気だるい寝覚め
徹夜で終わらせた報告書を事務室に提出すれば、機械的に受け取られる。もうちょっと愛想良くできないのかと、レナータは自分を棚に上げて考えながら受付嬢を見た。相変わらず、眉一つ微動しない。ここまでくれば魔術で動かしている人形でないかと疑ってしまうほどだ。国内の魔術師を収容している特殊部隊なら、有り得る話ではあるが。
レナータは特殊部隊に所属して十二年となる。本格的に活動をし始めたのは十歳からなので、正確には八年だが。
隊員の中でも突出して魔力が強い彼女は、毎回手のかかる仕事を押しつけられる。昨晩はナイトゴーントという、首のない異形の鳥の相手をした。仕留めたと思えば幻術で誤魔化されていて、逃げたと思えば背後を取られて。あまりに面倒だったので、こちらから罠を仕掛けてやった。
結果は圧勝。最初からそれをしていれば時間の節約に繋がったのにと後悔したほど、非常に役に立つ罠だった。あの苛立ちを報告書にぶつけた記憶は生々しい。
一目で高価だと分かる、金糸の入った紅い絨毯の廊下を踏み歩き、特殊部隊員の全員が集まる書室に向かうと、同僚のフェルデンがレナータの席を陣取っていた。彼女が入ってきたのを見て、すぐさま作業机から飛び降りる。眼鏡の端がきらりと光った。
「お早うレナータ。昨日も大層なご活躍だったそうで」
「そんなでもないよ。ただ面倒なだけだった」
幻を追いかけたり、逃げられたり。鳴き声で仲間を招集されたり。
要領が悪いことは自覚している。ここのところ、仕事が立て込んで睡眠時間を充分に確保できていないから余計に、だ。
昼休みに仮眠を取ろうと決意した彼女の前に、フェルデンが立ち塞がった。これでは席に辿りつけない。
苛立ちのこもった視線を受けながら、フェルデンは笑って書室の扉を指差した。レナータが先程開けて入ったものだ。
「そう怒るなよ。隊長が呼んでんだって。着いたらすぐ来いってさ」
「‥‥そういうことはね、事務室の前で教えてくれると有難い」
無駄な労力、という言葉が頭に浮かぶ。もう少しこいつに気遣いの心があれば助かるのに。
今だけ、特殊部隊員の仕事場と執務室との距離が遠く離れているように思われた。
「悪い悪い。でも急いだ方が良いんじゃないの?」
全く反省していない。
毎度のやり取りにもはや怒る気も失せ、レナータは身体の向きを反転させた。重い足を、それこそ引き摺るようにして運ぶ。
フェルデンが、結婚の申し込みじゃねーのー?と遠くからからかうのを無視して、レナータは急ぎ執務室に向かった。