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迷い猫オーバーラップ

“ほーほっほ。ごきげんよう古賀巧”


 俺たちは大破した先生のポルシェからようやく這い出て外に出ると、目の前には一体の赤いひとつ眼をしたロボット――アッシークーン――が、俺たちを睥睨するように見下ろしていた。


「ごきげんようじゃないだろ。五ツ星麗奈!先生の車を壊して。俺たちも危ない目に遭ったんだぞ!」

「そうよ!大怪我するとこだったんだからね!」


 雪が俺の隣に立ち、その姿に目を見張った。

 全身血だらけで、今も額から血がどくどくと流れている。左手も何か方向がおかしい。


「雪!するとこだったじゃねえだろ!もう大怪我してんじゃねえか!」

「ああ、こんなんだいじょぶだいじょぶ。気合いをいれちゃえば……」


 そう言うと、雪は「はああ……」絞り出すようにして息を吐き、一瞬の溜めた後、「フンッ!」と気合いを入れると、雪の体の周りに白い炎ようなものが噴き上がり、強烈な風が俺たちの間を駆け抜けた。


「もう大丈夫」


 雪の額から流れていた血は既に止まって乾き、パラパラと粉になって落ちていく。角度がおかしかった左腕も元通りになっていた。


「え、今の……何」

「気合いで止めたんだよ。大丈夫大丈夫。鼻血も力入れて止めるでしょ。あんな感じ。平気だよ。あたし美術部だもん」


 美術部が何の関係あるのかわからないが、そう言えば、登校してくる時も血だらけになったとか言っていたよな。

 呆気にとられる俺の体に、柔らかなものが俺を覆ってきた。見ると美奈がしなだれかかっている。


「……にい様。私は大丈夫ではありません。もうダメです」

「どっか、痛めたのか」

「ええ、心を」

「心?」

「スボン越しとはいえ、にい様のボンレスハムが私の口のなかに捩じ込まれ、私はひどく傷つきました。もう、お嫁にいけません。こうなったら一生、にい様の傍に……」


 言葉とは裏腹に、美奈は淫らな笑みを浮かべて舌なめずりをしている。息は激しく乱れ、細めた目の間から妖しい光がこぼれている。


“こらあ!私を無視するんじゃない!”


 スピーカーから響く麗奈の声がわんわんと鳴り、アッシークーンの胸部のハッチが開いて、中から小柄の金髪美少女が現れた。両手を腰に添え、いかにも偉そうにふんぞり返っている。


「いい加減、私のフィアンセから離れなさいよ!古賀美奈!」

「あら?どこからか、声が聞こえませんか。にい様。……もしかして、幽霊?怖い、にい様!」


 美奈はひとりで騒いでひとりで戦き、わざとらしく両腕に力を込めて体を密着させてくる。豊かな胸や甘い紫がかった香りが俺を包み込む。


「美奈!あんた、巧から離れろ!」


 傍の雪が引き剥がそうと飛び掛かってきたが、紫色の香りと思っていたものが波動となって具現化し、雪を弾き飛ばした。


「なにィィィィィ!?」


 雪は小説版Ζガンダムのジ・Oみたいに、くるくると飛ばされていく。その先には、ちょうどゴミ収集車が荷台を開けていて待っていた。


「さあ、にい様。早く教室に行きましょう。それとも、市役所に婚姻届でも?」

「いや、まてまて。雪が……」

「こらあ!この五ツ星麗奈を無視するなあ!」


 すっかり忘れて放置されていた麗奈が、苛立ちを隠せない様子で咆哮してきた。そのまま軽い身のこなしでコックピットから飛び降りてみせたのだが、距離が不味かったらしい。

 スカートがハッチに引っ掛かってしまい、壊れたコウモリ傘のようにスカートが捲れ上がって、麗奈はパンツ剥き出しのまま宙吊り状態となってしまった。

 刹那、どこからともなく黒ずくめの武装集団が現れて、周りで呆然と眺めていた生徒たちに向けて、AK-47を撃ち始めた。


「無礼者が!下賎が見るでない!麗奈様を辱しめる者は、この世から消え失せろ!」


 麗奈の執事を務めるセバスチャンが、吼えながら生徒を追い払う。

 追い払うというか、汚泥を道にぶちまけるというか、美術品をぶち壊す。絵画に塗りたくる。何かもう、言葉に言い表しにくいくらい悲惨な光景だ。


「馬鹿!お前がぼやぼやしているから……」


 俺は麗奈の体を抱えながら、引っ掛かったスカートを外してやって地面に降ろすと、頬を赤らめた麗奈が上目遣いにじっと見つめてくる。


「ありがとう……」

「別にいいけど、お前は怪我無いのか」

「うん……」

「さすがですわ。にい様。さすおに、すごおに」


 恥ずかしげに俯く麗奈。相変わらず美奈が抱きついて何かぼやいているが、それは置いといて、俺たちの横を既に硬直した無数の生徒たちが担架で運ばれていく。

 憐れ、同志よと畏敬の念が過り、自然と敬礼してしまう。

 ありがとう。

 ヴァルハラで会おう。


「巧、お前はずるい」

「何が?」

「巧は優しすぎる。前も私を助けてくれた」

「試験で、消しゴム貸しただけだろ」

「控え目に言わないで。私がどれほど助かったか……。そんな巧だから、私は巧をフィアンセに選んだのよ」


 俺と麗奈はしばらく抱き合っていた。

 銃声と悲鳴はいまだに鳴り止まないが、麗奈の言葉は周りのどんな騒音も掻き消し、俺の心に響くものだった。

 麗奈の熱い気持ちは充分伝わってくる。だけど、俺はその想いに応えることができない。俺にだって想いはあるんだ。だけど……


「……五ツ星麗奈、いい加減にすることね」


 不意に聞こえる女の声に俺の思考は遮断され、声の主へと目を向けた。

 そこには、加藤春香先生の傍に、腕組みをしたまま佇立する長髪の女の子がいた。

 俺は彼女もよく知っている。

 中村文殊。

 ウチの生徒会長だ。


「あぶないとこだったわね」


 いつの間にか、体にペイントし直した春香先生が、俺に向かって安堵したように言った。

 何人もの生徒がヴァルハラに旅立ち、既に危険な状況なのに、何が危ないのか、俺にはよくわからなかったが、本人たちにしてみれば危機的状況を救ったつもりらしい。


「さあ、中村さん。生徒会長としての手腕をみせる秋よ」


 春香先生が傍らに控える文殊をみて言った。

 じっと腕を組み、難しそうな顔をして俯いていたが、不意にカッと目を開くと凛とした声を放った。


「古賀美奈!」


 それまで五ツ星麗奈と山手線ゲームをしていた美奈は、急に名を呼ばれ、キョトンとした顔つきで文殊に振り向いた。


 文殊はひとつ大きく深呼吸をすると、美奈を睨み付けながら、声を絞り出すようにして言った。


「……あなたと私はキャラ被り」

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