第六話 思い
第六話「思い」
空腹のお腹に食べ物を詰め込み、満たす。以前までそれすらままならない状況だった。
目の前に小さな灯りと机に並べられた手をつけてない報告書、無造作に置かれたペン。書くことなんて無い、そう思いながら椅子の後ろ脚に体重をのせ、揺らす。
するといつも通り白猫のレオが私の膝の上に飛び乗り、膝の上を占領する。
「ただいま...」
窓から見える景色、それは心を凍らせてしまいそうな程、銀世界だった。
目をつぶり、取り敢えず今日あった事を思い出す。
──一緒に標的を追っていたが斗真とはぐれ、一人になった。気づけば目の前には追っていた標的。そしていつも通りに処分。
今日あったことはこれで全部。そう思い、目を開ける。
そしてペンを握り書き記す。
───こんなことしてていいのかな。
別にやりたいことがある訳でも無い。与えられた任務をただただ死ぬまでやっても構わない。
「でも...つまらない...」
最期の空白部分にいつの間にか思っていたことを全て書いてしまっていた。
”つまらない こんなことしてていみがあるのか”
書けない漢字を無理に使わず、心の中に秘めた思いを全部綴った。
怒られるかもしれない。もしかすると殺されるかもしれない。でも、今はそれしか考えられなかった。
それから特に消すこともなく机に伏せた。
机に転がったペンと自分自身を護るために使う小刀を見つめ、目を閉じる。
───もし...家族と呼べる存在がいたなら?
いつも同じことを考えていた。もし、いたならば少しは変わっていたかもしれない。普通にお話して、字も書けて、ずっと一緒で。こんな危険な時代だけれでも平和に生きられたかもしれない。
...いや、ずっとじゃなくてもいい。
「会えるなら...一瞬だけでも」
気づけば窓から見える外は灯りに照らされ、部屋を陽の光で包み込んでいた。
どうやら考え込んでいるうちに朝になっていたらしい。
───報告書...提出しなきゃ。
そう思い、椅子から立ち上がり服を着替えた。
いつもより疲労感が残ったまま、手に報告書を持ち、部屋を後にする。横を見るとレオもついて来ていた。
目の前には教室の扉。手には素直な気持ちが書かれた報告書。手に力を込めていたのか、少し形が悪くなってしまっていた。
「...怒られるかな」
仮にも、私はこの学校に置かせてもらっている身だ。私の両親の代わりがこの学校の理事長。とても優しい人だ。
両親が居ない私は、物心がつく前からこの学校に居た。
外に出させてもらえず、窓からいつも血を流し帰ってくる人、涙を流しながら帰ってくる人を見ていた。
「なんで...なんで守れなかったんだよッ!!!!」
ある日そう叫ぶ人がいた。その人は涙を流し、動かなくなった血だらけの人を抱きしめ、もう一人の傷だらけの人に怒鳴っていた。
───どうして?
死ぬって辛いの?居なくなってしまったら悲しいの?どうして...?どうして泣いてるの?
幼かった私は、親代わりであった理事長に質問をいつもぶつけていたそうだ。
恩を仇で返すわけにもいかない。沢山のかけがえのないものをくれた理事長だから。
せめて...偽りでも家族と呼べる人だけでも、悲しませたくない。
手に持った報告書と反対の言葉を並べる心。
そんな自分のまま、教室の扉を開いた。