生徒会のユニゾン
「古賀美奈。私にとって、あなたは不快な存在だわ」
中村文殊が、俺に寄り添う美奈をキッと睨みつける。
黒く濡れた長い髪。
白く透き通った艶やかな肌。ふくよかな胸。
勝ち気さを感じさせる少しつり上がった目つき。声の質も丸みがあって柔らかい。
確かに美奈と中村文殊は似ている。
細かくは違うし、視覚的に見れば全くの別人とわかる。声だって、聴けば早見沙織と能登麻美子くらい違うのだが、その違いが微妙な差異しかないので、伝えるにしても同じような表現となってしまう。
俺だってそれぞれの個性は大事にしたいし、十人十色大賛成なのだが、文殊が言うようにキャラが被ってしまっている。
「あなたという人間が存在するから、私は違いを持たせるために、こんなしゃべり方をしなければならない」
そういや、今は抑え気味に話しているけど、美奈がいないときの文殊の話し方てば、「にい様」と言わないだけで、普段は美奈と同じようなですます口調だっけ。
「それなら、あなたがこの場所に来なければ済むことではないかしら?」
「そうはいかない。生徒会長として、学園内の騒ぎを放置しておくことなんてできない。そして何より……!」
文殊は両手を手刀にして身構えた。俺の目の錯覚か、文殊の体から青白く光る煙のようなものが立ち上ったように見えた。
「何より、私を置いて巧くんを争うなんて許せない……!」
刹那、猛烈な爆発音とともに、灼熱の炎が文殊を襲った。すさまじい熱風の余波が俺たちにも向かい、そばにいた体重の軽い五ツ星麗奈が、「ふぎゃあ!」と風とともにどこかへ飛ばされていった。
「油断大敵ですわね。中村生徒会長」
美奈を見ると、その手には文字が記された古い護符のようなものを手にし、文殊にむかってつきだしていた。
「美奈、お前は何をしてんだ!」
「これは古賀本家代々伝わる“滅砕符”。血印を以て敵を滅殺す。にい様の争いにも、そろそろケリをつけませんと。しかし、これで邪魔ものが一人消えましたわ。にい様」
「そうかしら?」
濃い噴煙の中から文殊の声がして、美奈の表情が強張った。あの爆発を喰らって生きている。しかも、文殊の声には余裕があった。
「確かにその滅砕符の威力は凄まじい。しかし、力を持っているのは、あなただけではないわ」
先ほどの熱風とは別の突風が煙を吹き散らし、煙の下から現れた文殊を見て、俺も驚いたが美奈も目を見張っている。
文殊の隣にはほのかな青白い光を放つ、巨人が一人佇んでいる。岩のような肉体を持ちながら、その表情は深い森に広がる湖のように穏やかで静かだった。
「私の風の守護神サルベスは伊達ではない。今の攻撃では通用しないわ。巧くん争いに決着をつけたいなら、もっと本気できなさい」
「本気か……」
面白そうねと、それまで闘いの様子をじっと様子を見守っていた加藤春香先生が、にんまりと不敵な笑みを浮かべた。
「確かに、生徒会長や美奈さんが言う通り、決着をそろそろつけないとね」
春香先生は右手を宙に掲げると、どこからか手のひらサイズのコンパクトがふっと現れた。どんな手品を使ったのか俺にはわからなかったが、忽然と現れたそれは、春香先生の手に納められていた。パカッとコンパクトが開かれ、目映い七色の光が辺りを照らす。
「夢の国の妖精から選ばれた、私の力を感じちゃいなさい。からいくわよ!“セブンス・カラー・メイクアッーープ”!!」
春香先生が叫ぶと、虹色の光の奔流が身体を呑み込み、塗られたペイントを剥いで新たに七色に彩られたスーツが春香先生の身体を包む。それはバイク乗りのスーツに似ていると思った。頭部は顔の半分を覆うバイザー付きのヘルメットを被っている。
「……七色の光が世界を変える」
春香先生の艶のある紅い唇が、笑みを湛える。
「私の名前は“怪盗レディ・レディ”。覚悟の用意はいいかしら?」
“ほーほっほ!今どき変身もの?古い時代の婆さんは引っ込んでなさい。加藤春香。いや、レディ・レディ。それに美奈と文殊!”
聞き覚えのある高笑いが空に響いたかと思うと、昼の空にキラリと星が瞬くのが見えた。
俺と3人が上空を見上げていると、アッシークーンの手のひらで傲然と腕を組んで立つ五ツ星麗奈の姿があった。
美奈が小さく嘆息した。
「生きていたんですね。まるでゴキブリのよう」
「ゴキブリとはあなたのことかしら。古賀美奈」
「何ですって?」
美奈と文殊の間から、張りつめた緊張感がうまれ、睨みあう2人の間から激しく火花が散った。その殺気の凄まじさに、俺はただ呆然と突っ立っているしかできない。
俺には目の前に起きていることが、いまだに把握しきれないでいる。
「2人とも。潰し合いは結構だけど、五ツ星さんをどうするつもりかしら」
春香先生じゃなく、レディ・レディが悠然とした口調で言うと、美奈と文殊も冷静さを取り戻したらしく、再びアッシークーンと麗奈を見据えた。
「なんだ。潰し合いしてくれると思ったのに残念ね。……セバスチャン、助かったわ」
麗奈がアッシークーンを見上げて言った。胸部のハッチが開くと、操縦席に座るセバスチャンの姿がそこにはあった。
「このセバスチャン。麗奈お嬢様のためなら、この身を捧げる覚悟でございますから」
「嬉しいわセバスチャン。なら、勤続30年の忠誠の証をここでお願いするわ」
「……は?」
怪訝な表情をするセバスチャンに、麗奈はパチリと指を鳴らした、途端にセバスチャンの体は電流をうたれたように震え始める。
「オオ、オオオオオ……!」
「アッシークーンはまだ未完成だった。必要だったのは人の生命エネルギー。その最後のパーツを探していたんだけど、それはあなたが相応しくてよ。嬉しいでしょう、セバスチャン」
セバスチャンの反応は無く、肉体は衣服と一緒に表面からただれていき、やがて溶けたアイスクリームのように液状化していった。そして、セバスチャンだったものが操縦席に吸い込まれてしまうと、アッシークーンのひとつ目が爛と輝き、メキメキとマシンは異様な音を立て、突然破壊された口元から獣ような雄叫びとともに真っ赤な口が開かれた。
「これがアッシークーンの完全体。そして世界は巧と私だけのものになるの。これは始まりの樹」
「そんな大袈裟なマシンでも、力は私たちとさほど差がないようですね」
美奈が新たな護符を取り出して言った。
「守護神サルベスの防御力を見くびらないで欲しいわね。古賀美奈」
「巧君争いも、そろそろ決着つけないとね。これまでに多くの女の子が争い、星となって消えたけど、この4人で……」
「待て待て待て待てーー!!!」
レディ・レディの言葉を遮って、大声が響き渡るとゴミ収集車の荷台を破壊して、金色の光を放つ炎のような塊が俺たちに向かって飛来してきた。
それは猛烈な勢いで進行してきて、周りの物や人を吹き飛ばす力を持っていたが、それだけの力に関わらず、地面に着地した時はトトンと軽やかな音がした。
「このあたしを忘れたら困るわね」
「その姿、その闘気。安藤雪。あなたは伝説の……」
中村文殊は息を呑んで、現れた雪の姿を見つめた。
髪は金色に変色し、硬そうな髪質となって逆立っている。顔つきも少しだけ目つきが険しくなっている。
「そう。私は一万年にひとりの存在と言われる“伝説の超戦士”。この日のために力を隠していたの」
「いよいよ、決着ですわね」
美奈が不敵な笑みを浮かべて身構えると、麗奈も操縦席に乗り込み、文殊も雪もレディ・レディもそれぞれ身構えて、一斉に全身の力を解放させた。
「はああぁぁぁぁ!!!!」
誰の声のものなのか。それは俺にはわからなかった。押し寄せる闘気の波が俺や周りの生徒を吹き飛ばしていた。上も下もわからず、ぐるぐると飛ばされていたが、運良く柔らかな校庭の芝生の上に放り出されると、後方から轟く爆音や爆光に振り返りもせず、ただひたすら俺は逃げた。
何が起きているのかわからない。
いつものように、登校していただけなのに。
可愛い妹や幼なじみだとかのいさかいが、何故こうなる。
俺には心に決めた人がいるのに。
爆発から、戦闘から逃れようと俺は駆けた。とにかく駆けた。ただ、気が動転して目の前が真っ暗で、どこをどう走っているのか自分でもわからない。ただ駆けた。
その時だった。
ドンと何かにぶつかって弾かれ、俺は地面に尻餅をついた。はじめは壁かと思ったが質感があった。
それが人だと気がついた時、やっと周りが見渡せるようになって、今いる場所が校舎裏の体育館だと気がついた。
ふと、俺の前に人の気配がし、見上げると青空と太陽を背にした人の影が、鮮やかに映っていた。