第一話 殺し屋
第一話 「殺し屋」
夜の街は暗い。灯りなんてどこにもない。
「…ふぅ」
一人、そのどこまでも闇が続いているように思える世界に立って深呼吸をする。右手には木刀を握りしめていた。吐いた吐息は白い。…別にいつものことだった。生まれてから暖かいと感じたことなんて一度もない。この世界は…ただ、寒かった。
「よし…」
そうして一歩踏み出す。ローファーがコンクリートを踏むときに鳴る小さな音が私の緊張を膨らませていく。
なんでここにいるのか。歩きながらふと考える。…そんな理由は一つしかないんだが。
私、永守 柑奈は殺し屋養成学校…その名の通り、「殺し屋」の「養成所」である学校の2年生だった。
養成学校では、生徒は5人程度のチームを組み…そこから、実戦に臨んでいく。今はその実戦の最中だった。
実戦といってすることは、そのままだ。人の殺害…だった。何十年も前に起こった戦争の影響で国は崩壊。故に政府組織が機能していないから、人を殺しても罰されることなど、ない。いわば私達養成学校生にとって、この街などの地域というものは…巨大な練習場に近いものだった。
────ただし、危険がつきものである。
自分が殺さないと、殺される。
この時代の基本倫理観だ。
よって、私たちが実習のときに殺さなければいけない人物達…いうなれば、ターゲットがいるのだが……その人物達も、当然、
「ぅあぁぁぁ!!」
「っ!」
私達を殺しに、かかってくる。
背後からの奇声に、足を止めて私は振り向いた。ーーー視界に、バットらしきものを抱え走ってくる男性の姿が入る。顔を見てターゲットだと認識した。
私は、木刀を構える…。あぁ、嫌だな、この感覚。
「らぁぁぁあ!」
奇声を発し続けながら駆けてくるその男性にかなりの恐怖を覚える。…本当に嫌だ。
私は木刀を構えた状態で、動きを止める。男性はチャンスとみたか、一気にスピードを早めてくる。
大丈夫だろう…きっと。そう言い聞かせて私は…木刀を、ーーー大きく振り上げる。
男性はそれでも億さずに、…私に向かってバットを振り下ろそうとした。
その恐怖心のなさに驚き、また尊敬しながら…私は、男性の足を狙って、ーーー木刀を振りおろした。
「ぐぁっ!?」
予想に違わずに、男性は悲鳴をあげた。その隙を狙ってーー、私は腹を狙う。全力で。
ドスッ。鈍い音が聞こえ、男性は倒れ込む。その時にバットを落とした。私はそれを拾い…木刀を捨て、そのバットを握り締め、構える。男性は目を見開いていた。おそらく今男性の身体を支配しているのは、恐怖心。私の身体も同じものに囚われている。
「…ごめんなさい」
小さく謝罪の言葉を口にして私はバット男性に振りおろしたーーー。
「…はぁ…」
散った鮮血が私の制服を汚していた。目の前の男性はもう動かない。殺ったか…。
もう近くに私を狙うものはいない。はずなのに私の手は震えていた。人を殺したことによる恐怖ではなく…私も、さっきの男性のように、バットで撲殺されるかもしれないということに対する恐怖だった。
…私は、死にたくない…。
心から身体へと侵食していくそれを押さえて、一歩踏み出す。
すると…。
「…あ」
視界に、一人の少年が現れる。その少年は街の廃ビルらしきものの壁に寄りかかって、こちらを見ていた。
「…お疲れ様です」
少年は…私にそう声をかける。
「……お疲れ様」
私はそう少年ーー、チームメイトの一人、雫川 雪にそう返した。彼は暖かそうなコートとマフラーに身を包み、こちらに笑いかけた。
「死ななかったんだ」
どこか寂しそうなその目に私を写し…彼は言う。私はなんて言っていいかわからず、ただ頷いて先に歩いた。彼はどこか不思議な人に感じる。
「寮に帰る予定?」
「…うん、目標は達成したから」
「…そう。僕も、帰ろうかな…」
彼は私についてきながら言った。なぜあそこにいたのか?私は疑問に思ったがそれを聞けはしなかった。苦手意識を彼に感じているから…だろうか。
私は彼から視線を逸らし、前を向く。
微かに見える私達の寮が、どこか切なく見えた。