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M.O.V.E  作者: 鳴海
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一章 六話


 黒い影が、風のように木々の隙間を抜ける。

 銃の乱射をものともせずに、少年は森の隙間を縫っていた。

「めんどくせぇ、森ごと焼くか?」

 そこは静寂に包まれた森の中、動物の鳴き声、生活音はおろか、木々のざわめきですらほとんどない。

 それも当たり前だ、ここは人口の『森』なのだから。生きている何かが生活できる場ではないのだ。

「しつけぇやつらだ」

 夜に不思議と反響するその少年の声が、少年を追う二人の兵士の耳に届き。それに焦り二人は弾のなくなったなったアサルトライフルを投げ捨てる。

 そして二人はめいめい武器を取り出そうと、こめかみに指を当て、指先で銀糸の光をからめ捕る。

「リアライズ!」

 一人はコンバットナイフに、拳銃。もう一人は二丁のサブマシンガン。

 2人は少年に遠距離攻撃の術がないと見きって、とっさに中遠距離戦闘に切り替えたのだ。

「やるな、雑魚ども。だがな。近接武器が遠距離まで届かないなんて固定概念だぜ」

 次の瞬間星が消えた。違う、空を何かが覆っていた。

そしてその何か急速に落下してくるのを、音と風で二人は感じる。

「お前らとは物量が違うからな、こぉいう芸当もできるんだよ」

 そしてそれを作り出したのは少年だった。

いつの間には少年は森の中におらず、二人の兵士のあるか頭上、その空さえ覆ってしまう、分厚い鉄板のような何かの上に、少年は胡坐をかいて座っていた。

その八百メートル四方の鉄板が、少年の合図とともに加速度を上げ、森に落ち更地を作った。


*  *


 暗く狭い部屋にいた。明かりは中央に詰まれた大量のモニタの集積体からしか発せられず、何かと陰気な部屋だった。

その隅っこにメルウェルはそっけない顔して立っている、コーヒー片手に。

かたくなにモニターから目を離そうとしないソロアの背中を眺めていた。

一口、おいしくなさそうにメルウェルはコーヒーをすする。コーヒーがまずいのか、はたまた別の気に入らないことがあるのか、メルウェルは苦々しげな表情を浮かべ、ぼーっと何もないところを見ている。

「私たちの仕事って、こんな無意味なことだったっけ?」

 この世界は三つの組織がお互いに監視をしながら回っている。

 まず、世界をまとめ、公共物の整備、配置。立法を行う組織。『王権機関』。

王権機関の定めた法の元に、処罰を与える権限を持つ『天使機関』。

そして、大掛かりな王権への反乱が起こった際、災害が起こった際の救助など出動し対処する騎士団。

 この三組織がお互いにお互いを監視して百年ほど安定した時代を培ってきた。

 メルウェルはその組織のうち、天使機関に所属している。法を行使し、治安を守る組織。

 その機関の中でもメルウェルの所属している組織は特殊で、半ば騎士団まがいのこともする部署。犯罪予告への対処や要人警護を専門とする部署だった。

 そして現在もメルウェルたちは要人警護の任務中、泊りがけで広いお屋敷の警備をしている。

 屋敷は東西南北に十字架のように伸びる構造で、三階建て、館の中心には屋上に出る階段もあり、そこは周囲を監視するための監視塔の役割も兼ねている。

トイレは東西南北にひとつずつ。客室はたくさんあり、他にも娯楽室、音楽室。書斎。視聴覚室まで備わっている、周囲は広大な森で。守りにくいことこの上ない。

 立場上、電子機器の扱いに長けているソロアが周囲の警戒に当たっているが無理があるようで、ソロアはぶつぶつと金切り声混じりに『このはげ親父』と、任務中連呼している。

 あたりは森、民家はなく怪しい人間がいても気がつけない、さらには遠距離から狙い放題。広い屋敷は五人では十分に警戒しきれず、屋根裏にでも潜んでいようものならもはや発見は困難。監視カメラの台数も十分ではない。

 もちろん追加で設置はした。だがそれでも十分ではなかった。

 そのせいでソロアはここ最近モニターに釘付けなのだ。

もう一人電子機器に強い少年。リゼルというのが隊員にいるが、彼が得意なのは主に作戦指揮、そっちはそっちでやるべきことがあるようで、やっぱり監視の仕事はソロアに任せっきり。

 それで、この状況。

「あんた、そんな調子で大丈夫?」

 メルウェルがひとこと言葉を投げた。

「大丈夫なはずないでしょ。私、メルを仕事中に可愛がれないなんて初めて、これは精神的にすごくつらいわ」

「その調子でずっとやってなよ」

 冗談が言えるようならまだ大丈夫。そう思い、そろそろ仕事に戻ろうかとメルウェルが思ったそのとき、部屋のドアが開き、木漏れ日が暗い空間を切るように入ってきた。戸口に立っていたのはホウドウ。メルウェルたちの上司だった、そしてこの部隊の隊長でもある。

 現場の隊員とは思えないほど整ったスーツ姿で、その柔和な表情といいどこかの接客業の人間のように見えるがその実力はなかなかのものだった。

 本来防弾や対ショックの仕掛けを内蔵した上着を着用するのがメルウェルたちの常識だったが、ホウドウは天使機関の紋章が入っているだけの薄手の上着を羽織っている。

これは本人の実力の現れだ、その魔名トリニティーブレードは強力にして有名。メルウェルはその能力を見たことはないがその力は仲間として戦場に立っていても恐ろしいほどだと各方面から聞いていた。

「で、どうなのホウドウ。私たちの仕事少しは楽になりそう?」

 ソロアが言った。

「無理だな」

 後ろ手に戸を閉めてホウドウは言う。

「事件が解決するまで、ここを離れて安全な場所に行ってもらうという要求も、カメラを増量し、館内にトラップを仕掛け。侵入者撃退の備えをさせてもらうことも。書斎の前に人を立たせておくことも。受け入れていただけなかった」

「役立たず」

 モニターから目を離さずにソロアが言う、少しはこたえたようで肩をすくめるホウドウ。

「あんた、作戦中くらいは上官に敬語使ったらどうなの?」

「こんな役立たず、上官って言えないって」

 ソロアは上官に対して口が悪い、だがホウドウがそれをとがめたことは一度もなかった。

「正直言って、なんなの? あのはげ。私の身は守ってほしい、だが、私はこの館からは出て行かない。だから死にもの狂いで守れ。……無茶だって、そんなの、私たち五人しかいないのよ」

 配置としては、監視カメラなどの全体監視、表をうかがう人間が二人、内部を見回る一人。交代要員に一人、という具合で、これではぜんぜん足りないのだった。

「あちらの意見としては、人間をもっと回せ、だ」

「無理ね、こんな小さな仕事に人は回せない」

 今度はメルウェルが発言する番だった。

「依頼主に送られたって言う脅迫状、殺人予告。私が見る限りにはいたずらに見えたし。何より金しかない人間を襲っても、得られるのは金だけでしょ? それなのに犯行予告なんておかしい」

 この館の領主はもともと、たくさんの会社を手元にもつ資産家だった。だが隠居するさいに全ての会社や、社会的に価値のある全ては売り渡していたので、今の彼には金しかない。地位というものも、他人を毛嫌いしているので、本来あるべきはずの影響力も衰えつつある。殺したところで何も、社会的な変化は見込めない。

 また、目的などない猟奇的な犯行の可能性、殺すことが目的の怨恨で殺人を計画したなら予告してみせるのはおかしいのだ。

殺しにくくなるだけだからだ。

「それは俺も知っている」

「だったらそう説得してよ。じゃないと、唯一のお情けでまわされたひとつのチーム全員が疲労困憊で使い物にならなくなる」

 ソロアが振り返ってホウドウに言う。モニターを覗きすぎたのだろうか、ソロアの目はどことなく充血し、視線が鋭かった。

「俺もよくないと思っている。だから手を打つつもりではいる。だからもう少し待ってくれ」

 その回答に満足し切れなかったのかソロアはじっとりとした目でホウドウを凝視する、けれど次の瞬間には仕事中だったのを思い出し、しぶしぶといった調子でモニタに視線を戻す。

「それと、メルウェル少し話がある。来てくれ」

 ホウドウが扉を開いて退出を促す。

 それにメルウェルは黙って従った。久しぶりにでた廊下は明るく。白い壁紙がまぶしく見える。窓の外は森でこの緑も鮮やかに感じられた。本当の森ではないのにもかかわらずだ。

偽物の木々、魔記で作られた無機物の森は本物の木々と全く見分けがつかなかった。不思議だとメルウェルは思った。

「それで、どうかしましたか?」

 ホウドウは黙って歩みを進める、それにメルウェルは従った。その間も横目でずっと窓の外を見る、外の景色はいくら歩みを進めてもまったく変わらないように見えた。まるで全ての窓枠に一枚一枚同じ風景の写真家何かが貼り付けられているよう。

「ここで話がある」

 見ればホウドウは両開きの大扉の前で足を止めていた、扉には銀のプレートが貼り付けてありシネマルームと書かれている。ホウドウは扉を引いて、その中にメルウェルを招き入れた。

 中は人口の光で明るく、そして同時にほこりっぽくもあった。

「それで、話とは?」

 メルウェルは首をかしげる、柔らかな髪がふわっとゆれた。

「内通者がいる」

 唐突過ぎるその言葉にメルウェルは目を見開いた。

「内通? 私たちの情報を勝手に、どこかに流していると?」

 ホウドウは扉の外を確認しながらゆっくり扉をしめる、しばし唖然としたメルウェルは首を振って、心底ばからしそうに言った。

「それは何かの冗談ですか?」

「冗談を俺が言うと思うか?」

「思いません」

 ホウドウはまじめな男だ、だとしてもこの発言を信じる気にはなれなかった。

「内通者とは、私たち五人の中にですか?」

「そうだ、まぁ安心しろ。お前に犯人探しをしろと言っているわけではない。犯人はもう見つかっているからな」

 その発言にさらにメルウェルは驚いた、そして同時にその名前を聞きたくないとも思った。

「そんな、待ってください内通なんて無理がある、だって内通するにしても私たちの情報にどんな価値があるっていうんですか、私たちは単なる実働部隊、末端ですよ、まったく情報的価値なんてない」

「そうだ、私も内通者は突き止めたがはいいが、裏が見えなくてな。それをお前に調査してもらいたい」

「うら?」

「私も、彼女が何の情報を求めているのかを知りたいのだ」

 彼女、その単語を聞いた瞬間、メルウェルの中をつめたいものが駆け巡る、そうでなければいいと願っていたのに、それは現実となってしまった。

「彼女って、この五人の仲間たちに女性は二人しかいないのに」

 メルウェルは否定してほしい一心で、大声でそれを言った。

「私がここにいる時点で、もう、あの子しかいないじゃないですか。なんであの子が」

「ソロアの動向に気を配れ、見張れ。何かあったなら知らせろ、いいな」


  *   *


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