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M.O.V.E  作者: 鳴海
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一章 二話


 メルウェル都心、仕事場のすぐ近くに住居を持っている、家から出ればすぐに都会の喧騒を感じるし、少し南に行けばこの町のシンボルである天使像に行き当たる。

 その周辺は嫌にすいているが、街中は平日だというのに人が多く、息がつまりそうだった。

 メルウェルは天使像に近寄る。

 彼らがこの像の周辺によらないのは、たぶん圧迫感があるからだろう。

 なぜなら、全長100Mほどの石像なのだ。無理もない。

 ふとその時メルウェルは何気なく上を見上げる。上から何か落ちてくる、後ろに跳ねるように飛びのいてそれを躱した。

 その瞬間鼻先を掠めて落ちる灰色のかけら、カツンと転がり、メルウェルの足元へ。それを拾い上げ見つめる。何かの破片のようだった。

 いぶかしんであたりを見渡す。これを投げた人間はいないようだった、とすれば上から落ちてきたのか。そうメルウェルは天使像の天辺を見つめる。

「ははは、ないない」

だとすればメルウェルに向けて石を投げたということになるだろうが、あいにくそれは考えられない人に石を投げて喜ぶような人間はいないから。

自身以外のことには無関心で無意味に他人とかかわるようなことはしない、それがメルウェルが一般市民に対して下す評価だ。

メルウェルは周囲を見渡す、他人に興味を示さない人の流れがそこにあった。流れを乱し立ち止まる少女にすら無関心。

「怪我しているような人もいないか」

 メルウェルは苦々しげにそれを眺める。余裕のない人々、その表情に感情はなく。メルウェルが見えているかどうかも疑える。

 特徴のない人間たち、色のない人間たち、灰色の人間たち、それを覆うように町並みも灰色だった、くすんだ街灯。気分も重たくなる曇り空。見上げるそこには灰色の天使像。

この天使にまつわる伝承を少女は思い出せずにいた。幼いころ誰しもが教えられるが、もっと重要なことが多くあるこの世界では、そんなの頭の片隅においておくことすら難しい、特にエネルギー界の主役が、石油から万能物質に成り代わってからは特に。

だからこの首都エルドが作られてからずっと立っている天使像の意味をきっと誰も答えられない。

(誰からも忘れ去られて、誰にも気にしてもらえないで……。ねぇ、あなたはいったい何を見ているの、その悲しそうな目で。私たちの何を、ずっと見てきたの?)

そうやってまた見上げた天使像、しかしさっき見上げた時とは何か違う気がした、具体的には黒い汚れがついているようなそんな気がした。それにその黒い汚れが揺れ動いているようにも見えたのだ。

あれは何だろう、そう目を凝らした瞬間。

「メル! 危ない!」

 次いで、地面がひび割れる音、空気圧がメルウェルの前髪を揺すり、それに反応しのけぞった瞬間、さっきまでメルウェルの頭があったその空間を、黒く金属質な腕が通過していた。

 見れば、その腕は地面から長々と生えていた。

 見れば、メルウェルの制服の胸辺りが裂かれ、肌色が見えている、続いて血の赤もにじむ、薄く切ったのだ。

「この……」

 はらりと舞うメルウェルの銀髪が地面に落ちたとき。赤面しながらメルウェルは一気に後ろに飛んだ、連続してバックステップ、そしてその謎の腕から距離をとる。

 胸元を隠し、必要以上に上がった息を整える。

「何よ、これ」

 そのメルウェルの言葉で異常に気付いたとでも言うように、ようやく群衆の中から悲鳴があがる。

 人が、はじけるように統率を失った。その瞬間だった。

 前後不覚に陥るのも一瞬、パニックになった人間たちが統率を失ってバラバラの方向に走り出した。それに視界を遮られ、メルウェルは腕を見失う。

「止まって。天使機関の者です。落ち着いて! 危険です」

 メルウェルの声はかき消される。

(まずい。あの腕が無差別に人を襲うなら、誰かが死ぬ)

 薄く触れ合ったときに感じた腕の冷たさや感触を思い出すメルウェル、冷血、冷徹。あの腕は本当に何なんだろうか。

(思考するな、ただ倒すためだけに神経を研ぎ澄ませ)

 思考の渦を断ち切るように、メルウェルは愛銃をホルスターから抜き、天に一発ぶちかます。人を威嚇するにはやや力不足な火薬の音が、絶叫でひび割れた曇天に染み渡っていく。

 パニックに拳銃に対する恐怖が加わった。ぎりっとグリップを握る手に力がこもる。

「早くここから立ち去って!」

 メルウェルがそう意識をそらした瞬間、腕がまた地面から生えた、メルウェルの右斜め後方。その腕は金属特有のてらてらした光を反射させながら、天に向けて手を伸ばしたところ停止した。

「やむ追えない、よね」

 拳銃を構える、トリガを二、三引いた。

 その瞬間だった、弾がとどかないうちに。腕は反応を示した、強くしなりながら孤を描くように曲がり、メルウェルの首めがけ伸びていく。そのスピードは尋常ではなく、拳銃の反動を殺しにかかっていたメルウェルは対応できない。

(コナクソ!)

 よろめくようにバックステップを二回、腕がメルウェルの左胸に触れる瞬間、無理に体をひねって回避する。

 そしてメルウェルは反撃に出る。

(抗生物質は硬さを重視、刃は先端だけ、抜けにくいように真平らに)

 メルウェルの周囲に光の粒が舞った。出所はメルウェルの頭。その根底、脳みそ。

 その光はまるでメルウェルの心拍に呼応するように、一定の速度で明滅する。

(使い捨て前提、もろくてもなんでもいい。ただ五秒、そしてこいつに苦痛を与えられればなんでも!)

脳内ですばやくナイフをイメージ、細かに綿密に形を作り出し。そして

「リアライズ」

次の瞬間、メルウェルのこめかみから銀色の光が放たれる。銀糸のように空気にたなびき、指に優しく絡みつく。

その銀糸を骨格として、光の粒が集まり、何かをかたどる。

魔記技術だった。脳内に格納した魔記エネルギーに電気信号を与え形を刷り込み、実体化させる技術だ。

 メルウェルはその光を確認した瞬間、自分の右こめかみをたたく、すると光が手の中で収束し、無味簡素なナイフが出来上がる。

(オーダーの七割程度の再現率。これなら)

 そのとき、メルウェルをかすめた腕が、横に動いた。まるでメルウェルを絡めとるように曲がり攻撃してきたのだ。メルウェルはそれを掴みそこを軸に、宙返りにも似た飛び方でかわす。

 着地、した瞬間に右手で握っていた拳銃から手を離す、空中におくように、何の完成も旗明かせずに手放して、その銃を左手でキャッチ、銃口を腕に密着させ。トリガを二、三引いた。

 弾は貫通しなかった、ただガキィンと金属がはじける音がした後、腕が一瞬脱力したのがわかった。その瞬間を見逃さず少し距離を取りメルウェルは、腕を蹴り上げた。

「はあ!」

 そしてナイフを腕にたたきつけ、そのまま地面に縫い付ける、ナイフで地面にピン止めされた腕は打ち上げられた魚のように激しくもだえた。

 毘ちびちびちよ小さく痙攣する。

 メルウェルは反撃を警戒しそのまま後ろに回転、ベルトからマガジンを引き抜き、取り替えて構える。

そこでメルウェルは不自然なほどの町の静かさに気が付いた。


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