第七話 遭遇
第七話 「遭遇」
目が覚めると時計の針が指すのは三時。まだ起床にはかなり早い時間だった。
ベッドにダイブしたままの体勢で寝たので少し体が痛い。仕方ない、自業自得だ。
私は永守と自分の名前がしっかり書かれた報告書を封筒に入れ、それをそのまま制服の内ポケットに入れた。ここに入れておけば提出を忘れない…。
制服を着たまま睡眠についたせいで少し皺になってしまった。それに気づいて気分が落ちる。まぁしょうがない…。
私はもう一度睡眠につく気にはなれず、…なんとなく部屋の扉を開いた。手には武器の木刀を持って。
この学校には別段夜中外を歩き回ったからと言って罰されるような校則はない。その代わり殺されても自己責任で、といったところだ。
…寮内は暗かった。みんな寝ているのだろう。私は足音をたてないようにしながら廊下を歩いた。外に出てみよう。
寮から出ると寒さに包まれる。
外は寒い。当たり前のことだった。どうやら戦争の時に使われた兵器の影響らしい。
その寒さの中を、宛もなく歩いていく。しかし脳は、人を信じられない理由をずっと浮かばせていた。
ーーー信じたいけど、信じられない。
身を任せられたら、どんなに楽か…。
何度も何度もそう考え続ける。
死にたくない。裏切られたくない…。
思考は徐々に負の方向へと傾いていく。
すると。
ーーパンッ。
「っ」
一瞬、視界が閃光に包まれる。届いた銃声とともに。
私は驚いてーー、間抜けにも腰が抜けてしまう。
やばい。力が入らない…。早く、早く立たないと…。
ガサッ。
「!」
草を踏む音が耳に届く。…右の茂みから。
そんな近くにいるのか…??足音が聞こえたのだから間違いない。怖くてそちらの方向を見ることができない。
そこにいるのは誰だ。教師か?生徒か?それとも……侵入者?
この学校のセキュリティは甘い。別段侵入者が入ってきてもおかしくないんだ。…侵入者なら…。
確実に、殺される。
ーーーあぁ、くそっ!!
自分を叱咤してもそれでもなお力は入らない。情けなく恐怖に震えているのだ。
足音は近くなってきている。一歩、一歩ずつ…。音が聴こえる位置からして、私の姿はもう見えているはずだ。
…嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
恐怖の感情だけが脳内を埋め尽くした。同時に…自分のあまりにもひどい臆病具合に泣きそうになる。
動け、動けよ自分…!!
耐えきれず涙が1滴こぼれ落ちた瞬間ーーー、
「あの、…大丈夫…ですか?」
目の前に男性のものと思われる手が差し出される。
「!」
そこで、その言葉でようやく…私の恐怖は収まる。…こういう言葉をかけてくれるということは…敵じゃ、ない。
私は顔を上げて…手を差し出した人物の姿を見た。
「あ…」
髪は金髪で…手に大型の銃を握ってこの高校の制服を着ている。ーー…生徒だ。
「なんか、すみません。驚かせてしまったみたいで」
その背の高い男子生徒は私にそう謝る。少しの間をおいて、銃声のことを言っているのだと気がついた。
「あ…いえ」
私は自分の単なる思い違いに恥ずかしくなり、男子生徒と目を合わないようにして彼の手をとった。そして立ち上がる。
手を取ったあと、彼は何気ない口調でこう言った。
「…あなたは…先輩ですよね。俺まだ一年なので…」
「!…」
彼の胸元についてあるバッジをちら、と見ると確かに一年が付ける色だった。
「本当にすみません」
「…や、やめてください。私が悪いので」
彼は何度も謝罪する。見た目は強気そうなんだけど…。
「…ところで、何やってたんですか…??」
一応自分が驚いた銃声の原因だけは聞いておこうと思ってそう言う。
彼はこう返してきた。
「練習です。…この時間なら、人がいない…と思ってました。…ごめんなさい」
…また頭を下げながら。
「こちらこそ…ごめんなさい」
そうか…。私は練習の邪魔をしてしまったのか、と気づき、さらに申し訳なくなる。彼は随分熱心な生徒みたいだ。
「なんでそんなに頑張るんですか?」
…気づくと思ったことがそのまま口に出ていた。
私のその質問を聴いて、彼は目を丸くする。私も自分の口から出た質問に驚く。普段なら絶対聞かない。
…なぜだろうか、この今初めて話す彼は、悪い人に思えなかった。
かなりの時間をおいて彼は、笑って答えた。
「守りたいモノがあるんです」
…少々照れくさそうに。そしてまた、悲しそうに。
「!…そうですか」
凄く、綺麗な答えだな…。そういう感想を持つ。
…おそらく彼はまだ練習する気なんだろう。じゃあ邪魔しては悪い。そろそろ私は戻ろうか…。
「じゃあ、頑張ってください」
「!はい…」
彼の返事を聞いて、私は脳内で、彼の答えと自分の臆病さを照らし合わせながら…自分に足りないものに少し気づき始めて、それから目を逸していた。