一章 五話
メルウェルは気持ちをさっと切り替えて、家から持ってきた武器の調整を行っていた。
(何が、どうなってんだか)
まるで狐にでもつままれたような、不思議な感覚は強く残っていたがそれを理由に仕事でミスをやらかしたなら笑えない。
何より自分自身があの光景を信じられなくなってきたというのもある。
(それに、今はあれを調査できる状況でもないし)
現状、メルウェルはこの場から動けなかった。
木々が生い茂る森の中の洋館。馬鹿でかい敷地の隅でメルウェルは自分の持ってきていた銃器のすべてを広げていた。
すべての動作を確認するためだ、使うのは久しいため、銃器の癖や動作を確認しておきたかったのだ。
「まずは実弾の生成から」
メルウェルは弾倉を一つ取り上げる、中に銃弾は入っていない。
「構成物質を選択」
メルウェルは頭の中で思い描く、今自分がどんな物質を必要としているか。
「熱に強く、衝撃に強い材質」
形を決め、用途決め、条件に合う金属を脳内で慎重に選択していく。そして脳内で銃弾をイメージ。イメージの中だけで火薬をつめ。ふたをする。それを鮮明に綿密に確実に行う。
少しの狂いも許されない、完璧にイメージできていないとどこかに穴が開いていたり、火薬に火がつかなかったりと散々な目にあう。
そしてメルウェルのこめかみから光が舞った。淡く糸を引くような光がメルウェルの周囲を漂う、質量をもった光がメルウェルの指先に絡まり。壊れてこぼれて四散する。
「リアライズ」
囁くように口にした号令を合図に、こめかみから伸びた銀糸がメルウェルの手のひらまで降りて渦を巻きながら形を作った、次の瞬間には手のひらの上に銃弾が生成されていた。
「異常はない。量産」
瞬きをしている間に、メルウェルの小さな手のひらの上には。弾丸が十二発乗っていた。
この現象をリアライズという。
用はイメージする力が全てだった。物質Aはこのような性質を持つ、物質Bはこのような性質を持つと、強くイメージすれば何でも作れる。
「自分をだまして、世界というシステムをだましきれると信じることができたなら。どんなに硬さや強度の強いものでも作ることができる、技術……か」
メルウェルはそうつぶやく。
「次にナイフを生成」
つまり、万能物質『魔記』とはそういうものだった。本当に万能。なんにだって変わるのだ。
ナイフも銃弾も、人でさえ理論の上では作れる。
ただしそれは誰も成功したことがない。人がどのような物質でどのような性質を持つかなんて誰も把握しきれていないせいだった。
そうこうしている間に、メルウェルは無味簡素なナイフを作り出す。
「次は、ライフルの弾」
しかしその万能物質は扱いが難しい。常温で固体だが、地下深くをめぐっているせいで普通は鉄さえも解かせる高温だ。取り出すのにすら苦労がいる。だがいったん取り出してしまえば。二リットルが一メートル四方の固体になり。さらに軽い。
この魔記を、脳内に埋め込んだデバイスに特殊な方法でチャージし、必要な時に展開する。
その展開だが、複雑な物質を作ろうと思うのならそれだけの知識が必要とされ、例えばPCを魔記で作るとなれば、材料をすべて用意し、そこからどのパーツがどのような役割を果たしているのかを理解し実際に組み立てることができるほどの知識が必要とされる。
そのように複雑な工程を経てリアライズされた物質の重さは、本物に近い重さを持つ。体積もありえないくらいに引き伸ばされている。
それは脳内の情報を重さや体積、強度に変換しているためだ。そして人間の情報を食らって展開されているがための弱点が存在する。
「再現率が低い、生成のし直し。マガジンごと」
メルウェルは魔記で作り出したマガジンを愛用の拳銃に装着、華奢で小柄な少女には似つかわしくないほど重厚でごついそれを持ち射撃体勢を作り、森の中どことも狙いをつけずに打つ。
六発立て続けに、そして地面めがけて撃つ、立て続けに六発。
「反動が軽い」
人間の意識は必ず穴がある。そしてそのせいで、魔記で作られた物質は壊れやすく、不完全で、劣化が激しい。
そのため、メルウェルは自分で本物の鉄を使った銃器を持ち運んでいる。
重いし、かさばる。その面から見ても実銃は不便が多いが。だがその反面劣化しないし壊れにくいため。ある程度の無茶が訊くのだ。
メルウェルは組み立て終わったライフルを担ぐ、それは少女の身長ほどの全長であり、重量も一般の女性が軽々と扱えるものではない。その分、精度や放てる銃弾の威力は高水準であり。電車や車はもちろん、家の壁数枚を貫通してもまだ人を殺せる威力を持ち続けることができる優れものだ。
そのライフルにメルウェルは一発だけ、ライフル弾を装填する。スコープを見ることなく大雑把に数百メートル先の木の幹を狙う。そしてトリガーを引いた。
銃弾は木の幹を貫通し、その先はるか向こうの木の枝を打ち落とす
続いてメルウェルはアサルトライフルを手に取った。三十発を数秒で打ち出す、六十発装填のアサルトライフル。重量もさることながら、威力があり、銃弾のタイプも複数扱える、貫通力を重視した細長い形状、人間の体内に残りやすいように細工された弾丸。そして着弾と同時に木材を発火させるほど熱を発する弾丸、などさまざま。
メルウェルは弾丸をイメージ、またマガジンごと作成する、こめかみを叩きリアライズする。
そんな風に、自分の武器の整備を続けていくメルウェル。全て確認した結果、動作不良などは見つからなかった。
弾丸の生成も訓練を終えるころにはほぼ完璧。魔記のロスも少なく、威力の強い弱いも自由自在。調整は完璧のまま終わった。なのにメルウェルの顔は優れない。
「銃声がうるさいって依頼主が言ってるぞ、メルウェル」
そう上から声が降る。緩慢な動きで二階を見上げるとそこには、手を振る赤いつんつん頭の男がいた。
年はメルウェルより少しだけ上なくらい、メルウェルの同期で同じチームの青年だった。
そんな青年は、素行悪げに壁に窓枠にもたれかかって見せる、制服もまとわずにタンクトップとズボンという楽な格好だったのが、さらにメルウェルの気を悪くさせた。
「あんたの身を守るためだから黙ってて、って言って」
アサルトライフルのマズルを冷ますように銃を振りながらメルウェルは言う。
「無茶言うんじゃねえ、あのヒステリー抑えられるの隊長くらいだ」
そういわれると、メルウェルは一つ舌打ちをして銃器をしまい始める。
「まぁ、当然のごとく館主様が呼んでるぜ」
うんざりしたようにメルウェルはまた二階を見上げた。
「知ってる、だからあんたが来たんでしょ、片付けてるでしょ。それよりアクト、制服を着てよ」
アクトと呼ばれたその男は。足元から上着をひろい着用する。
「おまえ、同期の癖に命令すんなよ」
そうアクトは意地悪く微笑む。それをみて面白くなく思ったのか、メルウェルは中指を立てて反論する。
「でもきっと私のほうがあんたより早く出世する」
「年下のくせに」
「あんたより優秀ってこと」
そうやって、慣れたようなののしりあいを、銃の片付けの合間に行う。
全てをトランクにしまったあと、メルウェルは立ち上がり二階を眺めた。もうそこにアクトの姿はなかった。
* *