は告白されたことあんの?」

「あるけど…」

いじめといじめの隙間にわずかにあった普通の学生生活。

「思想があって、天邪鬼で絶対相手の思惑にはさせたくない、偏屈のお前は断ったんだろ?」

「でも非恋愛主義の達仁さんには悪いけど一回だけ美人だからOKしたことある」

「ははっ、どうなったんだ?」

「周りが美人と付き合えることにやっかんできたから「お前らが煩いから別れるよ」って目の前で振った」

困惑する笹田。

「周りが小言言うからって理由で振ったの?周りは止めなかったの?」

「…俺は狂ってるからそこで本当にに折れて平穏に戻ったりするのイヤ。お前らのせいで別れたんだぞって犯罪者のように仕立てる方が好き。でも結局俺がオカシイってだけで誰も反省とかしないのな」

人には上から指図出来る一般人。

数の力で人の自由を奪ってくる。

本来の性格も夢も。

たとえ恋愛だろうが。

「卑下してるフリして周りの評価下げてやろう。面白いことをしてやろうって…。俺は絶対美人の方を取るわっ。お前おかしーよ」

「あいつらのいじりに一矢報いることの方が大事なんだよ…。いじりしか出来ない自分達を自覚はしてくれないけど…それでも」

精神異常者の恋愛価値観はぶっ飛んでいて、逆に聞いてて面白くも感じる笹田。

本人は真剣に語っているが。

「相手を拒絶することに喜びを感じるんだよ…。告白とかチラシ配りとか。でも言い訳するとこんな風になったのも周りのせいなんだよ?たとえ「周りをいじめて拒絶する奴らと同じことしてる」って言われても…。達仁は正義寄りだからしないと思うけど、俺はしてしまうの…。達仁には黙っててよ」

「…おう。ていうかお前は思いっきり悪側の人間だろ。言うこととかさ…」

「達仁と違って俺は「されたことを痛みを知ってるからやらない」じゃなくてやってしまうんだよっ!…最初から拒否するんじゃなく、優しくしてから恋愛対象じゃないって振った方がダメージデカイだろなぁ…とか考えてしまうんだよ」

真剣に語る悠真と内容のチグハグさ。

「人間は否定する生き物だからどうしても自分も拒絶してしまう」

「その逃げ、アレじゃねーかっ、ははっ」

「あっ、あと告白の時「大事な話があります」って言うだろ?「お前にとってだけだろ?親が死んだかとと思ったわ!時間返せよっ!」とか」

流石にヒく笹田。

「あー…それ本当に言ってないよな?」

「いやっ、俺よりエグい事言ってた奴いたよ。イケメンが「俺より肌も顔も汚い奴を好きにならない」って」

「あー、イケメンの家族は美人だから目が肥えてて、姉より美人じゃないと嫌、とかいうのテレビで見たことあるかも」

「あと、学内美人ランキング、裏から読めばブスランキングとかな」

毒舌エピソードを次々と重ねる悠真。

「バレンタインチョコ目の前でゴミ箱に捨てるとかも」

「…エグいな」

「いや?あいつらの方がエグいよ?だって「思わせぶりな態度とった」って目に見えない、法から外れた恋愛ならではのルールで自由を奪ってくるじゃん。「自分は悪くない、相手が悪い」って、やった側は守られて、仲間集めて人を叩く」

第三者が「付き合ってあげなよ」と自由を奪ってくる。理由を聞いてくる。断った理由を。興味無いものに対しての理由を。

惚れた弱みよりプライドを取る悠真。これ以上苦しめられたくないから、自分だけでいい。

「一口頂戴と言われ、その後一切手をつけなければ、こっちが叩かれる。自分を汚いと思ってない。一般人は自分を卑下しないから。デリカシーのない間接キス平気の相手は責められない」

「…ほー…」

拒絶•拒否の論理。

「普段色々我慢してそうな大人しい女の子も恋愛には貪欲になる。欲望に走る醜さ。告白した後気まずくなっても、それでも自分の欲望に忠実に。結局自分。周りにも気まずくさせてしまう。相手困らせるから押し殺して告白しないのが本当に良い人。恋愛って自分の欲を満たす為のもの。取り合いも浮気もあるのに、醜い扱いをされてない。だから俺はしない。閉じ込めて終わり。告白は悪である」

「やっぱ、イカレてんなー、病的なまでの精神的潔癖性。そりゃー生きてるの辛いわ」

「他人への気遣いより自分の欲が上回る奴ら」

三杯目を食べる笹田。

メシがまずくなる話という概念はなく、お喋りをつまみに食べ続ける。

止まらない悠真。

「一般人が無かったことにして都合良くするのは恋愛にもある」

元恋人との物を捨てる。無かったことにする。憎む。幼稚。多数派だから言われないが、過去のものをバカにして無かったことにする。相手が悪かったことにする。

一度好きになったこと、楽しんだ時間を捨てる。

「ヤリ捨てられたことを色んな男にモテた扱いにする女とかそれを経験豊富と呼ぶ女は例外としてさ、元恋人との経験で成長出来たことも記憶から消し去る。普段コミュ力って言うくせに。捨てないと「未練があるんじゃないか?」と、自分がそういう人間だからそういう考え。そういう奴らは性行為をあまりしないのも「浮気してるんじゃないか?」とこちらをギクシャクすせることを言う。人を性狂いであるかのように言う。だって自分がそうだから」

人への悪口というか、自分に対して厳しいんだなと思う笹田。


「ソープ嬢もAV女優も戻れない」

物は買い戻せるけど、過去は変えられないから、無かったことにしたい。だから、それを指摘する相手が悪い。「器の小さい」と「変えれない現実を責めるな!」と言う。

自分で捨てたのにやってしまったものは仕方ないと言う。人の目を結局気にするのに。

「他のでもさ、不倫•万引き•いじめ•堕胎とかも無かったことにするだろ?人って」

人に関わらないこと、迷惑かけないことを正しさと捉える悠真。

を傍目に味噌汁を注文する笹田。

「あー俺さー、格闘家なんてやってるくせに家庭持ってるの嫌なんだよ。元々の主義の産まない、もあるけどさ。いつ死ぬか分からないからこそ作んなよって普通の感性とさぁ、そこまで行ったなら独り…怪我しても独り…物悲しさを格闘家に感じてるから、突き詰めてくれっていう第三者の勝手な押し付けだけどさ。女子格闘家も妊娠で引退とかすんだよな。格闘家を目指した程イかれてるんだから最後まで行ってくれ、死ぬまで闘ってくれっていう自分の価値観の押し付け」

「でもそれって綾瀬のことじゃん。だから好きなんだろ?」

久々に受け答えする笹田。

「うん。まぁ折られて家で独りって最悪だけどさ…。誰も励ましてくれなくて独り負けた折られたことの悔しさを感じながら、不便な生活を送る…っていう物悲しさを人に求めてるんだよなぁ…俺は」

格闘家という死の臭いのする、スポーツとかけ離れた現実。

負けという現実。

マトモじゃないこと、を好む悠真。

スカッとするから派手だから格闘技が好きな笹田とは真逆の価値観。

ここまで違うものか、同じ趣味が好きなはずなのに…と思う笹田。


牛丼を食べ終わる二人。店前で別れる。

一人、家へ帰ってゆく悠真。

その背中を見送り、笹田は。

「今の若者は恋愛しないっていうけど、都会で趣味に勤しんでるからであって…」

それに結局30〜40代になったら結婚する一般人。

ペットがいるから結婚しないのも、結局生き物がいないと生きていけない人達。

「心の闇から恋愛しないと決めてる奴らとは違うよな…」

他人ではあるが、10代の少年の、もう始まっている孤独•決意に寂しさを覚える30代。

派手な発言よりも儚さが上回る悠真。



その日の夜。達仁の帰宅後。

ソファーで寝転び、ぐだる悠真。

「タツよぉ…一緒に死んでくれる女がいたら、そいつとは恋愛出来んの?」

「全く自分と同じ価値観じゃないと嫌だな…」

「それってさぁ…自分がもう一人…ってこと?って言ったら自分好きみたいになるよなぁ…まぁ分かるけどさ。自分しか自分を分かってくれない。そもそも他人に絶望して死ぬんだから」

「そもそも自分と同じ感性の奴だったらそもそも恋愛しない…」

「意気投合して終わりだよなぁ…」

「まぁ、海外には思想を訴えかけて集団自殺ってものがあるんだけどな」

自分の為にやる達仁。だが、同じ闇を持つ者に対しての優しさでもある。

「あーでも、日本にもあるじゃん。集団自決…自分の価値観•プライド•道こそが大事で。侍とか、革命者とか…って、あれだな、達仁と武士道だったんだな。己の意思の為に切腹•ハラキリ•自決…侍の魂よ…」

笑顔の悠真。

「そう言われると何か閃きそうだけどな…」

「自分の思想に対して殉じて…死ぬ…」

一転して、天井をただ見つめる悠真。



翌日。

試合待ちの達仁の方へ、男が近づいてくる。

「お前俺から逃げたじゃねぇか、昔っ」

「マジっ!」

信じられないといった様子で椅子から跳び上がる悠真。

「下も裸で闘おうとしたり、息臭いから…」

面白ければなんでもありなアノアの色物前座枠の住人。

笑いが起きる試合。苦笑すら起きない場合も。

それでも裸で試合しようとするマジモンの変人。

「…」

軽蔑を超える目で汚物でも見るかのような目で男を見る悠真。

「達仁が逃げたってことでいいからあっち行って」

「ああ!?」

「金にならないのにここでやるのか?」

達仁がそう制止する。

「あー…そう考えたら損した気分になるな…やめやめ」

変人ならではの頭の切り替えで去ってゆく。

「…やっぱ、こんなとこで闘っててもって気持ちになったんだけど…」

「都落ちがくる気配はあるんだよ」

「?」



ある日。

モメている連中の姿がアノア通路に。

「俺らはお前らと違ってちゃんと社会人してんの。暇潰しにジョーちゃんが一試合するだけなの。君らみたいにここ以外行くとこなさそうな底辺とは違うの」

三人の一般人の男達。

あえてねちっこく説明し、恥をかかそうとしてくる。

ジョーちゃんを指す男は昔スポーツでもやっていたのか、引き締まった体はしている。

達仁が口喧嘩に応じる。

「所帯染みた、覚悟もないサラリーマン様だろ?どうせ弱ぇくせに」

「逃げなかった奴は強い」

「逃げなかったってなんだよ」

逃げ、という言葉に雰囲気の変わる達仁。

「腐る程いる生徒として会社員としての責任から逃げたってか?」

キレている達仁。凄む。近づく。

厄介そうな顔を見せる男達。最初は偉そうにしていたものの、地下なんかに入り浸っている連中なんかにはやはり目をつけられたくはない。

達仁がまだ喋っているにも関わらず逃げる。

「薬物にも酒にも逃げなかった人間だよ、俺は。お前らの言う責任ある社会人ってのはマトモに生きてるはずなのに酒に逃げるんだろっ?」

廊下を曲がり去る男達。

居なくなっても語り続ける達仁。

「…自殺は逃げじゃない」

ボソリ呟く。

と、そこにトイレから戻ってきた悠真。

「ん?どうした怖い顔して…さっき走ってった奴らと関係ある?」

「ちょっと揉めただけだけど、しばけんならしばきたいかな」

「くっく…関西弁なるくらいキレてんのね」

「多分俺の対戦相手じゃないし、他の奴らがノシてくれるだろ」

「万が一勝って偉そうにされたら?」

「俺がやる…」


と言われつつやはり負ける会社員。

だが、不満そうな悠真。

「もっとグチャグチャにしてほしいのに」

殺気が溢れてゆく。

素人がもっと酷い目に遭ってほしいと切に願い、本当に興奮して体温が上がり、顔が強張り、瞳孔が開く。落ち着かない様子。

現場を見てもいない悠真が、人を小馬鹿にする者が痛い目をみるのを真剣に望む。

「どうしたんだよ?」

客席をうろうろしていた笹田が気づき心配そうに声をかけてくる。

「あーなんか人のことバカにするような奴らがいるから苛ついてんの」

「イラつくってレベルじゃないだろ、雰囲気。…あー、もしかして騒音バイクとかにも一々そこまで気が立つの?」

「ああ」

「そりゃー疲れるわ…力を抜かなきゃっ」

年下をなだめる年上。

「自分が慣れた、見逃したからって…一方的に得するあいつらはのうのうと生きるんだぞ?」

「何千•何万人にそれ思うの?」

「だから俺も達仁もこういう思想なんだよ」

あっけらかんと言い放つ。

押し殺さない。人を否定してストレス発散する。好きなことをして生きる人間。

優しさなどなく、人目の為のマナー。

仲間がいることが、恥ずかしくないことの人間。

潔癖感に縛られて生きる達仁。

結婚も死生観すらも。


喋っている内に怒りは薄れ…。

黙って見ていた達仁が。

「痛い目みなきゃ分かんないんだからぶっ飛ばしたいんだろ?体罰と似てるかも」

「くっはは、先生かよお前、悠真っ!」

思わず笑ってしまう笹田。

「それは面白いかもなぁ…どうやっても矯正することないから最終的に殺すしかなくなる体罰…」

「…」

ヒく笹田。

「おいおい、ヒくなよ…ヤバイのは注意されても更生しないあいつらだろ?」

「…あいつらって誰だよ」

階級的に3〜4離れた小さな悠真相手に恐怖を感じる笹田。

本当にナイフを持ってきそうなヤバさを悠真に感じる。

「…悪い奴なら殺していいって法律•ルールだったら…」

ボソッと聞こえない程度の声で呟く悠真。

(そりゃー毎日疲れるよな…殺して殺して…)

自分自身で会話し、納得する悠真。


消えない…。反省したとして、最初にしたことは消えない。こちら側はハードルを上げてるから。

絶対に許すことのない潔癖さ。

それを心の狭いと言われるのか?

歪んだ正義感。

性格が良くてもタバコを吸っていたらダメ。人に平気で迷惑かけられる精神性。自分第一。自分が楽に生きれることが優先の人間性。

そんな人達を絶対に良い人認定出来ない悠真。

騒音バイクだろうが、いじめだろうが。

堕胎•不倫•しごき•前科。

人にしてしまった過去は変えられないと分かってるからこその。

反省などなんの意味も為さないと分かっているからこその。

そこから正当化して逃げる一般人ヅラしてる奴らが許せない。

それどころか人をバカにして生きる。潔癖な人間を、ハードルを下げさせる為にバカにしてくる人間。



ある日の試合。

台風直撃の日。

客もまばら。天気が集客•動員に直結する。

選手達も帰りのことばかり考えている。

そんなダラダラした日に達仁はいつも通り集中して闘う。

試合の中盤。

突然停電する会場。

それでも暗闇の中殴り続ける達仁。

騒がしい会場。

諸々あって。

「今のはアクシデントです!演出ではありません!」のアナウンスが。

復帰し、点灯する照明。

失神した男と、その男にマウントを取ってる達仁の姿が。

達仁勝利のアナウンス。

面倒臭がって適当な判定だが、実際暗闇の中で闘い続けた達仁への尊敬を向ける悠真。


控え室。

笹田は笑いながら。

「停電しても殴ってたろ」

「だってヤらなきゃヤられるだろ。相手は油断を狙ってくるんだから。それで怪我しても自分の不注意になるんだから」

獰猛さじゃなく、冷静さで勝ち上がった達仁。

格闘技とは判定が曖昧になるもので、レフリーのブレイクから再開までにKOされる可能性もある。

レフリーも再開のタイミングが微妙だった場合、反則を取らない場合もある。

人やルールに任せっきりでは自分が壊されてしまう格闘技の世界。集中の世界。

「でも良かった。まぁ達仁が気を抜くとは思ってはなかったけど」

胸を撫で下ろす悠真。

「グラウンド状態だから相手の位置がはっきり分かった。スタンドで離れてたら…。後ろ取られてたかもしれないけど」

「そう考えたらグラウンドって喧嘩では、一対一では使えないとか言う奴もいるけどさ、自分が上から乗っかってるから暗闇でも相手の場所が分かる…。空間把握能力的にも相手の動き大体分かるし…」

「超特殊状況だぞ…それ。まぁ、実際今自分の身を守れたからアレなんだけど」

ツッコミを入れるものの、達仁の運ではない、判断能力を評価する笹田。



夜。アパート内。

物語。自分が創作するから、理想の世界をかけて、自分が神である。

「なのに、ネットではラノベはいじめられ描写多すぎって叩かれてるんだって。「やっぱ元いじめられっ子が書いてんだな」って。自分が神なのになぜトラウマ掘り返すようなことするのかっていうと、あれって、その後いじめっ子をスカッとやっつけるんだって、ファンタジーの力で」

「ふーん」

「でも達仁が物語書いたらさ、最後自分が自殺すんだから、理想の世界に逃げ込んで悦に浸るってかんじにはならないんじゃない?だって達仁は目の前の世界、現実と闘ってんだから」

「そうだな…いじめっ子に妄想の中で謝ってもらえたらOKでもなんでもなく、自分自身が証明しなきゃいけないんだから…自殺出来るって…物語書いて人に見てもらって終わり…じゃないんだから」

「…自殺するのがなりたい自分…」




控え室にテレビを置いてもらった悠真。

たかがテレビ代、儲かりすぎるヤクザからしたらお小遣い程度で設置してくれる。

笹田と三人でテレビのドキュメントを見ながら会話。

「「生まれたくなかった」に今すぐ自殺しろ論とは違うけどさぁ。「自殺したい」って言ってその時点でせず精神薬見せたがってリスカ痕見せたがる奴ら…。あっ、達仁は死ぬタイミング決めてんだからあいつらとは違うよ?」

人に構ってもらえれば、傷が癒える•忘れられる人達に対しての言葉。

ぐだぐだテレビを見る三人。

夢を追う青年のインタビューシーン。

「「人と違ったことをする!」ってセリフ自体がもう被ってるけどお前らは?」

「人と違うことするって言ったことないし」

だらけて適当な返事の悠真。

「綾瀬は?あれ…あるじゃん」

「俺も人前自殺なんて先人にいくらでもいる」

「いくらでも…って、マジかよ。普通に生きられない奴ら…」

「どうしても…ムカつく奴らがいるんだよ…」

一人理解できる達仁。

「毎日怒ってばっかじゃ疲れるだろ?重く考えすぎ、そんな奴おかしい」

笹田が一般側の意見を言う。

「今迄散々言われてきたよ」



翌日。遥と一緒に控え室内。

テレビで殺人のニュースが流れる。

それを見て悠真は。

「普通の人は闘うってのがないから。遥さんももし襲われたらさ、目•金的を本気で潰すんだよー」

答えあぐねる遥。

達仁はその意味を補足する。

「でも自分の命が賭かっても残酷になりきれない一般人。自分に殺意が芽生えるのが嫌で、そのまま相手に殺されて行く奴らも結構いる」

視線を送り、悠真に続きを促す達仁。

「くっくく、自分の命のよりも周り…。目潰しで逃げた、殺意上回らせて逃げたっていうのが“汚れ“で。周りに叩かれるからムザムザ殺される奴ら。目の前の悪人より周りの評価を気にするから。…染み付いてんな…」

「おかしいおかげで、闘うのが日常なおかげで生き残れることもある。悠真のことだけど。微妙にズレるが「バカだからホームレスになったんだ!」と言われるし。だから俺は格闘技やってるんだ。「護身術やってなかったから殺されたんだ」ってバカにされるから、人に」

被害者だろうが叩く人間達。

「あーそれとな、ハイヒール履いてたせいで逃げ遅れ死んだ人とかもいたな」

色々な例え話を出す悠真。

「あっ、付け加えておくと目潰しを喧嘩で使って勝って虚しい…とかじゃないから。強盗に殺される直前、手の届く距離って状況でも目潰し使わない一般人。つまり…死ぬ直前でも人目を気にするってことだよ。自分の命すらも上回る人目ってなんだ?人に左右され束縛され殺される一般人」

「まっ、それだけ世間てのは人を叩くもの。行動を制限するもの。生き残ったところで残虐とか言われて自殺に追い込まれる。それなら、悪人に殺された悲劇の被害者で死ぬ方がマシって訳だ」

「一般人というか、中ちゅうの空気が分かった?遥さん?熊だって殺したらクレーム入れられる。他県の安全地帯の奴にね。自分が直面してないことはとにかく知らない、叩く」




またある日。

達仁の試合まで時間があるのでお喋りする男三人。

「お金で買えないものってなーんだ?」

「自分より金持ち」

「それもそうだけど、才能」

「ん?」

「金メダリストにお金があればなれるの?時間も買えないよな」

達仁は冷静に。

「いや、時間は…加圧トレーニングなんか時間短縮になるし。設備でも医療でも金で最新の設備が整う。効率化されてある意味時間も買ってる。それを言ったら現代人全体得してんだけど」

先進国の人間に限るが。

「それとは逆に、自分が劣ってるせいでエステなど無駄な出費が増えるってことも」

「頭が良ければ塾代がいらないみたいな?」

「あぁ」

「生まれつき美肌でエステ代なんて使ったこともありませんわ…って?」

「あぁ」

ズレている論点。

「俺が金持ちだったら、邪魔な路上のキャッチセールスに一億ずつ与えて辞めさせて、歩きやすくするのに」

「ヤクの売人もその方法で解決させたら悪人が少なくなっていくのに」

なら悪人を作っているものとはなんなのか?

「お前らちょっと異常だぞ!?自分の欲しい物の話するだろフツー」

笹田がつっこむ。

「そこは目的があるし冷めてるってことで…いや無欲な素晴らしい人間ってことで」

「ははっ…さっきの才能は買えないってやつだけどバカは買収話持ち出すんだろーな。金払って金メダリストにわざと負けるよう持ちかけて勝ったら、それが才能を買ったことになる…とかさ」

「おぉ…笹田はそっち側だと思ってたけど?」

「だってTVでトップ選手が世界最強の相手とダウン取り合って、ゾーン入って、最後KO。っていう試合見てきてさぁ、あれって競技者からしたら最高の喜びじゃん。まさしく金で買えない体験•経験」

世俗的、俗物的でなかった笹田。

「何かを自分の力で掴み取るってのがないんだろ…。家や車が買えればいい。家が大好きな、そういう趣味の連中なんだろ?」

怒りの感情と共に吐く達仁。

「自分の作品が認められることが大事だからな。金で審判買収して一位になるのでOKってのはスポーツマンじゃないから。努力や競うってことをしてこなかった人間なんだろ。奴隷を金で飼う悪趣味なかんじ。自分に出来ないことの方が多い。金で買えるものしか出来ない。しかも金持ちってミュージシャン•スポーツ選手•芸人、色んな方法でなれるんだから」

クリエイターが大事な達仁。人に何かを残せる有名人だけが好きな達仁。

「結局、金で動くのって下の下の貧乏だけ。そいつらほど生活苦しくなければ、金で殺し屋になってくれない。大人しく会社の元で言うこときくだけ。個人の金持ちにへりくだる代わりに社会•会社に従じてるんだから。手術の割り込みは買えるけど。金持ちより上の政治家とかが結局、更に優先されるからな?」

中ちゅうは普通に生活出来るんだから、金で買えるのは下げだけという意見。

「10年連れ添った愛犬を金で売れるか?まぁ、ペットも元々金で買ってるんだけどそれは置いといて。ただ金で買った存在と色んなことを一緒に経験した家族との違い。…買った存在って金に寄ってくる女。愛は金で買えない。金が無くなってもついてきてくれるのが愛」

障害者になった時に疎んで捨てる者もいる。

笹田が横から。

「貧乏アスリートとかを支援してくれる彼女っていいよなー」

「本人を好きだからだろ?金そのものじゃなくてさ」

続ける達仁。

「金で買えるような女程度を買ったことが誇りになる。ペットと一緒だから。相手からの感情は一切なし。愛っていうのは相手から受ける感情。だからそいつらがやってることは家政婦を雇うのと同じ」

ペットを、金に目が眩む精神性の女を買ったことが誇りの金持ち一般人。

有名人じゃないから歴史を見てくれない。

野球選手を「金で選んだんですか?」と言われる女子アナ。社長の時はそんなこと言わないのに。社長はテレビの関係者だから、社長の時は“金だけ“に行ったと言うと失礼にあたるから言わない。

「あースポンサー様ね」

納得する笹田。

「社長夫人といえば、自分自身に魅力がないのに何百万のアクセサリー着けてるオバサンってさぁ、子供が高いオモチャ周りに自慢してるような幼稚さが恥ずかしいわ」

「自分には何の才能もないけど、努力はせず、物に、宝石に頼って自分を着飾る。逆に有名人はTシャツ•ジーンズだけとかよく聞くだろ?」

「有名人様は顔パスでいいし、そのギャップがかっこいいよな」

予想よりもこちらの話に納得し応えてくれる笹田。

「昔の奴らは意味なく高い物買ってたけど、今の若者は本当に興味のないのにテレビでは不況のせいって」

「見栄の為に高モノを買うという意味があるけど」

人の目の為に買うもの。

「見栄張れるのが買った物だけ…ってそこに戻るけど」

「今の奴らは自分が認められるのに必死なネット発表時代。動画•SNSでちょっぴり目立つ…たまたまデビュー出来たラッキー」

「そこだけ聞いたら、今の若者は努力してて、無駄な物に金使わず、成金趣味じゃない、いい奴らみたい」

「楽して稼ぐ為に芸人やミュージシャンになるのをネットに移しただけだぞ?」

否定的な達仁。

「あー、ストリートミュージシャンが動画サイトに自分の歌あげるように。芸人養成所から動画サイトで個人デビュー目指すのに変えただけね」


話題は変わる。

「俺はブサイクだけど、いい女と結婚したいからスポーツで成り上がってやるって最初格闘技始めたんだよ…今落ちぶれてこんな所にいるオッサンだけどさ…。チームスポーツは肌に合わなくて」

「途中でリタイアしたら、ただのブサイク。金が無くなったらただのブサイクに成り下がってしまうのに…結局金で見られんだから。金のフィルターを通して見られんだから」

悠真が冷めたきついことを言うが気にしない笹田。

「あーあ、イケメンだったらどうやってもカッコはつくし、俳優になれんのによ」

「顔が売りなんだから、盗作されることないんだからある意味いいよな」

「金を稼ぐ才能…じゃなくて、金だけを見られるから。人を感動させる程の試合•芸術を見せないと人としては価値がないからな」

選ばれし者至上主義の達仁。

思案する悠真。

「…金持ち…ねぇ?一般人も金持ちにひれ伏すからなぁ」

買われはしないけど、へりくだる一般人。

「金持ち自身も誇り、一般人も特別視する。使ってる物すら」

特別感やプレミア感を欲する人々。

「権威主義ってやつだろ?人の評価、大物が好んだから、で決める。俺がもし富豪だったら、この豆はただの豆じゃない。一粒一万円ですって騙してみたいけどさ。でもあいつら、いっぱいあったら駄目って設定だからな。少ない人間しか持てない特別じゃないと駄目。金で買うのに、金持ちならみんな買える。中流でも背伸びすれば買える物が特別。その特別ってのは自分の能力•オリジナリティじゃないといけないのにな…」

悠真も特別というものを求める者。

中の上以上が買えるタカモノ。ブランド品。

選民意識が強くて、庶民と絶対同じ物使いたくなくて、高級な物がないジャンルまで無理矢理高級にしたり、金持ち用スーパーマーケットがあったり。

「高級じゃなくてもいいものって例えば雑巾とか。スリッパに宝石埋め込んで無理矢理価値上げたり。マヨネーズとかも最高級卵で作らせたり。えっと、高級料理店に行くのはいいけど、普段使いの調味料まで市販のじゃ嫌。市井の者と同じの使いたくないから作らせる。だから…セロテープを無理矢理…ダイアの粉入りにするとか…」

説明しあぐねる悠真。

「意味合いは分かってるからいいぞ悠真。さっきの市販の物を無理矢理高級スーパーに置く為に別の会社に作らせ、値段設定高くさせる。包丁なら切れ味など差はあるが、セロテープごときにもそれをする。付加価値がないと…」

「それを哀れととるか…だってずっと自慢し続けて、金持ち同士でも序列付けあうんだから、ある意味闘ってるよな」

「金が多い方が、無駄使い出来る方が勝ちの戦いな」

「マネーファイト。会社買収とかじゃなく、一個人の成金同士の自尊心の為、闘い合う。どっちの会社の方が売り上げトップになるか…とかじゃなく、自慢大会の為の…闘い」

見下す為の、下を作る為の戦い。

「会社を大きくする…のもしてるんだろうけど、実際金持ちになって上の存在なんだけど…人を見下す為に金持ちになる努力をした人達」

自分を高めるアスリート的でなく、周りから一人だけ抜け出し勝ち誇る為の。

「その稼いだ金で何かを変えるでもなく、自分の趣味をバカデカくやる…でもなく」

「須賀さんって自分の趣味に金使ってるよな。地下格っていう。ああいう思い切った使い方、思い切りのよさは憧れるものであってさぁ〜」

「しかも食わせてもらってんだからな俺ら」

結局金持ちヤクザに食わしてもらってる、で終わる話題。



「自分に対してなら何しても許されるじゃん?自虐だから、誰にも訴えられないから」

「あぁ」

芸人で言ったら、注目される為に異常な強さのツッコミをするなど。それで骨が折れてもそれを売りにできる。

「それで間接的に何かを叩く。自分自身は傷つけても捕まらないから、自分の腕の骨を折って人に関心を持ってもらうとか…って、これ…」

「はぁー…」

心底呆れる笹田。

「達仁の自殺計画と一緒だな…流石」

「天然だったの?お前…ってか似通うんだなぁ、やっぱ」



試合前。

対戦相手が昔ちゃんとした企業に勤めていたことを知らしめる為、名刺を渡してくる。

「こんなとこに居ても昔の名声で…いや、クビになったのに、しがみついてさ」

田中英雄という名刺を見てポツリ。

「ふーん、エイユウだって…さぞかし強いんだろうね。親御さんも人を救うような人になってほしくて名付けたんだろうね」

「自慢するということが出来ない、褒められたことのない俺からしたら羨ましいよ」

「ズレ過ぎ」

笹田がツッコミ役を渋々する。



いつもの控え室にて。

「えっ?次の奴タマ取ったやつなの?あの、さ…たつひと。金的効くか一回蹴ってみてくんない?」

照れ臭そうに、楽しげに言う悠真。

「見たいんだけど」

「たとえアレが無くても反則取られる」

「えーっ!?」

そのニューハーフ選手にサラッと勝って終わる一日。



控え室でお喋りする達仁、悠真、遥。

一旦話題が途切れる三人。

「ライターさんに豆知識でも話したら?」

悠真が促す。

「格闘技の雑学ぐらいしかないぞ…」

最近アノアで試合を見て少し興味が出てきた遥はお願いする。


興奮で試合前日も寝れなければ、試合後も勿論興奮収まらず眠れない。翌日以降も遅れてきたダメージでズキズキ寝れない。酒も飲んでは駄目。

「そんな状態で闘ってるってヤバイよな、寝てなくてって」


絞め技から逃れる為、摩擦•引っかかりを考えてスキンヘッドにする格闘家。

「あれ、怖がらせる為じゃなくて、技術論で語れるんだぜ?」

悠真が合いの手をちょこちょこ入れて補足してくる。


彫りが深い方が顔面腫れにくくて、判定時にダメージ無いように見えて有利。平たい顔だと眉部のクッションがないってことだから、眼窩底骨折しやすい。

皮膚が薄いと切れやすいので出血しやすい。

離れた目は視野角が広いから、横からの打撃を避けられる。

顎やエラの方が頭上部より広いい場合、失神しにくい。

顔が小さい方が打たれ弱いが、的は小さいということ。

打撃で一時的に顔面は腫れるが、鼻だけは曲がったまま。

耳は組み技でカリフラワーのように変形する。

「変な顔の奴の方が強いってことだよな」


試合前は性交しないプロ。

減量中で飢餓状態にあると、闘争本能アップらしいけど、エネルギーもなくて、脱水もして結局…弱い。計量後翌日やっと戻る体調。

緊張•恐怖がスタミナをロスさせる。逆にガンガン行ってる時は興奮で体も軽く、疲れない。分かりやすく言うと楽しい状態だからいつまでも動き続けられる。


傷付けずに制圧する方が難しい。理由は、細かくダメージ与えて動きを鈍らせるのが格闘ってものだから。無傷で捕らえなきゃいけない日本の警察は柔道を習わされる。相手が技術知らないヤンキーならなんとかなるかもしれないが、結局二人以上で取り押さえている。

そもそも格闘技は完全守りで来られたらプロでもKOするのが難しくなる競技。

相手が知らない技術はキマる。だから一子相伝か、隠すのが武道。

お互いを高める為に曝け出して、カウンターのカウンターを研究していくのが、ジムで習うスポーツ格闘技。

「隠せない時代、テレビ•ネット時代。だから武道家なんてもういない。それにスポーツ格闘技で勝てないから、武道家って。護身術だって誤魔化してきたけど、スポーツの世界で競ることが出来ない、ただのトレーナーってこと」

「その辺の田舎のオッサンが「本当は最強ですよ?私しか知らない殺せる技術もありますよ?」って言ってたんだよ昔は。でもテレビの通りキックボクシングなんかをやらないと駄目。スポーツとして競ってきてないただの一般人だったってこと」

「テレビにたまに出る達人さん達のことだよね?まぁ、お爺さんだし…」

「あっはは」


相手の怪我してる箇所を狙わない正義っぽい格闘家もいる。

「でも練習強度間違えただけのプロ失格なんだから、本当は責めてもいいんだけど」

事故にあったけどファンの為に無理矢理出場とかなら、狙わない方が評価高くなる。

「自分の攻撃で開いた傷口は攻めてもいいんだよ。自分が作ったんだから。そこ狙って血を出させて片目を見えなくする。とか、女の人に教えることじゃないか」


声を出すと力が出る研究結果がある。重量挙げなど。

「でもさ、暴力的に見られる格闘家が叫びながら殴ってたらヤバイじゃない?でも幸い、格闘家は何分も闘うんだから「シュッシュッ」って言って、呼吸維持の方を大切にする」

「し、物言わずポーカーフェイスで黙々と仕留めるのがヤンキーと違ってかっこいいんだよ」


格闘技の場合、他スポーツと違って最強を目指さない。

「えっ?そうなの?」

「だって、ヘヴィー級に、185cm以上に生まれなきゃいけないから。だから、負けを少なくする護身術的な考えに寄る。それに同階級じゃないと、カタくいくから試合がスイングしない」

「まぁ、逆に小さい選手が勝ったら会場が爆発すんだけどな」


総合格闘技のグローブは素手に近く痛いかんじ。

「ボクシンググローブは、あれ、おもりなんだから、本当に吐き気とか衝撃が上回るんだよ。痛みより」

「エグいよな…だって本来人間にないもの着けてんだぜ?凶器ってことだよ。誰も言わないけど」

「脚にはグローブ的な物着けないんだよね?」

「あっはは、女性の意見は面白いね」

「格闘技って適当にやってると思われてるけど、危機察知能力、脱力、スタミナ配分、俯瞰、相手の攻め疲れまで耐える根性、作戦の切り替え、冷静さとか技術論も豊富なんだよ。でもそう思ってたろ?」

「うん。悪いけど、そんな深いものとは思ってなかった」

泥臭く見えるもの。

「ま、イケメン選手の場合はスタイリッシュって持て囃すんだけどな」

「格闘技って他スポーツと違ってズタボロにされるから、無様に見えてよりよりバカにされる。勝ってる時は恐れられるけど」

「負けた格闘家はマジで現実でもネットでも叩かれまくるんだぜ?スポーツ選手は、んなことないのに」

「実際バカにしてくる奴らを潰せんのにな」

「脳震盪を起こしている無防備な相手に更に全力でトドメを刺しに行く総合格闘技」

「そう言われたら怖く見えるね」

「一般人はテレビの華やかさとか、レフリーがすぐ止めてダメージ無さそうに見える選手を甘く見てるんだよ」

「さっきのと矛盾してるけどな」


総合格闘技は喧嘩に近いから、見た目も…だから負けた方が全て失う。プライド•市場価値など。

「だから、日本人同士で組まないとかもある。バックの意向でな」

「格闘技の世界にも政治はあるんだね」

「逆に格闘技界の方が他より…」

「ドロドロしてるんだよなぁー」


お互いの流派を信じて闘う異種格闘技だから、負けた方は弱い格闘技のレッテルを貼られ、道場生からも見放され、入門者も一気に減る。

「それの逆もあるだろうし、ギャンブル的だね」

「そうだよ。平等な場なんだよ。総合って。それで勝てない奴らは合理的じゃないんだから、淘汰される」


程よく時間は流れ、達仁の試合時間が訪れる。


本日の試合。

失神しないよう、10%の力で200発殴り続ける達仁。

それを見た笹田は。

「また制裁マッチか…だからギャラいいんだろうけど、綾瀬は」

憔悴しきった相手。自分から関節技でもないのにタップする。

試合後問う。

「でもなんでずっと殴れる?疲れるだろ?」

「別の筋肉に切り替えてる。前腕、三角筋、三頭ってな具合に」

「器用だなぁ」

勉強家であり、応用発明もする達仁を見て、本来表の社会で生きていけそうなのにな、と思う笹田。

「なんか良さそうな技術論教えてくれよ」

年下の達仁に教えを乞う笹田。

リーチ短い側は、2ステップで100%の打撃が打てる間合いに入れる。それを1ステップで1.5来れるのがプロの瞬発力。それに更にリーチまで長いのがトッププロ。

「1だと前のめりになり体崩れる、からいっそのこと細かく2ステップするのもアリかもよ」

「おう、家で考えてみるわ」



秋のある一日。

対戦相手変更などで暇になる悠真。

達仁は須賀に呼ばれている。

笹田が入ってくる。

「あー始まるまで暇だからなんか話してくれよ」

「俺…?」

いじめられてきただけの悠真はあまり人に話せる面白エピソードを持っていない。だからいつもたとえ話などやイかれゼリフを吐く。

「んー…。これ…達仁には言っちゃいけないけど」

達仁にすら言えない話題とはなんだろうと不謹慎にも期待してしまう笹田。

「刺されたオッサンがいてさ…」

「はぁっ!?」

構わず続ける悠真。

「周りに俺しかいないんだけど、無視して歩いて、まぁ、拒絶グセが“つけられてしまっている“から」

その意味は分からないが、流す笹田。

「冷たい目で見ながら通り過ぎようとしてしまったのよ。真顔じゃなくてね」

本当に話の方も意味が分からないが流す笹田。

「んだらさぁ…なんかこっちを、刺した相手じゃなくて俺の方を恨みがましい目で見てくんだよ。そういう所が…人間の…恨む対象を変えるってとこがなぁ」

悠真が指しているのは、メディア•ネット•現実などの対象変え。スケープゴートのこと。

「その人はどうなったんだよ?」

「知らない」

「…」

自分を上げる為の残虐エピソードなのか実話なのか量りかねる笹田。

周りの選手はそれを聞いてヒく…。

これが170cmしかないのに地下で絡まれにくい部分でもある。

喧嘩としても、友達になろう、でも絡まれない悠真。

マトモな話、笑い話というものが出来ない。

「まっ、そのオッサンは追いかけてこなかっただけマシなんだけどな」

「追いかけられるってなんだよ」

「犯罪現場を見てしまった時にさぁ」

普通に言うが東京ではよくあること。だから笹田もそこにはつっこまない。

「「興味無いから口封じする必要ないですよ」って言ってんのに近づいてきてめんどくさかったんだよねー」

関わりたくない!怖い!じゃなく、冷めた目で一瞥して去ろうとした悠真。面白そうなら観察してたが、興味を惹かれなかったのでそうした。

悪か気まぐれの悠真。




控え室にて、テレビから虐待を伝えるニュースが流れる。

達仁は後ろから悠真へ視線を送るが。

悠真の裏側を知らない笹田はテレビに釘付け。

「…自分の子供痛めつけるって、やべぇよな、こいつら。親失格ってレベルじゃねぇ…可哀想に…」

他人の子供に哀れみを抱き、親に嫌悪感を抱く常識人笹田。

悠真が口を開く。

「何かを伝えたり、受け継がせたり、そんなものないから、何も与えない。愛すらも…」

悠真がマトモに育ってないことは感づいている笹田。

「愛が無いって言葉。ドラマみたいだけと。本当に愛が一番大事なんだよ」

「…まぁ…分かるとは言えないけど…俺は子供が出来たら、不幸にしたり放置したりは絶対しない」

「そうだよ。それだけのことすら出来ない奴らが産んでるのさ。不幸な子供を。ひとかけらの愛すらも与えてもらえない子供を。その子供はそのまま大人になる。欠陥のあるまま…」

沈痛な面持ち。

「愛が無いってのは…資格なんていらないから。ヤッたら出来るから、余った金でちょこっと育てるってことだよ」

神妙な顔つき。

「何の愛もなく育てて、まぁ結局ほとんどの子がそのまま無感覚なまま同じように生きて行く。俺みたいに悲しんで、愛がないことにマトモに育ってないことを悲しむ人すら…少数派」

悠真が作り出す痛々しい空気。

「俺の場合じゃなくて、普通の家庭でも」

子供が親の所有物である証拠にスパルタ英才教育。子供のしたいことをさせず命令する。自分の諦めた夢を子供に追わせる、負わせる。

ピアノの為に手の一部を切除させる。

子供を着せ替え人形にする。

「俺さぁ、金髪の子供の親に「金髪はお子さんの方からせがまれて?」って聞きたい」


「あ〜自分の子供がジャニーズ入れるくらいイケメンならなぁ」「野球の才能あったらなぁ」って子供の前で平気で言える。

自分は美人でもない、何の才能もないのに、弱者、自分の言うことならなんでも聞く子供には一方的に言える。

「勿論、子供が逆に言ったら?」

「…あぁ」


あわよくば上じょうで生まれて楽させてくれよ。

夫の次に自慢する為の子供。習い事地獄。才能が無ければ叩く、失望する。どれだけ頑張っても芽が出なかったとして、その子供の努力は褒めるのが本当の親。でもしない、愛がないから。

他人は能力でしか見ないんだから。家族しか愛してくれない、守ってくれないんだから。親が努力を褒めなきゃ子供は潰れる。

「今まで言った通り、この世は否定で満ち溢れてるのに、唯一の味方のはずの家族が手を差し伸べなかったら…」

これはただの他の家庭の例であって悠真はそれとも違うのだろうと悟る笹田。

でも悲痛な叫び。

そこら中に溢れかえる、マトモに機能していない家庭。

その中の一人、悠真。

「子供だから当たり屋じゃないだろうって、させてた親もいる」

自分は何者でもなくて、何も与えない親。子供は稼ぐ為の道具。慎ましやかな幸せを求めるんじゃなく、子供という別の人間が一発当てる為に芸能人になってくれることを願う親。

他力本願を実の子に…願う親。無理だったら、自分の血や教育は叩かず、子を叩く。

「所有物だから」

きついセリフ、いたたまれない気持ちの笹田。


エリートはプライドが高いので、まさか自分の子供がいじめられる側とは露とも思わない。

その考え自体が、いじめられる側をされて当然の底辺と差別している証拠。

だから自分の子供を助けてあげられない。察してあげられない。

発覚しても、いじめられるような子供の親が自分、ということを認めたくないから放置する。

自分の子供を可哀想と思うんじゃなく、自分のプライドが上回る。

このタイプは他人がいじめられてても可哀想と思わず、される方が悪いと見下す側。

「自分のことを上と思っている人間だよ」

中ちゅうもいじめる。


将来食うために育てる家畜。将来アテにする為の子供。

勝手に産み出したもの。

精神•経済がギリギリの状態で生きてる人が、自分の寂しさを紛らわせる為、自分の歪んだ愛情を向けるべき対象を“作る“為に産んで…でもそのままズルズル落ちて行って…子供に希望を持ってもらえない。

「…それをな…一般人は忘れろって言うんだよ。大人になったなら、何も無かったことにしなきゃいけない。なら…死ぬしかない…ってのが…達仁…だよ」




ある夜。

都会で絡まれる二人。

相手の不良二人は何も語らずニヤニヤして威圧してくる。

面倒臭いが、まず観察する二人。

今時腰パンをしている不良の中の一人。

ハイキック出来ないのにバカだね…。爪先でズボン降ろしたら動けなくもなるのに…。フードの奴も引っ張って締められたり、目隠しに使われんのに…と心の中で思う悠真。

まず煽る悠真。

「目潰し•金的ってもんがあんのに、わざわざ凶器持って来て…しかも最弱のバット。面と点って知ってるか?打撃•斬撃って知ってるか?あったま悪くても暴れれば素人レベルでは通用するのが格闘技の駄目なとこだな」

格闘技の技。マーシャルアーツのアーツ。芸術まで引き上げた格闘技と喧嘩は違うぞ…と心の中で悠真につっこむ達仁。


「なんかくっちゃべってるけど、脅しだと思ってんの?俺ら本当にやっちゃうよ?」

「…殺しはしないのに?」

斜め上ゆく、相手の気を引く言葉。

「皆でいる時だけ、リンチ出来る時しか暴力振るわない。後輩や弱そうな奴にしか偉そうに出来ないのに?」

凶器持ちを逆なでする悠真。

「こいつはいつもよりブッ叩くわ俺…」

「ちょっと待ってー!!最後にこれだけは聞いてー!いざ自分が負けたら警察に泣きつくタイプ?自分は普段無法してるのに頼れる面の皮の厚さ。唯一自分達がする喧嘩ですら負けた時どんな気持ち?」

唯一不良がやること、を強調する悠真。

相手のバット攻撃をかわしながら罵倒する悠真。

「早くそいつ黙らせろやっ!」

「避けんなっ!かかってこいや」

「うわっ出たっ!サケチャダメ、打ち合わないと男じゃない!自分達は武器使ってるのにっ」

ヒラヒラと避け続ける悠真。

元々理論派だが、達仁と出会ってからは毎日スパーの相手をさせられ強くなっている。技術論で教えてくれる達仁。素人レベルに対しては十分。

いつの間にか、もう一人の不良の後ろをとっていた達仁がチョークスリーパー。

「ぐっ…っ……っ…」

顔色も変えずさらっと締め落とす達仁。

意識が無くなり崩れ落ちる不良B。

「ユーマ…こっちは終わったぞ」

集中して聞こえていない悠真。

初速が遅い振りかぶるバットの側面を靴裏で安全に受け止める。

二撃目の前に懐に入り、インパクト前であり、手首よりの部分のバットをあえて体で受け止める悠真。

「これで分かったか?靴裏という分厚い面で打撃を受け止めること。バットはフルスイングで溜め、そしてバットの先を相手の頭部に当てなきゃいけない」

相手の胸ぐらを掴む悠真。

「技の出始めと出し切った後に破壊力は無い。触れただけで傷つく刃物の斬撃。んーゴルフバットの方がバットより弱いかなー」

殴るでもなく、説き続ける悠真。

振り返り、仲間に助けを求める不良A。

「おいっ!タケシッ!…あっ」

「怪我させずに無力化した…。警察呼ばれても面倒だし、ここらでやめとくか?」

「駄目だっ!これいつもヤンキーがやってる多対一が今始まってるんだぜ?普段自分らがしてること、二人がかりに襲われる恐怖たっぷり味わわさなきゃっ!」

妖しげに興奮する悠真。

いつものことなので静観する達仁。

バットを掴み上げ奪う悠真。

「あっあっ…」

刃向かう覇気すら無くなる不良A。

「普段喧嘩ばっかしてる喧嘩の上級者なんだから二人くらいは対処出来るっすよね?先輩?」

更にスイッチ入って怪しげな笑顔を引きつらせる悠真。

別に制したりはしない達仁。

悪人相手だし、どうだっていい。でもまた関わってこられた。あちら側から不幸を運んでくる人間にまた失望し、ため息すら出ない。

自分じゃない人物が悪人を責めてくれる。ならエンタメとして見ようと傍観する。

(言葉責めもするドSか…。こういう不良タイプに体のダメージより心を壊すことの方が効くのか見てみるかな)

「あーあ、お友達失神してさ…早く助け起こしに行ってあげればいいのに。普段お前ら不良は仲間大事大事って言ってるだろー?」

足が竦む不良A。

「ほらっ?行けよっ!助けにっ!たださぁ、背中を向けるってことはどういうことか分かってるよな?後頭部って格闘技でも禁止されてるんだぜ?あーでも俺は一瞬で殺したくない…。絶対痛め続けたい」

「…」

悲鳴もあげられなくなった不良。

「…何か行動してよ…。バックを呼ぶか警察に泣きつくか逆ギレするか…」

達仁の方へ振り向き。

「あのさぁ、タツ。なんでこいつこんなビビってんの?一発も殴られてないのに」

「俺は不良側じゃないから分からない」

「そう…」

捕まえたまま、罵倒を再開する悠真。

「闘いにも来ないって、不良は漢気あるって設定じゃなかったの?」

(まだ続くのか…)

悠真のお喋り好きに呆れる達仁。

「金銭要求された訳でもなし、怪我もしてないのに…」

バット先を揺らし挑発する悠真。

「俺はもう飽きたし帰りたいかな…」

「ここで帰ったら誰も怪我せず終わってみんなハッピー!っていうのとさぁ、今までの被害者さん達の分もやらなきゃっていう気持ちの渦巻きが〜」

目の前で平然と話される不良。

「こういう時なんて言ったら助かるか、許してもらえるか分かんないんじゃないのか?人の気持ちが分からないから平気で人を傷付けられる不良。命乞いしても殴り続ける、金をむしる不良」

「んじゃ〜なんで財布渡すから見逃してって言わないのよ?」

「あの…見逃して下さい…」

あえて笑顔を見せる悠真。

「それ言った相手を許したことあんの?まず許すとかでもないけどさ」

そこから徐々に怒りの形相を見せる悠真。

達仁が傍に寄る。

「あのさ…こいつらはそこまで滅多打ちしてきたタイプじゃないだろ。すぐビビる底辺ヤンキーなんだから。レイプ犯とか撲殺とかする本当の悪側じゃない奴に時間取ってもムダだから、帰るぞ」

ひとりでさっさと背中を見せ立ち去る達仁。

「あ〜待って〜」

そのまま不良は放置し帰る二人。

「マジもんの悪に因果応報する余裕ってないよな〜。脅す程度の、不良じゃないさぁ、人を植物人間に追い込む程の悪…。後ろからどんどん湧いて来て面倒臭いし、警察も面倒臭いし、達仁のやり方。達仁の目的は平和的だよな」

「悪人が数人だったら全員ブチ殺して終わりだけど、世界中にいるからな」

「…その事実にも絶望して死にたくなるんだろ?」

「俺の定義する一般人も悪人も70億の内の大多数。その事実に…」

「全く同じ犯罪する悪人とちょっと違う奴らと軽犯罪といじめと不正とあれとあれと…。終わらない浄化。一人じゃ出来ない…かといって誰もやってくれない。悪人はのさばって、のうのう」

「本当に悪人が一人だけだったら、道連れで俺がやっつけて、みんなハッピー。地球に平和が訪れる。でも人間ってのが70億いる。どうしてもその中に悪人が出てくる。1%だったとしても」


「ていうか、さっきの心折りなんだ?」

「だって「痛かったな、運が悪かったな」で終わるアホなんだから、どうしても言葉で傷を残さなきゃ」

「「自分は負けてないし、悪や底辺じゃない」だろ?俺らが悪人扱い。正義じゃなく」

無傷で帰路につく二人。



翌日。控え室。

達仁は出ていて、暇な悠真。笹田に話しかける。

「昨日さぁ、不良に絡まれちまってさぁ〜」

「俺はないぞ、んなこと」

180cm台でヒゲが生えててゴツい笹田を羨ましがる悠真。

「あいつらってさぁ〜聞いてくれよ〜笹田〜。不良の特に嫌いなとこ」


ドキュメンタリーやニュースで、自分が好き勝手改造したバイク飛ばして事故で死んだ人間を神格化。周りの仲間の成長物語にしたテレビ番組がある。

運すらもない、ただスピード出しただけの、人に迷惑かけただけの人生で終わった、失った信用を取り返すこともしなかった悪人の突然死を、美談にしたがる擁護したがる番組。


自分の子供が族なのが悪いのに、抗争で死んだら相手を恨む親。自分の子供が喧嘩したことと、自分の教育は恨まない。

「自分の子供が殺人側だったかもしれないのにね」

「まぁ、そうだけどさ。えぐいねぇ」


煙草。匂いですぐバレる。買って吸うだけ、何の努力もいらない。

「陰で吸うだけだから副流煙も与えなく、特に人に迷惑かけないからマシだけど」

理由なく吸う。結局不良は皆やる。皆やるからやる。というか皆やってるから派手な行動とならない。

しかも高い煙草。

本当に興味あってやった訳でもない。未成年なのに酒に頼らなきゃ生きていけないわけでもなく、悪ぶる為、酒•煙草をする。

悪ぶるという行動原理。謎のかっこつけ。

構ってほしい、目立ちたい。でも努力はしない。

筋トレもしんどいから嫌。リンチで勝者気分味わう。

結局中途半端だから。

人が今までしてきた特別でないこと、タバコ•バイクをちょっとやるだけ。


目立つ為に、ゲリラライブしてる所襲撃して台無しにして代わりに歌ったり。

十人と同時に付き合って、朝礼ジャックして、いっぺんにマイク越しに全員振ったり。

ヤクザに喧嘩売ったり。

教室までバイクで来たり。

自分の髪、盛大に燃やしたり。

業者レベルの花火仕掛けて爆音で授業妨害したり、屋上から金ばら撒いたり。

あのクソデッカいピアノ、音楽室から盗んだり。

何か弱み掴んで教師を廃業に追い詰めたり。

本当に全国の高校に乗り込んで日本一の不良になったり。

漫画であるようなかっこいい顔の傷跡。それを得る為に自分の顔面ナイフで抉ったり。

「ああ、鼻とかおでこにある歴戦の勇士みたいなキャラっぽい傷痕のことね。それとかー、学校でバンジージャンプしたり。プロレスしたり」

「おい、ユーマ、バカ話長いぞ」

「あぁ…」

笹田は寝てしまっている。

戻ってきた達仁が代わりに答えてあげる。

「だから努力しないから、不良なのにテストは百点とか、学生なのに社長とか、プロ格闘家にならない、とかだろ?だからバラエティ番組に出た時の肩書きが元暴走族リーダーしかない雑魚」

一般人も何児の母とかそんな肩書きしかないが。


ボンタン、短ラン。そうまでして制服は着たい制服フェチ。

制服を着るイコール服従してるってことに気づかない。

改造して反乱した気になってる薄っぺらい奴ら。

卒業式も成人式も絶対出る。大人が用意したものに従っておとなしく出席する。

高校の中で教師と親の庇護の元で不良ごっこが出来る、ある意味上流階級様。

なぜか2人でバイクにまたがるヤンキー。それでそのままバイクを乗り回して逮捕される。

「俺、思うんだけど、たかがバイク乗り回したぐらいで逮捕って逆に恥ずかしくない?人よりエグいこと、派手なことしなきゃいけない生き物なのに。バイク乗っただけ…って。それが将来武勇伝として語られる恥ずかしさよ。まぁあいつらマジで脳足りんだからな。だって、ヤンキーってマジで誰かが豆知識言っただけで「お前すげーな、頭いいじゃん」って言うんだぜ?ただ暴れるだけ。頭を使わないでいい世の中なんて無いのに、そういう生き方ができるコイツラは逆にすげーよ」

中途半端さを嫌う悠真。他人にも100か0であってほしいと願う。

喧嘩自慢なのに努力嫌いだから格闘技も筋トレもしない。

「モテる為に筋トレするバカは一人はいるか…。それで負けそうなら「相手が変な目つきのイかれ野郎だから相手にしなかっただけ」っ自分を守る」

ちっぽけな平民が自分守る。一般人叩きの方と同じように、自分をどうでもいいその辺の人とは絶対思わない。

「だって、一般人も「俺本気でやってないし」アピールするじゃん?例えば…「そんなマイナースポーツ真剣にやる必要なんてない」って逃げたり、テスト勉強真剣にやってないとか軽いものまで、保険かけたり」

自分が勝てそうにないのは「こんなの無駄」って自分が上からのつもりで突っぱねて終わり。

俺は真剣にやってないから負けて当然…かといって、自分というものの底が知られたくないから、一生真剣にやらない。

だから本当は才能あるかもね。でも真剣にはやらないから分からんね…ってナゾの逃げ方。

それを一般人は、これが多数派ですよって同調圧力かけ数の暴力で抑え勝つ。ハブるってことで。同じ考えの者集めて真剣にやらないことを正当化して、比べ合いから逃げる。

でも数で勝ってるから一方的に叩ける。比べ合いから逃げた奴が少数派を。

不良の場合は、一対一で負けても、数の暴力、リンチで叩いて、「俺は負けてません。仲間集めれんのも、俺の能力だ!俺は上なんだ」と威張る。

「友達多いっていっても俺には底辺同士の馴れ合いに見える。目の前に猫が一匹いたらカワイーって認識するじゃん?でも蚊や蟻が10匹いても、外ならどうでもいいだろ?」

家に居たら通報。外に居てもゴミが10個落ちてるだけ、誰にも相手にされない不良。

だから人に絡むのが好き。自分から行かないと相手にしてもらえないから。

「だってさぁ、不良が言う仲間思い•仲間愛ってやつの本質ってさぁ」

自分とバカやってくれるのは、結局不良になるのは少数。それを特別だと思い込む。

全国に不良腐る程いるけど、自分と一緒に不良やってくれる人を、ただのクラスメイトを絆がある、仲間と思い込む。

中•高となっていって自分と一緒に不良やってくれる人が少なくなっって、惨めになりたくない、一人になりたくないからって幼稚な…。

だから暴走族って辞めさせてもらえないルール。去る者を追う。仲間はどれだけ増えてもよく、全員と絆ある設定。

底辺が多い方が自分が生きやすい。

将来の不安の傷の舐め合い。

「自分で好き勝手生きてきたのにね」

努力しなかったから、何も無い。

「だから、自分の居場所がなくなるから、仲間大事って言う…自分の為なのにね」

引っ越そうがその先に絶対不良はいて、すぐ友達になるのに、一般人同士で自分達を特別視する。

しかも目に見えない仲間思いってやつで。

いざヤクザに絡まれたら置いていくような奴ら。自分が一番大事だから。不良っていう好き放題してるイコール自分の欲望が一番大事なんだから。


隣の学校の一般人(不良)に勝てたら喜ぶ。競い合ってない、スポーツじゃないもので隣町の普通体型の不良に勝って喜べる。


先輩には従える。それが出来る。怖い先輩の元でハイハイ言うこと聞いて、もはや一般人よりへりくだったり、上下関係に慣れてる。

でも社会人にはならない。憧れの先輩だから従ってもいい設定。

先輩を芸能人扱いして、内輪で盛り上げる。でも内輪で終わりたくないから、周り巻き込んで騒いでいじめて誇示。

武勇伝も語り出す。一般人の武勇伝を。

「俺はさぁ、折ったことも、ヤクザともヤッたことあるよ?飲み屋で武勇伝語る、過去の喧嘩自慢するやついるじゃん?そういう奴にさぁ…「今まで何本折ってきた?折れにくい骨は?あそこまでやると興奮物質ドバドバ出て気持ち良くなるよね?」とか、刑務所の臭さとか聞いたりしてハードル上げまくってやりたくなるんだよね」

いつの間にか起きていた笹田が。

「ドSだなぁ」

「皮肉も分からず、煽られてるとと分からない。こっちは興味津々で目キラキラさせて相手の言葉待つんだから」

「くっく…」

情景が浮かぶ笹田、笑う。

「でもどうせ「こいつイミワカンネ…」とか言って逃げんだろーなあいつら。中途半端…半端もの」

笹田が更に煽る。

「あれは?海外ではってやつ。銃社会の海外と違って日本はぬるま湯だってやつ」

「海外は銃ですぐ死ぬ。すぐ死ぬんだから命が軽いってことだろ?日本の刃物以下の社会で派手に生きて何が悪いんだか…。だから俺は家に入ってきた強盗を正当防衛扱いで何本も折ってやりたいって、堂々と言えるよ。流れ弾に当たって死ぬ、実際死んだ海外のザコを神格化して、平和な日本人って叩いてくるアホに…言えるよ」

悠真の異常さより痛快さが上回る笹田。笑う。


不良。人から与えられたマイナスでなく、自分から作ったマイナス。


「俺さぁ「覚えてろよ」ってセリフ嫌いなんだよ」

「ほーん」

「捕まえてさ「頼むから今して下さい。今、お願いします」って言う」

「またか…S発言」


「自分が一万円の価値だって言われてんのに怒らない援交女」

「俺らだってギャラ安いだろ?」

「あいつらは自分で決めてんだぜ?女にとって大事な体の値段を」

「はっは」

無茶苦茶な悠真の話題に暇しない笹田。


「バカなヤンキーは一発ずつ殴り合いとかすんだよな」

「一撃で失神させるかタックルでこかしてマウントで嬲るっつぅ冷めたのは駄目なんだろ?」

「そーそー、根性がどうとか言ってるアホよ…飛び膝でアゴ割るか、グラウンドパンチ300発はやんないと気が済まないよなぁ…そんなルール持ちかけられたら」

「相変わらずヤンキー嫌いなのな」

笹田が苦笑する。

「非合理的で冷めてないから。逆の性格だから相容れないからむかつくんだよ」

「嬲り殺したいくらいに…だろ?お前の方が危険じゃねーか」

「いなして、タックルして絶対立たすことなく、相手が泣いても弱攻撃当て続けたい」

ボソッと呟く悠真。

「バンチ失敗したフリして喉元に貫手とかもか?」

煽る達仁。

共鳴する悠真。

「ああ…むかつく奴ら相手なら何倍も力出んのね、君ら」

「そりゃー、怒りを原動力にしてモチベーション上がるでしょっ!」

興奮している悠真。

「話だけでこんだけ興奮すんだから、マジでやんだろーなぁ…素人相手によぉ」

「ここには誰一人プロはいないぞ」

冷静に言い放つ達仁。

「まっ、そーなんだけどさ」

悠真は続ける。

「まっ、だから不良はそういう理由で総合格闘技は好かないってこった。非合理が好きだから…寝技とか嫌い」

漫画みたいな口ばっかで喧嘩中々始めなくて、パンチで相手が吹っ飛ぶ!…そしてなぜか何度も起き上がるのが好き。感動の為じゃなく、根性の為の起き上がりが好き。技術と努力がないから、根性というものに縋る。

一瞬でテイクダウンして、適切に教科書通りに相手を無効化する総合は嫌い。システマチックが嫌いなドラマチック好き。

「つっても、ヤンキーにドラマなんてねーけどな。バカだから技術論も分からない覚えられないから一発ずつ殴り合うとか好きなの…あいつらは」

本当に技術論を頭に叩きこめないから、喧嘩に近い総合格闘技に挑戦しないヤンキー。

喧嘩に近いけど、全ての格闘技の技術を覚えなきゃいけない総合だから逆に嫌悪する。

「ほーん」

生返事の笹田。

「サラベリーは嫌うけど、リンチは好む」

ボソッと達仁が呟く。


クルーシフィクス(十字架)の逆バージョン、サラベリー。

相手の両腕を十字架のようにはりつけ、自由を奪い、こちらだけは一方的に殴りつけられる拷問状態。

「…確かにな、喧嘩動画とかでもすぐ止めるし。リンチは好きなのにマットヒューズポジションで殴り続けんのは止めそうだな、不良って」

突然納得し出す笹田。

「あー、でもヘルメット着けて、腹に鉄板仕込む不良は好きだぜ」

「漫画の中の不良じゃん」


やっぱり空想の方が、突飛な有名人の方がいいよな。と再認識してしまう達仁と悠真であった。

「防御力高いなーその人。どうやって倒す?」

中高生のようにバカ話して終わる一日。




控え室で暇な悠真は他グループに絡む。

「「〜っす」って省略してんだから敬語じゃない。敬ってないんだよ。だから教育したら?今目の前で怒って殴って喧嘩してみせてよ」

真顔で言う悠真。

「こいつやべー」

地下の住人といえど、悠真は別のヤバさに見える。

立ち去る男達。

「ちっ…笑いたかったのに」



ある日。

控え室で他のアノア選手と野球拳をして遊ぶ悠真。

朗らかな時間に、出来の悪い弟でも見るような目で悠真達を見つめる笹田。

悠真が勝ち続け、とうとう裸になる相手。

「おー、終わりだな」

「いやっ、臓器とか賭けたら?」

「はっはっは」

「いや、やらないの?」

やっぱりマトモには終わらないんだな、と呆れる笹田。



達仁のアパート内。夜。達仁と悠真が話し合っている。

「夫婦って同じ寝室で寝る設定じゃん?他人と一緒…で落ち着けて、まぁ、他人じゃないけど。冷めてたら無理だし、あと寝る時間も合わせられるってのが…。」

ふと暗い表情を見せる悠真。

「こんな所でも感じるけど、相手に合わせて過ごせる、寝る時間まで変えられるってのはある意味すげーよな。こんなことすら出来ない俺…って思うこともある」

「良く言えば合わせられる、だし、流されることが出来るというか…何が起きようが適応する、進化論」

「順応できない、淘汰される側の人間、俺らはまさしく地球に世界に適してなくて、世界に必要とされない。あっち側から見れば弱い側の…」



翌日。控え室にて笹田が。

「俺もよぉ、知り合いに「痛くない?なんでそんな無駄なこと、格闘技なんかやってんの?」なんて言われたから俺も「会社員なんてそんな地味な仕事毎日毎日やって頭停止しちゃわない?なんで続けられるの?」って売り言葉に買い言葉しちまったことあるよ」

「へー、やるじゃん!でもどうせ自分から始めたくせに逆ギレしたんだろ?芸人や格闘家は一方的にバカに出来るのに、いざ自分が言われたら」

「そうだよキレて帰ったよ。あーあと「お前より金持ってるよっ!」って捨て台詞吐いてた」

「くっくく…“金が自慢“になるのか。その時に俺は二分でお前を壊せるよとか言わなかったのかよっ!結局使いもしない外国語習いに行っといて何が生産性だよっ!とか」

興奮する悠真。

「あと「リーマンになってなかったら何になってたの?」とか、「社会の歯車に、なってくれてアリガトー。だから俺はこんな風に自由に格闘技やれてます」とか言わなかったのかよっ?」

けたけた笑う悠真。

やれやれ…といった表情の笹田。

「相変わらずだな…お前。喋んの好きだよな。あと、2•3言別の言い回しで相手叩いたり、追い込むの好きだよな。ドSが…」

苦笑混じりで話す。

そんな悠真を別に嫌いではない笹田。

「くっく…駄弁りってのは、駄作の喋りって意味なんだぜー?」

一旦冷静になる悠真。

「つっても、大見得きったくせに、普通の仕事すんだろ?笹田も。」

「そこは許せや」

「まぁ、俺は100か0の人間だから、なんかやるんだったら、生放送テレビ局襲撃くらいはやる…ってそれするじゃん、達仁。テレビ格闘技で」

「つくづくヤベぇな、あっはは」



達仁の対戦相手が消え、試合がキャンセルされる。

暇なので二人で他選手の試合を観戦。

「こいつらって30〜40代じゃん?何の為に闘ってるんだろうな?…ありもしないのに」

悠真が冷たく言い放つ。

達仁が答える。

「今の時代は携われればいいから。昔は野球だけ草野球として続けられたけど、今はマスターズやシニアの部門がある大会が色んなスポーツで開かれてる。夢を追ってるんじゃなくて、細々とでも関われればいいんだよ…。昔の人間は「トップじゃないと駄目っ!意味無い。惨めだからすっぱり諦めろ!」ってかんじだったけどな。楽しむスポーツの時代に。一般柔術(喧嘩の為じゃないスポーツ柔術)のようにな」

「それって結局…才能無かった一般人同士の馴れ合いじゃん…。たまたま先進国で裕福だから落ちこぼれ同士で大会開いてるだけで、下同士でやって優勝しても…」

言いたいことは分かるが。

「そう言うなよ…それで備品とか買って、宣伝もして、業界に間接的に貢献してんだから」

「それって裏方じゃん…。選手になれないからグローブの会社に勤めるみたいなさ…」

栄養士になったりトレーナーになる者も。

「いや…こいつらはいくつになっても闘ってるんだから同士だよ」

「達仁が言ってる一般人同士の相互扶助に当てはまるじゃん」

「スポーツじゃなくて、格闘技やってんだからマシだろ」

渋々納得する悠真。

正義寄りの達仁。悪寄りの悠真。

大して面白くもない試合。早めに帰る二人。



いつもの控え室での暇つぶしのお喋り。

「睡眠と食事は死なない為にする。だから三大欲求とは性欲でなく、生きたい欲だ」

「は?」

きょとんとしてしまう笹田。

「だって死なないように意識して生きるじゃん」

素で言ってるのか戯けてるのか分からない笹田。

「ばか…普通の奴は死にたくならないから、死なない為にがんばってないぞ」

「いや、餓死しない為に働いてるじゃん」

「は?そこを越えたら…あー、やっぱ理解出来ないわ、お前らのこと」




悠真と笹田がいつもの暇つぶしをする。

「オタクってさ、二次元専門じゃん?この世に無い物が好き。だから、人を否定してるってことじゃん。作品こそが美しい。現実と関わらないってとこ」

「そういう捉え方なのか…」

「俺はオタクじゃないけどさ、実はオタクって一般人の醜さや違いの例として出しやすいんだよ。一般人に否定される者だから」

「萌え系を語るんじゃなくて、価値観を見るのな」


人に関わってこようとするヤンキー•一般人。家でインドア趣味楽しんでるだけの関わってこないオタク。

そのオタクって排他主義扱いされてる。一般人こそ、否定•いじめるのに。

「オタクって一般人からしたらいじめられてなった設定なんだから、合ってるよな?」

逆にヤンキーは話するの好きだから、何でも話せる良い奴らって設定。

「なんでも話せるって、下ネタとかだけどな」

ヤンキーって、一度でも牙向けられてても単細胞だから仲間に出来る。敵に友情を抱く。バカであることが、良い人。

一般人は「良い友達に巡り会えなかったんだね」

オタクは「良い作品に出会えなかったんだね」


「オタクも見るだけの側だけど」

一つの物にのめり込む陶芸家や学者。何も産み出さない、人と遊ぶだけののめり込むほどの趣味•情熱のない一般人がオタクを叩く。

「同じ一般人」とは言わないから、叩く為にオタクを下扱いするから。

自分の好きな事が無くて、人と話を合わせるだけの人が自分達はコミュ取れる•出来る側。

自分が嫌われたくないからなだけなのに、自分は空気読める側ですよ。流行りものを見ないオタクは非人間ですよ、と。

人と関わらなきゃ壊れる側。だから一人で平気な、作品という物を愛する、オタクを異常者扱い。

一般人も誰にも何も評価されるわけでもないのに。

何も現実に期待していない、冷めてるから空想に理想を求めるオタク。

「冷めてる方が偉い風潮だろ?90年代から熱血は駆逐されて。だからオタクは偉いんじゃないの?ムキになってないんだから、現実で何も」

それは空っぽという意味だが、ある意味自分達と同じ価値観だと思う悠真。

「その空想が萌えだから叩かれんだろ?」

笹田が意見する。

オタクはキモい。萌え系はキモい。

「見た目ってことだろ?ネットってさあ、なんで議論出来るかって、相手の見た目•職業無視だからだぜ?現実でブサイクな男が何か語ったところで相手にもされない。でも、言葉しか、文章しかないネットの世界では、議論出来る」

本当に自分の思想•文だけで、相手と話し合える、闘えるネット掲示板。

とはいえ、結局「どーせブサイクの癖に、どーせニートの癖に」とネットの中ですら叩いて逃げるが。

それでも、取っ掛かりだけでも出来る、最初の議論だけは出来る世界。

その世界が、”補正がかからないこと”…という皮肉。

差異を叩く、人間というもの。それがないネットという世界。文•思想だけの格闘技的な。

見た目も職業も性別もない世界。ネットでだけ議論できる世の中。

「見た目を抜いて精神性•価値観だけ見たらオタクも良いってか?」

「そうさ、楽しんでる物が萌えだから、じゃなくて」

せめて空想で心を癒すのだから合理的。

現実は痛めつけてくるから、家でいる賢い選択。

関わることが悪だから。



「00年代にオタクステータス時代が来たんだよ。自分は普通の人間なのに、美人なのにオタク系の物好きですよって、上から目線する為の嘘の趣味」

「ギャップがあって凄いでしょ?」となんの努力もせず言える。見るだけだから。

一般人の俺が下のオタク文化を楽しんでやってる。

その人達すら増えきって、その事にすら価値が無くなってもそれでも、オタクヅラする。

皆オタクでも。特別じゃなくなっても。そもそもオタク系が趣味なのは特別じゃないが。見るだけなんだから。

「顔カワイイけど、傷が付くのを恐れず努力して格闘家やってる女の子がいたらそれは特別だろ?」

「確かに」

見るだけの人が、「私美人なのにオタク系も見るんですよ」と誇る。

見ることを…誇る。

暇つぶしをするにも何か一言入れなきゃ出来ない異常なプライドの高さ。

上からのアピールの為に下々の者の下賤な遊びをやってあげてる設定。

こだわりがあるのがオタク。オタクぶるのが流行ったからオタクのフリするって真逆の…。

「そもそもさぁ、日本人として生まれたら絶対漫画とかに触れるじゃん」

「外国人ならまだしも、それを誇る日本人…ってか?」

それがステータスになる。肩書きになる。

人が築き上げた文化で、自分を自慢し出す一般人•にわかオタク。

そもそも好きな物が無い人なんていないのに。

好きな物があることを誇るオタク。とそのオタクの肩書きを自己満足に使う一般人。

タダでテレビでやってるアニメを見るだけ。金すら落とさない。

自分の数ある趣味の一つをみんなに伝えたがるにわかオタク。

「んじゃあ、金かかるから、テレビゲームのにわかはいねぇんじゃねぇの?ははっ」

「そうだよ。あとは、アニメ以外の趣味があることも誇る。友達がいることも」


30代でゲームやってたらバカにするが、逆に60以上だと凄い扱いになる。

「…機械弱そうな、世界狭そうな老人がやれてて凄いっていう見下しだけどな、結局」


「俺は、“関わってこない“から、オタクのことを擁護するよ?」

本来の、オタク叩きに話を戻す悠真。


「いい年して」っていうのは、周りに迷惑かける騒音バイクに言うもの。

それを人に迷惑かけないオタク趣味に言う一般人。人の趣味を制限出来る立場の他人。

いい年して人の趣味を叩く自分は叩かない。

「カウンター系多いな。お前の論」

バカにされるから、イケメンで若くて勉強も出来ないと、オタク趣味できない、ハードルの高い趣味。

「はっは」

イケメンじゃないと許されなくて、中ちゅうですら叩かれる。


普段経済を回せてることが誇りの一般人が、今の時代でも消費してくれるオタクを叩く。消費することすら、下に見てるオタクに上回られ。

「またカウンター」


「台本通りのことしか言わない萌えキャラ」に対しての、熟年夫婦は話しすらもしない。お互いスマホ弄って話しもしない現代。

台本以上のことをしてくれる現実の一般人様。

現実を賛美して、空想を叩く。

娯楽って人を楽しませる為の物なのに、それすら叩く。

「人を苦しませる為の…者…」

「皮肉屋だなぁ」


経済大国2位の日本を「漫画大量に読んでる、大人でも」と、それをバカにする3位以下の外国。

金•経済が全ての世の中で2位であり、余裕を持って楽しむ物を否定する。

金だけあればいいというわけですらなく、人に迷惑かけてない漫画すらもやめさせようとする。

趣味を余裕を否定する者達。


オタク趣味でも普通趣味でもやめたら「無駄な時間を使った」と後悔する人達。

恋愛のように一度冷めたら、楽しんできた時間まで否定。

結局将来バカにするものを楽しんでた自分。

「アニメなんかに時間使うんじゃなかった」って、自分じゃなく、ジャンルのせいにして自分を守る。

努力しなかった自分じゃなく、人様の作品を叩く。


萌えアニメに逃げず「本当の恋愛しろ」と言う妥協して付き合ってる一般人。

たまたまバイト先一緒だっただけの人と恋愛して、それが誇りでオタクを叩く。

「所詮絵だって。本物には敵わない」と。

その辺の一般人に凄い価値がある。目の前の人混みという光景が宝石箱のように見える。

現実は素晴らしい。


その辺の人に欲情する一般人。その辺の人をどうでもいいと思ってるオタク。

オタクは萌えキャラだけに可愛さを感じる。

オタク趣味やってんだから、人の目を気にしない。だから本当に興味無いものには手を出さない冷めた現代人。

「オタクって性犯罪者扱いされてるけど、どっちが本当にしてくるんだか」

「人畜無害だな。そうやって言うと」

ナンパする人達。女が欲しくて仕方ない、誰でもいい一般人。AVを普段見てる一般人。

人のオタク趣味をバカにする人達。

どっちが犯罪者予備軍なのか。

「オタクの擁護っていうか、関わってこない人の擁護だな」

「だから、強姦も盗撮も一般人が犯罪すんじゃん」

弱者と、弱者にされてる者と、悪人と、一般人は違う。


オタクは現実でモテなくて、逃げた扱い。

「オタクが「現実の女性興味無い」って言ったら精神異常者扱い。逆は?」

「興味あるやつ?」

「いや…猫が大事な男性が「現実の女性より猫の相手したいから合コン行かない」って言った場合」

「その場合は強がりじゃないってか?猫とキャラの差ねぇ…ま、俺は区別するけど。実際存在してるネコちゃんを」

「だからね。現実の女性、ペット、知名度高いキャラ、ゆるキャラ、萌えキャラの順に落ちていく価値」

「まぁ、触れないからな」

「触れればブスでも特級なのさ」

「あっはは」

「ネコグッズ集めてる人に「現実の猫飼えばいいじゃん」パターンもあんだけどな」

とにかく現実は素晴らしい。

彼女がいることが誇りでオタクを叩ける自称一般人側。

オタクに彼女が出来たら並ばれるのに。

「だから、下の下しか叩けない。それすらも簡単に並ばれる」


「三ヶ月に一回、アニメ番組交代するらしい。その度にキャラを愛でるオタクを「一人を愛せよ!」って言うんだってさ」

現実の人間をとっかえひっかえする一般人。

別れたら敵視する。ソープ。離婚。浮気で傷つけられる。

実在する人物に対して物扱いする一般人。

「彼女がいるのにアイドルを好きになってはいけない、とかは?」

笹田がふざける。

「あっはは」


萌えキャラを「オッサンが書いた絵」とバカにする一般人。

オバさんが書いた恋愛小説•脚本を楽しむ自分達はOK。男が女々しく唄ったラブソングもOK。スポーツしたことない漫画家のスポーツ漫画もOK。何も人に提供しない自分達もOK。

「普段、ブスが作った料理を外食でも、彼女でもさ、食べてるのに」

「あっはは、毒舌いいぞ、楽しめる」


「「こんな女いない」って萌えキャラを叩くんだって」

「それで?」

「現実で妥協して、ブサイクと付き合ってる人のことを責める人はいない。だって一般人だから」

「そいつらが、こんないい女いないってだろ?萌えキャラって巨乳だもんな」

「そうさ、こんな女いればいいのになーって、美人で巨乳を想像する男は許されるけど、アニメキャラとして具現化させたら駄目。ペットってさ、金で買うし、顔も選んで買う。それは一般人だから許される」

自分達以外は許さない一般人。


「30kg台の萌えキャラがいたら「夢見すぎた」って叩かれるらしい」

「というか、色々仕入れてきたなぁ、お前」

達仁がいない間暇でネット掲示板をまとめサイトを見ていた悠真。

オタクがありとあらゆる角度から叩かれてるのを見て、ネットでも現実でも一緒の“否定“というものに辟易としていた。

「モデルで本当に30kg台いるのに。平凡な自分を叩かずオタクを叩く。現実に存在するのに目を逸らす一般人」

特別じゃないことを恥じない。恥じないけど上からは叩ける。

下を叩く時は特例出すのに、中ちゅうの自分達を守る時は「極論だ!」と逆ギレする。


「恋愛しない」を「見栄張るな!モテないだけだろ」と、そこまでして他人を「下の者として卑下してほしい。予め一言入れてくれ!」と言う。

「逆に「私は無趣味で流行ってるものを追うだけのにわか•ミーハーです。薄っぺらい人間です」って言ってくれって喧嘩してたけどな」

「ネットで喧嘩するバカか」

「まぁ、ネット時代だから無視出来ないんだけどな」

気に入らないものを「目立つな、何もするな、弁えろ」と。

「隙を見せる方が悪い」と絶対加害側を悪く言わない。

「現実では当たり障りのない会話をしなきゃいけない。特に日本人は」

「天気の話、メシの話、な」


「モニターに逃げるな」と酒に逃げる一般人が言う。

エンタメに逃げてはいけない。

息抜きの選択肢の自由すら奪う他人様。

趣味に逃げてはいけないと言える人は、何かを成し遂げた人。新薬開発など。

そんな人達は、人の役に立てて、趣味なんかしてる暇あったら人類の発展に役立てている人。

誰も救わず、一般人同士で趣味をバカにしあう時間はある。

無駄に趣味に使わなかった時間で何を成し遂げたかな言わない。同じ何も成し遂げてない同士で下を作ろうとする。


現実が辛いから娯楽に行く。それを他人は逃げと言う。

逃げていない。だって全員に、目の前に現実が控えてるんだから。

数時間程度の遊びも叩く。

逃げは宝くじか死しかないから。

楽な生徒から、客に上司にいびられる側に回った一般人がせめてネットでオタク叩きする。

「まぁ、ガキはいじめ、モンスタークレーマー、ネットで中傷全部やってるから…少年法の甘さもあって最強だよ、子供ってのは」


「まっ、そんなかんじで、脱オタクする奴も多いんだってさ」

人に言われて変える趣味•生き方。

他者を気にしなくていいのが、幸せであり、制限されずなんでも出来る。

「部屋でゆっくり、誰にも邪魔されずにな…。だからオタクは先鋭的なんだって。笹田の世代じゃ分かんないだろうけど」

「まぁな」


現実でモテない逃げオタク設定。

「これ前言った、生まれたくなかった判断と被るけど」

イケメンに生まれ変われるのと、空想の世界に行けるのどっちがいい?で分かる。本物度。

「イケメンでさえあれば、この世で生きられる。この世で満足する。モテれればアニメキャラ要らないって奴」

「そこは狂っててほしいんだろ?そうじゃないと仲間じゃないし」

「そうだよ」

「っていうか…」

オタクの話から、死生観まで持っていく悠真に脱帽する笹田。


「ネット掲示板って結局さ」

自分に都合の悪いことを言う人はオタク•ニート•モテない•童貞認定して叩く。同じ場所に書き込んでる自分は叩かない。

現実と一緒。自分は悪く言わない。他人を叩く。

安全圏から銃のように撃てる。殺せはしないけど、一方的に叩けた気になる。


「一番一般人を追い詰めてたやつがさぁ」

オタクを叩く運動部。「ゲームしてる無駄な人生」と。

それに対して「プロになれなかった無駄な努力した運動部」で喧嘩する人達。

運動部は多数派イコール一般人だから押し寄せてくる。

その辺の学生同士でスポーツしたことが誇り。中ちゅう同士の馴れ合い、部活を誇る。

何も実績ない、切磋琢磨も出来なかったけど、自分達に当てはまるから擁護する。

普段意味ないって叩いてるもの。それを自分達に当てはまる時は「思い出になった」と逃げる。

いつも通り、一般人同士で何かしたことは素晴らしくて、作品を楽しんだことは意味ないこと。

暇つぶしの為の部活なんだから、意味ないって言われても平気なはずなのに。

無駄に意味があると言える。結局プロになれなかった暇つぶしなのに。

プロの世界で特別な人達と闘って何か得た訳じゃない素人。

運動部、多数派という誰でもなれるものをオタクに対抗する為に持ち上げる。

こんなこと言う奴は帰宅部だ!といつもの透視を始める。

「透視って?」

「ネットの向こう側の人間のルックス•年収がなぜかわかることだよ」

運動に時間かけて、何も成し得なかった運動部が帰宅部を叩く。同じ“意味ない“なのに気づかない。自分を悪く言わないから。

部活がないと人と関われないから、暇をつぶせないから、辞めることも出来ない。そして「部活だりー、朝練だりー」と言う。

帰宅部も運動部も同じ、才能の無かった者。

先輩からしごかれ、社会をいち早く経験するドM運動部。

夢を諦めた一般人は勉強頑張って一流大学行かなきゃいけない設定。でも東大は諦めた設定じゃない。東大もプロ選手も諦めた者。


結果を残さなきゃいけないプロ。努力が誇りになる一般人。

「就職に有利だから」って捨て台詞残して去る運動部。

夢破れた何者でもない人、無駄な努力した人が有利になる会社。

「過去なんて関係ない」って叩いてくる一般人が「努力はあったと認めろ」と言う。

「また、そこに戻ってくるのか。お前が言ってることって、叩きじゃなくて、カウンターなのな」




今日も試合。

いつもより長くきつく追い打ちする達仁。

勝利し、引き上げる。


試合後の控え室。

着替える達仁。座っている悠真。

「なんか今日イラついてたの?」

「いや…たまには怖い所も見せとかないと、また絡まれるからな」

と、そこへ。

「オラァー!アヤセー!俺の弟分痛めつけ過ぎたなー!」

激昂した男が控え室へ乱入してくる。

「おい…逆効果じゃんか」

達仁へ詰め寄るチンピラ。

ギリギリまで注視する達仁。

目で追うユーマ。

(達仁、試合で疲れてるよな、よしっ)

後ろから全力の蹴り。後頭部へ。

「…!」

どさっ。

特に派手な音はしなかったが、失神させられたことに驚くユーマ。

「おおっ?!一撃だったぞ?」

「不意打ちだったからな」

座った達仁、このぐらい日常茶飯事といわんばかりの冷め。

「それでも階級上だぜ?」

対照的に興奮するユーマ。

「…ん〜俺も一回出てみよっかなっ?自分の才能を試すっ」

やる気なユーマ。

「明日出れるか聞いてこよっ」

「おいっ、こいつ置いてくなよ」

聞く耳持たず去るユーマ。

失神する男が床に放置されている。

仕方なく。

「おい…起きろっ」

チンピラの頬を叩き、起こす。

「ん…っ」

目覚めるチンピラ。

「おい、お前今失神させられてたの分かるか?何の技でヤられたかも分かるんないだろ?だから、絶対敵わないんだから、もう絡んでくるなよ。それに弟分とは反則無しでマトモに試合したの…ん?お前ら地下は初めてなのか…」

まだ意識朦朧としながらも達仁の言葉を聞く男。

意味は分かるが、体がまだ重い状態。

そこに駆ける音。勢いよくドアが開けられ。

「タツー!…ああこの人どうすんの?メンドクサイ」

「俺も面倒臭いよ、代わりに脅しといたぞ」

目だけ動かすチンピラに見られるユーマ。

「今コイツ起き上がれないの?」

「だから今ならプロレス技かけ放題だぞ」

「ひいっ!やめてくれ〜」

ジタバタ暴れ出す男。

「この人と明日試合になったらどうしよ?」

「知らん…今の内に背骨でもバキッとやっとけばいいんじゃないか?」

「やめろやめろっ」

頭を抑えてなんとか自力でフラフラと立ち上がる男。

「降参するから帰してくれよ」

「えっ、自分が喧嘩売りに来たんでしょ?」

「悠真…今はドSモードはいいから…明日の試合の為の作戦練るぞ」

「あー…じゃあさよなら」

達仁の言うことなら大人しく聞く悠真。

「くっそぉ」

大分回復し、マトモな足取りで去る男。

替わって笹田が入ってくる。

「明日やんだって?」

「あぁ」

「どっちに賭けよっかな〜?体見せてよ」

実は筋肉量多いか確かめたい笹田。

「やだよ…めんどい」

「俺に賭けろとはツッコまないのね」

笹田と違い、真剣に悠真が勝つための作戦を練る達仁。

「悠真、初戦なんだし、防御一辺倒でスタミナ切れを狙え…ってのが表の作戦」

裏とは。

「悠真…お前なら頭飛んで、常時火事場のバカ力出るかもな?」

「…負けても失望しないでよ?」

「お前、強いの?」

「いや、達仁のスパー相手やってるけどさ、今は。…だからこそ分かる、勝てないって、俺に才能無いって…不良くらいには勝てるけど」

お遊びで一度出てみる悠真。

格闘技話を続ける三人。

そこへスタッフが近づいて来る。

「えっ?今日?いきなり今から?」

ビビって逃げた奴が出たらしい。

「えっ、準備運動ぐらいはしていい?」

前日オファーならぬ10分前オファー。

「おー、今日早く帰ろうと思ってたけどよぉ、お前の試合見てから帰るわ」

「肩書きは400回自殺未遂の男とかで…」


ストレッチしながら。

「試合前ってどんな気分?」

「別に…社会で生きることよりマシだ。それに…復讐の方がよっぽど勇気要るだろ?」

「ははっ」


空いた会場。

適当な場所に座る笹田。足組んで観戦。

怪我もしなさそうなユーマの対戦相手のオーラの無さ…にリラックスどころか、適当に観る面々。

試合中。アドバイス送るわけでもなく、客席の方からボーッと見つめる達仁。

と、そこへ…。

「達仁くん?なに考えてるの?」

ハルカが隣りに座ってくる。

「…色々」

「調子悪いの?」

「ストレスこそ万病の元、だからいつも調子悪いよ」

「悠真くんが言ってたけど、毎日叫んで起きるって」

「自分が自分に見せる悪夢だから、神経に直結してるから逃げられない…分かるか?」

「…ん〜…」

「どれだけ格闘してヘトヘトになっても、衝動を逃がしても…だから試合で頭打たれるくらいでいい」

「死んだらどうするの」

「それでも悪夢からは解放される」

「…言っちゃあなんだけど…心弱いんだよね?」

「…そうだよ、いくら言葉で取り繕っても…心が雑魚だっただけ、人と比べて」


リング上。

今迄だらだらクリンチし合っていた、しがみつきあってた緊張感の無い試合。

だからこそお喋りしてたわけだかが、ここで急激に試合は動く。

「あっ……やられてるよ?…なんか見てられない」

ハルカと違い、悠真を気遣わない冷めた達仁。

「それは見た目中性的な10代だからか?」

「うん…それに危ういし」

視線はリングから逸らさず受け答えするハルカ。

「なんか母性本能みたいなこと言うな…」

「なんか、必死なかんじが…ただ生きるのに必死な…」

悠真の身の上話を聞いているハルカは余計そう感じる。

「普段フザケてて物憂げなとこは他人には見えないけどな…」

「えっと、アドバイスとか送ってあげないの?」

「もーそろそろ、インターバルだから、その時に」

「…」

真剣な表情で試合を見守るハルカ。

カーンッ!ゴングの音が鳴る。

「はぁっ…はあっ…おいおい、どうしよう」

ゆっくり自陣へ戻る悠真。初試合でスタミナの切れが早い。

達仁が駆けて来る。

「ああ…タツ…」

「やる気スイッチ入ってなくて。スパーぐらいの気持ちで行っただろ?」

「あ〜…アドレナリン出てないのかなぁ…」

いきなり決まった試合。特に相手に恨みがあるわけでもなく気合いの入っていない悠真。

「…相手をな…憎い相手だと思い込めばいいぞ」

「ん〜?…うん」

「殺意を無理矢理引っ張ってきたら、勝手に集中もついてくるから」

息を整えながら聞く悠真。

「というか、相手も攻め疲れでスタミナ切れてるから、強打で滅多打ちにしろ」

「というか、試合中一切指示してくれなかっよね?俺、帰っちゃったと思ってさ」

試合中に余所見などしてる暇はない。目の前の相手だけ見ながらネガティブになっていた悠真。

「余計な事考え過ぎだ…。前も言ったけど、相手と自分だけの二人だけの殺し合いの世界と思ったら気分もノッてくるから」

非日常漬けの格闘家。それでも試合に慣れることはなく、狂える。

「なんか今日は技術的なこと一切言わないのな」

「だって二人とも、そのレベルじゃないし」

「ああ〜、そんなに不恰好?」

それとラウンド制になった今回の試合を説明する達仁。リアリストだからこそ、隠すことなく説明する。

悠真はそれでも傷付くことなく、しっかり説明してくれる達仁に好意を抱いている。

理由なく、怒られてきた人生の中で、きちんと理由などを順序立てて説明してくれる達仁。理不尽なことはしない達仁。

理由なき矯正をしてくる教師。

意味無き折檻をしてくる父親。

「負けても失うものないだろ?」

「それって発破の方か諦めの方かどっちの意味よ」

レフリーがリング中央へ、そして両選手へ。

「はいはい2R始めるよー」

「あの…そのノリで脱力するんだけど」

アノアの演出無しのテキトーな消化試合の時は、レフリー役もおざなりな対応。

「くっそ、俺って前座の色物枠で出されてたのかよ、今気付いた、

入場も無かったし、客もいないけどさ〜」

グダグダ言う悠真。全く緊張感のない試合。

達仁の試合も終わり、早々に帰って言った客。まばらな席の埋まり。よっぽと暇な人だけが、このフリークショーを楽しんでる状態。


客席に戻る達仁。

知り合いを見つけていつの間にかハルカの隣りに移動していた笹田。

「ラウンド制にされたのは、スタミナ無さそうな二人の膠着はきついから休ませてまた打ち合わす為だぞ」

客席でボソリと呟く達仁。

「あ〜そうだったんだ?」

ハルカを挟んだ反対側の席で笹田だ返答。

「相変わらず、裏読みしてんな〜」

「というか勝てそうなの?」

心配そうなハルカの声色。

「格闘技•喧嘩は一発があるから予想はできない」

「えっ?でも復讐の時に、折ったりして強かったんだよね?」

笹田に聞かれないように耳元で囁くハルカ。

「素人同士なんて、気迫で決まるくらいしょぼい闘いだから、判断できない」

「おーいっ悠真ー!女の人も見てるぞー頑張れよー」

クリンチ状態で落ち着いていた悠 真が笹田の声援を冷静に聞き取る。

「あぁ…三人の知り合いに見られてんのか、今…」

横目でチラリと客席を見る。

「格好良いとこ見せたいけどな…こいつのしがみつきウゼエ」

引き剥がそうと力む悠真。

「あー…こんな試合じゃ、次はもう呼ばれないな…」

知り合いの応援という状況でも飽きがきた笹田。

「悠真は格闘自体には取り憑かれてないから、どちらにせよもう出ないだろ」

自由を脅かされない限り、結局冷めで動かない悠真。

自分に反する奴らとの喧嘩でもない限り。

今日で格闘技に全く向いてないことが分かった達仁。

絶対にブチのめしたい奴がいて闘う喧嘩。知らない相手といきなり闘うスポーツ格闘技。

のめり込んで前のめりになるでもなく、だらけて観戦する二人。

「ねぇ二人共、なんでそんなに冷めてるの?」

一人で熱心に試合の行く末を見守るハルカ。

「あーやっぱ、女の人はのめりこんで見るよな〜」

「やる側はこんなもんなんだよ…効いてるのと効いてない打撃の判別も出来るしな」

温度差の激しい面々。

「ん…達仁君はもうちょっと男っぽくて、体も大っきいから、悲壮感無いんだけどね…」

「ライターさん、30代のムサイおっさんの俺は殴られても平気なんだ?ヒデー。記者さん20代でしょ?しゃーねーか」

「子供がおっさんと闘ってるから余計思うんじゃないか?」

「くっかか…見たかんじ確かにそうだな、TVじゃ放送出来ねーか、若者が圧倒してたら売りになるけどなっ」

二人に挟まれ、頭上を言葉が行き交うハルカ。もう言葉は入ってこず…。

「悠真くーんっ!」

「…声届いてんのかね?俺だったら派手な技狙っちまうわ…知り合いが来てたら」

ダベったり、声援送ったり…。

とうとう試合は動く…。

疲れきった相手の入り際、首を抱えこみフロントチョーク。

タイトに締まり、対戦相手はタップ。

「はいはい終わりねー、別れてっ」

レフリーが一応、声かけに来る。

「あー勝ったかんじしねぇ」

結局、集中もスイッチも入らず、駄試合を見せてしまった悠真。

「あー試合が動いたと思ったら、あっさりフロントで終わりか〜…ん?そういえば?」

ハルカを見やる笹田。

無闇に叫んだりせず、ホッと落ち着き、胸に手を当てているハルカ。

「あの調子だと怪我はしてないと思うよ?」

優しい声をかける笹田。

「…ありがとう」

席を立つ一同。

「さっ、控え室で歓迎してやるかっ」

控え室へ向かう途中の廊下。

「あのフロントチョークってスパーで教えてたのか?」

「あぁ…昔から今でも意表をつける絞め技だからな、でもタイトさはきっちり教え込んだ」

「あれはやってる奴の締め具合だったもんな」

控え室の扉を開く。

ガチャッ。

「ん?もう居たのか?って暗ぇな」

タオルを被って顔を伏せている悠真。

「ああ、だってビミョーな試合だったから」

消沈気味。

「一本勝ち出来たんだから喜べよ」

笹田の後ろからハルカが歩み寄る。

「おめでとー…月並みなことしか言えないけど…」

「あっ、ありがとハルカさん」

タオルの隙間からチラリと作り笑顔を見せる悠真。

「もうちょっと話したかったけど、私はもう行かなきゃいけないからっ、じゃあねっ」

立ち去るハルカ。

見送る悠真。

「…俺が長ーい試合したから、慌てて帰っちゃったね」

「もっと話したかったら、秒殺するんだったな」

「強くなれるように、ドーピングでもするかっ?悠真っ」

肩をバシバシ叩き、軽口を叩く笹田。

「ドーピングっていう反則やって一位になれなかった時の恥ずかしさを考えたら…俺だったら自殺するかなー…でも使いさえすれば俺も一位なんだって吹く奴もいるよなー」

「見世物になってどうだった?」

次いで達仁が質問する。

「会社員みたいに、人間に無理矢理調教されて、芸をするぐらいだったら、試合を選ぶけど…達仁がやってることって…」

達仁が答える。

「観客の見世物にはなってるけど、人間に調教されることなく闘って死ぬ。自分の力で闘ってるからまだ誇りがある。芸をさせられるくらいなら、自ら死を選ぶ…ってか?」

「普通の仕事するくらいだったら、ギャンブラーかヤクザか格闘家か」

「まぁ、そう言ってられんのも、若いから…だけどな」

年長者の笹田が自分自身にも戒めるように言い放つ。

「なんだよ、もう衰え感じてんのかよっ」

「俺だってな、好きに生きて行きたいよ…でも30代になったら分かるんだよ。どれだけ強がっても老衰する。むかつく奴に喧嘩売られようが、やっと就けた底辺の職場で自分より若い上司に偉そうにされようが、今みたいに、やるときゃやってやるよっ…て言えなくなる未来が想像できんだよ…」

「…だから自殺すんだろうが…」

ボソリと呟く達仁。

情熱も若さも体力も無くなって、忌み嫌う人間に、すり減らされ、こき使われ、それでも自分の力で立てなくなる、将来、老いた自分。

そこから逃れるために…。


一番前の見えていない10代の悠真は。

「おいおい、俺の勝利祝いの席じゃなかったのかよ?二人して押し黙っちゃってさ」

「お祝いどころか、飲み物すらもねーだろーがっ」

「っていうか、俺も帰るんだったわ、じゃなっ」


笹田と別れた後。

「これが物語だったら、俺を虐めてた奴らがアノアに選手として来て、今日闘ってたんだろうな…」

気だるげな悠真。

「というか、もう復讐したろ?」

自分も座る達仁。

「駄試合…。守る者がないトンパチ。いきなり殺し合いになっても行き着くとこまで行く悠真…と思ってたんだけどな」

「路上だったら、むかつく不良だったら、本当に障害負わしてもいいけどさ。周りに観客がいる状態で、近くにレフリーも居てさ…。達仁はそれだけ…入り込む…って、ことなんだよな」

「そんな奴は素人に居ない…だからこそ悠真はなれると思ったけどな…守る者いないイカレ。っていうか、守る者がいるから死ねるカミカゼとか、国や宗教の為に死ねる奴らもいるか…」

「国とか宗教が何してくれたってんだろうね?自分の命軽くして、自分が自分を殺しちゃってるじゃん」

「それは…奪われるくらいなら特攻して死ぬってのが神風だよ」

「いや、宗教の方だよ。宗教が結局自分を殺してるじゃん、コマとして使われて…まぁ、特攻の方は意味わかるけど…ってその特攻って…」

個人に復讐した悠真。

人間自体を憎んで復讐しようとする達仁。

(俺は数人に復讐した。でも達仁は…)

社会に、もっと多くの人間にトラウマを植え付けたい。死生観というものを本当に見せたい。死から逃げてる一般人に、考えることや思想を植え付けたい。

逆恨み。他人に見せつける。人の日常•幸せを壊しにかかる歪んだ情熱。

コンクールの賞すらも、持ってない何も持ってない達仁。

弟子とか子供に託すもの…そういう事しないで、自分でやって、自分自身で止める。自分しかやってくれる人はいない。


今の時代は全員一緒。少し貧乏なくらいで、ネット時代で統一さやた世の中。

晒しの意味と、ネットのせいで出尽くしたという二つの意味で。

いきなり土下座してプロレスラーにして下さいと、上京するような、独特の価値観もなく、現代の闇も無い。

言葉でも平和でもなく、インターネットというもので統一された時代。

そこを超えて逆戻りする達仁。

「五体満足のくせに贅沢だって言われんだろな…そこまで精神がヤられて病んでる状態。そもそも病気になったら、安楽死したい側の人間もいるのに。それの精神版…んなもん普通の奴らには分かんないんだろうけどな…」

「その「普通の奴らには分からん」ってセリフ。有名人が言ったら上の者の自慢かっ!てなるけど、達仁が言ってるのは下の者が言ってるセリフだからな」

「ま、物語でも、読解力云々ではなく、心の闇が普通の人にあるわけないんだから、憂い•物悲しさのテキストを理解出来ない。そこは素通りで話全体の流れのレビューしかない。まぁそもそも、文章で表現出来るものでもないけど」

「なんかで読んだけど、トラウマ持ちじゃない普通の人でも」


一度病気になって弱者になって、人に甘えた後分かる。またずっと擦り減らす日々。一人身ならある程度の蓄えでゆっくりしてもいいが、圧力かけられ結婚子供でまたお金。休まる時が無い。現代人は甘えられない。だからリフレ•メイド•キャバなとで体じゃなくて心を癒す。

家族しか優しくしてくれない。家族すら作れない時代なのに。

「ってさ」

「心の闇じゃなくて、社会が厳しいって話だな…」


ある日。

駅構内で落ちたヤンキーぽい男を救った達仁。

感謝後去って行く男。

達仁は悠真に振り返り。

「一人でも救えたんなら意味がある気がする」

それを聞いて冷たい目を見せる悠真。

「あんなヤンキーガキっぽい奴、すぐ感謝なんで忘れてのうのうと生きるのに?」

「そんなこと言われても結局自己満足だろ?…役に立てて良かったよ…一度でも…自己否定し続けて来た人生だから」

腑に落ちない悠真だが。

「誰のことも救わず、変えず死ぬ、意味無き人生って言われるからか?じゃあまぁ、良かったんじゃない?」




ある日…。

「あ〜やべ〜俺まで興奮しちまってる」

ソワソワする悠真。

「早く早くっ」

タトゥースタジオ前。

達仁のタトゥー完成日。

「俺の中の神様…」

恍惚の表情を浮かべるユーマ。

ガチャ…バタン…。

そこへ普段通り、落ち着いた達仁が…。

大袈裟なリアクションを取る悠真。

「ああ…土下座できるレベル」

そこにいた達仁の顔面には、赤色で入れられた、血の涙をイメージしたタトゥー。

左目下に涙溜まり…そして頬へ落ちてゆく一筋の涙…。

決して派手ではなく、暗がりでは判別出来ない程だが、他人に対する憎悪が感じられるモノ。

オシャレ目的で入れたトライバルタトゥーなどでもなく、和彫りでもなく。


「達仁っ!あれだなっ!涙って透明じゃんっ?でもこれは見える…女がメイクしてる状態で泣いた時みたいに、血の涙がハッキリ見えるよ」

顔を近づけて楽しそうに観察する悠真。

「一筋の涙だけだったら軽い傷と思われるし、ちゃんと涙が溢れかえって目の下に溜まってて、先は水滴状に膨らんで…イケてるよ」

はしゃぐユーマ、だが達仁は冷静に。

「自分じゃ鏡見ない限り変わらないからな…それに入れたばっかで慣れてないし、余計平常通りだよ」

広範囲に入れられたわけでもなく、彫る時間も金額も少なく済み、試合間隔が空くことなく…。

「普段から格闘技でスリ傷とかしてるから全然痛みを感じない…」

「そうだよな…肘で(試合中相手の肘攻撃)切られたら何針も縫わなきゃいけないけど、それに比べたら確かにかすり傷程度かも」

日常通り会話をする狂人二人。

「珍しい顔面タトゥー…たとえ外国人でも」

「これならギャラも上げてもらえるんじゃない?」

「まさしく見世物ファイトだけどな」

「でもやっぱこの状態だとスミの周り盛り上がってて痛々しいしさ、まだ試合しない方がいいんじゃない?」

「そうだな、今日も休むか」

再度覗き込むユーマ。

「これ目元に入ってるからマスクじゃ隠せないね…」

「ビジュアルバンドのパンダメイクみたいな、目の周りの青タンみたいな…」

「犯罪したら絶対逃げ切れないな」

談笑する二人。だが内容はマトモじゃない。

「いや〜俺はデザイン知ってたからそこまで興奮しなかったけどさ…初めていきなり目の前に現れたら…」

「これでも否定されるぞ俺は…「ちょっとした線が入ってるだけ、もっと大っきい顔面タトゥー入れろよ」って」

「あ〜…自分は入れることも出来ないくせにな…」

「他人には100を求めるから。全部埋まってない、しょぼいってな」

「いやっ、実際もう喧嘩売られないだろ…とうとうマトモじゃないのが可視化できるようになったんだから」

「いや…右側面は同じままだし…」

「右の横顔だけ見たら一般人、左側面は…」

「これどうだ?内面が外に、見た目に反映されてるか?」

「ああ…泣いてるんだね…成人男性が…いい年して恥ずかし〜とか周りに言われそう」

「それを言われた俺の反応も含めて」

狂人達のバカ話は続く…。



カタギに戻る、元ヤクザなんて腐る程いる。何が覚悟なのか?隠せる背中にだけ入れて、何が渡世との決別。

すぐ戻れる。それどころかビジネスヤクザという普通の仕事をする始末。それが出来るなら一般企業に行けばいい。

結局狂わない。派閥間のしがらみ、暴対法。芸能界•イベントの取り仕切りで潤う、ただの上流。

暴力なんてどこにもない暴力団。既得権益を守って吸い上げてるだけ。

「その暴力を使って暗殺とかイかれたことして、革命とか起こしてくれたら面白いのに」

独り言を吐く悠真。

どうせこんな世界なのだから無茶苦茶になってもいいと思っている。



自分が他人に何言われてもいいから「自分のやりたい事する!」で入れたはずのタトゥー。

それを「タトゥーぐらいでとやかく言うな!プール使わせろ!将来変な目で見るな!」とゴネる者。

好きなことは押し通してするけど「その自分を甘やかしてね?」と覚悟なく入れるしょぼい連中が、認めない周りの器の小ささが悪と喚く。

見た目だけの問題にしても、格闘家•音楽家は何も言われない。

ちゃんと一般人の仕事から飛び出した職業をしているから、一般人と違って似合っているから。一般人がタトゥー入れたところで、結局普通の仕事をしているとうダサい落差。

だから有名人になれば許されるのに、ならない。文句言って周りを叩くタトゥー一般人。


とは言っても結局叩かれる格闘家。

とはいえ、叩く側は「年取った後悲惨」としか言えない。

タトゥー入れてド派手に試合した格闘家に将来のことしか言えない一般人。

その時輝きまくった思い出、いつまでも愛される有名人。

年取った後もどうでもいい存在のままの一般人。でも、年取ったら自分が上になれるらしい。自分のたるんだ身体は悲惨じゃないらしい。


翌日…控え室。

笹田が入ってくる。

「よぉ…お二人さん達」

「…」

「…」

押し黙っている二人。

「…?どーした?」

「いやぁ、やっぱり気付かれないか、ってさ…まぁTVに出たらカメラマンが勝手にズームで撮ってくれるんだろうからいいけどさ…なっ?達仁」

「あ?TV?」

訝しげな目で二人を見る笹田。

「んっ?お前いつ切り裂かれたんだよ、ほらっ左の頬から目の下」

笹田の反応を確認するユーマ。

「ふむ…こりゃ〜赤髪とかの方がよっぽど目立つんだなぁ」

「ん?何よこれ、タトゥーシールか?こんなんするタイプじゃねーだろお前」

達仁のタトゥーをなぞってみせるユーマ。

「これって一生消えない…一生消えないって言ったら心の傷みたいだな…うん…心の傷、おかしさを可視化したものだよってかこれタトゥー」

目を丸くする笹田。

「…」

「…あ〜よ〜やく分かったよ…本当にカメラの前で自殺するんだな…お前は…」

「えっ今迄信じてなかったの?」

「そりゃそーだろ、そもそもデビュー予定も無いんだし…イかれてるのは分かったてたけど、本当にシャバとオサラバすんだな」

まじまじと見つめてくる笹田。

「…不良じゃなくて、目的があるお前が入れたんだから…本当に気の迷いじゃないんだろうな」

「これが覚悟ってやつだよ。途中で日和ったりしない、本当に恋愛も結婚もせず、世界を拒絶する為に…なぁ…でもさ…顔面タトゥーまでしなきゃ、声を聞いてもらえないってのも哀しいもんだよ…」

「顔面タトゥーキャラでTVに出れるかもって?」

「…ただ自殺するだけじゃ駄目で、タトゥーまで入れてインパクトを作らないとすぐ忘れさられる…」

「あーあのさ、それなら関連付けすればよかったね…トイレのマークのタトゥーにしてさ…トイレ行く度、マーク見る度、ああ…社会派気取りの自殺した奴いたな…って思い出させるの…」

流石に困惑する笹田。

「…お前ら…正気か?…ってこれ聞くまでもないけどっ!流石にそこまでの色物キャラはやめとけよ」

「笹田もワンポイント入れたら?ほくろサイズの」

のん気なセリフに脱力する笹田。

「お前らのことは一生忘れないだろうよ…」

「それがTVの前の皆さんにも思ってもらえたらな…」

「超有名人になってから入れるんじゃなくて、無名の時に入れる…凄い退路の断ち方だよなっ…つっても死ぬからこの尺度では測れないか」

振り向き。

「悠真、お前は入れねーのかよ?」

「あぁ…俺は無気力な冷めた若者だから、そこまでして入れない」

「あーそ…」

また脱力。

「そーいう、いなすような気分屋なとこあるよなお前」

ダラダラだべる一同。

そこへ、突然のノック。

コンコン…。

「あーハルカさん?」

ガチャッ。

「なんで分かったんだよ」

「誰もノックしないじゃん、ここ」

「おーん…」

「…」

「…」

「…」

「どうしたの?」

男共の珍しい沈黙シーンに戸惑うハルカ。

「やっぱ気づきにくいよなっ」

「ん?」

悠真を観察するも何も見つからない。

「俺じゃなくって達仁がさぁ、タトゥー入れたんだよ。体内に」

視線を移動させるとそこには、血の涙を流した達仁の姿が。

「えっ止血せず、お喋りしてたの?」

「ガッハハ、そういう反応もあんのかよっ」

「…涙?」

「…」

真意を推し量ろうとし、思案を始めるハルカ。

「いやー女性はこういう反応なんじゃない?」

反応の薄く見えるハルカを気遣う笹田。

「だってあれだろ?海外にはチェーンを埋め込んでドレッドヘアーぽくするような奴も、鼻ピアスの奴もいるし、これ軽い方じゃない?」

聞いてもいないハルカが口を開く。

「なんでここまでしたの?」

達仁は視線を合わさず。

「別に…ただ有名人になりたいだけだよ」

ジッと見つめてくるハルカ。

「自分の未来を奪ってまで?」

「ん?」

不思議そうな笹田へ耳打ちするユーマ。

「ハルカさんって女性だし、記者だし、自殺のことは黙ってんの…ってかお前だけ知ってる…けどこんなヨタ話誰も信じないからたまたま気分でお前に教えただけだけど、一応黙ってて」

「おー」

空返事。

「なんだよ?」

「俺、嘘下手だし、口数少なくしとくけどさ、どーせ信じないならいーんじゃないの?」

のん気な返事を吐く笹田。

この男もだんだん感覚がマヒしてきていた。

「いやっ、それがさっ、ハルカさんとは色んな話もしたし、多分信じるんだよね…」

少し離れた所で小さな声で話す二人。

「んじゃーなによ?若者二人が地下で闘ってるけどTVで有名になる為だけに…って?」

「いや、一応世間に伝えたいことがあるって…かんじ」

軽く言葉を交わし合ってる遥と達仁。

話を変える為に無理矢理二人の間に入ってゆくユーマ。

「ハルカさん…俺ってさぁ…ぶっ飛んだ人が好きなのよっ」

笑顔を見せるユーマ。

それをハルカは冷静に…。

「こんな逸脱してまで?」

(うっわ、真顔じゃん…でもそれぐらい想ってくれてるのかなぁ、俺たちのこと…出来の悪い弟ぐらいには)

女性に弱い悠真。

どう言っていいのか分からず。達仁に振り向く。

達仁の顔を見ると余計なことがふっ飛ぶユーマ。目をキラキラさせ。

「お前についてて本当に良かったっ」

子供のようにはしゃぐ。

「大好き大好きっ」

跳びはねる。

それを見て、はぁっ…と溜め息を吐くハルカ。

「悠真くん…君、達仁くんのこと芸能人でも見るような目で見てるよ」

「だって顔面タトゥーはやっぱ凄いじゃんっ」

またはしゃぐユーマ。

(ふぅっ…でも悠真くんは無責任に表面上だけ褒めてるんじゃないいから…信奉する人と一緒に居れて…)

「付き人…」

ボソッとハルカが呟く。

「えっ?それって俺のこと?でも…無名人だよこの人」

ポンっと達仁の肩を叩くユーマ。

離れた所で見つめる笹田。

(死に向かう無名人か…殺されたり、犯罪者になったら誰でも有名人に一瞬はなれるが…自分を殺す…か、成功すんのかね?)

ヤクザよりもまだ覚悟のある、本当の意味で社会との決別。戻ることの出来ない。


「おうっ」

「ども…」

須賀と通路ですれ違う達仁。

「ん?それなんだ?」

自分の顔左側面を指差す須賀。

「タトゥーですよ」

驚きを隠しえない須賀。

「なんで…入れた?」

「顔に広告タトゥーでも居れて人間広告として生きるぐらいしか価値がないと言われたんです…」

本当に理解できず…。

「そう…か…じゃな…」

深入りせず去る須賀。

横に居た悠真が。

「くっく…血の涙の広告ってなんだよ?どんな企業だよ?俺が入れるんだったら0円の値札タトゥーかな」

周りの者も手に負えない…じゃな く、気味の悪いものを見る目で見てくる…。

軽口じゃなく、本当にするイカレが居る…と…。

連勝中でこのままプロにもなれそうな達仁に媚び売って、「俺らこんなとこいんだから仲間だろ?」と擦り寄って来ていた連中も顔面タトゥーを見て、「やっぱり俺ら貧乏でも普通の仕事して生きていくわ…」と離れてゆく。

そのことを気にも留めない達仁。

唯一の取り巻きのユーマ。

ただ喋っているだけの、友達ではないんだろうという認識をされている笹田。

仲間のいない、賛同してくれる者のいない…異常者。


その後も普通に試合をこなしていく達仁。


別にクスリの取り引きなど危ない事はしていないアノア周辺。

ちょっとツテがあれば観戦しに行ける。

怖い先輩にアノアに連れて行ってもらえた不良。

達仁の元同級生。

だらだら不良同士でつるみ今日も人の噂話でヒマを潰す。

「綾瀬かぁ?見に行ったけどよぉ…顔面タトゥー入れてんだ」

「マジッ?!」

「顔にしか入れてねーんだよ…ファッションじゃないって」

「はぁ?」

「あいつイかれてんだ。俺らとはそもそも違う。冷めた目で見られた。俺らのことバカにしてんだ…悪ぶってるだけで将来普通の仕事して結婚するパンピーだって」

「いやそりゃやばいっしょ、社会復帰出来ないじゃん、隠すこともできねーじゃん…俺は怖いから見に行かないわ、絡まれたらヤバイじゃん…っていうかヤクザよりヤバイじゃんっ、お前もう見に行かない方がいいんじゃね?」

「あーそだなぁ…最初は俺のこと覚えてなかったけど、ダントツでヤバかった。格闘技はやっぱTVのでいいわ」

「顔しか入れてないって、裸で

闘ってるから分かったんだろ?マッチョだった?」

「いやっそこまでは」

「お前が見に行けたのって知り合いにヤクザいたからだろ?その人はインテリヤクザ?」

「そうそう、インテリヤクザの時代に、逆行するアヤセって不気味だったよ」

「生き急いで地下なんかでやって何が楽しいんだろうな?」

「俺も思ったよ、こいつ何の為に生きてんだ?って…だから余計俺はもっと女遊びしたいと思った」

「ギャハハッ、反面教師ってやつ?もっと合コン回数増やそーぜっ」




某日。

「須賀さんが佐原獲得したってさ」

地下中を噂が駆け巡る。

向かい合う達仁と悠真。

「タツヒト…とうとう来たな…都落ち。てか、もし運悪く来なかったらどうしてたんだよ?」

「究極、来なくてもい〜んだけどな、俺がずっと裏取りしてることがあるから…」

「ん?」

(俺の力借りなくてもいける程度のことだから別に言わなかったのかな…)

達仁の顔色を伺う悠真。

「それ…俺も知ってていいやつ?」

「ここじゃ駄目だ、家で教える」「うん」

プロに勝った程度では売りが弱いことは分かってる達仁はある事をずっと探っている。

「とはいってもやっぱ元プロかプロに勝てるレベルじゃないとTV前で負けたら終わりだし…プロがどれほどのものか分かるから、まぁ、待ってたんだけどな」

「佐原…か…」

神妙な顔つきの悠真。

悠真が不安を抱え、手放しに喜べない佐原。

メジャー団体、TVに出るレベルの現役プロ。

都落ちした、地下落ちした理由は反則が多いゆえ。

といっても悪質な反則ではなく。ルールによって肘アリ•ナシ。グラウンド状態のヒザ有り•無し。頭突きの有無など複雑な総合格闘技のルール。

選手は咄嗟に出してしまうもの。

団体によって異なり、本能で出てしまった程度ではイエローカードの処置ぐらいで続行されるもの。

佐原は色んな団体で試合する風来坊。

色んな団体で試合する度に禁止技をつい出してしまう佐原。

逆に言えばそこまでの動物的本能で闘える数少ない獰猛な日本人選手なのだが…。

重なりきった上に、TV放映時の試合でサッカーボールキックを出してしまい、相手を流血させ、ヒドイ絵面が撮れてしまった。

もう主催者もかばえず、無期限出場停止処分を受ける。

TVで見る度に、決して悪質な目潰し•凶器などではないが、なにか禁止された技を使って注意されてる選手というイメージを強くもたれる佐原。

一年半程試合をしていないが、停止を受けているだけの、実力が落ちてクビになって地下に都落ちした今までの元プロとはわけが違う“現役プロ“。

流石に血が騒ぎ、試合がしたくなったのか地下アノアに応じやって来る。

達仁と同じウェルター級。達仁は連勝中のアノアきっての実力者なので試合が組まれる可能性が高い。

「階級一緒なのは運が良かったな。一階級上ぐらいだったら、プロのレベルを知る為にやってたけど…」

「このレベルの選手に勝てんの?勝てるんだったらもっと早くTV出れる実力だったってことじゃないの?」

「まぁ、TVだからって必ずしも高レベルってわけじゃないし…同レベルの選手同士で試合組まれるけど、ここまで来たら強くなりたい、強い自分を見せてから死ぬ…その方がカッコつくし、目に止めてもらえるから…ってのもあってずっと居たんだよ」

「そだね…強い、選ばれし者じゃないと、意見聞いてくれないからね…誰も…」

所詮日本人はフィジカルが弱く、荒々しくもない人種。

テクニックはあるが、アマチュア•新人プロ•中堅プロは海外と比べてそこまで強くなく、平均身長の問題もあり、軽量級が一番多い。

豊かでハングリーさもなく…だから、最初期はTVに出てある程度の選手に勝った後死ぬつもりだった達仁。

かといって決して舐めている訳でもなく、真剣に努力していたが。

(中量級である為、選手層の薄い部分の穴埋めの為、出易いとは思っていた)

本当に強い者が突然人生を捨てるという内容の為、ずっと試合し続け強くなっていった達仁。

格闘の興奮•麻薬に魅せられている部分もある。

「で?どうなの?」

「一年半のブランクとルールの違い、気合いでなんとかする…」

確実に勝てるとは吹かないリアリスト。


翌日。

控え室へ須賀が直々にやって来た。

達仁の肩をポンと叩き。

「7日後、佐原とやってくれよ」

ただそれだけを言い残し去る須賀。

プロの格闘家と真剣勝負。

達仁よりも悠真の方が緊張していた。



佐原戦決定の翌朝。

「今日は図書館へ行くぞ」

「はぁっ!?プロとの試合前に?」

「行ったことないのか?」

「そりゃそーだろ、マジメ君じゃあるまいし」

「面白いから、行くぞ」

朝から図書館へ向かう平和的な二人。

国立図書館に着く。

「うんっ、デッケーね」

「司書さんを怖がらせちまうからマスクしよ」

「隠すんじゃなくて気配りね?アハハ」

「善良な市民への配慮」

中に入って行く。

スポーツコーナーへ案内する達仁。

「ほらっ」

「栄養学も技術論もあんじゃん…つーかこの場所来る前にチラッと見たけどさ…お堅い本しかないと

思ってたっ!ヤベー、ここで時間潰せんじゃん…タダで…だって娯楽物があるから、つーか普通に漫画もあんのな」

「悠真と出会ってからは来てなかっただけで、ここで散々格闘技の情報入手してたから」

「今日は何探しに来たの?」

「それがな…雑誌の一部とかは奥に置いてあんだ…司書さんにパソコンから予約した紙持って行って十五分程待って受付窓口で手渡し。持ち帰り借りることは出来ない」

「面倒臭そーだなそれ…」

その後お目当ての雑誌を受け取り、奥まった場所で静かに読む。

佐原戦の傾向と対策を練る為に雑誌のバックナンバーを用意した達仁。

昔のインタビューから何かを得る。

理由は、地下というお客さんに対してアピールしなくていい試合で硬く行くのか派手に行くのか、昔ケンカ屋で頭突きなんかも使えるのか、ということを探る為。

後は最近忙しくて来れなかったから単純に読みに来た。

格闘技雑誌にはプロレスなどと違って技術論が載ってある。立ち技•寝技のコツをプロが細かく解説するコーナー。それを吸収する。

トレーニング雑誌で最新の筋トレ方法、減量方法、サプリ紹介なども確認する。

ジムに所属していない独学派の達仁。

「なんかここに来たら、今までお金をムダにしてたって気になるんだけど」

「ここのおかげで少しでも節約出来てお前も養えるんだぞ」

「感謝するよっ、国にっ」


夕方になり帰る二人。

夜、ハルカの編集部へ電話してみる悠真。

実際に働いてるのかを確認する。

「いるってさ」

小声で「俺はハルカさんが嘘ついてるとは思ってなかったけど」と達仁へ囁く。

「あ〜代わってもらえますか?匿名希望なんですけど」

取り次がれる。

「あ〜ども、ハルカさん…いや、特に用はないけど…次アノアでプロとの対戦が決まったから…それだけっ、じゃあね」

答えるより早く切る。

達仁と向き合う。すると。

「脅す時に記者の知り合いいるぞって言える…一々ライターの名前なんか知らんし、もし会社に在籍してるか確認取られてもOK」

「でも危険なんじゃ?女の人だし」

真っ当に女性の心配をする悠真。

「ならハッタリだけでいーよ。それか他のライターの名前教えてもらってもいいし」

一番平和な一日が終わる。



試合当日。

「流石にカタクいくぞ」

「判定狙いとまではいかないけど?」

「ああ…ユーマ、説明しとく」


秒殺が一番怖い。他のスポーツにはない逆転•一発死。

見る側だとただ面白くていいけど、出し切る前に運悪くヤラれる歯がゆさ。

周りにも思いっきりバカにされる負け。

「やる側だときっついんだよな…どれだけ相手を見ようが、調子が良かろうが、意識がトブ時はトブ」

逆に、全局面追い込まれ手も足も出ず、技術力•才能に差があるのを見せつけられた上での、判定負けは有無を言わさぬ、言い訳の出来ない完敗。

「次やれば勝てる」とか言えないもの。

「判定で完敗は他スポーツでいう50対0点とかかな」

負け側が、点差が開き過ぎていて、試合時間内にどうやっても逆転出来ないスポーツ。と違って本当に残り一秒でも、相手を失神させれば逆転出来る格闘技。

バスケットのスリーポイントどころじゃない大逆転劇が。


守りは格闘技にもある。サッカーで一点先取した方が完全ディフェンスで時間切れ狙うように、ダウン取った後、一切打ち合わず距離とって流し続けるとか、グラウンドで上とって抑え込み続けるなど。

折角格闘技を選んだんだから「仕留めに行けよ」って気持ちと、強敵だから仕方ない、ダメージ受けたくない、これからも何戦もキャリア続くんだから。だからこそ安全運転で行くって気持ちも分かるけど。


テクニシャンはつまらな扱い。見た目ゴツく、ブンブン振り回す選手が上の扱いのエンタメ格闘技。

アウトボクシングやスタミナ切れ待ちの選手の思惑を超えてKO出来ないんだから、見た目のマッスル具合を使えないザコ…というイメージにならなきゃいけないのに。

相手のテクニックに競られてるってこと、だからパワーファイターが仕留められないのが悪い。

打ち合う必要なんてないんだから。

スポーツであり勝った方が偉い。

「逃げるな」と野次が飛ぶ会場。小さい方が耐えて勝つ。自分より小さな者をスタミナ切れまでにKO出来ない。それは情けないこと。

「特に俺は素人なんだから、俺の作戦を超えてKOしなきゃいけない

責任はプロの佐原にある。ついでに言っとくと」


不良もボクサーも「立って闘え」「打ち合え」と言う。

殴り合いというスマートじゃないものを漢だと持ち上げる。

勝てないのに。

戦術に負ける。スマートなテクニックに勝てないのに、漢じゃないと上から目線でバカにした気になってる奴ら。

「そうだね、格闘技の技ギって磨かれたもの。芸術だからね」

(英語でマーシャルアーツ、artsと書く)

同意見のユーマ。

「まぁ作戦は分かったけど、勝率は?」

「ザコはすっと倒すだけ、でも相手がヤバければヤバイほど、殺されない為に脳が集中を強化させる…後は表のリングでももう禁止されてるとこもある、シューズ…を着用しといた」

「うん…頑張って…」

全部一人で考える達仁にアドバイスはいらない。

客席に向かうユーマ。


プロなんだから絶対仕留めてくれる…秒殺してくれる…からこそ無制限試合じゃなく、ラウンド制に決められた今回の試合。


普段と違い、早めに席取りに来る客達。

まだまだ試合まで時間はあるが浮き足立つ人々。

やがて溢れかえってゆく会場内。

「佐原なんて大したことねーよ」と強がりを言う者。

「楽しみ」と素直に期待する者。

様々な声が響き渡る。

不意に照明が消え、一瞬静寂が訪れる。

大音量の入場曲が流れ、歓声が戻ってくる。

演出は過去最高。須賀が大枚はたいた。とはいっても地下の短い花道。

だがお手軽にTV格闘技のマネできて興奮する観客。

いつものポーカーフェイスでリングに立つ達仁。

次いで佐原の入場。

色めき立つ観客。

佐原に盛り上げてもらう為に、上半身裸にファイトパンツという、いつものTVスタイルで出てもらうよう頼んだ須賀。

アンチも多く野次も飛び交うが、慣れた様子で堂々とリングに立つ佐原。

向かい合う両者。

初めての現役プロのプレッシャーをひしひしと感じるが、それに対しギラついてゆく顔。

戦闘スイッチの入った身体。

佐原は睨みつけてくるが、別に憎くもないステップアップの為の相手。

目を合わさずやり過ごす。

両名のコールもなされ、いよいよ始まる試合、格闘。

いつもより五月蝿い観客の声に交感神経を刺激されながら、人のエネルギーに刺激されながらも一対一という、目の前の相手だけに集中を促す。

ゴングが鳴る。


試合の立ち上がり。地下の雑魚を一瞬で潰す勢いで前に出てくると思われた佐原。

あえて地下の空気を楽しむ為、軽くサークリング。(サイドステップで円を描く事)

目を離さず集中する達仁。

(はぁ…良かったぜ、圧力や懐の深さをゆっくり観れる)

ほんの少し近づいてきた佐原から一歩離れ距離を取る。

スタミナ浪費など気にしていたらヤラれる。

小刻みなフットワーク。

頭•肩などを細かく揺らし、居着かない。

プロの一撃をマトモに喰らわない為、軽量級並のステップワークを見せる達仁。

佐原が相手の力量を測る為、軽いジャブ。軽いローキック。

いつもより大きくバックステップ取る達仁。

真っ向勝負なんて出来ない、泥臭くても、相手のスタミナ切れを狙ってでもと、カタく勝ちに行く。


リングサイドの悠真と笹田。

「流石にプロ相手にあそこまで慎重にいっても誰もブーイング起こせないわな…」

「そうだね」

目の前の試合に集中しきって空返事になる悠真。

興奮している笹田。

「やっぱ現役プロの雰囲気は凄ぇわ。いわゆる生き物として強いってやつだな。こんな近い場所で観れるなんてアノア様々だな」

ちらりと斜めを見やる笹田。

「流石に佐原の試合は特等席で見てんな須賀さん」

所詮格闘家なんて銃で殺せる…なんて思うヤクザは少なく、TVに出る程の格闘家に純粋な興奮を向ける須賀。

「前科がついて裏社会の人間になってくれないかな。用心棒として雇いたいな」などと思うヤクザもいるが須賀は格闘技を愛している為、一試合でもここでやってほしい、と手厚く扱う•ボーナス支払う予定。

佐原が勝つことを悠真以外が予想している。

賭けのオッズも最小。

ここで一発逆転狙う者もおらず、悠真だけが五万円賭けた、全くギャンブルとして成していない本来中止されていた勝敗予想。

賭けなんかより試合自体への期待だけがある。

盛り上げる為に続行の形がとられた賭け。


リング上。

大きいハイキックを見せる佐原。

当たりはしなかったが、会場にどよめきが起こる。

このレベルの選手相手に不用意にローキックを見せるとカウンターパンチでノサれてしまう…ので、試しにローのフェイント。

やはりストレートが降ってきた。

上体を傾けかわし、またバックステップ。

止まった相手に磨き抜かれた打撃が襲ってくるので細かく体を揺らし、散らす…あるいはゴチャゴチャさせる。

無茶苦茶な軌道で連打するか、思いっきり離れるかの二択。

絶対止まってはいけない。

が、プレッシャーが強く入っていけない。

いい加減焦れったくなった佐原が距離を詰めてパンチ二発放つ。

グローブのアンコ部分で受けて少しでも衝撃を弱める達仁。

佐原が口を開く。

「へぇ〜、ちゃんとしてるな〜、もっとバカみたいな奴しかいないと思った。表で普通にやってりゃ中堅にはなれんじゃないか?」

絶対に目の前の相手から目を逸らさず、打撃にビビって目を瞑ることなく、集中しきって動体視力アップした達仁の心構えを褒める佐原。

(ふぅ…キメじゃないパンチは流石に重くないか…)

一息つく達仁。

またステップを小刻みに踏む。

ヤられない為のステップ。

幸いなことにリーチはそれ程変わらないので、思い切って一番隙の少ない、ステップインジャブストレートを出す。

鼻先に当たる。すぐサークリング•円の動きで斜めにズレる。

驚く佐原。

「そこまでやるか…そこまで俺の打撃を警戒されたのも久しぶりだ、たまには新人と闘んのもいいか…」

とにかく動き続け、ジャブストレートを佐原の顔に必ず一発だけ当てすぐ逃げる達仁。


眉間にしわ寄せ観戦する悠真。

「このまま判定まで行くつもりか?」

「まぁ仕方ないんじゃないか?たったの一撃で形勢逆転される、攻めどきを逃さないのがプロだぞ」

そう答える笹田。


一瞬の隙も見せないよう今迄の闘いで最も集中している達仁。だがその分スタミナもロスしていく。

だが佐原も謹慎中だったこと、舐めてあまり練習してなく、スタミナの切れのはやさを感じていた。

「捕まえて一気に畳み掛けるか」

ジャブストレートを喰らっても無理矢理突進してくる佐原。

脇を差されない為スイッチ(スタンスチェンジのこと。オーソドックスからサウスポーなど)し、一気に払いのける達仁。

焦れったく、それでも前に来た佐原へタイミングバッチリの片足タックルが決まる。

テイクダウン成功し、グラウンド状態へ。

「いよーーーっしっ!」

悠真が立ち上がり叫ぶ。

よっぽど寝技が下手じゃない限り、やはり相手の上になっていることは安全である。

下から暴れる佐原。

絶対に立ち上がらせない為にまずきっちり上半身と下半身どちらにも意識を配り、抑え込む達仁。

スタミナロスは気にせず思いっきり力を入れて抑える。

すると一旦諦め力を抜く佐原。

片足を絡めたハーフガードポジションで一旦休憩する達仁。

手堅い試合運びだが緊張感が伝わり観客は盛り上がる。

さして賭けてもいなく(五百円程度)損もしないので野次も飛ばず純粋に試合が楽しまれる。

日本の表のリングではお茶の間への配慮として禁止されている肘攻撃。(皮膚をカットして流血してしまう為)

佐原も喧嘩でなどでは多少使えるが真剣に練習していない肘。

そこのアドバンテージを活かし、ハーフガードで固めながら、細かく肘を入れていく。

強敵を弱らせる為に、少しでも肘先でまぶたのあたりをカットしてほしい達仁。

打撃ヒジでなく斬撃ヒジを優先させ、肘の出っ張り部分…点で相手の皮膚を切り裂きにいく。

バランスを崩さないよう、頭•両手•下半身•重心をしっかり保ちながら肘をコツコツ入れる。

カットされ血が滲んでいく佐原の左眉上。

傷口がもっと開かれるように同じ場所にパンチ•肘を入れていく達仁。

カット箇所から血が垂れてゆく…目に入ってくれよ…と願う達仁。

とにかく相手の、現役プロの戦力を削ぐことのみに集中した作戦。

舐めていないからこそ、力量が分かっているからこそ、尊敬しているからこその作戦。

だが流石にスタミナの切れがマズくなってきた達仁。

一旦攻撃を止め、膠着状態の中休憩する。そこへ…。

「おい、綾瀬…こんな戦法するなら表へ行けよ…俺は頭突きぐらいカマされるのかと思ってここに来たんだぜ?」

返答しない達仁。

「こんなにビビっちゃって…とか言ってもこんな戦法でくるくらいなんだから、ノッてくれないよな?でもなんだ?地下で戦績に残ることなく俺に判定勝ち出来ればいいのか?こんなんでいいのか?」

黙っていた達仁が口を開く…。

「いや…こんなんじゃ駄目だ…すいません、ここまでしないと怖かったので…今からなら試合をスイングさせますよ」

呆気にとられる佐原。

「なんだそりゃ?ここまでダメージ負わせたら今からは派手な試合出来ますよってか?」

言葉の終わり際、斜め前へパスガードし、そのまま立ち、離れる達仁。

向き合いサッカーボールキック!…は佐原がかわす。

かわしながら立ち上がり正対する両者。


「おいおいなんで解いたんだよ…安心して見れねーじゃねぇか」

達仁の行動にため息をつく悠真。

「え?お前だったら「やっぱり最後は真っ向勝負だよな」って賞賛すると思ったわ」

「…それが身内と思ってるモンとの差だよ…」

冷めた顔で言葉を吐く悠真。

「?自殺は許容するのに格闘技でそこまで心配するのか?」と言いつつ試合観戦に集中する為、話を切り上げる笹田。


打ち合うといいながらお互いぎこちなく打撃を放ち合う二人。

だが少しずつノッていき、打撃が重く速くなっていく。

お互い倒れることなく、重い打撃を交換して行く。

思いきって飛び膝蹴りを放つ達仁。

モロに入ったが思いっきりきついオーバーハンドフックでお返しをされる。

派手な攻防に観客のボルテージが最高潮へと駆け上がっていく。

序盤こそ堅く行ったものの、プロとここま打ち合え、何もかもから解放され、二人きりの世界。

レフリーも視界に入らず、肉体言語のみで語り合う動物状態。

一方的でなく、お互いが全力を出 し合う。そこにファイターのみが感じ得る快感がある。

スイングする試合、美しい瞬間。

試合内容、激闘という芸術作品。

それが地下で数百人にのみ見せられるプレミア感に観客も狂喜乱舞する。

先程まで心配が上回って試合自体をちゃんと見れていなかった悠真も目を輝かせ見入る。

微笑する笹田。

「見ろよ…あいつら笑ってやがる…こんなの地下で見れるなんて…そりゃ現役と将来プロになるかもしれない奴の試合だしな」

金儲けの為ではなく、格闘技を愛してるからこそ、こんなに楽しい試合が出来て、強敵と闘えて、笑顔が溢れてしまう両者。

強敵相手で覚醒する達仁。

打ち合いの終わり際、強烈なヒザをアゴへ当てられるが、ケロッとして前に出る。

「こんな掃き溜めにこんなイカした奴がいたなんてな!地下もいいかもな」

ノリにのって派手な後ろ回し上段蹴りなども飛び出す。

反則を気にせずノビノビと闘える佐原。

大振りでバランスを崩し達仁がコケた所へサッカーボールキック!

両手でガードして喰らいながらも立ち上がる達仁。

口から血が出る。

床へその血を吐き捨てる達仁。

「いい顔だな…」

お互いグローブを合わせる。認め合う二人。

「なんか…TVの試合見てるみたい」

格闘技興行のスペシャルリングサイド(関係者席外の一般客用席、最前列)のチケットは十万円。(芸能人•富裕層向け)その光景をタダで見られ感動する悠真。

現代人の本当の格闘。純粋な格闘を、総合格闘技という喧嘩に近いルールを間近で見られる。

リアルタイムで見れ、応援できることの喜び。数万円出してでも見る価値のある中量級以上の闘い。

格闘技の打撃のバンッッ!!という破裂音。筋肉隆々の選手の取っ組み合いの迫力。

プロの試合に惚れ惚れする格闘技ファン。

痛みを乗り越えて闘う者。

自分が殴った、蹴った時ですら痛いのに戦意喪失することなく、どちらかが戦闘不能になるギリギリまでしあう格闘家。

喧嘩というプライドが賭けられるもの…。男同士のプライドを賭けた闘い。

その試合というものが誰かを感動させられるスポーツへと昇華されてゆく…。


流石に息切れし、手数が少なくなっていく二人。

佐原が止まった所へノーモーションの左ストレート。

見えていない佐原、直撃し、少し後退する。

追い詰める為に達仁が一歩前に出た所を佐原が上段前蹴り。

直撃。

一瞬ガクッとヒザが落ちるがすぐ構える達仁。

振りかぶられたストレートが来る。

久々の思いっきりバックステップで難を逃れる。

興奮が下回り、疲労•スタミナ切れ•ダメージの隠しきれない二人。

肩で息をし、汗が大量に流れ、ややボーッとしてきた頭。

「やべぇ…このままじゃ経験豊富な佐原に押し切られちまう」

距離をとる達仁。

「なんだ?もう打ち合いは終わりか?疲れたもんなっ!しぶといアマチュアだったわ」

顔色は変えない佐原。

「……このタイミングなら」

達仁はキメにかかる。

お互いがジリジリ距離を詰め、射程範囲に入った途端、タックルのフェイントでかがむ。

タックルを切る為に自分もかがんだ佐原に斜め上から打ち下ろしの肘!

モロにこめかみに入る!

一旦お互いが離れたこと、序盤でタックルを見せていたこと、スタミナ切れでまたタックルに来るであろうと予想していて、いち早くタックルを切る動作に入っていた佐原の死角•見えていない•予期していない打撃で腰が砕け、膝をつく佐原。

距離が詰まっていてサッカーボールキックできない達仁。

片手でしがみつき、片手を地面につけている佐原の右手の甲をシューズ着用カカトで踏み抜く。

破壊!

痛みで手を押さえながら後方へ立ち上がる佐原にパンチのフェイント。

そのまま両手で顔面を守る佐原のガラ空きの右ボディーにシューズ着用での三日月蹴り!

モロに入る。

シューズ着用で威力も増し、突き指の心配もなく、思いっきり振り抜かれたレバーへの蹴り。

顔を歪め、くの字に曲がる佐原の体。うずくまっていく…。

お腹を押さえガラ空きの首へ腕をすかさず巻きつけフロントチョーク!別名ギロチンチョーク。(断頭台)

喉•頸動脈に絡みつく前腕。

そのままギロチンが降ろされるように両足を相手の腰へ巻きつけ床へ落ちていく。

完璧に入った状態。その前のダメージもあり、暴れることすらできない佐原。そのまま落ちてゆく…。

タップすることなく失神し、力が抜け、手がぶらりと床に流れる。

一瞬歓声が止まる。

プロに本当に勝った地下の素人。

しかも失神する様を近距離で…。

息つかせぬ連撃からの絞め技でついてこれてない者も…。

一度全観客が固唾を飲んでからの大歓声が地下空間に響き渡る。

失神して完全脱力したことにより、重みを増した佐原の体をなんとかどかすレフリー。

達仁は疲弊しきって、のしかかられたままだが、仰向けで動かず…かといって寝たまま勝利の余韻に浸るでもなくただダメージが上回って頭がボーッとしてレフリーに任せきる。

スタッフも入ってきて佐原を引き剥がし仰向けにする。

蘇生させる為、足を持ち上げ頭に血が戻るよう揺らす。頬を叩く別のスタッフ。

柔道経験者で活法も出来るものが待機しているアノア。

脳へ酸素を送り意識を復活させる。

一方で達仁が立ち上がる。血が出てズタボロの顔。

勝ち名乗りは上げず、気が抜けてフラフラ歩く。

悠真が飛びつき抱きつく。

涙を流している悠真。

本気で闘いきった者に対し感動し、身内が生き残ったことに感動し、ボロボロ流れる涙。

疲れ切って何も声をかけない達仁。

ゆっくりリングを降りてゆく…。


口をポカンと開けたままの須賀。

まさか佐原が負けるなど夢にも思わず、最後一撃で失神させるものと思っていた…。

二戦目もここで闘ってもらいたかったのに、今回の負けで完全引退するんじゃないかと想像し、ボーッと座っている。

当の佐原は負けたものの、楽しく闘えたのでこれからもここで闘うつもりで、蘇生直後の体で、あたりを見回し、雰囲気を感じ取る。そしてゆっくりリングを降りてゆく…。


あれ程の試合の興奮が残る者と、祭りの後の寂しさを感じる者。 徐々に減っていく帰っていく客。

控え室にたどり着き寝っ転がる達仁。

見下ろす悠真。

「あの〜…喜び合ってはしゃぐと思ってたんんだけど…」

「…」

何も言わない達仁。

「心配だから一言ぐらい喋ってよ」

目だけ悠真を捉える達仁。

「一生分の集中と…今迄で一番のダメージ…」

「そっかそっか、お疲れ様…いやっ、TVの格闘家は舞台裏で勝利の美酒に酔ってたからさ…あれだな、トーナメント闘い抜いたぐらいのしんどさなんだな…」

と言って達仁のそばに三角座りする悠真。

お互い何も喋らず控え室外の喧騒に心地よさを感じる。

プレッシャー•ストレスから解放された程良い心地よさ•気怠さ。

数分経ち、まどろみだす達仁。

「ん?あれ?試合後って寝ちゃいけないんだったっけ?えっと、酒は絶対駄目だったよな?」

心配そうに達仁の顔を覗き込む悠真。

「一応病院行く?…ってか今まで怪我してないから使ったことないけど、明らかに喧嘩の外傷だなら表はマズイよな。えっとここの人に頼んで闇医者に連れてってもらうんだったか…」

上半身だけ起こす達仁。

「いや、いい…大袈裟な脳検査できるでもない闇医者ごとき行ったって何の薬ももらえない…それにどうせ死ぬんだ…半年以内にポックリ逝くことはないだろ…」

「あんだけ打ち合える頑強さだから行かなくていいね…って部分とあそこまでやったんだから気になる部分があるんだけど…」

やはり心配そうな悠真。

「とりあえず氷持って来てくれ」

「あっ忘れてたっゴメンッ」

走って出て行く悠真。

もう一度寝っ転がる。

あれ程の脳内麻薬が出た後の今の精神状態、不思議な感じがする…。

ガチャッ。次は笹田が入ってくる。

周りは休ませてくれない。本人以上の興奮で喋りかけてくる。

寝たまま適当に話を合わせる達仁。

悠真が戻って来てアイシングを始める。

「佐原に勝ったからって媚び売ってくるお前らの嫌いな人間…出てくるぞ」

「達仁の雰囲気と強さが寄せ付けないかも」

人当たりよくない雰囲気の達仁。

寝ている達仁の横で興奮からシャドーボクシングを始める笹田。

「シュッ…シュッ…お前はしねーのかよ、悠真?」

「俺は気苦労で疲れてんの」

三角座りで見上げる悠真。

また扉が開く音。

ハルカが入ってくる…。

「えっハルカさん来てたの?」

「うん…いつもより人が多くて壁際からやっと見てたの」

まだ興奮している笹田がハルカに近づき。

「ライターさん、格闘技別に好きじゃないって言ってたよな?でも…どうよ?今日の試合は人を興奮させる程のものだったんだぜ〜?」

「うんっ!技術的なことは分からないけど、二人の選手と観客が生み出すエネルギーが凄かった!人と人がぶつかり合う迫力。目まぐるしい展開…後、音がいつもと違ってたねっ」

「そうそう、プロの打撃は本っ当

にボゴォッていう破裂音がするんだよ」

疲れている達仁と悠真をヨソ目に感想を語らう二人。

達仁に耳打ちする悠真。

「今更ながらなんでハルカさんって自由にここ居んの?」

「それはな…多分、須賀に何か思惑があるんだよ…対REAL-1用とか、宣伝用に「佐原が負ける地下格闘場!」って書いてもらったりすんじゃないか?細かいことはまた今度な」

目を閉じる達仁。

「影響力のない雑誌だけどREAL-1お抱えじゃなくて、でも何も記事にしてなくて?」

自分の知識じゃ分からないから考えることをやめたユーマ。

「二流以下ゴシップ誌ってのは、コネの世界なんだよ」

「あーん…だからね…」

「だから、須賀の昔の不良仲間とかな…」

今度こそ目を閉じ休む達仁。

悠真は移動し、三人で会話を始める。


少し眠った達仁。

起き上がる。

時間が経って腫れ上がったり、青アザの出来た顔。

ハルカがギョッと驚く。

「ん?ああ…腫れた顔なんてTVじゃ見れないからな…トーナメントぐらいか…」

通常、選手はさっさっとリングを引き上げるから。

あとは翌日のインタビューの写真を雑誌で見るくらいしか実は一般人は見る機会がない。

鼻が曲がる者もいるが、どうせすぐ次の試合でまた曲がるので複製手術しない選手も。

「痛いの?」

心配そうなハルカ。

「当日に来る痛みもあれば翌日に来る痛みもある」

平然と語る達仁。

「被弾のリアリティをライターさんに語ればいいか?三角絞めされた翌日は首が筋肉痛、とか」

「ん…豆知識としては面白そうだけど、今は寝なきゃっ」

「そうだな、今日は帰ろう」

達仁へ促す悠真。

「やる側のリアリティを聞きたかったらいつでもどーぞ、記者さん」

解散する四人。



翌日。一日寝てすっかり疲れの取れた達仁。顔は最高潮に腫れているが。

ハルカが達仁のアパートを訪ねてくる。

「どーしたの?」

出迎えるユーマ。

「地下格闘技の迫力を編集長に語ったら、面白い記事かけるなら、格闘技のコーナー作ってもいいって…って言っても1pだけどね…。それで達仁くん、雑学的なもの豊富だから、聞きに来たってところ」

「ゆっくりしていって」

お茶を用意するユーマ。

「人の役に立てるなら」と取材ではないレベルのものを安く請け合う達仁。

「見る側じゃない、やる側しか分からない話とかは?」

提案する。


緊張しすぎる(ネガティブ方面へ)と視野狭窄が起きる。疲れ目の時のような状態になる。

かといってリラックスしすぎると体が100で動かない。集中もしてないってことだから。

精神薬やマリファナキメてから試合すると、リラックスしてダメになるように思えるが、やや打たれ強くなる。ストレスから逃げられる精神薬のフワフワ効果で痛みからも少し逃げられるから。

単純に痛みを感じにくくするドーピングもある。

ステロイド•興奮剤などで、打たれ強くも、ハイパワーも上がる。

それらはパフォーマンス•エンハンシング•ドラッグス(略称PED)(選手の能力の発揮を増すことができる薬)呼ばれる物。

90年代に有名になった馬用のドーピング剤などもある。

利用者はユーザー•ジューサーなどと呼ばれる。

見分け方は僧帽筋の異常な肥大、血管バキバキ、内臓肥大、腹部の潰瘍、女性化乳房、乳首の色、ムーンフェイス、瞳孔の開きなど。自身で男性ホルモンを分泌出来なくなる、好戦的になる、内臓、肝臓へダメージ、心臓病のリスク増大、骨が逆に脆くなる、自殺などの衝動が強くなる、など副作用は多々あるが、通常の医薬品と同じように、倒れる者もいれば、一切来ない者もいる。

相性が良く、一切副作用が起こることなく、筋力が短期間で増大する…ある意味、別の意味で神に選ばれし存在。

検査されない限り、バレない限り、“その反則“で善良な他選手を破壊し続ける悪。

正々堂々のスポーツの価値観から離れた者。

普通のサプリのクレアチン。ハイパワー維持し続けられるので総合格闘技に適しているが、体重が増える副作用があり、減量に向かない。

低負荷の運動は脂質、高負荷は糖質を使用する。だが、総合格闘技は全てやる。だから筋量も打撃系はボクシングなどガリガリで少なくて良いが、組み技系は柔道部はデブなようにフィジカル至上主義。

全て出来て、全ての中間を意識して鍛えて栄養も摂る難しい総合格闘技。

試合中は交感神経が優位になり、尿意など催すことなく動け、瞳孔が開き、目は飛んでいるように見え、興奮状態。


「ん〜…科学寄り過ぎるかな…」

分かりやすいもの、喧嘩腰なもの、珍事件しか受け入れられない世の中。

「それなら、ボクシング叩きをしたら?いわゆる対立煽りってやつで、目を引くかもよ。ボクシング嫌いだし、書いてくれよ」



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