第三話 チームメイト
第三話 「チームメイト」
寮の中は暖かい。
冷えた手を温めようと、制服のポケットに手を突っ込む。行儀が悪いとか、だらしないとか、人がどう思うかなんて私は気にしていなかった。
しかしなかなか手の温度は上がらない。冷え性なのもあるだろう。しかしどうにかして上がってくれないだろうか…。先ほど手にした金属バットの冷たさが残っているようで、嫌だった。あのとき感じた恐怖まで残っているような気がするのだ。
目の前では、雫川が本当に暖かそうなコートを着て、寮の入口を眺めていた。何かを待っている…そんな気がした。
その入口からは続々と同じこの養成学校の生徒たちが、その身を血に染めて入ってきている。誰もが疲れきった顔をしていた。
思えば…雫川の表情に疲労感は一切感じられない。涼しい顔をとっていた。…ほんとに人を殺してきたのか…?という疑いが生まれたが、彼のコートには少量だが血が付いている。
「…?」
彼を見つめていたため、雫川と目が合う。雫川は首を傾げた。…私はすっと目を逸らせた。
しかし彼は私の正面に立つ。…何だ。
「…何……?」
「君は」
彼は私に何かを言おうとして…そこでやめる。
私はただ待つことしかできない。…なんなんだ。
…当の本人は随分と深刻な顔をしている。
そうして沈黙の時が流れて…また、寮に二人生徒が戻ってくる。
その生徒のうちの一人は、私を見て少し頬を緩ませたように見えた。
「…」
雫川が私の視線の先を向く。
「あぁ…お疲れさま」
そう雫川が声をかけた生徒二人は、風堂 颯夏と、芳哉 斗真…チームメイトの二人だった。
「…お疲れ」
私も小さくそう言う。声は聞こえただろうか…聞こえていなくてもいいが。別に労う必要はないだろう。
かなり雅な着物を来ている風堂は、無表情…だが少し口元を緩ませて、私か…それとも雫川かに「お疲れ様…」と返した。
「無事だったん…だ。良かった」
芳哉は胸をなでおろしてそういった。彼は人のことを心配できる余裕がある。…私にはないものだった。羨ましい限り…。
「…寒い」
風堂が少々震えながら、ソファに腰掛ける。そんな座り方したら着物が崩れないか?とは思ったが、それを彼女に言う必要もないと思い、口にするのをやめる。無駄話はあまり好きではなかった。
「…あったかいもの…」
…かなり自由奔放な発言をする…それが彼女だった。残念ながら私の手元に暖かいものはない。
しかし風堂は何か求めるような瞳で私達を見ている…飲み物か何か持ってきてあげた方がいいのか。まぁ確かに暖かいものは私も欲しいんだけど…。
「あぁ…俺、とってくる」
芳哉が見兼ねて言う。…私から見て、芳哉は風堂の気持ちをかなり察することができているように思える。いや、別に彼女だけじゃないな。気遣いができる人…というのが的確だ。
おそらく食堂へ行く芳哉の背中を見送っていると…彼が急に立ち止まった。
遠目で彼を見やると…彼の前に、一人の女性が立っていることに気づく。よく見るとその女性は飲み物を持っていた。そして女性はこちらへ、芳哉を連れて向かってくる。
「お疲れ様、無事でなにより」
その女性は、サイドテールを少し揺らしながら歩いてきて…笑顔で私達を労った。
ーー百日紅璃桜。チームメイトだ。