2.恋人と会話中
私が悠犀と初めて出会ったのは、地元のスポーツクラブだった。その中にある小学生向けのスイミングクラブ。
年の離れた弟がいる私は、スイミングクラブに通う弟を迎えに行った事がきっかけだった。
そこのスポーツクラブのプールは、上からガラス越しに子供達の泳いでる姿を見る事が出来る。
我が弟ながら、泳いでいる姿も愛くるしいとか思いながらそこに、私とさほど歳の変わらなそうな男性を見つけた。
弟の手を引きながら、バタ足をさせているその人はおそらく先生なのだろう。
私が、高坂悠犀を初めて知ったのはその時だ。
弟に聞けば、彼は私と同じ歳らしくまだ大学生だと言う。
それからだ。弟のお迎えに行ったついで……と言うには、いささか目的があり過ぎたけれど。
彼と接点を持ち始めたのだ。
『今日も弟さん、頑張ってましたよ』
スイミングの帰りにプールカードという名の会員カードを受け取り、彼と一言二言交わす。
それだけで、満足だったし幸せだった。
それなのに、彼ともっと話したいと望み、彼ともっといたいと望み、恋人となる事を望んだ。
望みは叶ったけれど、彼の一番は私じゃないように思えた。
私は知っている。なんだかんだ悠犀と付き合い始めて一年は経つのだ。彼の嬉しそうな顔、幸せそうな顔。そんなのは百も承知なのだ。
悠犀は蒼汰といる時が一番嬉しそうだ。
その事実に気付いてしまったから。
私は悠犀から離れなければいけないのかなと思い始めてしまっている。
私は悠犀と一緒になってから、欲張りになったのだ。彼の一番は、いつでも私でありたいと。
「落ち着いて。大丈夫、話すだけよ」
悠犀に電話をしようとするが、ダイヤルボタンが押せない。うぬうぬ悩んでいる内に、携帯の画面が暗くなる。
はぁ……電話をしたとしても、何を話すというの。この間のデートの件?
わざわざこの間会えなかったけど、っていうの? 悠犀を責めるみたいに?
そんなの出来ない。だって悠犀が悪いわけではない。それに蒼汰が悪いわけでもない。
「誰も悪くない」
ただ、私が悠犀を好きすぎるだけなのだ。
よし。だったらする事はたった一つだけ。悠犀に電話をかけて、話す。この心のつっかえをとるのよ私!
大丈夫。仮にも彼女なんだから、おかしな事になったりはしないはずよ! おそらく……たぶん。
えーい! もう腹くくれ私! ほれ!
携帯で悠犀の連絡先を呼び出し、電話をかけた。
トゥルルル、トゥルルル……。
「ーーはい」
出た!
「もしもし? 瑠歌?」
「あ……悠犀」
久しぶりの悠犀だ。耳に心地よい声。
「どうしたの? って聞くのも変か……この間、俺がデートドタキャンして以来だもんね。本当はこっちから連絡しなきゃいけなかったのに……ごめん」
「それはいいの。だって、この間は蒼汰が高熱出してたんでしょ?」
「それ誰から……」
「蒼汰から直接聞いたの。看病してたんだもの。仕方ないわ」
「蒼汰から?」
なぜかワントーン低くなった悠犀の声に首を傾げてしまう。私、何か変な事を言ったかしら?
「瑠歌はさ。蒼汰とよく一緒にいるよね」
「え? そうかしら? どっちかっていうと……悠犀の方が、よね」
ヤバい。言ってて自分が悲しくなって来た。
「俺は悠犀と一緒に住んでるからね」
一緒に、住む。そうだよね。二人は一緒に住んでる……考えただけで悲しみが増すんですけど。っていうか、蒼汰も悠犀も男よ? ここは思い切って悠犀の気持ちを聞いた方がいいんじゃないかしら?
「……なんだけど、瑠歌聞いてる?」
「はぇ! わ、ごめん! なんだっけ?」
「だから。蒼汰と一緒にいるんだったら、俺と一緒にいて欲しいんだけど」
「……え?」
「蒼汰だって、ほら、サークルの用とかあるだろうし」
あー……これは、あれね。お前、蒼汰の邪魔してんじゃねーよって遠回しに言われてるのね。
うん。分かってる。蒼汰だって忙しいものね。でも、それは。
「じゃあ、悠犀は? 蒼汰が忙しい時に、悠犀だって近くにいるよね?」
忙しい時に蒼汰の傍にいなくていいんじゃないかな。むしろいないで! 私といて!
持ってる携帯をぎゅっと握りしめれば、悠犀は何も言わずにただ無言でいる。そして、数秒の間があった後に。
「絶対に行かせないから」
それだけ言うと、電話はそのまま切られた。