過去と誇り
純血は吸血鬼の祖。混血まで飢えてはいないが、それでも血を欲することに変わりない吸血鬼だ。混血とは、吸血する側となった人間を指す。
儀式を経て従属となった元人間とは違い、純血は誇り高き吸血一族の末裔。その詳細は明らかにされていない。もしここで捕獲すれば、かなりの収穫となる。
レナータは、まだ取っていない手柄に心を躍らせた。
エルドリッジの頼みに二つ返事で了承し、ここまで信頼してくれていることに喜びを覚える。
断るなんてありえない。疲労困憊の身体だろうが、鞭打てばそれなりに動いてくれる。
「人員は必要かな?顔色が優れないようだが」
少々鈍感な上司にも、ここ最近の疲れが見て取れるらしい。失敗の許されない重要な任務に、レナータは暫く思案する。
敵は情報量が異常に少ない純血である可能性が高い。そこに、下級か中級の異族しか相手にしたことのない魔術師を投入して良いものか。魔力の含有量が互角であるフェルテンくらいなら、適切だろうが‥‥。
生憎彼の予定も仕事で一杯だ。別に彼以外にも強力な魔術師はいるけれど、いかんせん他者と混じりたがらないレナータの性格上、助力を頼むのには抵抗がある。
「血印の儀を交わした者は?」
「おらんよ。被害者は男でも怯えきっていたくらいだからな」
吸血鬼から人間に血を与え、自らの眷属とする『血印の儀』を行っていないとすれば、加害者は一人と判断していいだろう。最初の被害は一か月前とあるから、ここに至るまでの被害者数と照合してもほぼ一致する。
「なら大丈夫。下手に組んだら馬鹿を見るだけです」
「君ならそう言うと予測していたよ」
本当に大丈夫なんだね、と念を押してから、エルドリッジは微笑んだ。他者を勇気づける、レナータの好きな笑みだ。
けれどもそれは幻のように消え去り、一つまばたきした上司は、今度は真剣な顔つきで部下に命を下した。
「特殊部隊員レナータ・リュドミラに命ずる。帝国法特異規約に基づき、キザイアの地に安寧を」
耳に慣れた、格式張った任務の開始。一字一句を集中して聞き届け、レナータは力強く頷いた。
執務室を辞去した女の手には、厚い書類の束が抱えられている。過去五年間の吸血鬼被害の資料と、今回の被害状況を照合して編み出された文書、そしてここ王都から北方の村に至るまでの地図。
全て、夕暮れ時には片づけておきたい読物だ。村人の生活に安心を呼び戻す為にも、今日中に終わらすべき任務なのだから。一刻の猶予も許されない。
吸血鬼の出没は夜間のみと伝えられている。色素が異常に少ない為、太陽の目を拝むと腐敗してしまうのだと。
勿論これは迷信だ。ただ単に、太陽のいぬ間の方が風景に溶け込みやすいという理由から、その時間帯を選ぶだけである。殺人鬼が黒衣を纏って闇と同一化し、人々を殺していくように。
田舎は比較的に犯罪率が少ないので、戸締りという概念も薄く深夜徘徊も頻繁だ。前に任務で赴いた村は、日付を越えてもなお酒屋や賭場に入り浸る若者の姿が見受けられた。
こんなのだから事件が起きるのである。凶暴な人外に『どうぞ襲って下さい』と願い出ていることと一緒なのだから。
‥‥とまあ、文句ばかり言ってもいられない。レナータは細かい文字の羅列を見、そこで初めて視界が霞んでいることに気づいた。蓄積した睡眠不足が原因に違いない。
自覚してしまえば、唐突に瞼が重くなっていく。乱暴に目元を擦って、レナータは計画を練り直した。
無理に動いていては体調に支障をきたす。疲れた頭に負担をかけてしくじってしまったなら元も子もない。
「私が第一にすることは」
充分な睡眠摂取。
よし、仮眠室へ直行だ。