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逸脱  作者: ド素人
1/6

唯一、この世に生きるという苦しみから逃れられる手段。

この世からの逸脱。

…自殺。



2000年代中期。

総合格闘技全盛期。

秋。東京。

冬のドームが最後の舞台。


某所。地下にて。

「勝者っ!あやせーーたつーひとーー!」

ヤクザが開催する地下格闘技で、たった今勝利した人物。

名前は綾瀬達仁。

20代前半。175cm。短髪の、精悍な顔つきの青年。

自殺を目論む者。

地上波ゴールデンタイムに中継される、総合格闘技の興行。REAL-1。

その団体で勝利した後、衆人環視の元、テレビカメラの前で自殺する目的の狂人。


傍らには10代後半の少年。

まだあどけなさの残る中性的な顔立ちのミディアムヘアーの男。170cmの、日本人平均身長程度の中肉中背の身丈。


勝って喜ばない。そこが目標じゃないから。

不良というわけじゃなく、戦前きっちりお辞儀はする、が感情はなく、笑顔も見せず、リングを降りる。ふてぶてしいわけではなく、ただ目的に突っ走る、目的しか見えていない人間。


人一人の心の闇、悲しさ。

本当に自殺しなきゃ悲しいとすらも認めてもらえない世の中。うつは甘え。同じ叩かれ方をする者の為にも自殺する達仁。

不幸を産まない為に子を産まない精神性•思想も加えて。

死の直前にURLが書かれたシャツを着ておいて、あと少しの一般人叩き、人間というもの…も加える。

じゃなく、ちゅうが作り出す社会の空気。自殺しなきゃ何も聞いてもらえない世の中。

一般人叩きはネット掲示板だろうがテレビだろうがタブー。だから自殺することでやっと注目させてネットで見せる。

多数派である一般人、だから絶対的なタブー。そして公衆の面前で自殺。

二つのタブーに挑む達仁。



東京で行われる地下格闘技。通称アノア。暴力団須賀組が単独で取り仕切るもの。

業界人やヤクザの40代以上の嫁ぐらいしか女性がいない場所。

その地下において、控え室に出入りする異質な存在がいて、目立つ。

髪を後ろにまとめた。中肉中背の20代の女性。

格闘技には興味無し。アウトローネタの為にアノアへ来たライター。

二流三流のどんなジャンルでも扱うゴシップ誌。地下格闘技なんかにも取材に来る、フットワークの軽さ。

だがさして影響力も無い編集部。

だが東京の色々なマニアックな場所へ取材に行けて色んなものを知れて、気に入ってる仕事。

貴崎遥という名刺を、面白そうな話を聞けそうな地下の者に渡していく。

基本30代の男しかいないアノアの選手達。

悠真を見つけ、遥は他の者に聞く。

あの少年もこんな所で闘っているのか?と。

隣りにいる男の名が綾瀬達仁。それについてるだけのガキだと、返答する男。

連勝しているという達仁。だが、そんな青年のことより少年が気になる。


女性ライターが近づいてくる。

一人異質な悠真へ。

「あなたは闘ってないけど、どうして一緒にいるの?ただの友達?」

「…友達じゃない…そんなレベルじゃない…」

軽い返答が返ってくると思ったののに。話しやすそうなその雰囲気とは違う、何か。

「…?」

独り言を呟き出す悠真。

「ん〜…一度達仁に打ち明けたことで、なんか軽くなってるし、女性に聞かせてみたい、意見聞きたいって部分と…ん〜…」

何かがありそうな少年。身の上話などを聞きたがる遥。

落ち着いたかんじの小綺麗な女性。

家庭環境から、姉が欲しかった悠真。母でも兄でもなく…。

なぜか親しみを感じてしまう。

ライターなんていう、根掘り葉掘りして、人のネタ探しして、ご飯食べていくような奴…と、なぜか敵視できなかった。

こんな所に居る理由を、答える悠真。

「言っても、ただのいじめとか家庭環境って普通の理由だぜ?それこそ今まで何…何千万人いた奴らの一人」

「若いし」

「10代後半と20代前半に見える?」

微笑する悠真。

隣に居た達仁が口を開く。

「記事にするのか?地下には10代後半と思わしき、後ろ暗い若者もいた…って、“一文だけ“」

「良く分かってるね」

こんな所で格闘技をやってるような粗暴な連中とは違う雰囲気の達仁。冷めている。冷めているからこそ、不良達とは違い、聡そうな青年。

この二人だけ明らかに地下で異質な、ただこんな所で現実逃避して騒いでるわけではなさそうな。

「達仁の目的、知ってもらうこと、知らしめることと繋がるんだけどなぁ」

ちらりと達仁を見る悠真。

首を横に振る達仁。

察する悠真。所詮ゴシップ雑誌、なんにもならない。それか達仁なりのタイミングがあるのだと。

遥はこちらの関係性を観察している。

「あっそうか、俺の話だけだったらいいけど、遥さんに話すだけなんだから。記事にもならないけど、人に興味あるでしょ?ライターさんは」

達仁は悠真に視線を送り思案する。

随分気軽な悠真。本来なら考えられないが、でも何か思うところがあるのだろう。少しでも甘えたいのかもしれない。いやらしいライター風情とは違うものを感じたのだろう。別に目的には関わらないからいいか。と制止しない達仁。

「達仁は全部聞いたことあるんだから、適当に休んでてよ。席外してもいいし」

ガタンッ。

一旦席から離れどこかへゆく達仁。

「…なんか俺にとっての特別な達仁じゃなくて、普通の人に話すのは恥ずかしいな…茶化されそうで…達仁は絶対に笑わないで聞いてくれるけど」

悠真の独り言を聞き取る遥。

達仁という青年に絶対の信頼を置いているらしいが、なんとなくは分かる。人を否定しなそうな、ちゃんと話を、本質を聞いてくれそうな精神年齢の高そうな雰囲気。


内容が内容なので移動させてもらう悠真。

誰も使っていない一番奥の控え室で二人っきりになる。

「達仁とはねぇ、いじめられた奴に復讐してる時に出会ったの」

予想よりも遥かに異常な告白。

「…本当なの?」

「うん」

あっけらかんと答える悠真。

だが、ヤンキーのようにふざけて、話を盛っているかんじはしない。

「学生間は犯罪じゃなくて、大人になってから復讐したら犯罪になる。人の心を殺した奴らが、のうのうと生きていい訳がない」

一見普通の少年が、何かを抱えているらしい。

「まず俺は虐待も受けてる。それといじめのやつと…体に傷が残っている…」

黙って吐き出される言葉を納める遥。

「本当はもっとヒヨった、30代になった奴らに復讐やりたかったんだけど…耐えられなかったし、それまで生活出来る金もないし…」

30代まですら生きていけない、というところに引っかかる遥。

「俺って家出した…10代後半少年…」

悲しげな笑顔を見せてくる悠真。

「帰れない、マトモに働けない…。復讐後のこと何にも考えてないバカなガキ」

自嘲する。

「ま〜、そこと、今の達仁との関係は順を追って説明したいから後で…」

「…」

反応の薄く見える遥。だが、頭の中で反芻してるだけ。

予想を超える話。ただの家庭環境がちょっと悪かっただけのヤンキー話とは違うもの。

そんな遥を見て。

「本当に復讐したんだよ?」

「…捕まったの?」

「長くなるから諸々省くけど、まずはいじめ犯の男Aから…っていうかつまらなかったら」

遮って遥が。

「聞かせて…!」

取り直し悠真は語り出す。

「まず一人になる所を確認して狙った。だってターゲット複数いるから、途中で捕まっちゃったら完遂出来ないし」

勿論オフレコ的なものなので、手持ち無沙汰で聞く遥。

記事にもネタにもならないただの若者の身の上話、物語、歴史。

「んでさぁ、昔いじめられてたくせになんで勝てるのかっていうと、複数人でリンチするような奴らで、一人一人は弱いって元々思ってたんだよ。んで…」

諸々あって。

「一本骨折って。「まぁこれでも仕事当分出来なくなるし、詫びればいいよ」って言った。でも警察呼ぶってさ。だから「殺人した訳じゃないんだしすぐ出てこれる…その時は全身バラすぞ…俺の今回の行動見てハッタリと思うんならいいけど。後何人か復讐相手残っててさー、今そこまではしたくないし、綺麗に折ったから綺麗に治ると思うし、警察には黙っててくんないかなー?」って言ったんだ」

今は軽く語っているが、勿論そんな異常な状況の中では、興奮状態にある為、顔つきや迫力は段違いであろう。

「「俺は別に正義で戒めてるんじゃくて、復讐鬼になってんだよ…。家族でもいいぜ恋人でもいいぜ、お前なんかを好きになるアホなんだから…」つったら脅し成功したの」

話を信じて、黙って聞いている遥。

「どーせ治ったらまたノンキにそれぞれのハードル低い幸せを感じて生きるんだから、腕一回一本折られた程度、どうせ…ってここが冷めてるんだよなぁー…」

ヤンキーの武勇伝語りとは違う毛色のもの。冷めて諦めている。他の少年とは違う精神性の悠真。

「多感な時期に精神壊されても結局なぁ…ヤクザ程の拷問は出来ないし、中途半端っちゃあ中途半端な復讐だよ」

元は人に狂わされた者。

生まれつき悪人である、性悪説的なヤクザ…とは違う。

自分の喜びの為の他人への拷問じゃなく、自分を守る為の自分の為の復讐。

「一番ムカつくいじめ犯には半年に一回お手紙でも書いて、いつ次来るか分からない復讐に一生怯えさすつもり…それもあるし俺は死なないかなぁ、ずっと生きて、忘れないように忘れ去られないように顔出す」

俺は死なない、に引っかかったが先を促す遥。

「“のうのうと生きられる“が俺にとって一番堪えることだから…忘れるってことが…」

「…」

一際重い空気。

「あぁ…相手が元不良、未だに不良やってる奴らだからこそ、そこまで大事にならなくて良かった分もある」

学校辞めて働いてる内に日和る不良もいる。

「だってお坊ちゃんとかの方が、親が問答無用で警察呼ぶしさぁ。

あっ忘れてたけど、子持ちの奴に、その子供に見せようと思ってた手紙があって、それをいじめ犯に先に見てもらったらいきなり態度変わったってこともあった」

「どんな内容?」

不謹慎だが内心興奮する遥。

「君のお父さんは人を傷つけた、人一人の人生を台無しにした悪人です」

悠真の復讐相手の子供はせいぜい赤子のはずだか、こんなことを数年後もされては敵わない。脅しとしては効果はあるのだろうとあえてつっこまない遥。

「んで〜なんだったかな?ヤンキーの子供はヤンキーにいじめっ子になることとか、ヤンキーほど子を産む、避妊しなかった末のナントカ…で〜」

書いた本人の方が内容を忘れている。復讐心で一杯で殴り書きしたのだろうか?

「俺は一生傷を抱えて生きる。それでも君の父•夫は忘れ生きる。この話を聞いたあなた達も無かったことにする。後ろめたさもなく普通に生きる。お前が間接的に殺す。俺は自殺する。頼むから少しの負い目でも感じてくれ。俺が生きた意味な無かったのか、お前らのオモチャになっただけの使用された人生。子供の頃から狂わされてきた人生は無駄だったのか。ってかんじの内容の手紙。「これを出した後死ぬか、もっと理解出来るようになった数年後のお前の子供に送り続ける」って言ったら折れてくれたんだよ」

「…」

何も言えない遥。悪とか正義とかじゃなく、何も言えない。

「まぁそいつらの為に自殺はしないんだが…自殺はさ…親に対してしなきゃいけない」

真剣な表情でこんな内容を女性に語りかけ続ける悠真。

「…矛盾してる?今生きてることと。なら親が最後のターゲットにならないとおかしいってところと…」

ついて行けない部分もあるが、しっかり頭に入れる遥。

「でも先に言っておきたい。離婚して、子供を捨てて、自分だけ新しい家族作って、そこで普通に暮らすってあるだろ?」

突如青ざめてゆく悠真。震え出す声。

「……自分が産んだのに…人一人産むっていう異常な“責任“…。それを無かったことにする…。俺自身が無理矢理生を受けらせられたのに…。俺が無かったことにされる…実の親にすら…」

いつの間にか部屋に戻っていた達仁。悠真を見つめる。悠真の過去は知っているが、それでも何度でもトラウマとして訪れるもの、を隣りで見届けてあげる。

いじめっ子話の時とは明らかに違う、家族の話の時の悠真。

抑揚もおかしくなり、目が虚ろな悠真。

雰囲気に耐えられなくなる遥。

だがもう悠真の言葉は止まらない。

「達仁も言ってた、親殺しより子殺しの方が…ってやつ。自分で勝手に産んどいて殺す、エグさ…」

「…」

「無理矢理生を受ける側、子供。愛情…唯一の親が愛情を注がないこと。身勝手に産んで好きに殺せる…」

「…」

「俺は無かったことにされて、愛を受けてないんだから、殺されてるようなもんだろっ!!」

一度達仁には全て打ち明けているが、それでも感情の抑えが効かなくなる。

「達仁が言ってる、他人は社会は否定してくるってこと。誰も分かってくれないのに、唯一の親が捨てる…。のうのうと新しい家族•新しい子供と暮らしている…俺は…」

“忘れる、無かったことにする“ということの身勝手さ、都合の良さ、人間の醜さ。

「あれってさ、ドラマなんかでは玄関から子供と幸せそうに出てくる元親を見て、その家庭を壊さないように黙って去るってあるだろ?…壊されたのは自分の人生なのに…会ったこともない、愛情受けてない、実質他人に優しい優しい優しいこって」

歪んで冷静になってを繰り返す悠真の表情。

「これってさあ、達仁が言ってる一般人叩きはメディアはしない、あくまで家庭は壊さず、自分だけ耐えて、それが美談。不倫やクスリは芸能人がやるから擁護の為に溢れかえる不倫ドラマやワイドショーでの擁護。主人公がやる側、最後ハッピーエンド。それが、普通になるようになっ。家庭が本当に壊れるバッドエンドものをテレビはやってくれないんだよっ!」

陰で苦しむ人はいるが、耐えることが美徳。好きに生きている人は

叩かない。悲しい者が更に損する。普通に生きてる者は更に普通に何の問題もなく生きていける。

「普通にそういうのがお茶の間に溢れて欲しいのに、のうのうと生かさない為に、問題提起が毎日放送されるテレビ。後ろめたい奴からクレームくるから、ハッピーエンドしか、奴らにとってのハッピーエンドしか作れないからっ!」

「悠真…」

一歩前に出、なだめる達仁。

遥は何も出来ない。ただ聞いているだけ。

「あっ…俺、入り込んじゃってた?」

一旦深呼吸する悠真。

「スー…ハー…」

軽く落ち着くが、まだ止まらない。

「俺はな…本当に朝、玄関先で子供を送ってるとこ現れて、いきなり目の前でノドかっ切ろうとしたんだよ…オイルも持ってるよ」

遥の表情も青ざめてゆく。

「あ〜遥さん、怯えないでね、これは自分を傷つける為のナイフだから」

右手にナイフを持ち出した悠真。ナイフに視線を落とす。

「なんでまだ持ってる?」

「不良に「死ね」って言われた瞬間、自殺して責任を押し付ける、やばすぎる人生の罰ゲームしてんだよ」

「…」

ナイフを見ても慌てふためいて騒がない遥。

関係のない他人は傷つけない悠真。あくまで自殺を見せつけるのであって、子供や母に向けるつもりの刃ではないのが分かったから。

情緒不安定気味な悠真が、殺された側だから、だから冷めてる部分もあり、理性的なところも分かるから。

物悲しそうにしているから。

「なんか取り留めないよな…興奮してるっとことで許して。えーと、一から順を追って説明するわ」

ナイフを見せても、それでも逃げない遥に最後まで話そうと決めた悠真。

「さっきの説明だと物心つく前に離婚したっぽいけど、あれは例え話で。小学校高学年まで母親はいたよ…愛情注がれてないのは一緒だけど。いわゆるネグレクトで…俺がいじめられてるのも放置。…居ないのと一緒だな。だから父の暴力も放置。んで、中学からは父と二人きり。人一人の目…例え放置でも人一人いなくなって、虐待はエスカレート。…いじめられるか、家で叩かれるかなんだから、人に頼ろうって思いつかない」

誰にも助けを求めず、助けられることもなく、鬱屈した毎日。

「だから俺ってさ…幸せを感じにくいっていうか、感じない。興奮だけはする、それも復讐の時とかだけど…。普通の奴が日中楽しんで家帰ってきて、余韻のまま夜リラックスして心地よく寝る…っていう普通の生活してないから」

普通に平穏に一日が終わることなく、絶対苦痛がある。その苦痛が尾を引いて…。

達仁が口を開く。

「医学的とかでも、セロトニンとかが出ないんだよ。だから悠真も」

「調べてないけど、多分そうなんじゃない?医者にかかってないんだから、何の称号もない」

あえて称号という言葉を使う悠真。

軽い一般人にとって悲しみは生い立ちは称号だから。

軽い悲劇を他人にひけらかせて、気を引く構ってちゃん。人に聞かせたらそれで満足して消える、軽い悲しみ、簡単な痛みだから。トラウマで狂う程の精神は分からないから。

だから結局普通に結婚して子を産む。

「診断してないから、健常者…だろ?」

「そうそう」

「どれだけ時が経っても囚われ、幸せになれない。なぜなら後天的にストッパーがかかってるから。そう、教育されてきたから…周り全てから…」

「普通すらも享受出来ない」

二人で話していく達仁と悠真。

自分はこの会話には加われないから、ただ聞き遂げる遥、

「そんな境遇の奴らいくらでもいるって言われても、生まれつき精神も弱いんだよ。体力で、同じ作業しても倒れてしまう人がいるのと同じで…先天的に精神が弱いのに、後天で更に地獄に」

「幼少期からずっと泣き、重い」

達仁が補足する。

「ほんの少し良いことがあったら、半日後勝手に揺り戻しが来て鬱になってる。体も心も、もうそんな風に変わっちまった」

達仁の方もかなりのものを抱えているのだろう、だから悠真は達仁を信頼しているのであろうと理解する遥。むしろ達仁の方が重いかもしれない、と。

「幸せを感じないから、マトモじゃないから、繋ぎ止めようともしない。守る者もない。だから今も仕事してない」

社会から外れた者。

「そこまでのことは親にされてないよ?腕を一生使えなくされるとか、そこまで酷いのは…。でも、全人類の、この世にいる、捨ててのうのうと暮らす奴らの代表になったんだよ。そりゃあ自分の親だからさ…。余計にブツけられてるとはいえ、そいつらの代表と勝手にされて、本来以上の恨みをぶつけるってことだよ」

「自分の悲しみを相手に伝える唯一で究極の方法…自殺」

達仁が更に補足する。

ふと遥の方へ振り向く悠真。

「…くっくく…遥さん、相槌も打たないから、寝てるかと思った」

「…続き、聞いてもいいの?」

自分とは違う生き方、思想を持った人間に興味を抱く遥。

「えーと、高校はな、一応通ってたんだよ…父に行けって言われて…。絶対的な存在の自分の主、親に言われたし、なまじ中途半端に通えてるのは普通っぽいけどな。んで、プールの授業で体の傷を見られたら…。俺だったら不気味で距離置くけど、周りは…絶対に逆らわない弱者•オモチャを見つけたかのように…周りの周りもここぞとばかりに叩く」

皆がやってれば怖くない集団心理で。

「この辺りの人間の性は達仁が書いてるけどさ、それは置いといて」

一旦お喋りを止めた悠真。

「…ずっと喋ってるから喉乾いてきた。達仁買ってきてよ」

「おー」

ガチャリッ。退出する達仁。

「…」

「…」

二人きりの控え室。

「遥さんさぁ、俺…くらーい、根に持ってる、自分の不幸を人のせいにする、働いてない、自殺願望がある、異常者だけど恐くないの?」

「そうやって自分を卑下して、冷静で、ある意味理性的な…」

「ありがと。でも、俺が今言ったようなことを大半の人に思われる。人に嫌われる才能…」

ガチャッ。

戻ってきた達仁に中断される。

「ほらっ」

お茶を差し出す達仁。

「ん…」

ゴクゴク…。

「興奮して汗かいてたからおいしーわ」

ペットボトルを置き。

「はぁ…俺が大人しく高校行ってたのも、家から逃げなかったのも洗脳…。普通の人は分からないから「んなもん無い!」「住み込みで働けばいいんだ」って、自分が経験してないものは分からない。相手の気持ちになって考えない、優しくないから言うけどさ」

達仁と目を合わせる悠真。

「話逸れるけどさ、こうやって育ってきた俺が、もうそろそろ成人したら普通の奴らと同列にならなくちゃいけなくなる…。達仁は分かってくれるし、もう既に書いてるけどさ」

書いてるという言葉が何度か使われるが、達仁には思想があるのだということは分かる遥。悠真より、何らかの主義があることがあると。でもこんなところで地下格闘なんてやってる謎な人物。

「普通に育った人達は上から目線で、分からない俺達の心も傷も無視して「大人にならなきゃいけない!」って言うんだよ。マトモな生活してない、マトモな教育受けてない、何も出来ない俺。別の歩み方をした20年。何も分からない人が「過去の事過去の事」って、縛られてマトモに生きられないのに…」

悲痛な言葉。

「しまいには「その程度のことで塞ぎこんで」って…。普通の奴らってちょっとしたことで不満顔になるのに、俺らのは大したことじゃない。傷癒えてなくても、またきつい他人に縛られて生きなきゃいけない。自殺しか逃げが無い。優しい言葉なんかかけてくれない」

達仁は悠真をじっと見つめている。

「普通に部活して恋愛して、ちょっと誰かが構ってくれないぐらいで怒る、あいつらの…その一言で、社会に出るのが恐くなるんだよ。なにが起きようが過去って。

自分達がちょっと損しただけで、怒り散らすあいつら。敵側が直接いじめ、間接的に言葉で殺す」

他人の痛みが分からないんだから、平気で傷つけられる。それが一般人。

「未成年の頃も甘やかされてないのに、成人したら底辺から何十倍も努力しなきゃならない。努力してもまた、アイツらに心が殺される。怖いんだよ…。逆にこの世から去ることの方が恐くないのかもってぐらい」

いつまでも終わらない長く暗い空気。

「…遥さん、飽きたら帰ってくれて構わないから…暗ーい話」

「いえ…」

「そう?…なら話戻すけどさぁ、洗脳って大袈裟なもんじゃなくて、教育•世界ってこと。いじめで自殺した子供に「逃げれば、引越しすれば、相談すれば」って言う人いるけど、さっきも言ったけど出来ないんだよ…。周りは敵、一生こんな人生。そもそも会社でもいじめはある。ずっと続く、他人に殺される人生。社会人になっても、まだ人を殺す人がいる事実に、学生の間から気付く。教育されてそういうものだと思ってしまう」

子供にとって、学校だけが世界。嫌なことしかない狭い世界、学校。

その中でしか生きられない、だって周りにおかしくされてるんだから。

親に相談出来ない子もいる。親にすらいじめられる者もいる。

周りは敵、周りは無関心、自分しかいない、だから自殺するしかない。

「俺は…一人で色んな考えや知識を貯めこんできた。人のことも、いじめ問題も考えてきた。だから今も例え話結構するだろ?」

「?」

「なんかずっといじめられてきただけで、ずっと下を向いてきたのに、世間のこともちょっとは知ってるじゃねぇかって言われると思って」

「ニュースとかを見て背景を考えてきたりしたってことね?」

「そこも達仁が書いてるんだけどな。背景も知らず。知ろうとせず一方的に叩く人間、あるいはネット社会って」

そもそも理由なき暴力、いじめ、否定。相手になにがあろうが、自分達の楽しみを優先する人間。


「んでね〜、一旦冷静になったり、また怒鳴られて萎縮して、思考停止したりして過ごしてきた日々…。父、この人を殺そうって気持ちと、教育されて歪まされた、この人が言うことは全て正しい、世の中ってのはこういうもんなんだ。ってのの狭間に居て、でももう耐えられないかもってなって、高2で復讐計画立てた。立てて脳内で狂って、でも実行出来ない」

反抗出来ないいじめられっ子体質。やられる側の人間。

「そんな日々…の中」

顔を上げる悠真。

「あっさりだし、あっさり言っちゃうけどさ、父親が飲酒運転で死亡。お通夜とかお葬式も分からん一般常識の無い俺。一人の俺。…死んでも悲しくないけど、一人になった俺」

言葉に詰まるでもなく、淡々と語る。

「その日、病院から電話があったその日に…」

溜める悠真。

「俺は目が覚めたんだよ。覚めたっていっても良い方向じゃなくて、自分を押し殺さない方へ。父に対して、そんなもんで楽に死にやがって…あっさり死ぬかっるい命だな…そんな軽い命に弄ばされた…」

一人の少年の半生が語られる室内。短いはずの10代の半生。

「自分で殺せなかった、俺が今まで受けてきた苦痛を与えることが出来なかった。愛されなかった。更生することもなかった。ただ避妊せず産んだだけの親失格者を自分で罰せなかった。ただ学費だけは入れ、最後俺を置いて一人死んでいった」

重苦しい空気が漂い続ける。

「今思えば自分で殺せば良かった。その後元親の、母の前で自殺。それが俺がやらなければいけなかったシナリオ…。いじめ犯までは手が回らないんだけどな、それじゃあさ…。まっ、そのおかげでスイッチも入っていじめ犯に復讐出来たから不幸中の幸いっていうか」

達仁は一度聞いたことがある話。人一人の苦境。

「…飲酒運転で亡くなるぐらいの自堕落。父も俺のこと捨ててたかもしれないし、卒業したら「はいさよなら」だったんだけどな…「そっからは一切金渡さん」って言ってたし、ちっさいアパートでお小遣いももらってないからアレなんだけど」

聞いてあげることで少しでも楽になれるんならと、もう一度聞き続ける達仁。

「だからさぁ、両親に、二人に捨てられてたかもしれない。そしたら二人分の新生活への妬み。両親分の重みがのしかかってた」

遥と悠真と達仁の三人だけの室内。

「一般常識はないから、借金の為の財産相続の手続き?とかも分かんないし、親戚にも会ったことなくて葬式もない。何も無い。家にあったお金全部持って飛び出して来た。家出っつったけど帰る家もない。面倒事放っぽって復讐の旅へ…で中卒」

大人は誰も助けてくれない。面倒な手続き、連絡、葬式、学校、市役所などの申請などは捨てて出てきた悠真。

「あっそうそう、いじめ犯は数多いからエグい奴だけターゲットにした。そいつも女、妊娠させて中卒…だから、親死んでんのに、どことも学校とも関わらず旅を続けられて…」

天涯孤独であることが逆に自由にさせる、皮肉。


「それで?あぁ、母親か…目の前で自殺するわけだからラストターゲット。だけど早めに調査しに行った」

住所は知っていた。離婚後の一人暮らしのアパート。

表札が変わっていて大家に尋ねた。

見た目は子供の悠真。10代。個人情報保護なんて気にされず。大家は母を追ってきた少年という美談ぽく話かけてくる。

「逆なのにな…。案の定新しい男出来て引っ越して行ってた。よく喋る大家だから男の名前まで知ってて隣町に引越しのことまで教えてくれた」

探偵使って、男の名前と大まかな場所で、住所発覚。

「流石にその程度、依頼料安かった。興信所だとうるさそうかなって思ったけど、あとで調べたら実質一緒」

ちょっと高くてお堅い程度の違い。

「んで、いじめ犯の前に見に行った。衝動で自殺してしまうかもしれないから、手ぶらでさ…。でも、ふと考えた。また離婚してんじゃねーかって。だって毎日朝、近くで張ってたのに。近くって、近くのマンションの三階の通路からさ…みてたんだけど」

夫と男の子しか出てこない。見送ってない風でもない。

「病気で奥で寝てたら実行出来ねーしなー。つーことで、別に警戒される訳じゃないし、夫に声かけてみた」

暗い話から一転、ドキュメンタリーぽくなり、前のめりに話を聞く遥の姿が。

「「元夫が亡くなって連絡取りたいんです。元息子です。家庭壊しにきたわけじゃないので、連絡先さえ教えて頂ければすぐ帰りますので」って、別に言う必要のない家庭壊さないってセリフつい言っちまった。だって本心では壊しに来てんだから。…まぁしおらしく礼儀正しそうにしてたのさ…。すると夫は「離婚したので分かりません」と答えた。見た目普通の人だし、離婚しても年に一回ぐらい子供と会わすシステムあるんだろ?だから「知らないのはおかしいんじゃないですか?まだお子さん小さいのに、再婚もしてなさそうなのに…って言った。すると、なんか言いにくそうにしてんの…ずっと…なんかトラウマになるぐらい酷い浮気とかされたのかな?この人も振り回されたのかな?結局人間は何人も何人も不幸にしていくなーって考えて俯いてた…そしたら」

新アパートの住所をしぶしぶ紙に書いて渡してきた元夫。

でもどうしても聞きたかった離婚理由…。

「「迷惑かけませんので…」つったのに問いただしたんだよ」

子供に対する愛が無さ過ぎて不気味だった。前夫との子供も愛してなかったと聞いて、子供の将来の為にならない、と。

自分に対しては、男に対しては普通の対応。

だが一番は虐待を見てただけ、という重さ。それで無理矢理離婚した元夫。

「まぁ、その、元旦那さんは普通の人だったよ。離婚した理由もまぁ、子供の為…だから、それに対してはムカつかなかった」

一旦お茶を飲む悠真。

「最初は元子供に理由、他人に理由話せるんだ?って思ったけど、俺のこと間接的に知ってたわけで…。それで話は終わり。でも言いにくそうにしてるのがなんかひっかかった。もう関わりたくないからかなって。それか…元子供が見るにはきついぐらい金髪ド派手とかに変身してんのかなってさ」

そして翌日新アパートへ。

「居ねーっ!また別の表札。かといって元旦那問い質しに戻るとかじゃないし、もう探偵に頼んだ。金もそんなに無いし、なるべく日数早く終わってくれって」

遥が質問する。

「ああ生活費の方ね…。身分証明書いらない方のネットカフェとか24時間営業のカフェで寝泊まりしてたんだよ」

話を戻す悠真。

「んでもさぁ、都内結構探偵業多いし、暇そうな所選んだから早かった。たかが人一人の現住所調べるだけだから、有能高給の探偵なんか使わなくていいしさ」

探偵といっても探し物程度しかしない、フィクションの世界とはかけ離れた業界。

「それでなぁ、言いにくそうにすんのよ。ビジネスライクにサッと伝えたりせずさ…。親を探す未成年に言いにくそう…ってことは?男とっかえひっかえ、その度に子も設けてたのかな?って思ったりもして。「どうせ確認されに行かれるんでしょ?」ってかんじで住所書かれた紙渡されて、事務所出た」

ここで一度溜める悠真。

同じ気持ちを味わわす為、テレビ的な真似をしてバラエティ的に溜める悠真に、ため息をついている達仁。

「皆が言いにくそうにしてた理由、もうさらっと言っちゃうけど、そりゃー自殺してたらな!って」

「えっ!」

今迄黙って聞いていた遥が、流石に声を出して驚く。

「その驚きは「先にされてるじゃんかっ!この人っ!」っていう驚き?」

おどける悠真。

「…悠真くん…」

気丈に振舞っているのか、狂っていて、この話すらもエンタメに出来るのかイマイチわからない遥。

ただ感情移入しかかってまたこんな調子で、少し落胆している。

「おどけちゃってごめんね?」

いつもの躁鬱かと気にしない達仁。

真面目な顔に戻る悠真。

「大人にならサラッと言ってたのかも知れないけどさ」

老けてもいない悠真。未成年。片親と一緒に来るでもなく、一人で来る。何か抱えてそうな、心の弱そうな子供だとでも思ったのか…。

「「お母さんは亡くなられてますよーっ、しかも自殺でっ!」とか

言わない。古い事務所だから、逆に人情味あったのかもしれないけど、そこ濁すから俺、県越えて確認しに行ったんだぜ?」

遥が問う。

「あー、元旦那も連絡取れなかったら諦めるだろ。昔酷い目に遭ってんだし…と思ったのか知らないけどさ」

また話を戻す。

「表札確認したらさ、名前だけは知ってる、会ったこともない祖父の名前」

また遥から確認される。

「東京人だし、あんな親だからマジで会ったこともない。それで、母を産んだ者…俺を何代かかけて…血を途絶えさせることなく、俺…を産んだ元凶。ひいじいさんとかキリないけどな」

父の話からうってかわって、落ち着いて冗談も混ぜる悠真。

「でさ、家の前で、二代の前で自殺すんのもオツなもんだねって呑気に考えてた」

二世代の前で自殺を企てる三世代目。

「中を覗き込んだら。…誰も居ない家。近所に聞いたら誰も住んでないって。また探し回るのか、探偵無能だなって思ってたら、死んだって、祖父と、母も」

するとご近所さんが。

「家は役所が管理してる。頼んだら家に入るぐらいはさせてくれるんじゃない?血縁者なら…」と。

「あれだよ…俺の周り親戚いない奴、頼れる人いなさ過ぎ…引受人がいないから役所が遺品整理させられる物件」

更に、後回しにされてる建物。

「入る必要もない、苗字も違うから説明メンドイしやめた。真隣の人が色々教えてくれるんだけどさ…ちょっと山の方に住んでる田舎のお婆さんだから、井戸端会議的にペラペラ」

東京出身の悠真には珍しかったタイプ。

「祖母も離婚して居なかった。あ〜なんか俺のとこの血筋はそんなんばっか。ご近所さんが言うには、昔から母の泣き声が聞こえてきたんだって…でもそういう時代だし別に普通」

昔の時代だからといって、助け合いの時代でもなく、放置。2000年代に入るまで、虐待相談センターもなく。

「…普通の人ならここで「母も虐待に遭ってて可哀想だから。心壊れてるんだよ…」とか言うんだろうけど、虐待されたから、そこで悲しみの連鎖を止める。子供産まない俺からしたら、そんなの関係ない」

達仁も悠真も“それ“を真剣に、途中で絶対心変わりすることなく遂行する精神性の持ち主。

そこの重みは、本当に正義の為に自分を捨ててまで遂行しようとする常人ではない重さ。

だから繋がっている二人。

そこで損をしたくないから自分も産んでまた虐待する、世間の親。

虐待しなくとも、そんな理由で子供を持てないなんて嫌だから産む世間の親。自分の為に。

生まれてくる子供。人の為に産まない自己犠牲の二人。

「父のこともさ…いくら劣悪でも自分で選んだんだし。まぁ、普通の奴は「男運も悪かったね」って表面上な言うんだろうけど。まっ、その心が壊れてる人が実家帰ってきて、予期してなかった父というか俺の祖父の介護させられてたらしい。いやっ祖父っつっても若いんだけど、体壊したみたい。でも行くとこもない母は一応介護してたんだろう…よく分からんけどな、理由は。財産目当てかもしれないし」

冷めた目で言い放つ悠真。

「ていうか隣りのババアと俺の想像だけど、虐待された親の介護までしなきゃいけない…こんな人生…ってかんじで自殺したんだと思う」

徹頭徹尾厳しい現実というもの。

「詳しくは知らないよ。でももし、その自殺を祖父の目の前でやってたら…」

誰の身にも降りかかってくるもの、不幸。

「その後、祖父もショックでか、更に体力弱って病死らしい」

想像よりも更に酷い現実に言葉が出ない遥。

「だからさぁ、妄想なんだけどな…」

遥の表情を見て。

「遥さん、黙って聞いてるけど…「君がやろうとした大それたこと君の母がやってるー!」とかツッコんでもいいんだぜ?」

「…ユーマくん…」

哀れみを超えたものを感じる遥。

「いや…俺はもう狂いすぎて、この話をおどけて言えるぐらいになってる…ってことなんだけど」

「…」

たまたま取材にきた地下で、こんな境遇の少年と出会い、そのトラウマ、情報量の多さに圧倒され、すっかり遥の気力も無くなってしまっている。

「あーあのさっ、お隣さんさっ、悲鳴も放置、要介護だけど放置、別に祖父に声かけだけはしてくれてた…って訳じゃない、俺の見立てでは…。それなのに噂話だけは俺にガンガン言う。…別に隣人を助ける必要はないけどさ、その情報を自分達のエンタメ•暇つぶしに使うのはさ…」

他人を使用して人生の暇つぶしをする一般人。なにもヤクザや殺人者のように直接的でなくともこれだけいる悪意の人間。

他人を妬み、使い、バカにし、話題にする。

達仁が久々に口を開く。

「そういう奴ほど、自分の為に間髪いわさず警察呼ぶから、一発入れてやることも出来なかったんだろ?」

「はっはは…だって一応俺に情報くれた情報屋さんだし?プロの情報屋、噂話、野次馬、一般人様っ!」

苛立ちをおふざけに変える悠真。

遥は。

「…流石に実のお母様の…その…事の顛末はお父様にも伝わったんじゃ?」

「あー、だから…基本俺の話に出てくる登場人物は、社会不適合者。連絡も取り合わない上京者•東京人の中でもおかしい奴ら。だから父は知らなかった。もし知っていたとしても、子供にショックを与えない為に黙る•隠す…ってタイプじゃない。むしろそれを引き合いに出して俺を責めるよ。「あんな親の子!」ってな。「お前の子だよっ!」ってツッコミは出来なかったけど」

誰とも関わらず遊ばず、ただ仕事場から学校から帰ってくるだけの二人だけの生活。

酒飲んで終わる毎日の父。

「それは都会人っぽくもあるけど、マトモじゃないよな。誰も今何してるか分からない。行く末も分からない。便りをよこさない、頼る人の居ない、貧乏のその日暮らし」

そこら中にいる、貧乏人や社会不適合者の生活、現実。

「あーあ、自殺してやがった。自殺因子だけ遺伝しやがって…父のイかれたとこ、暴力的なとこ。母の訳が分からないとこ、心がおかしいとこ、それを受け継いだ、異常者ハイブリッドの俺」

凄く悲しいことを普通に言い放てる悠真。

「俺みたいな奴がまた異常者•底辺•不良•貧乏同士で子を産んで…って世の中。それは遥さんは分からないだろうけど、達仁は分かってくれる」

ふと悲しげな顔を見せる悠真。

母の死。

「物語だったら、新しい普通の夫の元で子供と普通の生活の中で、ふと我に返り、俺に申し訳なく思った。今の家族を捨ててまで死んで詫びた…ってそんな物語ないか」

少しでも成長して、ややマトモになって、何かを悔いていた。なんてエピソードもなく。

「本当の理由も分からないよ。ただ自分の境遇を呪って…俺と一緒ってか?」

結局何も親から受けていない悠真。謝罪も後悔の念もなく、教育も愛もなく、ただ死なれて。

「…まぁこんなかんじです。だから親が死んでたから、俺は今生きている。有言実行しない日和った、ただの構ってちゃんのほうが面白かった?」

遂げることも出来ず宙ぶらりんの悠真。

「…で、気づいてるだろうけど、復讐を自分の手で出来なかったそのショック。そのショックで止まるかというと…誰にも復讐出来なかったまま終わったら、それこそ何の為に生まれてきたのか。人にオモチャにされるだけの…まさしく物」

不安定な精神。それを保つには。

「やり返すことも出来ないとか…だから止まらない…天涯孤独。マトモに育ってないし、今更どうやって生活していくのか…復讐に狂って終わりの人生。誰も止めない。誰一人として止めない…だって俺、独りだから」

「悠真…お前…」

達仁が切羽詰まった言葉を吐く。が。

「…どんだけ喋ってんだ、もうそろそろ閉館っつうか」

「やべー、俺、入り込んで時間の感覚狂ってたわ」

慌て出す悠真。

「遥さん、これまだ続くけど…未成年のこんな話だから面白かった?」

「…面白いとか、そんな軽い気持ちで聞けるものじゃないけど…」

「達仁のように完璧に理解してくれなくても、女性に話すのも案外面白かったよ…それじゃ」

「あっ、待って」

「ん?」

「続きって聞かせてもらえるの?」

「あー俺、気分屋だから明日また来たとして、分かんない」

戸惑う遥。なんといって約束を取り付ければいいのか。

「えっと…」

「だから文無しの俺は達仁の家に居候させてもらってんの。無茶苦茶な関係だけど、そういうのが続くかなー」

「…ルームシェア、同棲。君たち二人の…」

顎に手を当て、興味深そうな遥。

「俺たちの生活に興味あるんなら、俺たちの家に来る?」

「えっ?」

あっさりとした言葉。

「先に言っとくけど襲わないし。襲うと思うということは、相手を犯罪者扱いしてるってこと…でも世の中ではそれが罷り通ってるけどさ、そんな心の醜いことを遥さんは言うかな〜?」

「それだと退路断ってるみたいだぞ」

「あ、そっか」

「後はホモと思うとか…そーいうのばっかだよなー世の中ってやっぱり。犯罪者•異常性癖者扱い。人様を絶対下のカテゴリに当てはめる。否定する」

勝手に喋り続ける悠真。

「で、どうするの?プライドを取るから、痛みが分かるから、襲わないけど」

あっけらかんと言う悠真。

「行ってもいいかな?」

精神的に潔癖性の二人の男を見て、信頼する遥。女性ライター。興味が上回る。

「OK」

帰路につく三人。

夜の東京。

「俺達は酒もタバコもしないから」

「あ〜、勿論安っすい所だよ。金持ちじゃないし…最低限の生活、ネット環境はあるよ」

「うん」

特に緊張などはしていない遥。記者として色んな連中と接してきた経験で、二人のことを異質ではあるが、危害を加えない、自分なりの正義感のある者と理解する。


徒歩圏内にあるアパートへ着く。

「…このちっさいアパートに住んでる落伍者がテレビ目指してる…まぁそう言うと芸人みたいだけど」

達仁がテレビ出演目指していることは軽く伝えた。

なぜ地下でそれを目指しているのかは理解出来ないが、あえてつっこまなかった遥。二人分の何か抱えた男。情報量が多すぎるから。それよりもこのまま仲良くなって、もっと色んな話を何ヶ月にも渡って聞いていきたい。

「夢を追って上京。ボロアパートで地上波目指してますってか?」

「そうそう」

鍵を開ける。

キィ…。

「お邪魔します」

建物は汚いが中はマシだった。

「…男の人の家なのに片付いてるんだね」

「今時んなこと…精神的に潔癖性だから家も片付いてるんだよ」

精神が外面にも部屋にも影響している達仁。神経質な人間。

「イかれた若者の家見て、知的好奇心満たせた?漫画みたいに壁一面にスプレーや血があるとかの方が良かった?」

「ん…行動は狂ってても、言ってることは理性的ではあるし…驚いてないけど」

見回すほど広くも物も置いてない部屋。

「あの…ね…えと…本当は死ぬはずだった自分から…助かったっていうか、なんか変な言葉選びになっちゃうけど…復讐だけの人生疲れない?達仁君っていう理解者と今、傍にいるよね?」

「あー…感覚がもう、狂ってるから」

笑顔を見せる悠真。

「それと…達仁は馴れ合う関係、助け合う関係じゃないっていうか…俺の考え•闇を全て分かってくれる…えと…分かったフリじゃなくて…俺と同じような感性•感じ方をする。他に絶対いない人。俺っていう別の人間を、闇を哲学を完璧に理解してくれる、運命のような人…だってんな奴いるわけないじゃん。他人に対する捉え方が一緒。悲しみも闇も本当の意味で理解してくれる人…。親でも、血を分けた一緒に暮らした人でも無理なこと」

盲信•妄信でなく、かといって教祖的な捉え方をしているわけでもない、ただの理解者。

ただ心の闇を本当に理解してくれる唯一の他人。だから信奉してしまう。

悠真の一方的な心酔。

達仁はただひとり。

年の差など関係なく、ただ達仁は悠真の精神を内包した上で独り。誰にも理解されず、自分しか自分を理解出来ない側の人間。

だからテレビの前で自殺する、できる。

「だからって、達仁がいるからって、これからは普通に生きていける、一度でも理解されたから生きていけるってもんじゃないんだよ。それに達仁は目的があって、もうそろそろ…半年、一年以内にはお別れするんだよ」

「…」

二人の言葉を理解するのが難しい遥。

「くっくく…愛の告白みたいだった?達仁は俺の中の神様…憐れみでもなく、嘘でもなく、人間の捉え方、心の闇具合が一緒。それでいて俺より…」

ちらりと達仁を見る悠真。

「言葉にすると安っぽくなる…けど俺より狂ってて、暗くて、弱くて、悲しくて、危うい…」

達仁が悠真を遮って。

「悠真が言ってるのは、先生などかやる、自分に酔ってる「俺はお前の理解者だぞっ!」って熱血系じゃなくて。何も分かってなくて、先生っていう普通に生きた存在…それが万人の秘めたる思い、裏側を分かるわけなく…安っぽい心の闇でも、甘えのうつでも、気を引きたいだけのメンヘラでもなくて、憎しみ、本気の憎しみとか、悲しみと怒りは違うとか…やばいぞ…今日二人とも言葉上手く紡げなさすぎ」

苦笑する達仁。

「だって、その説明出来ないもの…だから他人に理解されないんじゃん」

「悠真の心の闇が50だとしたら1しか理解出来ない…だって一般人なんだから。普通の人が分かったフリする。それを出来ると思ってる時点で…」

同じ境遇。傷の舐め合い。

一般人は弱者を叩くか、偽善ぶることしか出来ない。

「遥さんはお茶でいい?はい」

「ありがと」

「はい、クッション」

それぞれ座る。

「それで?えーと、最後のいじめ犯か。そいつヤクザになってた。またそんな奴に限って家庭持ってた」

今生きているのだから問題ないのだが、ヤクザと聞いて心配してしまう遥。

「いじめ犯、不良ほど、バカほど、避妊しない。考え無しの…意味無い子供…たまたま出来たっていうか、自分達で意図してない設定だけど…。出来たら出来たで箔付くとでも思ってんのか」

自分達の忌み嫌う者。

「最後にヤクザぶちのめすから、最後に悪を退治して、良い事で終わりってのも面白いかなって思った。ヤクザっていっても、下っ端中の下っ端。結局すぐ辞めるような…辞めても責任とか取らされないしょっぼい奴」

防犯カメラも無い。雑居ビルの小っさい組事務所。

「だってさぁ、ヤクザもコネだもんな?達仁」

「あぁ、大っきいとこはコネ。下っ端は雑居ビルの中〜上階へ詰め込まれる。表の社会と一緒で上層部はホクホク。下は捨て駒、社畜」

「まっ、そういう訳で特別恐いとかはなかった。そうそう俺が自分を壊れてるって思ったのは、格闘家とか試合後は興奮で眠れない。初めてマジの喧嘩した奴は奇声発してブルブル震え、興奮で余韻収まらないとかいうじゃん?俺、ずっとならなかったんだよ。逆に鎮静してんのよ。「次のターゲットは…」ってかんじで」

現代社会の中で自分を解放するのだから、後を引く興奮状態。それを超える冷め。

「それでね…下っ端さんは。えーと、田辺は。外出てきたとこ声かけた。どうやって人気のないとこに誘うか考えてたら、あっちから移動してくれたんだよ」

達仁が推測する。

「上に迷惑かけたくなかったんだろ」

「そんな気使うんだったら、ギリギリまで高校生活やってりゃよかったんじゃない?今はそのモラトリアムも大学生まである時代だしさ?大学卒業まで好きに酒飲んで、親に頼って、人をいじって、素晴らしい生活して、後も中の中で一生生活して」

「それを女妊娠させたり、カッコつけたりでヤクザになったアホ…か?」

「後、ヤンキーがなるのは車の整備士と土木作業員だけど…いつも通り脱線しちゃった。サッと行くよ?」



路地裏へ移動する二人。

「家庭持ったんだね。ヤクザって人に恨まれるし、君は特にいじめっ子だったからダメなんじゃない?」

「何が言いてーんだこら!?」

相手の怒声に怯えることなく、突然目の色が変わる悠真。入りきる。その、人を憎む、自分で脅すという行為に入りきる。

「あ〜、奥さんっていうか…彼女妊娠してんだろ?今の俺の雰囲気見て何が言いたいか分かる?」

瞳孔が開き、顔は血の気を引き、青ざめているのに、狂った妖しげな笑顔で語りかける悠真。

「は!?お前マジで言ってんのか?美香は関係ないだろ!?それに妊婦だぞ!?」

「はい〜バカ特有の、名前言っちゃう出ました〜。ま、知ってんだけどな」

どこまで調べられてるか分からない田辺は戸惑う。

「お前らよぉ…仲間逃がす時に「浩二っ!お前だけは逃げろーっ」つって警察に名前バラしちゃうタイプのアホだろっ?!」

嘲笑する悠真。

「…お前本当にあのユーマか?」

「因果応報って知ってるか?バカヤンキー。あのさっ、俺は逆に喜んだのよ…二人分殺せると思ったら三人分になったんだから…バカの為に補足しとくけど、三人目って胎児な?」

あり得ない感情•セリフに気圧される田辺。

「なにヒイてんだよ…ヤクザって女子供殺しまくる職業じゃなかったっけ?…あぁ、これも皮肉で言ってんだけどな」

ここまでのセリフを吐く異常者。何をするか分からない。脅しかどうかの判断も出来ない田辺。

「俺って守るモンが無いのよ…だってお前らにマトモな生活奪われたんだからさ」

「なんでたかがいじめごときで家族まで殺されなきゃいけないんだよっ!」

怒りと緊張で顔つきが変わってゆく悠真。

「いじめってされた方が悪いんだろ?んじゃあ、今回のはお前が悪いんじゃないの?」

「はぁっ!?何言ってるか全然分かんねーっ!お前美香に手ぇ出したら殺すかんなっ!」

真正面から田辺を捉える悠真。

「お前にその覚悟あんのか?人殺し、本物の人殺しになる覚悟…。俺はあるよ…お前らはストレス発散してただけの奴。心歪まされた俺。ヤンキー特有の「殺すぞっ!」じゃなくて本当の本当に殺さなきゃさ、止まんない…」

田辺が止まってしまう程の気迫が悠真にはある。

「リンチで一本骨折られたくらいで止まるんなら、ヤクザ相手に乗り込まないだろ?!」

説得力のある言葉と圧力。

「俺の本気度分かるか?警察に頼るでもなく、一人で来たんだ」

「お前っ!…お前っ!!」

パニックになる田辺。それしか言えない。

「今話してみて、俺って…刑務所まで追いかけるタイプ、それか出所後すぐまたやって来る狂人だと思った?思えた?」

言葉責めも好きな悠真。追い詰めることに喜びを覚えるようになってしまっている。

「上には頼めないよな?下っ端だし。俺って、お前もだけど未成年だし。上のヤクザさんは来ないよな?」

「なんだよっ!お前っ!金かっ?金で許してくれんのか?」

「…金で元に戻る人生って…なんだ?」

一際強い怒り。

「…っ!」

(おいおい…こんなヤバイ奴だったのかよ。あのやり返してこない、いじめられっ子ユーマがよぉ〜)

冷や汗をかく田辺。

「あのさぁ、殺さなきゃ止まらん俺…でも殺したら、今の時代、ハクがつくどころか迷惑かかる…詰んでんだよっ!お前はっ!」

ヒザをつく田辺。

「ん?…土下座…ねぇ…。俺のことさ…少しでも怖いと思ってくれた?怯えてくれた?」

おどけ口調にホッとするわけもなく、狂人のコロコロ変わる感情に更に恐怖する田辺。

「あ…あぁ…」

「ネタバラシすると殺しませんっ!ワーッ!」

「…は?」

「いや、態度次第ではヤるよ?でもね?他の奴らもターゲットなの、復讐していってんの」

「…マジかよ…」

「殺さないって聞いて緊張解けた?」

「…いや」

(やべーこいつ、殺人者•変質者的な雰囲気…ヤンキー上がりの方が全然マシだって…)

気づくと、更に脂汗をかいていたヤクザ、田辺。

「かといってこのまま無傷で帰すわけないよ」

(ちっ…)

「俺が折ったらメンドイから…だって流石に折れた理由聞かれて、俺、ヤクザに酷いリンチされるでしょ?面子の為に…一方的にやられた場合はさ?」

一家皆殺しまで行くとヤクザも別問題で関わってこない。

「さっきの話は無抵抗の素人、未成年の俺をお前が殺した場合は…ってやつ」

妖しい笑顔で近づいてくる悠真。

「だからいい案があるんだよ…お前が一人で2〜3階の高さから飛び降りんの」

「はぁっ!?いやいや待てよオイッ!」

「やる前に酒飲んでね?酔って高い所から落ちちゃった馬鹿って設定で…。それをやれたらさぁ…他の奴らにはもっと長い追い込みかけてんだけど、それが出来たらもう一生お前の前に顔見せないから」

「ちっ…」

とんでもない奴に絡まれた、と被害者意識すらある田辺。

「酔ってたら痛覚鈍くなるし、いーんじゃない?酒グセ悪過ぎってことで無駄な飲みにも誘われないかもしれないしさ…」

ずっと笑顔を絶やさない悠真。

「…断ったら?」

「あのさ、そうやって言ったらヤクザもいじめっ子も虐待も許してくれんの?そんなすんなり…」

過去を思い出しうなだれる悠真。

が、すぐ切り替える。

「…もしお前が家族なんて知ったこっちゃない!好きにしろっ!って俺をボコってくるタイプだったらどうしてたかなぁ」

すぐ目の前に、現実にいる異常者。

おどけ口調が癖になってしまっている少年。

170cmのただの少年が、憎悪によって変貌した姿。



ーーーーー達仁のアパート。

「ってなかんじ」

「あーいう奴らに自分で自分を傷付けさせるってのは、痛みが分かって更生させられる…ってのは建前で。見てるの楽しかった!面白かった!…女性の前で言うことじゃないけど」

悠真が入りきってる間、達仁がちょこちょこ擁護をいれてはいるが…先程までの悲しみの少年から加虐のイメージへゆく遥。

「あ〜、言っとくけど達仁は正義寄りだけど、俺は人のことなんて…だって俺は狂わされたんだから、仕方ないだろ?…これ、一般人がよく言う、あいつらの言う正当化の真似。人のせい、人のせい、本当に人のせいかは分かんない…俺はな?でもあいつらの言う自分の失敗を人のせいにして押し付けんの虫唾が走る」

遥は。

(達仁君はつっこまないけど、自分で自分を傷付けさせる、鬼畜さ。それもいじめじゃないの?…でも彼の纏う雰囲気、物悲しさのせいで私も…そこまできつく思えない…)

変質させられた者だと悠真を庇う達仁。自分からは絶対に危害を加えないとも。

「ん…」

「ってわけでさ、ギリ犯罪者じゃない俺。今も生きて表に居る。それも皮肉なかんじだけどさ。…いや、遥さんが密告すれば…」

「いえ…あなた達は歪んでるけど嫌いではないし、勿論内緒、それにあなた達を敵に回したくない」

「えっ…女の人に恐がられるのってショックだな、タツ」

「…あー…」

「…えーと…」

「ああ、普通のリアクションしちゃダメなのね。俺のキャラは情緒不安定で躁鬱病でオドケるかんじだし?」

短期間で理解出来る、浅い若者的な部分と闇深さ。

「ああ」

「話戻るけど、その後下っ端ヤクザさんはさぁ。「こいつ酒弱過ぎてマンションの2階から落ちて骨折したアホ」ってなかんじで、いじられ役に回ってんのかね?自分より強い存在の上のヤクザに対してはいじられ役に回って、その反動で一般人や手下には思いっきり鬱憤晴らしして、また被害者増えんのかな?」

廻り続ける、連鎖。不幸を人に与える人間。

悠真が頭によぎったのは後悔ではなく、人間社会というものへの憂い。

達仁が遥へ向かい。

「記者さん…俺らは憂いて、悟って、諦めて、冷めて」

悠真が遮って。

「記者さん?ノンフィクションルポライター編集記者作家を記者さんって言ってんの?記者って呼び方芸能リポーターっぽくない?」

達仁の真面目な話を下らない話で遮る悠真。ころころ話が変わる。

「君達、本当によく分かんない関係だね。友達でも仲間でもあるような」

年の差のある二人。

「利害関係がある意味ないからかな?この流れで最後の話、俺達の出会いの話始めよう」

最後のエピソード。

「いやっ待てよ。言ってなかったことあった。俺、一度も達仁にすら苗字教えてないんだ。親が嫌いだから。俺を産んだのはこの名字だから…。…かなり深い意味で言ってるんだけど?」

真意を量りかねる遥。

「まっ、いいや、じゃあ続きね」

およそ常人では想像もしない理由。どうせ理解出来ないのだから取りやめる。

そして話の続きへ。


復讐の終わったあと。

空っぽになった自分。目標•希望の無さ。奪われた未来•将来。

だからといって、なんとか下の上で家庭作って生きていける程マトモじゃない。

壊された悠真。

復讐が終わって緊張が解け、突如現実、あるいは“何か“に怖くなって夜の街を叫び走り続ける。

関わらないよう離れる一般人。

東京の街。誰も助けてくれない無関心な冷めた都会人。気持ち悪がるだけ。

警察も「夜だし酔っ払いだろう」と放置。なるべく面倒臭いことに関わりたくない。テレビなどでやっている警察ドキュメントは作られたもの。ネズミ捕りや自転車盗難捜索で点数を稼ぐだけの、たまたま警察を職業に選んだだけの正義ではない者。

二人以上同時に叫んでいれば薬物を疑い職質。

だが、繁華街には今でも腐る程の酔っ払いがぐだり、叫び、吐く。

ストリート芸人が大声で人の気を引く。そんな者をいちいち相手にはしていられない。警察は通報があるまで動かない。


知的障害者と間違われる程の狂った叫びを上げていた悠真。

ただその中で一人だけ、心の闇からくる衝動であると見抜く達仁。

追いかけ走る。

同じ壊れ人の達仁。達仁だけが声をかけてくれ、話を聞いてくれた。

もし警察に呼び止められていたとして、その先に悠真が何をするのか?送り返されるか、解放されてまた無。

達仁は優しく。

「痛みを知ってるから、だから俺は絶対にお前を否定しない」

たったそれだけのことでこの人は自分に冷たくしない、ずっと本当の意味で受け入れてくれると感じた悠真。

人の痛みが分かるから悠真に優しい。その何かを感じとって、全てを話した悠真。

自分の行動を責めないどころか褒めてくれた達仁。

行く所のない悠真は達仁についてゆく。

することもなくアノアに入り浸る悠真。


「でー、俺の生活なんだけど…」

「待て」

悠真を制した達仁が遥を見る。

「おかしくなった人を見て、可哀想と思うんじゃなく、「気味悪い…」となる他人。自分は普通側の人間だから、おかしくなんてならない。なんでなるのか分からない。マトモに生まれて余裕があって、その余裕を何に使うかというと、人をバカにすること。他人だから可哀想なんて思わなくていい、放っておく。そこまで追い詰められた人間、狂った人間を更にバカにして惨めにすることがあいつらのすること。他人だから何も思わないんならまだマシだが、汚物を見るような目で見て拒絶して…」

人間の性質を憎む達仁。

遥は今時社会に何か思うなんて珍しい若者だなとしか思えない。

悠真は。

「あー、俺のこと周りはそう見てたんだ?初耳。まぁ、達仁が手を差し伸べてくれたからいいんだけど…あっそうか」

首をかしげる遥。

「あのまま達仁と出会ってなかったら俺、どうなってたんだろ…。つっても今も社会復帰した訳じゃないけどさ。精神病院行きかなっ?」

明るく言い放てる悠真。

いたたまれないといった表情の遥。

何も持っていない悠真。狂いしか。

「それで、俺の生活費さ、達仁が、全て出してくれてる」

達仁の狭いアパートに居候だから家賃も要らない。ほとんど外にいて電気•ガス•水道代も特に変わらない。携帯代も娯楽費も教育費も交際費も服も要らない。

アノアまで徒歩圏内。

「実質メシ代だけ出してもらってるだけ…って軽く言ってるけど、達仁には勿論感謝してるよ?」

イビツな二人の生活に、本格的に好奇心が刺激される遥。

「うん…分かるけど。じゃあ達仁君は収入は?」

「今はファイトマネー。貯金崩したり。…ある目的があってそこまでの生活費があればいいから、将来の為の貯金とかもしてない」

「…?」

腑に落ちないが、達仁に対してはまだ深入り出来ず、質問はしない遥。

「後は俺も浪費しない。目的の為に突っ走ってるから…」

最低限の生活をしている達仁。すぐ終える人生だから本当に貯金もせず。

「面白い試合をしたらボーナスくれるんだよ、あそこは」

「唯一かけるのは体作りの為の食事•サプリ•プロテインぐらいかな」

「くくっ…驚いたでしょー?男二人が定職に就かず生活出来てて」

達仁のことも自分のことのように笑う悠真。楽しげ。

何か目的がある様子の達仁に問いかける遥。

「でもこんなとこで燻ってる」

「暗くなることしか出来ないのかもな、日陰者だから」

あくまで冷静に自己分析する達仁。他の不良•格闘家のように派手な迷惑行為をせず。

だが悠真は違う。いくら悲しみがあろうが、復讐なんて…。しかもやり方も悪人そのもの。

そこを突っ込んでみる遥。

「正義的じゃないよね?」

「俺の方は暴れてるだけって?虐待をうけた子供は脳が…だから俺がおかしいのはそれってことにしといてくれ、自覚はない」

(自覚がないのが危ないんだけどね)

達仁も方法が無いのか、放任してて治療しようともしない。精神薬など飲んだところで、傷は消えないのだから。

「でもさあっ!」

いきり立つ悠真。

「“奴ら“は人のせいにするなっ!って言うんだよ?何も知らない、何も見てないのに。いざ自分がクビになったら、社会•他人•国•政治家のせいにするくせに、絶対自分は責めない。他人にやられたって。それでも、本当に他人に捻じ曲げられた俺は、黙らされる…。…って興奮しちゃったゴメン」

先程から遥が引っかかるもの。

じゃなく、ちゅう)に対して怒ること。

一般人やその一般人が作り上げた社会の空気や悪意というものに。


「達仁はね、目的があるんだよ。このまま地下で闘ってたらテレビに出れるらしい。そこで有名になったら訴えたいこと」

「それはなに…?」

「キーワードとしては」

“弱者“を叩く人間。“逃げるな“と言う逃げている人間。 “一日も休むな“。なぜなら、“損、得“だから。“社会、会社“がそうさせるから。その社会を作るのは“一般人教“、と言っていいぐらいの一般人の空気•妬み•他者の否定が作った宗教。奴らはなぜか謎の“誇り“がある。あるから“上中下“を決める。そして自分が下にならないように“ハードル“を下げさせる。これに反するのは“クリエイターや有名人“。


「訴えかけたいことがあるんだよね?物書きになったら?私が勧めるし」

地下で生活するへんてこな若者というフックがある。

悠真が答える。

「っていうか俺ら二人共、本も読まん…し中卒。…嫌な…人間というものだけを見てきただけの経験と知識しかない。怒りしかない。だからマトモな方法じゃダメなんだよ」

流石にライターであり、女性である遥には自殺のことは伏せる二人。

ただのトラウマからくる社会派の言葉を聞いて欲しい二人…程度に留める。

なんでもない人間。学歴すらもなく、勉強も本も読んでない。周りの人間を見てきただけの、“考える“ということをしてきただけの。


「こんな生活長く続けられないって分かってるよ。達仁に養ってもらってて、達仁が死んだら俺はホームレス。仕事探さず、刑務所でも行くんじゃね?」

希望、欲しい物が無いから死ぬ。

幸せがないから生き急ぐ。

「のたれ死ぬさ…それしか出来ないから。何もしない、希望が無いから。絶望と向き合うだけ。今ほんの少しの間、惰性で生きて生きてるだけ…。だから平気で命を捨てられる。守るべき者もいない」

凶悪モードでない、脆い儚いモードの悠真。

するとやはり心が痛む。遥は見た目から、年の差から、悠真を弟のように見えてしまう。

今日初めて会っただけの少年。だが、その半生を聞いたことによって感情移入してしまっている。

悲しいからこそおどけるのか、狂ってしまっているのか。

ふと見える普通の少年っぽさ。

変質させられた者。普通の経験•成長をしてきていない。被虐だけはある。不幸だけは味わわされてきた。

既に未来を捨てている。生きていく情熱のない。

それでも生きたとしてなにがあるのか?

ただ達仁の目的を見届けるだけの、自分を捨てている少年。

今を派手に刹那的に生き、このまま終わる悠真。

遥が元々持っていた夢も無いのかと聞く。

「俺は、俺の方は格闘の才能も無いから、今を生きて終わり」

幸せというものを知らないからマトモな努力をしない。

「何も出来ないよ…」

結局、自殺しなかったところで、死んでるのと同じ少年に憐憫の情を抱く遥。

過去のせいで成長できず、その後も停滞。その先に…。


「達仁は裏切らないから、絶対。数ヶ月の仲だけど…。考えに惚れ込んだんだし」

「俺だけは変わらないでいてやるよ」

途中で日和ることも改心更生することも妥協することもない。

小さな声で言う。

「達仁のは本心だもんな…っていうか死んで、変わることも出来ないんだけどさ…」

されたことを忘れて生きることはない、囚われたもの。


かなり話し込んで夜遅くなってしまっている。キリも良く、今日は帰る遥。


遥の雰囲気。ライターだからというよりは本気で心配してくれてる部分も見せてくれた遥に、姉性を感じる悠真。

両親は敵。母性を感じたこともない。兄がいたとして、兄も一緒になって虐待のストレスをどうせ自分に与えていたんだろう…と想像する。傷付けてくる男。八つ当たり。犠牲。矛先。下の下。

姉が理想。姉を欲しがる。

それだけは、達仁でも察せない。

遥が帰った後も玄関ドアの方を見つめ続ける悠真。




翌日。

達仁の試合まで時間がある。

一人で控え室で休む達仁の元へ、古株っぽい男が近づいてくる。

30歳くらい。180cmぐらいでゴツめのガタイ。

この男もここの選手。見た目は髭を蓄えた粗暴そうな男。ワイルドというか、少し汚らしい風貌。

達仁に話しかけてくる。

「なんで勝った時喜ばない?」

達仁は冷めた目で。

「こんな所で勝ったところで、喜ぶかよ」

怪訝な表情を見せる男。

「ならなんでここで闘ってる?」

「都落ちだ」

最低限の言葉。だが古株の男は理解出来る。

「都落ちって、俺やったことあるけど、あいつら元々スポーツ寄りでやってる奴らだから、しょっぱかったぞ」

表ではしがらみがあって出来ない者。ジムから除籍された者など、爪弾き者が最後に集まる場。アノア。地下格闘技。

「プロ落ちとやりたいんだったら、普通に表のジム通って表の大会目指せよ」

他の腐った者達と違って何か目的がありそうな達仁。が説明を始める。

「格闘技って身一つで出れて簡単に見えるけど、携わってる人間は特殊だし」

ジム同士の遺恨。

スポンサー、タニマチなど探して媚び売る。

チケットも手売りしなきゃいけない。ジムに買い取らされる所もある。

貧乏な、格闘家を目指す者達を更に酷使する。

「不良って友達多いだろ?」

そういう者の方が興行から重宝される。クラブのパー券が格闘技に代わっただけ。

実際、元不良仲間みたいなので会場の1ブロック固まる。が、身内同士で盛り上がってるだけで、仲間が多いタイプの方が純粋な一般ファンってのが付きにくい。

「草野球•地域大会ってかんじで…」

トップ選手は勿論ファンだけで集客できる。自分に価値があるから手売りしなくてよい。

「で、金の事を気にしなきゃいけないから、ファイトパンツにダッセー町工場•町の居酒屋のスポンサーワッペン貼って試合しなきゃいけない」

自分がデザインしたファイトパンツ履いて芸能人みたいにそれも含めて自分•自分の個性っていうセルフプロデュースも出来ない。

男が同調する。

「あぁ、そのロゴのTシャツ作って売れたりするからな、テレビに出れるプロは」

「後は…」

道場に金払っても、個体差無視で学校みたいに同じスタイルに矯正される。

一般人から抜け出す為に格闘技やるのに。

個人競技なのに。

エクササイズ目的の奴らと一緒に練習させられて無駄な時間使って。

選手数に対して興行も少ない。

「スポーツ化も嫌で、セコンド無しで、本当に独りで闘いたいんだ」

こだわりのある達仁。

「それにここの奴らの方が色んなのいて闘って面白いから」

アマチュア格闘技しか経験のないものや、喧嘩屋、パワー自慢、中国人などもいるアノア。

「俺も分かるぜー、総合格闘技ってなんでもありがルーツなのに、今じゃテレビ用に制限されまくってるし、プロはカタい同じ闘いばっか。で、理由はそんだけか?」

「…だから、こんな所でやってるから分かるだろうけど、マトモにジムで練習して色んな人に媚び売って、普段は一般人ヅラして生活とか…出来ないんだよ」

社会不適合の者。

「はみ出し者ってやつだもんな」

「ここで色んな喧嘩屋•プロになれなかった者•目や脳に問題あるけどここで闘わせてもらえるやつ…なんかをぶちのめしながら実戦積む方が性に合ってる」

ヤクザの資金力に依存したもの。

「派手な試合さえすれば、ポンッとボーナス出してもらえて、飲み会付き合わされることもない。ご機嫌取る必要もない。さっと帰れるここがいい」

オーナーの須賀は、必要以上に選手に関わってこない。昔のヤクザのように面白ければ、気前良くボーナスをくれる。地下の者にとって非常に都合のいい者。

「まっ、健康に対する保証とかないし、裏の仕事ってかんじで、羽振りはいいよな」

達仁は古株っぽい男に向かって。

「中途半端なプロ落ちしかこないけど、数年前トップ選手がここで一戦したって」

「え?そうなん?」

達仁よりは長くいるが、かち合ってはいない男。

「マトモな生活は出来ない俺はそれを待ってるんだよ」

寡黙そうな達仁。だが、人に伝えたいことは、知識量はある。

「お前もっと喋らないタイプだと思ってたけど、格闘技詳しいんだな…。他の奴らっていかにも落ちこぼれってかんじで、マトモな受け答えすらもしない奴とか「格闘技知らん。ただ喧嘩したいだけ」って奴も多いしさぁ…格オタ(格闘技オタク)同士もうちょい話そうぜ」

見た目のゴツさと違って気さくなかんじの男。

名は笹田だと言う。

達仁の試合をいつも見ていたが、気難しそうな寡黙そうな達仁に声をかけられずにいた。

達仁の方は他の選手の試合を見るのは気分の時だけ。

笹田のことも見たことあるかも程度の認識であった。

「悠真が戻ってくるまでなら」

「あ〜いつも一緒にいる10代の奴?50代くらいのヤクザとなんか話してたぞ」

「ふーん」

話題を戻す笹田。

「いくら地下のレベルとはいえ、お前ずっと連勝してんじゃん?格闘技好きだからこそ言うがマトモにジムに通ってないのになんで…強い?寝技は絶対スパーこなさなきゃ強くなんないだろ?どうした?」

今地下にいる笹田も昔は道場で真面目に練習をしていた。だからこそ生まれる疑問。

「格闘技•武術って、自分だけが知っている技術が多ければ多い程勝ちやすくなる。だから他のスポーツ•立ち技の何十倍の技術論をまず叩き込んでんだ」

オリジナルの技術も編み出し、真剣にノートに書き出し勉強する達仁。

「だって、疎かにしたら自分が相手に壊されるんだから」

「寝技は頭良くないと無理。チェスみたいなもんってよく言われるよな」

まぐれ当たりでも勝ててしまう打撃•立ち技と違って、道筋のある寝技。だからこそ寝技にまぐれ勝ちはない。非常に細かいシステマチックなもの。

「学力低そうな、あったま悪そうなヤンキーって取っ組み合いしかしないもんな」

相手と自分の八本の手足•首二つ。ここから繰り出される、絡ませる技術。寝技•関節技。

「スポーツ柔術でしか使えなさそうなものも取り入れ、頭の中で新しい技術も編み出し、本や動画を読み漁ってきた。相当な時間が必要だったけどな…」

一見何もしていように見えて関節技極まってるもの、カウンターのカウンターのカウンターまで叩きこんで。

「まぁ、そんな甘いものじゃないって、分かってるからスパー相手は必要だった」

都会住みの達仁。

達仁にとって運良く、浜松に移住してきて、そこでまた落ちこぼれて東京に流れ着いた、片言のブラジル人と数年前に出会うことが出来た。

寝技最強のブラジリアン柔術の国からやってきた者。

静岡や愛知などに出稼ぎにやってくる者。

ブラジルと日本の関係は格闘技的にも、相互移民的にも深い。

日本人が伝えた柔術をブラジリアン柔術へ昇華させたブラジル人。

「柔術紫帯だけど、まぁ黒帯じゃないけど相手さえいてくれれば技の確認出来るから金で雇った」

「そんな金持ってたのかお前?」

「ブラジル人基準だし、一日数時間拘束するだけ…やっすい金だ」

「どうやって競技者って見抜いたんだよ」

非常に素朴な疑問。

「道で飲んだくれて転がって「日本人なんかに何がわかーる、私はジウジツでオマエータチ、コロセールヨ」って言ってた」

「はぁっ?そんな奴でも良かったのかよ?」

「ジムに通うのはどうしても所帯染みてて嫌だしな」

とにかく普通を嫌う達仁。逆に飲んだくれな先生の方が性に合っていた。

「そのカッコツケは分かるけどさ…一ヶ月毎の月謝も高いし。そのブラジル人は今?」

「知らん…紫帯ごときじゃ、ジムも開けないし、刑務所行きか、国に帰ったんじゃないか?言っても片言だし」

本当は紫帯ならセミナーぐらいは、二次的な指導員ぐらいは出来るが、黒帯が世界中にいる以上、競争の世界。ジムが成功するのはテレビに出れるレベルの選手のみ。

「お前の気持ちは分かるよ…あくまで漫画的に独りで鍛錬して強くなったことがかっこいい。スポーツ的に教えてもらって徐々に実力が上がるのじゃ駄目っ…ってそんなだからここ、アノアに居るんだよな」

漫画や映画のような、表のドームと同じ規模ではなく、ビルの地下のひっそりとしたもの。

地下のある程度の広さの空間。

数百人が入れる箱。

ヤクザの有り余った資金でライトや音響などを導入。

悪趣味な金持ちがスポンサーし、下卑た笑いで見世物として見る側面。

裏格闘技を楽しむ、格闘技好きが集まる側面。

理由があって表のリングでは闘えない者の、実力は申し分のないしっかりとした闘いや、元アマ同士の異種格闘技的な闘いなども。

プロレスマスク着用(面白い)で闘ったり、スーツ姿(動きにくい)で闘えばボーナスがもらえる色物枠も、前座試合としてある。

ヤクザは一般人の予想を超える程の金を有している。

レフリーぐらいは表でやってる者を雇える。

表の大会は数週間に一日、日曜に やるだけなので、レフリーは簡単にスケジュールを空けさせられる。

後は子飼いのヤクザ下っ端に仕事を覚えさせスタッフとしても働かせる。

下っ端ヤクザも地下格闘という響きに酔い、率先して手伝う。

須賀の気分で小さなリングでやらせたり、何も設置せず、床がコンクリートの状態で闘わされることもある。

でもその適当さが、地下の住人には堅苦しくなく、受け入れられる。

絶対に投げられちゃいけないと、より集中するし、怪我さえしなければ数日に一回は闘えるアノア。

弱い相手と何十戦することも、怪我なく経験を積める大事なこと。毎回強敵と当たったところで、怪我してすぐ現役引退まで追い込まれるケースもある。

「ここで、不良外国人ともやって慣らしてきたんだよ」

特殊な実力の上げ方。

そして、最後の寝技が強いことへの補足。

「(寝技の)極めが本当に強いのはプロにしかいないし、いざとなったら動物的本能でも逃げるし」

「あーそれと、本番に強いタイプってのもあるんじゃない?」

「本番は本番でもここは、膠着せずに派手にすればギャラup。仕留めることに、殺るか殺られるかの為にやってて、判定でスポーツ的に勝とうと思ってる奴らはいないし、尚更だな」

話の弾む二人。格闘技談義。

「お前はよくボーナスもらってて羨ましいよ。でもここまでくると言われる議論の「金的はない、武器は使わない」ってのに対しては?」

ほぼノールールのアノア。

「単純に嫌いだから…。でも漫画的な価値観•国民性。ブラジルでも日本でも、一対一で武器なし目潰し金的以外なんでもありで勝つのは漢らしい、格好良いって思われてるんだから、そこに甘えるよ」

総合格闘技に提示される議論。総合格闘技ですら喧嘩ではない。だから意味ないと価値を落としてくる。

笹田は漢の矜恃を好む者、同調し。

「だな。ていうかまぁ、アノアやってるヤクザさんに感謝なんだけどな。こんな場を与えてくれて」

東京のヤクザ。須賀組の組長須賀が趣味でやっている地下格闘技。

地下格闘技という、映画的な響きに魅せられ、私財を投じ、自分の格闘技を楽しむ須賀。

ただヤクザ者ならではの自由さがあって。

「まぁ、演出しなかったり、気分でリングアナ呼んで雰囲気作ったり、前倒しでいきなり闘らされたり、あくまで趣味なんだけどさ」

「本当に感謝すべきはソーゴールールってとこだろ。寝技よく分からないから立ち技だけって言われてた可能性もあったんだから」

演出や場以外。ルールはとにかく喧嘩に近い総合格闘技ルールでやらせる須賀。

そこだけは男としての矜恃がある。

「とにかく須賀さん一人で趣味でやってる。余計に関わってこない。金はいい。目潰し無しなので、重大な障害は起きない」

武器ありや、多対一など。漫画みたいに完全にノールールでやったところで、死体処理も面倒。有望な選手も一瞬で壊れる。選手も敬遠して集まらない。

そこはリアリズムで、マトモな総合格闘技をさせる須賀。

「でもレフリーが止めるの遅めで、暴力のカタルシスは長く味わえて、誰も勝敗に文句言わない」

服は裸でも、シャツジーンズでも凶器さえなければいい。床コンクリの試合も半数。

「で、喧嘩っぽいと。俺達には都合良くて、逆に申し訳ない気持ち」

特別な選手として、須賀と口が利ける立場の達仁。

「日本だからだろ…。昔からずっと格闘技をテレビ放送してて、同じ価値観を有してるんだよ」


と、そこへ悠真がやっとやって来る。

「何してたんだ?」

「あー、あのさー、オジサンヤクザにスマホの使い方教えてくれって頼まれてさ…」

「若者だからか?」

「そう「君なら分かるだろ?」って」

一人10代の悠真。

その後、悠真と笹田も案外すんなり打ち解ける。

「お前らが来る前っていうか、綾瀬が来る前」

話に花が咲く。

「父と息子を闘わす、悪趣味なんだか家族愛ものか分からん試合があったんだよ」

「それは…結果次第だろ」

冷めている達仁。

目を輝かせる悠真。

「結末か?やっぱり子を親は本気で殴れないし、花を持たせるから子が勝った…んだけど、試合自体はつまらなかったぞ。それにもうやりたくないってことでもういね〜」

先程までド派手なマッチメイクに目を輝かせていた悠真。だが、「親は子を殴れない」に反応し暗くなる。

達仁の視線に気づき、直ぐに気分を取り直す。

そして質問。

「なぁなぁ、芸能人とかは出なかったのー?だってあいつらテレビで「俺、本当は喧嘩強いから」って言ってる奴いるじゃん?」

「いないな」

「幻想が壊れるのが嫌だから、絶対に奴らは出ない。口で作った幻想というものに、自分が作り出した自分だけの世界に浸ってるのさ、あいつらは」

歯に衣着せない達仁に親しみを感じる笹田。

「俺な、別にやる事なくて暇なんだ。何か話そうぜ」

落ちぶれて地下で友もいない笹田。少しでも人と関わっておきたい。

「話ぃ?」

顔を見合わせる達仁と悠真。

「あぁ…都落ちと闘ったらもう満足して表の社会に戻んのか?」

「都落ちとやった後、テレビに出るつもり…」

「はぁっ?…まぁプロに勝てるぐらいなら、出れるかもな。何?お前有名になりたかったの?」

「…」

答えあぐねる達仁。

「達仁、昨日みたいに知ってもらうのもいいんじゃない?一人ぐらい」

控え室には他に誰も居ない。

「…テレビに出てな…人前で自殺すんだよ…」

真剣な顔で言い放つ言葉。

「…あー、やっぱり地下に居るだけあって、ヤバイのね…」

やはり一癖あったか…とげんなりする笹田。

「…」

「…」

静まる室内。

「え?俺が悪いかんじなの?」

地下にいる若者二人。他の者と違う雰囲気。意志のありそうな目。

「…まぁ、一応聞いとくけど、なんでするんだ?」

「人一人の心の闇を見せつける為だよ…」

言葉の選び方が他の社会不適合者とは違い、何かを感じ取る笹田。

「そのついでに、人間というものも叩くんだよ。一般人叩き。タブーとされてる」

「一般人叩き?…一般人はそりゃあ数が一番多いんだから、タブーなんだろうけど」

狂言のはずのものを聞き入ってしまう笹田。

「なんで、自殺すんだよ?そこまで怖いもの、憎いものってなんだよ?」

「…人」

「おいおい…知り合った奴が死ぬのなんて嫌だぜ?」

こんな底辺からテレビに出るってだけでも世迷い言なのに、初めて会った人間に自殺計画を打ち明ける人間。

だが、そんな人間から目を離せない。


悠真に振り向き。

「っていうかお前さん、毎日こんな話聞いてるのかよ」

「っていうか、俺も同じような立場だから」

軽く言い放てる悠真に辟易する笹田。

「…」



「そもそもなにか思想を持ってたら異常に叩かれんのさ。菜食主義者程度でもだし。自分がバカにされた訳でもないけど、誰かが思想を持ってたら叩きたい、叩き思想教がいる」

「聞いたことあるけどさ。たかがベジタリアン程度で、テレビでも現実でも論争するの」


「絶対この議論は敵に回られるんだから。だから、笹田に聞いて欲しいんだ。順序立てて話すからさ。お願い」

健気な、少年からのお願いを断れず、加わる笹田。

(こいつらは重く取りすぎるんだな…。まぁ、裏を返せば、人というものを重く見てるんだから、ある意味、良い人側か…)


「まずは…。一般人でも分かるのは「ブサイクでいじめられて死にたい」」

「うん」

「「生まれ変われても生きたくない」は?」

「分からん。病んでるな」

「イケメン•金持ちに生まれ変われる程度で、良くなる人生、悩みとは?」

「まぁ、なれるんならなりたいけど」

「その人に話を絞っても、いじめられて人の醜さを知っている。そんな奴らにチヤホヤされたところで…どこかでまた別のブサイクがいじめられているのさ。本来自分だった者がな。それに、火傷が顔に出来たらまた拒絶される。悪意に満ち溢れた世の中で優しさに出会える確立って…」

「うん」

「その世の中でちょっとモテただけで、満足する、幸せを感じる側って?」

「いや、わからん」

「それって、いじめている側の人間の想像する幸せ」

「んー…言われれば…」

「怖いんだよ。痛みを分からない側の人間が「克服しろ!甘えるな!努力しろ!」と吐き捨ててくる。想像してみてよ。努力してなんとか生き抜いても、老いて醜くなり、体も衰え、また邪険にされる。人には一生否定され続ける」

「まぁ、聞いたことあるな。老人を疎むの」

「人の悪意だけに絞ってる話だけど。寄ってくる悪意。関わられること。隔離された場所で一人で暮らすしか平穏がない、自由がないなら…人間って、社会って」

「貧乏じゃなくて、人の悪意ね。それに怯えてんのね。お前は」

「病気は自分の内から来るもの。じゃあ、他の不幸は誰が産み出してるんだよ。他人だよ」


「やり直したい人は、貧乏のせい他人のせいにする人。本当に生まれたくなかった人はやり直したいとは言わない。これが判断方法だよ」

戻りたくも新しくもなりたくもない現実。

「…重苦しいなぁ」

「人に愛されて必要とされて、金も持ってる有名人が自殺する…。この意味がわかるならば」

「それは無理だろぉー。ひとかけらも分からないよ。分かるんなら精神異常者だろ」

少年に対しての忌憚のない意見。



生まれたくなかったに反論する者達。

子供を産まないのを「逃げ」と言う。社会から責任から逃げたって。責任という言葉の重み。

人を不幸に出来るのに、責任とはなんなのか。

「一般人こそ逃げてるじゃねぇかっ!死や不幸を考えないことでっ!」

切迫感のある言葉。

「老いからも将来の不安からも…。もっと小さい話にしても、40代になるまで健康に気をつけない。自分のことすら、病に直面しないと分からない」

かといって、対策もとれない死や事故。だから…産まない。

自分の子供がいつか、死ぬ、病気になる、最愛の人と死別する。それから…逃げてないのか?

訴え。

自分だけは自分の子供だけは、周りに家族•孫がいて、にこやかに会話しながら、寿命全うして痛みなく死ねるらしい。

自分じゃなくて、自分の子供、最愛の子供が不幸になるのに耐えられるらしい。

普通は産むから、流行りもののように産む。産む、じゃなくて作る。

不幸を産み出してるのは。

死生観を人生を産んだ理由を亡くなった時のことを話し合わない。

「たかが一般人に大層に求めるな!」ならば、尚更意味はなく産んだ。


人を「逃げ」と叩き、我慢できない者を「子供」と言う。

離婚した人は叩かない。自分がそうか、将来なり得るから。

我慢出来なかった人。自分の子供の為にすら。

自分が決めた、やったものなんだから、責任とって絶対離婚しないこと。自分が産んだんだから責任というものがあるんだから。

投げ出さないこと。たったこれだけのことすら出来ない人間。

逃げる。投げ出す。

「どう?笹田」

「俺はそもそも既婚者じゃないしな。責任はとれよってだろ?納得したよ」

「結婚したら離婚出来ない制度だったら良かったのにね。それで結婚出来なくなるなら“覚悟がない“ってことだし。でも自分に甘いから絶対その法案通さないよな。”不幸の回避”なのに。超重要なのにね。それが社会」

覚悟。確固たる意志。達仁が大事にするもの。それを悠真も勿論求める。


何も考えない、ことが出来るくらいそんなに幸せで羨ましいぐらいの産む派。

「産む派っていうか超多数派な」

絶対に不幸にならないこと、無感覚以前に…。

「奴隷ほどヤンキーほど産むけどな」

「難民とか10代の母とかだろ?」

「まぁ、否定してくるのは普通の奴らなんだけど」

奴らは自分が努力して幸せを手に入れた設定。こちらを努力しない底辺と決めつけて見下してくる。

普通の家庭に生まれて、余裕があっても考えるということをしない。

幸せを…ハードルの低い幸せを生まれながらに持っているのに、頑張っている俺らは偉い。こっち側は底辺扱い。

子供に聞かれた時、産む側が責任あるんだから、産んだ完璧な理由を子供に伝えられなきゃいけない。そしたらまた大袈裟と逃げる。でもそれは逃げじゃない扱い。


子供に幸せか聞かなきゃならない。

「でもな、どうせ不幸だと子供が言ったところで、絶対自分は責めない。「社会はこんなもんだ、我慢するもんだ。自分は耐えれたから今生きてる。お前も耐えれんじゃねーの?」ってな」

子を守る側が、自分は悪い親じゃないって。子供としっかり向き合ってあげて、幸せになれるよう一緒にがんばろうってしない。

「逃げるのさ。「こういうものだから」ってセリフを繰り返すのさ」

「産むなら産むで愛情注げばいいけど、本当に世間体の為に作っただけで、愛がない。そりゃそーなるさ。意味が意志が無いんだから。でも養ってやってるって上から目線。本当の“教育“というものを分からないし、しない」

止まらない弁舌。自分がそのやられ側だから。

「それでな、酒飲まなきゃやってられない世の中って零すんだよ…。その世の中に子供を産む。なんでだ?」

「いや、わからん」

「その世の中。そしてその負を子供にも当たり前のように押し付ける。考えてないから。自分達だけは大丈夫。不幸が待っているのに」

「分かった。酒飲まなくてよくて、一度も嫌なことがなかったら産んでいいんだな?それと貧乏人じゃなくて、上に搾取されてバカにされなければ。まぁそんな奴完璧人間だけど」

「病•死別は絶対あるのに?それを乗り越えられる自分は偉いって言うんだろうなぁ、あいつらは。人の死に耐えられることが誇りになんだよ」

不幸に耐えられるロボット的な人間。

「最低限の金•愛すら用意出来ない奴らが子を作ってんだよ」

深い怒り。常人では理解出来ないもの。

「なぜ?…なぜ?」

悲痛な叫びだか、笹田はあえて。

「性欲じゃないの?」

「人の不幸を超える程の、自分の喜びの為の…」

家族を作る覚悟。責任。

結婚したこともないくせに…と反論される。

「せずに、不幸な子供を作ってないよ俺は」

わざわざ披露宴やって、永遠の愛を誓って、人の金•時間を使って。

「俺はバツイチじゃないの。その俺を叩くのさ、奴らは」

バツの名の通り悪いことである。周りを巻き込んで。子供を作ったなら、離れ離れにさせる悪いこと。

「俺はそういう事、一切やってないの。それを「結婚したこともない奴がとやかく言うな!」と逃げる」

「失敗を許さないのね」

「普通の失敗じゃないから…」

「そこまで人のこと考えて、不幸な子供のこと考えてんだから、まぁ、お前のこと見直したよ」

おちゃらけた少年の印象が強かった笹田。

愚痴じゃない、不幸を産まないという正義からくるもの。痛みが分かる側だから言えること。

世間には絶対受け入れられないが。

達仁はそれを死をもって証明する。

「まぁ、俺は悪寄りだから、結婚出来たことを誇る一般人もムカつくんだけどな」

「えっ?」

「大多数がする結婚を出来たこと、だけを誇って俺を叩くから」

「まぁ、その普通のことすら出来ないって反論されるぞ。いや、綾瀬と悠真は目的があるけど、底辺の人間は」

「ヤンキーは結婚するのに?」

「こんな生活してるコンプレックスがあんだよ、俺…。まぁ、いいや続けてくれ」

「普通の人達がする結婚。家族を持つこと。それすらも最後まで守り通せず離婚する。誇りである結婚が出来て、普通で、社会に恥ずかしくない自分…すらも守れない」

「恥ずかしくないってのは、国や社会の役に立ってるってやつか」

「俺らは社会に必要とされない側だから」

社会に対して何かしなきゃいけない。それが仕事、結婚、出産。

「その普通のことすら出来ないってさっき笹田が言ったじゃん?離婚した奴らはその普通すらも送れてないじゃん。子供の為に我慢せず、自分のために離婚する」

「子供…ねぇ?」

自分が諦めた夢を子に託して自由を奪う。自分の好きに操作できる所有物•アバター。

「夢を諦めた奴の血を継いだ子供…と言っても運だから成功することもある」

「それは毒舌過ぎんじゃない?」

自分のコントローラー。自分の子が成功して“自分“が満たされる人生。

「子供を褒めるより先にな。勿論才能がなかったら、怒る、叩く」

「それは…子供の自由を奪う親だから多分叩くってこと?」

「そのタイプだよ。あとは「貧乏人なのに産んでごめんね」と言っても許されないけど自分が、勝手に産んで苦労自慢」

「ウチは貧乏なんだから我慢しろって?大家族モノみたいな?」

「あっはは。だからさぁ「自分の命より大事な子供の為に充分な蓄えが出来てから産んだら?」って言うと逆ギレすんだよ。他人の俺に怒るのが優先。子供に謝罪なし」

「ピアノ買うお金あるんだし、防音室作ってから、ご近所さんに迷惑かからないようにしてから弾いたら?とか?」

「あっはは、笹田イイなあ」

他人の迷惑なんて知ったこっちゃない。

人に恥じない、ってうのは結局貧乏になってバカにされない為。気遣いなどではない。

達仁はお喋り好きの悠真に説明を任せて黙って聞いている。


「っていうかよー、大袈裟にしなくても、自分が、病気持ちである。遺伝するかもしれない。そこで産む奴と、自分が我慢して、産まない側。どっちが、正義だって単純な話だよ。産む側は自分達にとってのもっともらしい理由で、逆ギレすんだけど…子供って他人だからな?他人が、産むなと言うな!じゃなくて、自分の意思で新しい命を無理矢理作り出す。それ…他人っていうかさ、自分の子供だから何してもいい、じゃなくて、別の人間、他人…すまん…まとめられない」


謝るのは可哀想と言ってる他人じゃなくて、自分のエゴで作った子供に…。でも子供は所有物扱いだから、子供扱いだから、謝罪も説明もせず、なぁなぁで生きる。結局障害で自分の首も締めて苦しむ。

その苦しみ。自分だけじゃなく、子に受け継がせる。

笹田が。

「あのー無理なんじゃない君達?そういう系はタブー扱いなんじゃ?」

だから死ななきゃ聞いてもらえないから死ぬ達仁。

「だからタブーを、叩く知らしめるために…」

「おお…でも、被害者じゃん?」

「子供を不幸にした加害者だろ…俺は絶対産まない覚悟を持ってるから堂々と、言えるよ」

悠真が。

「笹田ぁ、ちょっとヒイてんじゃねぇよ。お前から話しかけてきてんだろうが」

達仁が口を開く。

「まっ、それが一般人の受け取り方ってことだろ?結局なんとなく、慰めて、なぁなぁで、生きてゆく、絶対自分は責めない」


病気以外の時、忘れて騒ぐ。それをやってる内に年老いて後悔したり、人のせいにする。

酒で逃げる。妥協で逃げる。理由から逃げる。

子供は酒で逃げもSEXもしない。年を取る毎に逃避する人間というもの。


「俺はスマンけど、いつかは結婚して、貧乏でも普通に生きるよ」

「うん」

あっさり返答する悠真。

「格闘技もTVで見てさ…」

「いーじゃん、月並みな幸せ。戻れない側の俺らからしたら」

「あー…メシ食い行く?」

なぞの取り繕い。

「ははっ」

「思想は違えど面白いことやってるお前達から離れたくないんだよなぁ」

「一緒にいられる時間も、短いしな」

「TVに出るまでの命ってか?」

目の前の二人。二人もこの思想を持っていることに恐怖する笹田。

「ヤクザでも家族持つのに、お前らの方が怖いよ」

「だからいきなり殺し合いになっても行くとこまでいける…。これが俺の持っている唯一の特別能力だよ…バトル漫画的に言うと」

「それ以外、守る者も、学歴も、何もない」

「なんかやっぱ、無謀じゃね?」

「エンタメ•格闘技が無かったら手詰まり」

「お前って、妻が亡くなったら独りで生きてくタイプだろ?俺は…新しい奥さん見つける…」

ばつが悪そうな笹田、だが、自分の意見を言う。

悠真が代わりに。

「別にいいよ…仲間でも友達てまもなし、ちょっと喋るだけの間柄だし。別にいきなりお前とは喋らないってないから…それこそが一方的な拒絶こそが…奴らの…」

「ああ…」

「俺たちが今受けている面白いて、話•芸じゃなくて、変わってて興味あるっていう面白い。っていう評価…どーなの?」

「目に留めてもらえるなら」

「これ、テレビの予習ってことで」

「それじゃあ、メシ食い行こう」


その後食事を終え、笹田と別れた帰り。

「達仁さぁ…悲劇のヒロインになれるのはネグレクトの親•病気の妹か弟持つやつだけだよなぁ」

「勝手に生を受けさせられ、同じ境遇の年下、更に病気の、為の金を稼がなきゃいけない、それに人生注がなきゃいけない状況だろ?」

「流石達仁…同じ感性」

「産んでない側、産み落とされた被害者。一人で死ぬことも許されず、妹•弟の為に使わなきゃいけない人生。頼れるのは自分の身体と、それで稼いだ金だけ」

夢を追うことを最初から折られている子供達。


「まー今更言うことじゃないけど、虐待された子は更に自分の子が生まれた時虐待するというデータがある。「マトモな教育受けられなかったから!」って逆ギレするんじゃなく、自分の辛い人生を明るくする為にそれでも、産むんじゃなく…」

一人で止め、一人で悲しむ、自己犠牲の形。

「俺は絶対子を作らないから。そんなニュアンスのこと、前も言ったことあるけどさ」

「尊敬するよ」

「…ありがと…」

真剣。

出会って数ヶ月でも、持っているものが同じだから、深い関係の二人。

「…やべー恋愛のような、家族愛モノの様な、絆の様な雰囲気…。内容は真逆なのに」

笑う悠真。

「俺は一方的に達仁に会えて感謝してるぜ…似たような…この俺らのような、似た考えの人間…。そんな奴に会えたことを」

「…」

「さーて、余った時間で何するかな〜」

夜の雑踏に消えゆく二人。



翌日。

控え室で一人、手持ち無沙汰の悠真。

やっと知り合いが来た。

「おぉ、笹田言い忘れてたことある。昨日の続きだけど」

リュックを降ろす笹田。

「…だから親殺しより子殺しの方がヤバイ」

「勝手に産んどいて更に殺すからだろ?」

合わせる笹田。

「くっはは」

「お喋り好きだよな…とても病んでる様に見えねー」

「あー、本当に悲しい人こそ、皆の前では明るく振る舞うってやつだろ?」

「おう」

「達仁より俺の方が明るいの」

「それは分かる…。結局綾瀬の方が暗くて重いんだろ?雰囲気通り…。だって自分を殺せるんだし」

だいぶ二人のことを分かってきた笹田。

「俺はギリギリ踏み留まった側なの…。最後の最期無理だった俺はあかるいんだよーー!」

悠真の裏側を知らないが、辛気臭い話を聞くのは嫌なので、何かトラウマがあるんだろう程度で留める笹田。

「イカレてるのはイカレてるぞ」

「あっはは。お喋りなのはいっぱい例があるからだもん…」

座り、対面する笹田。

「離婚したせいでベビーシッター雇わなきゃいけなくなったシングルがいてさ…シッターに子供殺された人がいんの…勿論運なんだけどさ、自分が我慢してたら子供死ななかったのにね…って耳元で囁いてやりたい」

「言っても被害者に…ドSだよなぁ〜」

「ドSなのは一般人だろっ!何人妊娠させても罪にはならない。子供を捨てて、国の、施設の負担で保護して、悲しい親失き子供が出来ても犯罪者にならないんだから。産むっていうことは軽いことなんだからっ!」

不幸を作り出す者が罰せられない法律、世の中。

「誰でも出来て簡単!手軽な子供作り〜!」

興奮する悠真。声が大きくなる。

「悠真…お前ってたまに狂うよな…話しかける前にも見たことあるけど」

「あ〜、でも一般人様からしたら、ヒトのせいにしてはいけないから、環境じゃなくて、ただ自分がおかしいからおかしいんですって言わなきゃいけないけどさ」

「お前らの言う一般人て鬼畜だよな」

急に真顔になる悠真。

「そうだよ…敵じゃん…危害加えてくる人間様…俺は虫けら側」

(綾瀬より明るくやや社交的な悠真。だけど、情緒不安定気味だな…)

「あいつらは…施設に預けて本来要るはずだった養育費は免れて、大人になった所を「親だろ!金恵んでくれよ」ってすり寄ってくる奴らだからな。責任果たしてなくても親ヅラ出来る鬼畜ドS様…」

次から次へと出てくる、不幸や人間の醜さ。

「…」

笹田は一人で喋る悠真をよそ目に。

(こいつらのヤバイ所は他人•悪人をひとまとめにして、一般人って言ってるとこだな…なんか悪人って狭めんのは好きじゃないらしい…意味解らんけど)

「金と時間がなくて産めない人が増えてるけど、正義からじゃない…時代性だし、自分の為。結局ゆとり出来て産むし。あぁ、ブサイク過ぎてモテなくて、産まないじゃなく産めない人は仲間かも」

「お…おお…」

「虐げられてきた、持たざる者である超ブサイクは仲間側」

「お、おう…」

「人の醜さを知ってる良い人間」

「…おー」

「やられた側は加害してないんだから優しい側…」

悠真の持論。

「俺、性同一性障害嫌いなのよ」

「へえ?」

生返事ばかりだった笹田が再び興味を示す。


昔からTVは同性愛だけ擁護する。だからLGBTもひいき。

歌詞の中に「チビ」が出てきても抗議されたことないのに。

チビはずっとチビ、変えられない。

ゲイは好みが変わるかもしれない。そもそも自己申告。

好きに生きてる、同性同士でのんびり恋愛してる奴らが被害者•弱者ヅラ。

非性愛で誰も愛せなく、暗く一人 で生きて行く非性愛者。パートナーがいくらでもいるLGBT。

普通の恋愛のように、くっついて別れて、普通に暮らしている人達。

人目を気にせずデートするのに弱者ヅラ。

利己的でどうしても同性と恋愛したいのを自分達の中だけでせず、社会に、認めさせようとする。押し通す。

ips細胞で子供作れたとしても、子供に不幸を背負わせることななる。

例えば女性カップルの場合。どちらの女性が母親なのか?父はどこにいるのか?

子供のことじゃなく利己で自分達が大事。

普通にパートナー作って恋愛楽しんでふ恵まれた人達が、まだ社会に対して文句言う。

ブサイクいじめられっ子は恋愛すら出来ない。でもその人達より被害者•弱者ヅラする。

恋愛は法律で縛られてない。現状出来てる。法を変えさせてまで同性と結婚したい子供残せない人達。

子を作らないと非国民扱いされるのに。

「あーそこに、戻ってくんのね」

納得する笹田。

「社会に貢献してない扱いされる独身。で、この人達も子孫を残せないが叩かれない。ヤンキーが好き勝手孕ませて逃げてるけど、同性同士の場合不幸な子供は産まないけど、たまたまだから。確固たる意志持ってる訳じゃなく同性で子供出来るんならヤンキーのようにバカバカ子供作ってる奴ら」

「はっはは」

悠真の毒舌っぷりに笑ってしまう笹田。

「話、逸れたが」

子供が欲しいのと恋愛は別である。

子供は作れないの分かってる同性愛者。

恋愛は出来ている。これ以上何を望むのか?

結婚とは?

プロレスラー•芸人のように「好きなことをやる!だから誰のせいにもしない!」というスタンスじゃなく、俺らを認めろと喚く。タトゥーのように。

結局「自分は病気」と思ってないから。可哀想な病気でもなく、好きなことをして生きてる。

「同性愛者って重大な縛りがあるんだよ」

「なんだ?」

「絶対に他人を否定してはいけない。一生」

「あー、自分は認めさせてるんだから、絶対自分達もオタクとかを否定してはいけないってことね」レズはホモを嫌ってるのか(その逆も)で分かる精神性。

「男は汚い」と言ってしまったら。

「自分は人の事を受け入れないのに、自分のことだけは優遇させるということだし、これから一生人の事を否定してはいけない使命を背負ってしまうことになるということが分からないのか?」

「がっはは「萌えオタクってキモイよね」ってそいつらは言いそうだなっ!はははっ」

笑う笹田に構わず続ける悠真。

「我慢出来るものを障害と呼んでいいのか?」

醜く生まれ、ずっといじめられて、自殺寸前の心。

性格まで変わらされても、ブサイクには何も、議論されることもない。

報われず、これからもバカにされて我慢して生きていくブスには何の保証も憐れみもない。更に嘲笑するだけ。

何の制度もなく、一生親の介護だけで生きなきゃいけない、我慢の人もいる。

親もブサイクに生んだせいで過去も未来のこともゴメンヨとは言わない。人に嫌われる存在のブスだから、優しい言葉一つもかけられないまま。

「性同一性障害って俺でも演じればなれる」

「確かに」

本当はこれになりたかったって言ってるだけの甘ちゃん。

人にバカにされる差異。趣味だろうが、容姿だろうが。

それを他人を黙らせる為に頑張るのか、独りで閉じこもるのか。

「都合の良い時は結局異性と付き合える。自由ってことだよ」

自由を持てる人間というものの重さを感じる不自由な悠真。

「それに隠しておけば虐められることもない。ブスは隠せない」

当たり障りの無い会話の真逆。

およそ、普通はすることのないであろう話題に食いついて楽しそうに聞く笹田。

「あーあのー、俺だってブサイクじゃなかったら、いじめられなかった。保険で整形してくれるのか?いじめられたせいで人と上手くコミュニケーション取れない。怯えてしまう。それでも社会では認められない。それなのに、俺はこのままの顔で生きてゆく。お前らは人に分かってもらえてよかったな。同性に愛される未来。性別を変えただけ。俺は誰にも理解されないのに。大した実害も無いのにテレビに特集されるもはや勝ち組。本当の障害者にも失礼だし、その人達は一生障害と付き合っていくのに…。戸籍を変えたら悩みがなくなる。どーしても異性の更衣室で着替えたいんです。我慢はしません。でも俺はずっと顔と心に傷を持って生きてゆくって、言ってる人がいたら?」

達仁がいないのでフルスロットル で悪意のセリフも吐く悠真。

「そう言われると、本当はブサイクじゃなかった俺…みたいに…「本当は男の身体じゃなかった。女の体に生まれたかった」ってダダこねてるだけのように思えるけど」

一人洗脳出来てにやける悠真。


「結局マイノリティとか言って、それを力にしてる。少数派はいじめられ、淘汰されるもん、昔から。それを少数派だから弱者だからという理由で世間に何かを認めさせる。認めさせたところで、多数派は心の中ではバカにしてるのに」

人は差異を否定するものなのに。

認めさせること、それは闘いなのか?

自分が他人を気にしない強さが、一番大事なのに。

「あっ、今思いついた。犬しか愛せないから犬と結婚させてくださいって俺が言ったら?」

「あっはは」

「おい…何バカ話してる…」

達仁が現れた。

「折角笑ってるとこ台無しにするが…。ペット飼ってる奴らの大半は、すぐ買うんだぞ」

「えっ?」

「金ですぐ買えて、補充出来る…まさしく物」

「俺も流石にそれは許せねーわっ」

笹田が完全に賛同する。

「おいおい、犬に…はぁ」

ペットの話ならすぐに理解し、賛同する笹田。

やはり人間の話になったら、大きすぎて、 飲み込めないのだと哀しむ悠真。


「お前らって心の病だよな…他のアノアの奴らはただの堕落者だけどさ」

「ああ、そうだよ。精神病だよ、鬱だよ」

「鬱はな、無気力になって何も出来なくなる病気。でも目標があるから、その怒りで体作ったんだよ」

「死ぬ為に体鍛える…訳分からん」

「目標の為に生きてる。そこだけ聞くと普通の人間っぽいけど」

作った体を表の社会で活かすこともなく…。


悪意に晒され、変質していく無垢な人間性•清廉性。

誰にも愛されたことのない…の重さ。

絶対に戻れない、普通というもの。

そもそも戻りたい時…なんてない。

生まれたくなかった側の戻りたい所とは…。

分かってもらおうとしてない。だって死ぬんだから。認められるのが死後だと分かってても、それでも…。

だから本当の孤独。

取れないトラウマ。剥がれ落ちることのない。

自我のみで包装される悲しみ。

生まれたなりのプライド。

殺せる程の…。

自分を守っているのか、狂っているのか。

“お前らにはなれない“

緩やかに腐っていくもの。

過剰な自分にとっての正義。

そこまで追い込まれたもの。

休まる場所がなく、押し潰され続けて生きてきたもの。

歩みたかった理想すらも思い浮かぶこともなく、黒く塗り潰された、決まりきった…。


本当に不幸な人を産まない重さ。

愚痴でも偽善でもない、実行する、しているもの。


未だ死なないでいる…。


自殺すらさせてくれない世の中。

死体処理どうの。

偶然交通事故にでも遭って可哀想な被害者にならないといけない。交通機関を乱す、人身事故。運転手にトラウマを植え付ける、飛び出し自殺。

道端で野垂れ死んではならない。

だって、全ての場所が誰かの物だから。

死ぬ自由もない、場所もない、人間社会。

死に場所は奴隷ロボットやり続けた後の病院でのみ許される。

「許されるってのは、他人•社会に」

憐れまない、叩く、気持ち悪がる。

独りで無人島で生きていくってのは、誰とも関わらない状態。

それは、ある意味死んでいる状態。

でも、不幸を運んで来るのは…。


「俺達とは違う一般人だとしてもさぁ」

トラウマに対する金。された犯罪•傷に対する支払い。解決出来ないのに、金で終わったことになる。

「奥さん殺されて。でも金もらえたから、もういいでしょ?終わりでしょ?って言われ続けるようなもんなんだよ」

「そりゃあ、きついな」

そこから自殺するか、復讐するか。

お金で取り戻せないもの。

「それすらも人は分かってはくれない」

プライドを一生踏みにじられてまで生きて。

ただ愛する人が亡くなっただけでは強く生きる者もいる。

「亡くなっただけって…でも、お前らの中ではそれでも平気に生きていける鬼畜に見えるんだろ?」

それに耐えられなくて、壊れるのが本当にその人を想ってて優しい人。

「それに対する反論あんじゃん。よくドラマで言われる「腐ってても仕方ない。天国のあの人はそれを願ってるのか?」ってセリフ」

それとは逆に、復讐相手という、怒りの矛先を向ける相手がいると生きていける人間もいる。

「それも、ドラマであるな。復讐の時だけ、頭空っぽに出来るってやつ」

「なら、復讐遂げられた後、どうするのか…」


だから、感じ方は違う。人より弱いこと。人と違うこと、差異。

それを分かったフリして「悲しむな!」と言うのか?

一括りにしようとする。そのシステムを使って閉じ込めてくる。

他者の優しさ•痛み•気付くということを。


「じゃあ、ドラマ繋がりでさぁ。喧嘩別れした直後事故で亡くなり「最後に笑顔で終われてれば」って後悔するシーンあるだろ?人はいつ死ぬか分からないのに、甘い。だからこそ自分を抑えて毎日優しくしてればいいじゃん。日本は我慢を美徳とするんだから」

でも、しない。押し殺さない。利己だから。人目の為の我慢だから。優しさからじゃないから。

「とはいえ、日本人叩きしたいわけじゃないぜ?」

日本人。内省的。繊細さ。情緒。侘び寂び。規律。高潔さ。

滅びの美学。護って死ぬ神風。生き恥を晒さぬよう潔く切腹。自分で自分を介錯する。逃げ惑わず。

子孫に語り継がれる精神性。

「守れないならいっそ赤穂浪士や神風のように命を賭けてぶち壊してやるってね」

笹田がつっこむ。

「その日本人は、一般人じゃないぞ。やっぱ、一般人は嫌いなんだな。つーか、綾瀬はその血、受け継いでんな」


「一般人てのは狂えないんだよ。動機もないし。その、狂気で言葉で格闘技で。狂うほど溜められたものを」

極端な世界に飛び込んだ。

どうやっても自由になっちゃいけない、なれない。

逃げてはいけない世の中で…やはり唯一の…。

自由に見えて不自由の…苦悩。

天から与えられた自由•選択。

神が与えし自由•道。

「平等な死•病。現実。でも“殺し“っていう自由はあるんだぜ?」

悠真の軽々しい表情で言い放つ言葉。

「誰を…殺す…自分を…」

この世への究極の拒絶、自殺。

「悠真…お前は…」

少年を心配する笹田。

「俺は…分かるよ…痛みが…」

「お前はまだ間に合うんじゃないか?」

「俺たちには先が無い。守るべきものも。未来が無いから。だから学校に何年も行って更に時間を無駄にせず、刹那的に生き急ぐ。いや、死に急ぐ…」

「学校が無駄…か。死ぬからって…」

「棋士は本当に時間が無駄だから、中卒じゃん?選ばれし者すげー!」

コロコロ変わる感情。

「…」

「え?だって凄くない?学校の時間が無駄って一般人は絶対言えないじゃん」

「…うん」

達仁の方に振り向く笹田。

「抑鬱されてきた俺の唯一の我儘。最初で最後の我儘…」

笹田はこんな狂人二人を気味悪がるどころか、興味を持ってしまう。

「それが自殺って?」

「あぁ」

「もしかしたらやめる可能性は?」

「時間と共に消える痛み。傷ですらない」

ここまで徹頭徹尾暗い人間がいたのだと驚愕する笹田。

立ち上がった悠真が。

「若くして死んだらさー、その時までの写真しかないし、いつまでも思い出には若い姿のままだよ。だから若さにこだわる女性は自殺しましょうっ!…一般人だから若くして死んでも伝説にはなれないんだけどな…」

一人喋り、コロコロ表情が変わる悠真。

「あっはは、ここまで行くとなんか笑えるな」

笑顔で悠真を見る笹田。

「女ってやべ〜じゃん。いつか服だけじゃなく、顔も一ヶ月に一回、流行りの芸能人の顔に整形するんだろな。ファッションのようにコロコロと」


奴らは障害も虐待もいじめも認めない。マイナスを認めない。トラウマなんて知らない。

家に病弱の者がいて看病で休みが多ければ、“休み“という表面だけ見られて、やっかまれる。

相手がどれだけ裏で苦労してるかなんて考えない。

自分が損してると感じる。そして叩く。「もっと努力すればいいだけ」と。

下から努力した訳でもない奴らが、下から中になれるレアケースを人に求める。

他人には100を求める部分と、自分の不幸は平等にさせる部分。

自分が休めない損は平等にさせたい。

勿論介護や底辺から成り上がる努力は平等にしたくない。

絶対弱者を認めない。自分と相手は同じ境遇の人間。


社会の為という建前•歪んだ正しさを他人に押し付けてくる。

正義からじゃなく、損から。優しさじゃないから。他人事だから。

実際自分がその立場だったら人のせいにする奴らが。

「不幸を人のせいにする。それを俺たちはやってはいけない。じゃあ俺たちは誰に被害を受けたのか?」

そいつらが言う、押し付けてくる人生を送らなきゃいけない。

仕事で与えられたストレスが最上であり、それしか知らない。


死別で塞ぎ込む人間は、引きずる人間は煙たがられる。

忘れる人が一番偉い扱いだから、 止まることない労働が一番偉いから。


病気になって仕事中に休憩が必要になったら煙たがられる。

健常者の替えを欲しがる。

病気を見ず、あいつだけ休めて理不尽だと思える感性。

得は同じ条件にして欲しい。勿論病気という不利益を被るのは嫌。ここまで分かってても人を妬む。


上に対してもそう。

努力して一流企業に入った連中を羨ましがる。その人達の裏の努力は見えない。また「あいつらだけ…」


「傷つけられたトラウマほど大袈裟じゃなくても、一般人の普通の生活の中でもさ」

今迄の授業態度•成績は一切関係なく、受験前に家族が亡くなって泣き続けて止まることを許してはくれない。マトモに受験出来なくて棒に振る。

一瞬も止まってはいけない。

人より感受性が強くても、悲しんでもいけない。前に進み続けることしか許されない。

損や一般人教や社会というシステムで閉じ込められる。

何が起きようが動じない、病気にもならない、人間じゃないもの、ロボットが求められる、生き残る社会。


一ヶ月でも休職•ニート•ホームレスすると許されない。

ヤクザ•ヤンキーのように人に迷惑かけてなくとも、犯罪じゃなくとも、一日でも社会から離れると許さない世の中•個人。

優しさじゃないから、自分が損した気分になるから。

有名人の子供が特別扱いされても嫉妬する。

特別さを嫌う一般人。でも苦痛は平等にしたい。一緒に苦しみは味わわせる。


忙しくて滅多に会えない父と、学校を休んで旅行に行くと怒る学校•他人。たかが一日休むことを叩く。

家族とやっと会えることを「学校を一日でも休むな!社会から一秒でも外れるな!」

裏で哀しみがあっても知らない。知らないものは叩く。

「父親となんか会えなくていい」と他人が自由を奪う。人の事情なんか知ったこっちゃない。

自分は休めないのだから嫉妬して叩く。親と毎日会える普通の人間が叩く。

「損した気になるってことだよ、普段親と会えない子は損してないらしい」

社会で学校で受けるストレスを平等に全員味わわなきゃいけない。

一日のゆとりも許さない。

叩く側は恵まれた側。更に叩いて一方的にストレス発散。文句だけは言う。土日以外も休ませろと愚痴だけは言う。

自分しか、自分の得しか見えない。裏側を想像したりしないから。


お金はパフォーマンスの為にかけるものなので、パンダ招聘に何億もかける。

普通に動物園に来れる幸せな子供達だけが楽しめる。

孤児院とか弱者は放置して、中流の人間を喜ばせる、中流の経済を回す為に使う。

弱者扱いじゃなくて、投票もしない社会に貢献しない底辺扱いなので放置される。

「だから俺達が訴えかけたいこと、相手をみてくれないこと」


例えば、同じカッターで同じ箇所切った二人がいるとする。

一人は皮膚が厚くて治りも早い。片方は皮膚が薄くキズが深く治りも遅い。

その時に「この程度でここまでなるなんて、これからも一生弱い体で生きてくの可哀想」と思うんじゃなくて「社会の役に立たない弱い淘汰されるべきゴミ屑」っ罵ってくる。

弱者を想うんじゃなく、”嫌う”ってこと。

健常なだけじゃ駄目で、普通以上じゃないと。社会で生きても機械みたいになるだけだけど。

「それが一般人叩きの部分ってか?他者に厳しい人間が」

「下じゃなく中を叩くんだから弱いものいじめじゃないし、そもそも俺は下の人間だから反骨心だよ」

社会はちゅう)の奴らで構成されてる。中が殺してくる。

「俺は悪だから好きに生きるって、言ってくれた方がマシなのよ。俺はあくまで普通でこれからも普通に、生きて行く。憂さ晴らしの相手はいる。相手が悪い。いじめってそんなもん。って中間にいるフリするから余計嫌なんだよ。ちゅう)のフリをするから」

「それがお前らが言う”中”か。ヤクザなどの下が悪なのは当たり前として」

「うん。下の世界から抜け出せたところで中はこうですよってこと」

社会で生きるなら忘れなきゃいけない。

でも二人は、忘れる•無かったことにするということが憎い。忘れられない側の恨み。


中は下を守らないで叩く、叩ける。でも、特別な上、有名人に対して嫉妬する中。

「上じゃないんだから、中も叩かれて当然なのに。怒るんだよ、有名人に対して」

上のことも結局見世物として見る。有名人を見世物小屋の動物として。

それと同じようなこと、一般人の思考回路をエンタメとして叩く。それをする。

一般人が対象の商売社会なんだから一般人叩きはタブー。

一般人叩きが本当にないのかっていうと。

対立煽りはある。男対女とか。少数派のニート•ホームレスなど叩きは一般人じゃないからカテゴライズして叩く。

会社員叩きは絶対ない。

「俺が言ってること全て「言われなくても分かってるよ」って言われても、普段現実でもネットでも人のこと否定してんだから、一般人叩きをなんでしちゃいけない?ってなる」

下には口を開くことも許さない一般人側。

だから手段が、生放送のテレビ格闘技しかない。

「ほー…」

一般人教という宗教。苦痛だけは平等にさせる。

正当化、妄想、捨て台詞。


「一旦逸れたが、本当に伝えたいことは不幸を産まないこと。本当に結婚•出産しないこと。生まれたくなかった者として、負を引き継がせない」

人前自殺でさえなければ、人の清い精神性というものを一人で体現しようとする部分もある達仁。

「幸せを感じず死ぬのかよ?」

笹田も、達仁の真剣さに取り込まれ、マトモに会話してしまっている。

「不幸の予防をして生きる人間のように、不幸の防御をして死ぬだけだ」

ただ奪われて終わらない為に、幸せの為じゃなく。

「生きてて楽しくないだろ。そりゃあ勝っても喜ばないわな」

ただ生きている、死んでいる達仁。

「思い出を失うのはきついんだろ?物語とか漫画でそんなセリフあるだろ?」

その思い出すらもない。走馬灯すらも浮かばない人生。

「格闘技じゃなく…闘いってのは尊いもんだ。死んでも殺してやりたい奴が、空気が社会が…いる」

ただその復讐一点のみに、人生を捨てる。

賭けるんじゃなくて、殺して自分も死ぬという憎悪。幸せは、待っていないのに。


奴隷として生まれ、人のせいにして、他人を引き摺り下ろし、なぁなぁで生きてゆく。社会に合わせられ、自分がない…のをマトモって言うんなら、染まりきってしまっているな。


笹田が突っ込む。

「それを言うんなら自分も清廉潔白じゃないといけないぞ?」

「だから俺は…どうやっても過去は変えられないからこそ、今を綺麗に生きる。気持ち悪い嫌いな人間と関わるのがそもそもおかしい、だからいじめもしない。恋愛もしない。だから浮気も結婚も不倫もしていない。前科も調べてくれて結構。男だから堕胎もAVも風俗もしていない」

それらが多数派か少数派か?

「やられた側だから、関わるのが悪だって分かってるんだから、人に自分から危害を加えたことはない」

悠真も堂々と宣言する。

「モテないから浮気出来ないだけだろ?っと言われたところで、実際誰も傷つけてない事実は変わらない。興味ないイコール人を傷つけない。関わることが悪だから」


不幸な人を増やす。難民が子供を産む、増やすために。自分だけが不幸はイヤ。自分が負のスパイラルから抜けだせないとわかった時点で増やす。


結局社会に出たところで、周りと違うということに負い目を感じながら場に溶け込み、奴らが作り出した空気を読み、自分が失くなって、心が壊されて社会に染まる。それが正しい世。


奴らと同じになっちゃいけないという葛藤。縛られ続ける。自分に制限をつけて。

憎悪が消えないこと。

自分が人にしてきたことを忘れず苦しんで生きる。誰一人として幸せになるべき者はいない。

一度でも人に迷惑をかけたら幸せになってはいけない。


「お前らは自分の潔癖感で自分自身が縛りつけられてるんだな…恋愛、産まないこと、責任感、重さ。生きるのが下手なんだな」

「実際、逃げてるから死ぬんだけどな」

何もかもを諦め、冷めるということは、情熱を失くすこと。生きることへの。


達仁と悠真は怒りで繋がっている。奪われたもの同士。のうのうと生きる連中を許さない同士。

死んでいて、未来のない者同士。


人前で死ぬんだから、迷惑かける悪人と一緒だと言われても、それでも。

「だから、結局自分も一緒だから…それが嫌で死ぬってことにしてくれ」

結局人と関わらなければ生きていけない。

「こうやって、文を書いて…自分しか自分を守ってくれない」

でも結局自分すらも自分を守ってくれない。破滅型の…。

地下で生き、法から外れて生きる。本物のアウト•ロウ。


ネットに書くだけなら誰でも出来る。相手のフィールドに行って、更に衝撃を与える。

「ネットじゃ駄目なんだよ。有名人にならなければ。有名じゃないと、話すら聞いてもらえないから。そうでもしないと見てもられない」

上の人間なら言える、補正出来ること。

有名人だけど自殺する。東大なのにオタク。など。

「選挙で一票入れるのと、有名人になって世論を変えようとすること。どっちが効果ある?」

有名人ってのは代わりがいなくて、経済効果も見込める人間。自分自身に価値があるから、広告になれる。


綾瀬の自殺。極小のテロリズム。

裏を返せば、テロを起こさなければ、誰も聞いてくれない。

結局は聞いても、もらえないけど。


「それで?テレビの前で死んで?」

TシャツにURLを印刷しておく。

カメラ前で自殺するほどの達仁が何を訴えかけたかったのか、サイトをチェックする人々。

”不幸を産まない”という、正義と信じ込んでいるもの。


「それが自分が信じる、俺の作った宗教なんだから」

人を本当の意味で…否定する。

人が言ったことの盲信じゃなく、自分が作りあげた思想。

傷つけられて出来上がった、実質他人が作り出したもの。

「自分がこの生き方で決めるって決めたから耐えれるんだよ」

唯生きられない。


死生観、産んだ意味。

人生から意味から逃げ、死や病から目を背け。自分が成した事も思い返さない。

「そこからまだ、「そんな事考え必要ない、周りも考えてない」って逃げんだけどな」」

一人の命•責任なんてどうでもいい。

生活費さえあればいい。それが立派な大人、人間。自分を食わしてることが偉い。


誰かの特別であること。

だから適当に生きないで、特別さを求めよう。ってメッセージ。

人を傷つけない為の、真剣に伴侶を探して、真剣に生きて…。その先にマシな社会が出来る。

死なないで済む…程度の…。

「そこまでお前らにはこの世が厳しく見えてんだな…」

何があろうが酒で逃げる。妥協。生きる意味。産む意味。責任の押し付け合い。一般論。逃げる。


“許さない“というキーワード。

「自分がやったことは責任とってくれっていう、たったそれだけのことをここまでして言わないといけない。イコール逃げてるからだろ?」


自分の中で時間が使えないから、暇つぶしを他人へのいじりで使う。 叩く以外の、自分だけの価値観がない。闘うほどの。

「闘うのは被害者側の俺らで…。 あいつらがしてることは…」


閉じこもって自殺する人は他人を傷つけない優しい人。

自分の人生なんだったのかと思いたくないから、価値があると思いたいから人が悪いことにする一般人。

楽なのは人を傷つけて自尊心を保つことだから。

他者への発散型が一番多い。

「これが、一般人を嫌う理由」

自分のせいにする人。自殺する人は少数派。

自分の為に他人を殺す一般人。


閉館するアノア。

歯に衣着せぬ部分の楽しさと、異常なネガティブさ。でも何かをやりそうな雰囲気はある…と敬遠せず「また明日な」と去る笹田。

正義からの訴えかけだからといっても、普段は他人に距離を置かれる二人。

「笹田はまた話しかけてくんだな。賛同はしてないけどさ」

「ライターさんと一緒で怖いもの見たさでな…」



翌日。

遥がアノアへまたやって来る。笹田とも挨拶をした遥。

四人でお話を始める。

テレビに出る為に頑張って地下で闘っている達仁、という認識の中。

遥が問う。

「なんで格闘技を選んだの?」

最後の最後、自分を守ってくれるのは警察でもなく、周りでもなく自分だけ。だから格闘技。

「「今の時代、体鍛える必要なんてない、警察呼べばいい」っていう奴いるけど、警察来るまでに負けたら、蹂躙されたら…。そのプライドを守る為に鍛えてる。っていうか護身術」

自分の身も最低限守れない男。

球技なんて、出来なくても構わない。

でもこれは、守る力。銃で植民地を作る、侵略の為の欧米人の言う力じゃなくて、自分を、誰かを守る為の武道、日本の感性。

「だから俺はこの力で自分を守れてるよ。だって危険や不良、自分に害なす他人はこんなにも満ち溢れてるんだから…平等に」

達仁の実感のこもった言葉。

悠真が割り込んでくる。

「それに、運動が無駄って言ってる奴は自分でハードル上げてるってことなんだぜ?」

運動しない分、全部勉学に全振りじゃないといけない。一般人の基準からしたら。

新聞みたいに、「新聞を読めば頭良くなる」って言ってる人は読んでる側だから、よっぽと学力と雑学と人間的な頭の良さ、多角的な視点を持っていなきゃいけない。

「だって、自分でハードル上げてんだから…人がハッとするような何かを言える側なんだろ?って」


「話が逸れたけど」

格闘技。一対一。独りであること。死への緊張感。短い現役生活。刹那的な生き方がかっこいい。

団体競技は夢への挫折ぐらいで、物悲しさ、メッセージ性は醸し出せない。団結して、明るく頑張って、目指してるものが違う。

「結局、社会不適合者が多くて隠にこもるかんじだもんなぁ。まぁKOはド派手で対局だけど。普通じゃない、スポーツじゃない。俺らはそのトガったものに心惹かれる」

「俺はただ殴り合いすげえってだけなんだけど」

笹田は趣味すらも重く捉える二人に距離を感じる。

「どちらにせよ失神するまでやり合うイカれだよ」

一般人が喧嘩すると、顔真っ赤にして叫んで、怒りでマトモに攻撃出来ずコケる。

「でもこっち側の人間は逆に青ざめるぐらいで、確実に相手を壊すため、きっちりと動く」

「テレビのあの選手も?」

遥の素朴な質問。

「現役の凄さ分かるか?人を素手で何分以内かで殺せるプロの格闘家が最も“集中力“がある時だよ。相手を壊す。ただその一点の為の集中がピークの状態、プロ」

メンタルもイケイケ。フィジカルは張りがあって、闘争心ピーク。毎日スパーして、身体作って。

「素人は…一撃でももらうと、ひるんで戦意喪失する」

「そりゃーそうだろ。最後まで行ける奴は素人じゃねぇだろ」

笹田が呆れてツッコム。

ヤンキーも集団だから「自分は殴られないだろう」とリンチの時に偉そうに攻撃出来る。

直面するまで分からないのが人間。

「悠真くんも元々格闘技好きなんだよね?」

「俺が総合好きな理由は、価値観を殺すから。昔ボクシングが最強だと思われてたんだぜ?でも蓋を開けて見たら?」

「総合にもムエタイにもキックにも負ける」

「最強って、格闘技が持つ命題。そこに答えを出したのが、総合。他競技をゴミ屑のように拒絶•駆逐するから総合を愛してるんだよ。価値が無くなる他流派。そこにゾクゾクすんだよ」

「っていうか逸脱だよ。一般社会からの逸脱。格闘家」

達仁が補足する。

「ふーん」

「平和な現代の先進国で生まれて狂えるんだから、タガを外すことが出来るんだから」

「外れることを、逸れることを好むよな、お前らって」

「だって一般人って喧嘩しても途中で止めるじゃん。「カーッとなった」って、普段大人のフリしといてブチ切れたくせにさ。折れよって思う」

「ていうことはお前ら折り肯定派か」

「ん?」

笹田の返答の意図が分からない悠真。

「悠真。テレビで関節技で折るシーン放映されて、それでいいかってことだよ。多少ヒかれても、格闘技の凄さ•恐さが世間に浸透するんだからいい。自分はされてもいい覚悟があるから、こっちも平気で折る」

遥が引いている。

「ライターさん。つってもなぁ、日本人の感性と、同じ趣味の同士であること、格闘業界は狭い、ってことから勿論色々なしがらみがあるし、選手からも煙たがられ、クレーム来てテレビ•興行側から嫌われるから…普通の奴はしないから」

それを言われたところで目の前の達仁は折る派なので、気休めで言ったのかも遥は分からない。

「遥さんにそんな説明したところで、格闘技ってものの行き着く先。怖さを一般人に知らしめたいんでしょ?」

「そりゃあ総合格闘技は、ヴァーリトゥード•なんでもありから、喧嘩から来てんだから、中途半端な終わりじゃ済まされない。たとえばボクシングのスタンディングノックアウト」

「ああー、レフリーが選手立ってるのに勝手にKO扱いにして止めちゃうやつでしょ?」

「そうだよ、俺はヤられてもいい覚悟があるから言ってる。テレビて残虐なものを見たいだけの視聴者と違って当事者側、やる側だしな」

「やらない側イコール見るだけ側がそれ言ったら無責任ってことだよ遥さん」

遥へ補足する悠真。

「でも、テレビって見世物だよね?」

「…そうなんだよっ…所詮奴らのマリオネット」

悠真の謎の感性、自虐、客観視に閉口する笹田。



日は替わって。

達仁の試合を観戦する悠真と笹田。

「冷静で相手の出方次第で動く。人間的だなぁ」

達仁の闘いをそう評する笹田。

「潔癖症のかんじだね」

試合中、達仁が相手の関節を取る。

悠真は。

「外せー!」

隣りで観戦していた笹田は驚く。

「なんで相手の応援してんだよ?」

「あっはははっ。技を外せって意味じゃくて、関節折れ•外せって意味だよ」

「残虐だなぁ。骨折れたら数ヶ月復帰出来ないじゃん」

常識人の笹田。

「それがいいんじゃん…」

人の骨を折ったことのある悠真。だからこそ言える。

その後さらっと達仁が勝利。

お仕事終了。解散。



ある日の試合。

相手の攻撃を全て避け、受け、カウンターを入れる達仁。

素手の相手のパンチを肘で、額で受け止め、相手の拳にダメージを与える。

パンチを振れなくなった相手のローキックにロー返し。

相手のスネにダメージが与えられる。

相手の掌底はヘッドスリップで避け、前蹴りはバックステップで避ける。

ミドルキックの初動へ合わせ、相手の太ももへ足裏を当て、動作自体をストップ。

ハイキックもキャッチし、こかせる。追撃しない達仁。

悔しそうに立ち上がる相手。

破れかぶれで放とうとしたパンチも先に肩を片手で抑えられ動作自体をストップさせられる。

それでも前へ出ようとした相手の前足スネへサイドキック。

相手はつんのめりこける。

追撃せず一歩離れ見下ろす達仁。

その余裕に怒り狂った相手の飛び膝蹴り。

それにもパンチを合わせ、はたき落とす。

だが追撃はせず、ただ冷たく見下ろす。

興奮もせず、実力の差からオモチャ扱い…すらもされず、手が止まる足が止まる対戦相手。


客席で並び観戦する悠真と笹田。

「あー…俺お前のことドSだと思ってるけど、あいつも大概だなー。俺あんなんされたら辞めるわ」

目の前の試合を冷めた目で見つめる二人。

「あー、クリーンヒット一切無く、全ての攻撃見切られて、勝負決めにもこない。それどころか自分の放ったパンチ色んな所で受け止められ、自分だけがダメージ負うってねー、ひどいねータツさんは」

対戦相手に聞こえるように大きな声で話す悠真。

「ドS…」

苦笑いすらも出ない笹田。


リング上。

お互い見合う…見合う…痺れを切らした男のタックル!…が、タイミングと共に真横にいなされ投げ飛ばされる。

転がる男。

近づく達仁。

「ひいっ!」

なんとか正対する男。叫びながらローキック。

それもスネでカット。

痛みでたたらを踏む男。

その瞬間間合いを一気に詰める達仁。

上段前蹴りを相手のアゴ下にクリーンヒットさせ…一撃ノックアウト。

失神しながら地面へ落ち、頭部を更に床へ打ち付ける対戦相手。

近距離で見下ろす達仁。

「いやいや…失神してる相手の後頭部、踵で踏みつける気じゃないよな?」

立ち上がり注視する笹田。

「いやいや、もうレフリー寄ってきてるから…」

対照的に冷めた目で見る悠真。ふと疑問が湧く。

「あんな内容の試合だった上に止めるの遅いし、制裁マッチだったんじゃないの?」

ゴングが鳴り響く。

観客は一撃KOに歓喜し騒いでいるが、冷めた悠真はさっさと控え室へ戻ってゆく。


「達仁…さっきの奴さぁ、なんか指定されたの?」

「あ〜自信無くすようなヒドイ勝ち方しろって。上手くいけばギャラアップ」

「相手さん、なにしたんだよ」

「昔ちょっと格闘技やってた喧嘩自慢。別の組とちょっと関わりあって、叩きのめせない。でも口車に乗せアノアのリングに上げたってかんじらしい」

汗もろくにかいていない達仁。椅子に座る。

「中途半端に暴力使ってくるやつで、須賀組の下っ端が昔殴られたけど大事に出来ない」

気怠そうに答える達仁。

仕方なく自分で補足する悠真。

「ふーん…中途半端に自分を強いと思ってて横柄な奴…。でもコネあってシメられないからアノアへ…。たかが地下の選手に差を見せつけられ、自信は無くすし、須賀組のその下っ端は蹴りで失神させられるとこ見れてハッピーっ、てシナリオか」

悠真ならこんな風に察してくれるから、最低限のことしか話さない達仁。

「流石にさ、動かなさすぎと思ったんだよ。なんか昔の知り合いでムカついてんのかなって。あーでも試合の流れは指定されてないだろ?」

「そりゃー、流動的なものだからな」

「おおっ!オリジナルの方法で本当に心折ったじゃん!ご祝儀貰えんじゃない?」

帰り支度を始める達仁。

お仕事が終わる…。



翌日。控え室。達仁と遥の二人。

「記者さん、格闘技全然知らないんだろ?コンタクト論だけでも覚えたら分かり易いけど」

「お願いするね」


格闘技とスポーツの違い。

一番重要なのはダメージ。スポーツはスタミナでのみパフォーマンスが落ちる。

格闘技は殴られる恐怖でスタミナや判断力が鈍る。

ダメージで頭がボォーッ…として判断力が鈍る頭部。鼻血が出て呼吸がしにくくなる。目が腫れて片目しか見えなくなる。

マウスピースで息が苦しい。かといって外していたら歯が折れ、最悪の場合、歯が口内に刺さる。相手の手足に刺さって化膿する場合も。

グローブが重く、手の筋持久力が落ちやすい。

更にミドルキックで蹴られ、ガードも上げられなくなる。

ローキックで踏ん張りが効かず、移動も出来ず、踏み込みも浅くなる為強打も打てなくなる。

「と、延々出てくるがつまるところ、相手の邪魔をする上に本当にダメージで止めれるのが格闘技」

邪魔イコール接触コンタクト

ノンコンタクト(非接触)というのはゴルフや陸上など、一人でやるだけ、交互にやるだけのもの。

コンタクトして相手のパフォーマンスを阻害するのがテニスなど。嫌な所に球を打って相手の100%を封じていく。

「フルコンタクトってのはまさしく、フルで相手に攻撃して邪魔をする。格闘技がそれ」

相手の全力パンチを自分自身が戦略で止める。

だから実力を全部発揮出来る訳でなく秒殺と怪我もある。

隣りで一緒に走ってるだけの陸上は必ず、自分のメンタル次第で緊張しない限り、100%の実力で動けるということ。

相手のしたいことをさせず、自分だけが攻撃を当て続ける…それがフルコンタクト格闘技。

その中でも総合格闘技は超変速ハードル走のようなもの。

全ての格闘技が混ざったものだから。

手だけのボクシングはただ走ればいい単純なマラソンのようなもの。裏を返すとマラソンと一緒で一つのゴールしなかいから、お年寄りでも観れる、超シンプルなルール。

「スポーツのルールが分からない」「機械に弱い」と老人なら恥じることなく言える世の中。

弱者はバカは叩かれるのに、今迄社会でいたはずなのに、頭が悪いことを恥じない。

興味ないから知らなくてよいと逆ギレして逃げる。

社長の趣味に合わせゴルフ覚えたり、話のネタの為に新聞紙隅々むで読んだりはする。それも一時的なネタだが。

雑学•知識豊富で喋るネタが多くても困らないのに、上司が興味ある物だけ更に奴隷のように頭に詰め込まされる一般人。

格闘技はマイナースポーツ。ということで、やってる側以外はテレビで見ても関節技というものをなにか分かっていない。折れるってことすら分かっていない。

何やってるかわからない足関節技。抱えてるだけに見えて、破壊されててもよく分からんってこと。

ダウン取って上取った奴が下からの関節技かけられて一瞬でタップした場合もよく分からない。上の人が乗っかったから上が勝ちかな?ってかんじ。

人体の構造と物理学•スポーツ力学などが分かっていれば分かるのに…。

先進国で学力高く、大学•高校行ってるのが一般人。

その一般人が総合格闘技ってどうなってるか分からないという。

体育の授業で説明されてないから、所詮マイナースポーツだからの側面もあるが。

球技は複雑なルールがあってどこに当たれば、落ちたら点が分からなくても初見ならいいけど、単純な壊し合い、格闘技でも分からない。

「それがやってる側からしたら悲しい」

凄いことやってる総合格闘技がプロレスとボクシングと見分けつけられてない状況。

なら何を楽しんでいるのか?

混同するもの。よく分からないけどテレビでやってる格闘技。

命を削ってお客さんに何かを魅せる格闘家。

「悲しいんだよ…。古典絵画をレベルが高過ぎてわからない、どう描いてるのか分からない。でもゆるキャラの絵は持て囃すってかんじで」

戻ってきた悠真が開口一番。

「だって最強を本当に決められる格闘技が出来たんだぜ?それなのに」

センセーショナルな出来事。

なんでもありの格闘技の登場。

「そりゃあ一般人って分かりやすいアクション映画しか見ない、複雑なものは見ないよ昔から…」

ダサいぐらい分かりやすいメロディが売れる。フレーズを繰り返すだけの芸人が売れる。

「それで分かりやすくて子供も楽しめていいけど、怪我する格闘技をもっと真剣に見てほしいって勝手ながら思うよ…、オタク側の意見だけどな」

「選手の為を想っての心なんだよ。遥さん…」

「怪我までする、やってる側。選手のことを真剣に見て欲しいのね」

「そうだよ。尊敬なんていらない。ただ真剣に見てくれるだけで…それだけでいい…」


試合後控え室。

「怯んだ隙に耳の下、首の後ろに肘、後頭部に打撃、人体の急所。相手死ぬかもしれねーのによくやんな」

比較的常識人の笹田が問う。

達仁は一瞥して。

「正々堂々、一対一でやってんだから文句は言わないだろ…。だから不幸な事故で亡くなっても何とも思わない。女子供でもない、武器使ったわけでもないんだから」

冷たく言い放つ達仁。

「まぁな、プロでも思いっきり痛めつける奴と、「こいつ戦意喪失してるぞ止めろ」ってレフリーにアピールする奴、どっちもいるしな」

会話に割り込む悠真。

「え〜折角合法的に人を殴れるチャンスで、やっと大暴れ出来るっていう瞬間にそんな損すること」

「またサディスティック発言かよ」

「えー。俺なんか全然。一般人の方が。だって、神輿から落ちて兄が死んだのに、翌年ケロッとして弟はまた祭りに参加してたんだぜ?そんな奴らと比べてみろよ」

「…あっはは…」



激しい試合を魅せる達仁。

観戦する笹田。達仁を遠くから観察する。

普段とのギャップを感じる。

「冗舌なんだか無口なんだか」

いつも思案して黙っている達仁と訴えかけたい、伝えたいことの多さのギャップ。

「面倒臭がらないんだな〜あいつは。全員一々憎んで」

本当なら何もしたくない。それでも許せない、悪人、一般人。

悠真は悪寄りの考え。

隣りにいる悠真を見て。

「不良っぽくないよな」

だからこそ普通だったんだよ…と理解しながら悠真は。

「はは…俺は普通だよ」

さみしげな返答。

考え方以外は見た目も普通の日本人。



ある日。

いつもと雰囲気の違う笹田の姿。

「お前らは曝け出してくれてるからなぁ…俺…」

「笹田の身の上話聞かせてよ。こんな所にいる人の話を」


子供が赤信号なのにいきなり飛び出してきて、殺してしまった。

轢きたくなかったのに。

俺を犯罪者扱いしやがる。

自分の子供のバカさと自分達の教育の質は責めずにな…。

ずっと轢いてしまった瞬間がフラッシュバックする。

罪じゃない罪に引きずられ進む俺の人生は狂わされて、更に犯罪者扱い。

親が「一生恨む」ってよ。

それなのに酔っ払ってぶつかって線路に人を落とし、殺してしまった奴が「あれは立ちくらみだった」って弱者•被害者のフリしたら、そう言ったら無罪になった事件があって…。酔ってたから死の瞬間も覚えてないだろうし…。

「自分の過失で殺した奴は無罪でのうのうと生きて、一方俺はウサ晴らしの為ここにいる…」

トラック運転手の過去を持つ笹田。

トラウマを植え付けられた一般人。

全国各地に移動の日々だった。

「だから色んなジムに体験だけはしたりな。真っ当な人間だったんだよ俺は…。お前らが言う一般人だったんだ」

過去を想い、目を細める笹田。

何も無くなった腐った人間。

「おーいいねぇー、狂わされたんだねー、周りに」

悠真の言葉が嘲笑でなく、お仲間を見つけられて喜んでいるのだと、今は分かる笹田は怒らない。

「お前らの嫌いな普通に生きてただけの一般人だぞ?」

「俺が言ってるのは一般人というか…結局中ちゅう)が俺らを殺すってことだ…。チンピラっていう分かりやすいからまだ逃げられるじゃなくて、ちゅう)の社会…空気ってものが自由を奪って殺しにくる…」

立ち上がる笹田。

「ま…意味は分かるよ…俺はまさしくそのちゅう)に人生奪われたんだから」

過去話で少し疲れたのか、立ち去ってゆく笹田。

見送る悠真。

思案する達仁。

「殺人者やヤクザっていう分かりやすい下…。一見普通に見えて中流家庭のちゅう)ちゅう)が平均なんだから一番多くて…じゃないのに人を苦しめる。押し付けや空気、妥協を人にも押し付けるということで何かを奪ってくる…ちゅう)

達仁の顔を覗き込んでくる悠真。

「やっぱこういうとこにいる爪弾き者は…。ま、笹田以外は悲しみのないチンピラ共だけど…人に狂わされたんじゃなくて、ただのアホ不良共」




アノアの通路。

男三人で移動中。

眉間にデカイ黒子の、顔のやつれた男が立っている。

異様な雰囲気を放つ男。

気になり熟視する悠真。

「ん…こいつ…ナイフめった刺しの奴じゃん…。昔ニュースで見た。特徴的な顔だし間違いないって」

悠真を無視する男。

警戒して遠巻きに見る笹田。

「刑期何年か知らないけど、出て来たんだな。で、元人殺しを地下で闘わせる…と。アノアも趣味が悪いよな〜」

恐れることなく近づいてゆく悠真。

達仁は興味無さげ。

「あーでも、やつれてるしガリガリだよ。そんなんで勝てんの?」

殺人という前科を持つ者を煽る悠真。

ボソッと呟く男。

「俺はな…人殺したことあんだ…強えよ…」

掠れた声。

わざと笑顔を見せる悠真。

「武器が強いだけだろ?刃物様バンザーイ!」

笹田がたじろぐ。

「おいおい…隠し持ってても知らないぞ?」

冷や汗ひとつかかない悠真。

キレて暴れた時用にいつの間にか男の背後に居る達仁。

だが動かない男。

「んー?場外乱闘とかすると思ったんだけどなーだんまりか」

一歩離れる悠真。

「まぁでも、格好良い、強いとこ楽しみにしてます。…達仁の相手?」

「いいからいいから」

男から離れるよう促す笹田。唯一の常識人。

三人で控え室に戻ってくる。

「お前ナイフと闘えんの?」

やや怒っている様子の笹田。

「いや〜、三人もいるから取り押さえられると思ってさー」

悪びれない、危機感の無い悠真。

「こいつちゃんと教育しとけよ綾瀬…。あと、あんないかにもガリガリの弱そーな奴が綾瀬と闘る訳ねーだろ」

「へーそうなん?」

「強い奴と強い奴当てんだよ…秒殺見れればいいってもんじゃないの…」

凄惨な蹂躙劇が見たい客は少数派で、表のように、どちらの方が強いのかを目の前で確認できる面白さの方が上回るもの。

「んだら、あいついつもの色物枠?」

「分かってんじゃねぇか。つーか、お前本当頭のネジ一本飛んでんな…。まぁだから綾瀬の自殺の手助けなんかしてんだもんな」

呆れでもない感情。

自問する悠真。

(闇が深すぎて本当の本当に直面しても俺は無感覚のままなんだろうか?)



本来爪弾き者が来るアノア。

下衆な話題で盛り上がる奴ら。うざったく思い注意する悠真。

「下ネタは他所でやってくれよ」

「なんだぁ…真面目な奴だな。こんな所にいるくせに」

バカ達に我慢ならない悠真。

「それに性器じゃなくて、排泄器だから。子供産まない側からしたら」

重い意味は通じず。

「?こんなとこにいて頭やられたのか…」

「だから大事なとこでもない…アソコなんて」

一つ一つの発言に反論していく。

「なら俺が潰してやろうか?要らないんだろぉ?」

下卑た笑いを見せる男。

「くっそ…俺は弱そうって見られてんのか」

「…」

達仁が無言で男にプレッシャーをかける。

「冗談だよ…。連勝様が恐いもんなぁ〜」

最後まで人をバカにした態度のまま、立ち去りながら、捨て台詞を吐く。

「こんな所にいる親不孝もんがっ!」

バタンッ。扉の閉まる音が響く。

親もいない悠真は暗く。

「親不孝ってなんだよ…。他人を不幸にする奴らが」

「他人すらを」

達仁が補足する。

そんな達仁へ笑顔を向ける悠真。

唯一の理解者。



控え室にて。

「お前ら人間が嫌いなんだろ?格闘家は?」

笹田が突然問う。

「クリエイター•アスリートって一般から逸脱してんだから最高だよ」

「あっ、そうなんだ」


特別になる•有名人になりさえすれば、黒人だろうがアジア人だろうが差別されない。

「あぁ、日本総合トップの選手もアメリカ白人にVIP扱いされてんもんな」

実力至上主義のアメリカ。人にない特別さ•能力さえあれば、一切のしがらみなく、報酬•居場所をくれる。

漫画を30代以上の一般人が見てたらバカにされる。芸能人ならされない。

人目から逃れる為に特別にならなきゃいけない。自由になる為には一般人から脱却しないといけない。逆に言えば、一般人は何もしちゃいけない。趣味の自由すらない。人目を気にしなきゃいけない。

「これが一般人教の制限の証拠だよ」

仕事じゃなく、見た目や趣味すらも制限してくる。

金の為じゃなくて、職業以外でも自分のしたいことをする為に特別イコール有名人にならなきゃいけない。自由のない社会。

お嬢様なら門限あっても恥ずかしくない設定。一般人なら「今時、門限って。破れよ」と言われる。特別なら何しても許される。一般人は一般人同士で出る杭打ち合いして「我慢しろ」


「クリエイターというもの。一番美しいのは」

国民的漫画ドラ◯もん。

子供時代に楽しみ、愛される。その子供が大人になり、また自分の子供に読ませる。何十年経っても自分の作品が愛されるという究極の喜び。人に笑顔を与える素晴らしさ。

「この場合はその誇りも、大金も得られるが。格闘技の場合、稼げはしないが」

自分が作った武道が何百年先にも存在するということに価値がある。

お金じゃなく、受け継がれし文化。

憧れられ、「俺もやりたい」と言われる程の何かを残すこと。それが生きるということ。

才能ある人達が頑張って研鑽してきた技術•文化。

文化こそ人間の意味があるのに。 、単純労働というロボット役をやり続ける。誰かに尊敬されはしない。システムそのものだから。まさしく社会の歯車。パーツに感謝なんてしないように…。先人の歴史•論•技が人に何かを与える。

凡人は何も与えない。クリエイターと違って頑張って一位になろうとするんじゃなく、周り全員を100位に堕とそうとする。そっちのほうが楽だから。下に下に足を引っ張って他人の邪魔をする。


地震で避難した後、自分自身が財産になるクリエイター。

自分の一番大事な物•宝物は自分の脳•経験•知識•技術。

小説家なら津波で原稿を失っても脳内に物語がある。

画家でも一から描き直せる。なぜなら、そこまで技術力を上げた自分の手があるから。

物•宝石じゃなく、人間が財産であるべき。

「人間国宝って言うもんな」

笹田が納得する。

でも一般人は買った物を一番大切な物と言う。

「家族とも言わずにな…」


本当にクリエイターはこちらを傷付けず、癒しだけ、夢だけをくれる。

人間がなぜ生きるのかの答えをここに求めてはいけないのか?

文化の為。それを引き継いでいく美しさ。

「産まないこと、一般人の生きる意味の否定からそこに行くのか…」

基礎だけやり続けるアマチュア。集中力も目的もなく。

上の上になるのは変人か天才。

飛び越えなきゃいけない。

人から外れた、逸脱。


何かを変える。誰かを救う。夢を与える。芸術を産み出す。


目的がある人間は時間が怖い。ない人は暇が怖い。時間はあるけど使う程派手な人生じゃない。

芸術家は死ぬまで最高傑作を追い求める。一般人は自分が勝手に作った家族を食わせる為だけに働く。睡眠時間を削ってまでの目標がない。

生きている意味•輝きが違う。

大学に毎日目的なく行き、モラトリアムという時間を無駄にする。サークルで遊ぶ。同じ趣味の者を必死に見つけ、人生を焦らない。何も変えない。意味を見つけない。本気で生きない。それすらも分からない。

同じ日常だからどんな下らないことも大袈裟に重要視する。人の噂や悪口で人生の暇つぶしをする。暇を潰して生き続ける。


天才には余裕がある。だから夢をくれる。一般人はたとえ中流家庭でのんきに生きてても“余裕“はない。建前上はみんなで助け合う世の中だが、独占しようとし、叩く。皆で余裕のなさを補って美しく頑張っているはずの建前。


目標があって、それのみに力を注ぐ画家•アスリート。夢をくれる。

暇で努力もせず、人をいじる•井戸端会議•陰口。余った時間で関わってくるのは一般人。

2位は1位に嫉妬するが、努力して勝とうとする清いもの。


「俺が言ってる花形•有名人以外でも」

動物好きで飼育員になり「毎日触れ合えて幸せ」や、自分がデザインした建築物がランドマークになるとか一般人でもやりがいのある仕事はそりゃあるよ」

その人達は満たされてるから、人を叩かない。

でも嫌々やってて、他人をストレス発散の為叩く側のサラリーマンなどは、仕事を「やりがいある」って強がりを言うから。

「でも、ペット以外にこの世に共通するのは、競争なんだよ」

勝ちとって建築物を建てる。一流料亭で働けるぐらい技術を磨いた。スポーツ•音楽•人気。競争して勝ち取る。

「サラリーマンや一般人は競争から逃げた人間だろ?」

妥協した、停滞した、嫌なことを仕方なく働く、負け…というか勝負の場にすら立っていない人達。

その人達が自殺者を逃げた人間と叩く。

同じ負け組なのに自分をちゅう)と思い込みニートやヤクザを叩く。自分に不利益が生じそうなら弱者ぶる、下のフリをする。


才能じゃなくても、生き様。人生観。それがないから薄っぺらい。

適当に人生を送る者。だから子を産む理由も、託すものもない。ただ居る…。ただ産むだけの…。


建前は人のため社会のため生きる一般人。

でも実際は自分を食わすためだけの会社員。勝手に家族作って「食わせてる」と言う。

人を救う有名人や新薬開発 、弱者の為の発明は美しい。


達仁が救うのは一般人じゃない。生まれたくなかった人や不幸な人を代表して問いかけのため死ぬ。人の為にも死ぬ。

「他人の綾瀬が死んで誰が何を救われるのかは俺には分からん」

一般人側の笹田の感想。

人を笑顔にする、ちゅうを笑わす芸人•漫画家という、他人への正義じゃなく…下の為のもの。

有名人になって、自分がその表明をして死ぬこと。

誰にも自殺理由が分からない一般人の自殺。遺書を残していないから、成功者のはずなのになぜ死んだかわからない有名人の自殺。

達仁は悲しみを伝える為と表明してからの人前自殺。達仁はこれを正義と信じこんでいる。


他人を妬んで愚痴を吐く一般人。

他人を本当に憎んで、本当に作戦を実行しようとする達仁。執念。

執念にもなり得ない嫉妬を抱えて生きる、他人と自分を比べ一喜一憂する一般人。

そうじゃなくて、冷めてるからこそ、自分と他人は違うということを悟り、壊しに行く。

怒りの装置。ただの機械。他人に狂わされた、ある意味空っぽの存在。何かに突き動かされるまま、進み続け、死に向かう。哀れな。

他人の為だけに生きる一般人と結局は同じ行動をしている達仁。

死ねる覚悟がある。

「お前らとは違ってな」というところを見せつけるところと、一般人叩きのダブルでタブーの内容。

世界を変えることは出来ないから、自分が去る。

誰かを人質にとるのではなく、自分だけが死ぬ。

自分の自分だけの正義。

ネガティブが上回った生き物。

表面上だけを見れない。自殺したいくらいに。

勝ちがない。決まった結末。死が決まっている。

自分で自分の命を目的の為に使用する主人公。

心が壊れているから出来る目•雰囲気。

何を見ているか分からない。何も見ていない。

謎の執着とゴールだけが決まっている。

醒めた目、狂気。


闘っている時だけ解放される。

蓄積された怒りを獣のように発散出来る唯一の方法。

その間だけ、思考するということから離れられ、癒される。

人間だけがする、考えるということが、壊し合いの時だけは…。

殺し合いと違い、格闘技は人間が生んだ文化。

…いまはただの素人の達仁。




本日の対戦相手。

TV格闘を見てかっこいいと思い、軽い気持ちで出てきた、須賀に対するコネ持ちの男の息子。

「もし負けても地下だし全国放送もされないから」と気軽に来た者。

中高生時に少し喧嘩したことある程度の男。

「そんな舐めた奴に…きつく行くよ」

「おぉ…」

試合直前、悠真にそう語る達仁。

自分が無茶苦茶やられてもいい。正々堂々一対一なんだから。という覚悟を相手に求める、格闘技にも潔癖な達仁。

少しでも良い思い出•優勢さを残させない為、ゴングと同時に走る。

面食らって動けない相手に斜め上からヒジを振り下ろす。

切り裂く。

達仁がそうした理由は、縫わす為。

縫う時にも痛み。抜糸まで毎日無様に負けた証を鏡で見ることになる。

抜糸まで痛み、場合によっては傷跡が残ることも。

「って試合前に達仁が言ってたよ。くっくく…楽しみ」

Sな悠真がニヤケ、吊り上がる口角。

「素人相手によくやるよ」

加虐心に呆れる笹田。

「だからぁ!素人が覚悟なく上がること、格闘技を舐めてることがムカつくんだろ?」

リング上では、あえて達仁が距離を置いていた。

垂れてくる血にビックリする男。青ざめる表情。立ち尽くす。

「血が出たくらいで止まりやがって、格闘技をどういうものだと思って出て来たんだ?レフリーがすぐ止めてくれるTV用のスポーツエンタメとでも思ってたのか?」

あえて大きな声で語る。

「殺されない為の、戦争でも戦国でも使われる素手の壊し合いだぞ?」

試合を放棄したわけでもなく、言葉責めしていて面白いので「試合再開しろ!喋るな!」と注意しないレフリー•スタッフ。

鏡もなく、どれだけの長さのカットなのかも分からない男は、試合をまだ降りない。

肘で裂かれた傷は案外痛まないものである。

普段は別室でモニターで鑑賞する須賀オーナーが最前列で見ていた。

「くくっ…言葉でも責めて心も体も折りにいく綾瀬…。いい素材だなぁ、全く」

上機嫌な須賀。

コネで上がった格闘経験一切なしの素人。

知り合いだからと試合を止めて丁重に扱わず、娯楽として楽しむ須賀。

いくら自分から志願していようが、息子を血祭りにあげられ逆上する可能性があるが。一人スポンサーが減ろうが、楽しみが上回るヤクザ者。

「金持ちの世間知らずの、万能感溢れるお坊ちゃんを…くっく…」

にやけながらリング上を見つめる須賀。


リング上では。

「折角ここに上がったんだから、良い思い出がないとな。ほら、一発殴らせてやるよ」

頬を差し出す達仁。

逆上した相手が荒く入ってくる。

素人の振りかぶられた腕をキャッチし崩す。

前にこける相手。

四つん這いの所をサッカーボールを蹴るように頭部を蹴る。

傷口のある額辺りを狙って右足で振り抜く。

衝撃音と共に軽く浮き、ゴロリと仰向けで失神する男。

傷口からは血が溢れている。

見下ろした後、去ろうとする達仁。

須賀と目が合う。

笑顔で立ち上がる須賀。

「やっぱりお前の試合は良いわ…。またギャラ上げてやるからな」

「…ども」

自分がプロデュースする大会で、ここまで楽しめることに悦に浸りながら帰ってゆく須賀。

達仁は、本当はヤクザなんかとは 関わりたくない。

だが表で生きていけない達仁には都合のいい地下格闘。

その実力を買われ、用心棒などを頼まれてはたまったものじゃないので、普段より須賀には寡黙に接する。

日本は銃社会ではないので、真に元プロ格闘家は用心棒として重宝される。銃刀法でしょっぴかれることなく、道具を用意する必要なく、いきなり暴力を発揮できる格闘家。体と雰囲気で脅すことのできる存在。



ギャラがどんどん上がる達仁に嫉妬する周りの者。

やっかんでくる。

「ファイトマネー高くしてくれ」というのをガメつい扱いされる。

これ一本でやりたいから、格闘技の練習だけやって高めたいから言ってる言葉。本当にこの競技を愛していて、夢を追えるようにしてくれってこと。

「野球と駅伝以外はサポートしてくれないもんね」

芸人みたいに自分だけ売れればいいんじゃない。

お金の為じゃない。一億もらえたら引退するんじゃなくて、競技レベルを高める為に専業にしたいってだけの言葉。

「それをプロが言ったらかっこいいけど、アマですらないからな」

笹田が唯一ツッコム。



数日後。

控え室で試合までの暇な時間お喋り。

精神病が多いのは先進国。飢餓の心配がなくなると鬱になる。

「じゃあ、人間って何なんだ?ってなるけどさ」

日本人は特に溜め込むから、自分を責めて自殺する。

「外国の奴らは自爆テロで巻き込む」

「…」

あえてあることをツッコマない笹田。

「でもまぁ、その逆に萌えなどエンタメ大国なんだけどさ」

自殺率が高い日本の側面と、お笑いやアニメなどがさかんな側面。

「あっはは、極端だな。最も平和な国で…」

「でもさぁ、こんな世界でよくマトモに生きてられんなって」

いたずらに生を捧げる悠真に笹田 は。

(生き急ぐっていうか、死を早めるっていうか…やれやれ)

破滅願望のある悠真…と達仁。

「最後に笑ったのはいつだよ?あっ悠真じゃないぞ、綾瀬」

「くすりと笑うよ」

「あっそう?」

拍子抜けする笹田。

「普通の人は余命宣告されたら、子供の成長を見届けられないことを嘆く。でも俺は死の痛みが嫌なだけ」

何もないから。何も残ってないから。


何の論理もなく、安楽死は認められない。

正しく家畜だから。奴隷のように働く他者の、下の者が必要だから。

医療も発達した!まだまだ生きろっ!税を払って労働し続けろ!

「年金は引き上げて、俺らはもらえないのにな」

年金を一応払ってる笹田。

「60歳なんか生ぬるい!死ぬまで奴隷し続けろって聞こえる」

「利権の為に癌治療薬隠してる陰謀論とかあるもんなぁー」

「医療の発達って、お偉方を救う為のものと…奴隷の維持の為」


介護だけで人生を終える人。それを申し訳なく思い、子供の未来を奪ってすまない、と言う親。

誰かにしわ寄せが来る。

どうあがいても。

「痴呆症だろうがさぁ、施設送りにすんのさ。親を人任せに出来る鬼畜」

家族の代わりに本当に重病を移せるなら、代われるのが本当の優しい人。

「それを受け入れた側は優しくないんだけどな」

「確かに」

「一ヶ月毎に交代とかがマシかな」

ファンタジー話も一々真剣な悠真。


現実から逃げてんじゃなくて、他人、他人の悪意から逃げてんだよ…。それこそが現実だって言うなら…。

「人のせいにするな!」

何が原因で俺はこうなったのか?生まれながらに純粋に悪で底辺らしい。


「普通の人は分からないから」

鬱で寝れないとする。

「働けば治るよ、疲れれば眠れるよ、甘えるな」と言う。

疲れればってのは体のみを指す。

心は認めない。

本当に働いて疲れても寝れない。 疲れだけ溜まって過労死する…のが本当の鬱。

自分は疲れたら寝れるから、皆寝れるはず、死にはしないよ。

無責任に弱者を働かせ、決めつ け、叩く。でも言葉の責任は負わない。

「「あんな弱い奴どうせ何年か以内に死んでた」って逃げるのさ」


だから本当に死ぬことでしか分かってくれないから人前で死ぬ。死を見せつける達仁。

悲しみや弱さを本当に自殺しなきゃ分かってくれない。

「いや、死んでも何も思わないけど」

「まぁ、そうだろうな」

笹田も沈痛な面持ちで返す。

「俺がそれを訴えかけながら死ぬことによって、一人でも救われればいい」

誰かの為でもあり、自分の為の死。それに熱を入れる。

自己犠牲なのかもよくわからない理論に笹田は返答しない。

「人間てのは軽いから。友達が死のうが恋人が死のうが、また補充するだけ」

誰でもいいという証拠。

自分しか駄目な。相手じゃなきゃ駄目なもんなんて…。

命は、人一人は、軽い。


究極の合理的とも取れる、自殺。


「苦痛に対して報酬なんてくれないんだぞ?」

どれだけ独りで苦しもうが溜め込もうが。

自分が損するだけ。

最後、我慢に見返りはない。

だから流して生きるしかない。でもそれが出来ない。

苦痛•我慢に対しての支払いはない。

でも弱者側は我慢しなきゃならない。やる側はストレス発散出来て苦痛のない人生。

他人が押し潰してくる。

無理矢理忘れたところで、された事実は変わらない。逃げになる。それは損。かといって、忘れなかったら更に苦痛。

妥協を大人という。されたことを忘れて、怒りも無くなって、迎合して。溶かされる。

それを全員に求める。

正義に合わせるんじゃなくて、一般人の社会、なぁなぁの世界に、奴らに迎え合わせられる。


達仁は政治や戦争反対など大袈裟なものでなく、人に訴えかける。

死生観や産み、悲しみ、特別を目指さないこと、逃げる一般人と闘う。



翌日。

笹田が話しかけてくる。

「でも実際運が良かったな、たまたま強くて」

右利きサウスポーの、総合格闘技でも立ち技でも強いスタンスが得意な達仁。

生まれつきウェルター級くらいの体なので骨格はゴツい。

だからそこまで筋トレを、最軽量級の者ほど(サイズアップ)頑張らなくてよかった。

そこで余った時間を、勘の良さ•頭の良さを使って技術論を叩き込んでいる達仁。

総合格闘技は総合なので、他の格闘技やスポーツの何十倍も技術論がある。

喧嘩でしか使えない技術も武道の技もプロレス技も、使えれば奇を衒えればいいので叩き込む。

更に栄養学•筋トレ方法も勉強し、最短で進む。

勘が鋭く、冷静。カウンタータイプ。

更に遠山の目付けをしていて、避けれる。相手の目を見るんじゃなく、全体をボーッと見る技術。

だから目線フェイントにもひっかからない。

下を見てローキックと見せかけておいてハイキックするという技術などにひっかからない。

見返す為なら、変わり者の変的根性でいくらでも走れる、歩ける。

心の力で強くなっていった。

「普通心の力ってのは良い意味で使うもんだけど、死んでも見返す、殺すって精神だ」

それも、そんな状態を壊れてもいい覚悟で格闘に活かしている。

興奮剤と同等の精神異常。イかれてるから脳内興奮物質が普通より出る。

それは寿命削ってるのかもしれないけど、それ程集中してる。

いわゆるゾーンという超集中状態。

俯瞰視点出来る程、本来の動きより素早く、時の流れが事故に遭っている時のように遅く感じられる程の状態。

「そんなのトップアスリートしかなれないけど、イかれてるから入れるんだよ。将来の負担なんて気にしないし」

勿論格闘家など興奮しっぱなしの者の寿命は短い。のんびり生きている一般人の方が穏やかに長く生きられる。

自分の身を守る為の極限の闘い、格闘技はそれに入りやすい。

そもそも痛みを感じないようにドーパミン•ノルアドレナリンなどが出る格闘家。

アルファー、ベータ、シータ波•セロトニン•エンドルフィンなど身体に影響を及ぼす脳内物質は色々ある。

「目の前の相手と動物的本能を限界まで交わす総合格闘技は異常な世界だから…本当に二人きりの世界でどちらかが壊れるまでやるんだから、そういうものが自分に起きんのも分かるだろ?」

一生に一度、ここまでの闘いが出来れば死んでもいい…という闘い。

「んなもん、トップファイター同士じゃないと出来ないけどな…。相手が弱すぎてすぐ終わって暴れ足りない…とかあるし」

笹田が突っ込む。

「普通の人間はスイッチなんて入んねーだろ。俺だって緊張感•恐怖心の方が上回ってドキドキしながら闘ってる」

自殺が出来る精神異常者。

「狂ってるから闘えるんだ…そのまま死ねるくらいに…」

「アドレナリンのオーバードーズ状態じゃねぇか、んなもん」

寿命を本当に削っている極限状態の生活。

悠真が口を開く。

「脳内物質で動きが良くなって、痛みを感じにくくなるんだから、漫画みたいに本当に心の強さ•気持ちの強さが影響するのが格闘技ってことだよな。痛みに強いことも格闘家の条件なんだから」

他スポーツからの転向組が少ないのはその為。

打撃が怖いので、相撲•柔道からすら転向してこない。

尚更負けん気が強いこと、諦めない心で大逆転なども多々ある格闘技。

だがその逆に、どれだけ痛みに強かろうが、急所を突かれて一撃失神などもあるシビアな特性を持つ世界。

相手を折れる•心を折れる覚悟が最初から備わっている達仁。

独りで生きていて守る者がないから、最後まで行ける。



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