三十七話 決意
「なんでお金がないんだ?」
俺の財布の中にはいつもあるはずの金貨から返還された日本円が入っていなかった。こんなことは異世界に来て初めてだ。
「なんでこんな時に」
思わず悪態をつく。
俺は店員に断って商品を一度戻し、コンビニを出た。
「おーかえってきたか!!新木殿」
アレンさんの声が聞こえる。アレンさんの声には、期待が混じっている。袋の中を確認すると、確かに金貨がある。金貨を忘れたわけではない。
どういうことだ?
「すいませんアレンさん。もうちょっとだけ待ってもらえませんか」
焦りを見せないように、無理にも笑顔を見せながら取り繕う。
アレンさんはその言葉に黙って首肯する。
大丈夫、ただのバグだ。スキルにも神様もミスはつきものだろう・・・。
心臓の拍動が大きくなる。息も荒くなる。
大丈夫。もう一度だ。精神状態が何らかの影響を与えてしまう可能性がある。
「いでよコンビニ」
俺がそう唱えると、いつもの扉が出現する。
「ではもう一度行ってきます」
「うむ。よろしく頼む」
アレンさんは俺の言葉に強くうなずく。俺の表情を見て何を察したのか、アレンさんたちは心配そうに見ている。
このまま日本円に変換されず、食料を買うことができなかったら・・・
「大丈夫だ大丈夫・・・」
いやな想像を振り切って、俺はコンビニの扉の前に踏み出した。
100人の命を背負っているんだ。
「いらっしゃいませー」
いつもとは違う声色のコンビニ店員の挨拶が聞こえてきた。
そして真っ先に財布の中を確認する。
「・・・・くそ!!!!」
財布を床にたたきつける。俺の声と財布を叩きつけた音がコンビニ店内に響き渡る。
ハッとして周りを見渡すと、コンビニ店員や数人の店員が驚いた表情で見つめている。そしてやがて興味を失ったのか、からまれたくないからか目線を元に戻す。
財布の中には、一度目と一緒。何も入っていなかった。
うまくいくまで繰り返すしかない。幸い魔力はたくさんある。
「「「「新木さん(殿)!!!」」」」
四人の心配そうで驚きの声が城に響き渡る。
「はあはあはあ・・・」
頭が割れそうだ。焦点も定まらない。
「うっぷ」
吐き気で口元を抑える。
あれから十何回も繰り返し、コンビニの行き来をした。しかし日本円には変換できなかった。
気づいたことがある。
スキルは正常に働いているのではないか、と。
おかしいと思っていた。この、なぜ金でできている金貨が一万円にしかならないのか。金は一グラム7000円以上する。それがなぜ一万円にしかならないのか。これまで俺はそういうルールだから、純度がかなり低いからと考えていた。
しかしその考察は間違っていて、この世界でのその紙幣の価値を日本の価値に変換するという能力だったのではないだろうか。そうなると、この国の硬貨の価値は今どうなっているのだろう。考えればわかる。きっと価値はなくなっている。今にも滅びそうな国が発行する硬貨を欲しがる人はどこにもいない。
「もう一度行っていきます」
無理やり笑みを浮かべ、俺は、コンビニ呼び出す。
「くっそ・・・」
立ち眩みや吐き気が襲う。さっきまでの比ではない。目の前も霞んできた。もう一度コンビニに行くことはできないだろう。
もうミスは許されない。
「アドレナ、リーシャ。ナイフを持ってきてくれ」
「いいけど・・・いったい何に使うの?」
アドレナの問いに俺は答えることができない。
「別に念のためだよ」
俺は笑みを浮かべる。リーシャがナイフを渡してくる、包丁よりもひとまわり小さいナイフだ。
やるしかない。
そのナイフを右ポケットに入れる。目をつぶり深く深呼吸をする。目を開けた。
「犯罪者にもなんだってなってやるよ」
そうつぶやき、コンビニの扉を潜った。
「いらっしゃいませー」
今日、十何回目のコンビニ店員の声が聞こえる。その声を背後にすぐさま財布の中を確認するが一円も入っていない。
「だよな・・・」
しかし俺は食料品を大量に、かごに詰め込む。右ポケットが異常に重く感じる。
「・・・」
カップラーメンやおにぎりやパンをあらかた、入れ終わる。そして生米などの位置も把握する。
これだけあれば二日は持つだろう。
やるしかない。やるしかない。
俺は店員に向けて歩いて行った。
その時である。
「どうしたんですか?新木さん」
見知った店員の声が、あのやる気の感じられない声が聞こえる。顔を上げる。
そこにはいつもの店員がいた。その店員がいたところで何も変わらない。何も解決しない。しかしなぜか俺の目の前が見えなくなった。それはきっと魔力切れのせいだろ。
「大丈夫ですか!?新木さん!!!」
俺はその店員に手を引かれ、コンビニのスタッフ室に入っていった。
「なるほど・・・」
店員は驚きや困惑を隠せない様子でそうつぶやいた。俺はこれまでのことをすべて話した。異世界に転移したこと、そしてコンビニにしか買えることができていないこと、そして助けてくれた国の現状も。それを黙って聞いてくれた。
「しかし現金もクレジットカードもないんですか。それじゃあどれくらい必要なんですか?」
そういって店員はカバンの中にある財布を取り出す。
「え。」
思わず困惑と驚きの声を思わず俺も上げてしまう。我ながら突拍子もない話だった。俺が店員だったら酔っぱらいの戯言か頭がおかしくなったのか心配するだけで、本気にはしない。
「どうしたんですか?新木さん」
俺のリアクションに疑問を感じたのか首をかしげる。
「信じてくれるんですか?」
俺の言葉に店員はさらに首を傾げる。
「はい!!もちろん」
「なんで?」
「なんでって?」
要領の得ない会話のキャッチボールが行われる。
「だって、こんな我ながら滅茶苦茶で支離滅裂な話ですよ?」
そういうと店員はけらけらと笑う。
「そりゃー今でも信じられませんよ。異世界なんて。しかも俺にはなんの変哲もないように見えるあの扉の先にそれがあるなんて」
そう言って店員は目を伏せ両手を広げる。
「でも」
少し間を開けて、彼は俺の目をまっすぐ見て言った。
「でも新木さんいうことだから。信じます」
そういって店員はうなずいた。
「俺と店員さんは他人同士で」
そういうと、店員はさえぎる。
「いえそれは違います。新木さんは自分が勤めるコンビニの常連です。うなぎも買ってもらいました。それになにより俺、新木さん買ったあとの会釈がちょっと嬉しかったんですよ」
彼はそう言って恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう・・・ございます」
俺はそれしか言うことができなかった。視界がゆがんでいるのは魔力切れによる疲労のせいだろう。




