第1話 まだ何も知らない2人
過去を変えたい。
貴方はそう思ったこと、ありませんか?
例えばそうですね...本当に小さなことでも。
忘れ物したとき、友達とケンカした時、大事なものをなくしたとき、そして...。
...失礼、おしゃべりがすぎましたね。本題に移りましょうか。
これは『過去を変えたい』と願った人間が人生でたった一度だけ手に入れられる、過去を変える電車にまつわる物語です。
チャンスは本当に一度だけ。リテイクや失敗は許されない、一度きりの奇跡。
さぁ、...貴方には過去を変える覚悟はありますか?
「...っはぁっ」
息苦しさを感じて、私はベッドから起き上がった。
額から汗がこぼれ落ちる。
(すごく苦しかった...変な夢をみた気がする)
昔から...私はちょっと変な能力を持っている。
それは『予知夢』。
見た夢の内容がそのまま現実になる、というやつだ。
当たる確率は微妙だけど、特に悪夢がよく当たってしまうから怖い。
でも、みた夢の内容を忘れちゃったりするんだけどね。...今日、みたいに。
「実乃梨!早く起きなさい」
「は、ハイ」
お婆ちゃんの厳しい声が階段のしたから聞こえて、思わず返事する声が裏返った。
やっぱり苦手だよ...。
私は溜息をつきながら着替えを開始した。
私の名前は時間実乃梨。中学2年生だ。
時間、と書いてときま、と読む。なかなか珍しい苗字だよねコレ。
両親は幼い頃に亡くなっていて、私はお婆ちゃんが神主を務める『時間神社』に居候している。
お婆ちゃんは他人にも自分にも厳しいタイプの人。決して優しくないわけじゃないんだけど、かなり厳しくて怖いからちょっと苦手なのだ。
パタパタと慌ただしく階段を降りると、お婆ちゃんが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
うぅ、怖っ!
「お...おはようお婆ちゃん」
「おはよう。...早くもないがな」
お婆ちゃんはフンっと鼻を鳴らし、ご飯を盛りつけた。お婆ちゃんは『朝ごはんはお米派』の人である。
...ちなみに私は『朝ごはんはパン派』。冷蔵庫から食パンを取り出してトースターに入れる。
妙な緊張感を保ったまま、我が時間家の朝食タイムは始まる。
「実乃梨、何か報告はあるか」
「報告...特には」
「はっきりしなさい。ないのか、と聞いている」
ひっ!睨まないでってば、怖いからっ。
「ないですっ」
「ならいい。パン、焼けたんじゃないのか」
「あっ、あぁうんっ」
トースターから取り出したパンは若干焦げていた。うぅ、悲しい。
パンに手早くバターを塗り、咀嚼した。
「...実乃梨、今週の土曜日は予定を開けておけ。墓参りに行く」
「うん...そっか、もうすぐお父さんとお母さんの」
お婆ちゃんにとって私の両親は愛娘とその夫だったわけだよね。
一気に大切な人を2人も失って、あとには幼い私だけが残されて。
お婆ちゃんもきっとすごくすごく辛かったんだろうな...。
必死で育ててきてもらったんだから、多少厳しくても怖がっちゃダメだ。
でも...。
(やっぱ怖いものは怖いしなぁ...)
「行ってきます」
「気をつけて行けよ。あぁ、今日の午後は家を空けるから鍵を忘れるな」
「あ、わかった」
外に出るとパラパラと小雨が降っていた。
その空は濁ったような灰色でひどく曇っていて、何となく冴えない色だなぁ...と感じた。
「あーっ!実乃梨ぃ、おっはよーぉ」
教室に入ると、満面の笑みを浮かべた美少女が抱きついてきた。
私は顔を引きつらせながら、できるだけ笑顔で返す。
「おは、よう...結乃ちゃん」
美少女...小倉結乃ちゃんはニコッ、と崩れるような愛らしい笑みを浮かべる。
結乃ちゃんとは小学校時代からの友達で、8年間もクラスが同じ。目立つ彼女と地味な私とでは明らかに釣り合いがとれてない感じがするけど、結乃ちゃんは私のことを『大事な親友』だと言ってくれている。
例えそれが、上辺だけだとしても...。
「実乃梨、頼んだ宿題やって来てくれたぁ?」
「え...えと、うん」
「やったぁ!さっすが、実乃梨!私の親友っ」
「あ、あのっ...結乃、ちゃん」
結乃ちゃんに頼まれていた宿題のプリントを渡しながら、おずおずと口を挟む。
「こ、こーゆーの...良くないんじゃ、ないかな...」
「えぇ?何急にカタいこと言ってんのさー。親友って助け合ってナンボじゃん?あ、明日もよろしくね」
「...うん」
何も言い返せなくて、私はぎゅっとスカートの裾を握りしめた。
こんなの、利用されてるだけ...。
そんなふうに思うことはよくあるけど、私は結乃ちゃんに言い返せた試しがなかった。
だって...そんなふうに突き放して結乃ちゃんが離れていってしまうのが怖いから。
前はこんな風じゃなかったのに...。
純粋に隣にいて、笑って、楽しい『友達』だったのにな。
「実乃梨?どしたの、次教室移動だから行くよ」
「...あ、ごめんね。トイレ行ってから行くから、先行っててくれる?」
「んー。わかった」
私は教室を出て、廊下の隅っこに座り込んだ。
冷たい床の感触が伝わってくる。
『友達』って何なんだろう...。
相手の顔色窺ってビクビクして、宿題の肩代わりさせられるものなの...?
何だか悲しくなってきて、ポロポロと涙が溢れだした。
私、どこで間違っちゃったんだろう。
どこから結乃ちゃんと『ニセモノの友達』になったんだろう
膝に顔を埋めて、声を殺しながら泣いていると。
「こんなとこで何してんの」
ぶっきらぼうな男子の声が、上から振ってきた。
驚いて顔を上げると、見慣れない制服を着た男の子がこっちを見下ろしている。
...泣いてたの、見られちゃった!?
「っ、あの」
弁明しようと口を開くと、男の子は宙を睨んで吐き捨てた。
「...っくっだらねぇ」
「えっ」
何が、と聞く前に男の子が言った。
「アンタが時間実乃梨?」
「......っ、ハイ?どこかで会ったこと、ありましたっけ」
「...別に」
男の子は制服のブレザーを翻し、廊下の向こうへと歩いていった。
うちの学校は男子の制服は詰襟なので、ブレザーはかなり新鮮だ。
...あの人、誰...なんだろ。
転校生?なんかそんな様子でもなかったけど...。
狐につままれた、ってこんな感じのことを指すのだろうか。
「...あっ、そうだ教室移動!」
危ない、ぼーっとしてて忘れるところだった...。
私は目尻に浮かんだ涙をぐいっと拭い、手洗い場の鏡で目元が赤くなっていないか確認してから走り出した。
えっと、美術だよね次の授業。
美術の秋野先生は恐ろしく怖い。とにかくめっちゃ怖い。遅刻なんか絶対怒られるよぉー!
私は廊下を猛ダッシュで横切っていった...。
「アイツが俺のパートナー...?冗談じゃねえぞ」
その頃。
ブレザーを着た黒髪の少年...さっき実乃梨に声をかけた少年は、柱の影で舌打ちをした。
その手に握られた『免許証』には、【パートナー】の欄に『時間実乃梨』という名前が記されている。
優柔不断でひ弱そうな、小柄で地味な女。
(でも...時間がいなけりゃ俺は『車掌』になれないってことだよな)
本当に腹が立つ。システムだから仕方ない...と割り切るしかないのだろうが、あんな奴と行動を共にするなんて考えられない。
(...くっそ、最低だなこのシステム!)
だが少年もバカではない。本当のところでは仕方ないことなのだと達観していた。
「......まぁいいか。どちらにせよ仮免許期間が終わるまでの間だけだ。それが終われば、俺は自由に1人でやれる」
少年...小金井伊月はニヤリと笑った。