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理系男子の異世界電撃訪問  作者: クロすけ。
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000. 地の底で

「時間切れか…。」



そう掠れた声で呟いた男の唇はひび割れ、顔には深い皺が刻まれている。

男は自分の声の余りのか細さに驚き、自嘲するかのように少し笑った。

長い間言葉を発することのなかった彼の喉はもう満足に仕事をしてはくれない。


「もう最後に人に会ってから何年経っただろうか。」



男は見慣れた自室を見渡し、ふぅーっと息を吐く。

すっかり色褪せてところどころ剥がれた壁紙、肘掛けが片方しかない小さな椅子に、とうにその反発性を失いギシギシと軋む寝台。

地下に造られたこの部屋に窓は無く、停滞し続けて淀んだ空気はなんとも言えない臭いがしている。


まるで自分のようだ。


男はそう思った。


自分の身体を騙し騙し生き長らえてきたが、それももう限界だ。

もうじき自分にも友人達や妻にも訪れたように迎えが来るに違いない。


皆が亡くなってからも随分と長い時を生きたが、彼らは自分のことを忘れてはいないだろうか。


死ぬことは怖く無い。

ただ、自分が見送った人々はまだ自分のことを待っていてくれているかどうかの方が心配だった。


男は最後に自らの創り出した作品達を見ておこうと思い、悲鳴をあげる足腰に鞭を打ち、杖を支えに立ち上がる。


枯れ木のような男に対し、木目の美しい頑丈そうな杖はまるで若木のようだ。



それを見て男の脳裏に走馬灯のように若かりし頃の記憶が蘇る。



平民の出でありながらも力を得て、ついには国を起こし、王位を譲った後も影から自らの王国の繁栄を見守り続けた。


男はその王国を守るためにその身を"あるもの"の封印に捧げ、その守り人として孤独に悠久の時を生きてきたのだ。


外界との繋がりを絶たれた男だったがいつの日か自分も死に、封印を解かれた"それ"はまた活動を始めるであろうことを知っていた。


その先のために彼はその全てをかけて"それ"に対抗するための道具を創り続けた。

何をしでかすかわからない"それ"に備えて、強力なものから必要かどうかもわからないようなものまで、あらゆる可能性に適応できるように造られたその道具の数はその創造主である男にももうわからない。


ゆっくり、ゆっくりと薄暗い通路を歩き続け、ついに目指す扉の前にたどり着いた。


扉を開けたその先にあったのは小さな城がまるまる1つ入りそうな広大な円形の空間、そしてそこに所狭しと並べられた道具の数々。


これらは男の死後、それを必要とする者や、それを使うだけの条件を満たした者の手の元に行くよう設定してあったり、秘境や危険な場所などの辿り着くのが難しい場所に転移させ、実力を示した者が手に入れられるようにしたりと、様々な経路で使用者に渡るようにしている。


その隙間をぬって歩みを進める男はその中心にあるうず高く積まれた本に囲まれた作業机の前で足を止めた。

この上で何度も失敗と試行錯誤を繰り返し、イライラして思い切り叩いた時についた傷なども今となってはいい思い出だ。


その上に置かれた黒い板。支えが付いており直立しているこの板を男は”異界の鏡"と呼んでいた。

おもむろにそのスイッチをオンにするとそこには男の顔では無く、動く「映像」が映し出される。

ふと男はこれを始めて妻に見せた時の彼女の反応を思い出す。

これは中に人が入っているのではないと説明し、納得してもらうのには大変な苦労をしたものだ。


思えばこれから全てが始まったのだとも言える。

若い頃に遺跡で偶然見つけたこれに映し出されるのはこの世界ではない異世界の「にゅうす」というものらしい。

その異世界では鉄の塊が馬より速く走り、魔法もないくせに遠くの人と意志のやり取りができ、誰もが学問をする機会を有し、この世界と比べてとても豊かな生活を送っている。


異界の鏡は世界が丸いことや、日常現象の本質についてなど恐ろしいまでの知識を伝えてくれた。

それを利用し自分は国を繁栄させ、道具をつくりだすことができた。




一目その世界に行ってみたかった彼は異界とを繋ぐ道具を作ろうとしたができず、失敗作を抱えて涙を流し眠った夜もあった。



手前の椅子に座ると机に立てかけられた剣が目に入る。

「刀」と呼ばれる異界の武器で、彼が妻にいつの日かプレゼントしたものだ。

せっかく苦労して組み込んだ異界の技術を妻は使いこなせずに、ただのよく切れる剣としてしか使われなかった物だ。

「うーん、わかんないよぉ…」そう言って眉間にしわを寄せ、透き通った美しい青い瞳で自分の方を見つめてくる君の顔を思い出す。



あぁ、早く君に会いたい。



君の声が聞きたい。





先ほどから妻のことばかり考えていることにふと気づいた男は、自らの死が目の前に迫ってくるのを察する。


彼女が自分のことを呼んでくれた気がした。



だんだん視界が狭まり、異界の鏡からの音も薄れていく。




来世というものがあるならば、次の生では異界の「ダイガクセイ」とやらになってみたいものだ。



死神の足音が聞こえた気がした。


ずっと死神に嘘をつき、騙し続けてきた自分だが、死神は怒っていないだろうか。



彼にもう落ちていく瞼を押し上げる力はない。


その瞼の裏に見えた愛する人にむかって彼は囁く。





ー ただいま ー













動くもののなくなった静寂の中、プツッと異界の鏡は沈黙した。















そして男の作った国も滅び、また幾つかの国が出来ては消えていき、長い長い年月が経った。













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