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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編
8/62

人それぞれです

 


 うんうんと頷きながら静かに聞いていたクロエは風見が上の空だったのも見ていてくれたのか、話が終わった頃にざっくりと要点をまとめてくれた。

 


「領地運営が下手なお前では息子もどうか知れない。一年以内に他国に領地を割譲させたなら息子を後継ぎに認めてやろう。できなければ弟に継がせると皇帝は言ったそうです。ちなみにドニ様のご子息は帝都でとある騎士団の団長として活躍されていますね。文武両道でかなり優秀な方だと聞いています」

 


 初老の男と、見た目麗しいクロエでは話を聞くでも比べようがない。

 風見としては、さいですか……と陰鬱に聞き流していたところに花の香りがするそよ風が吹いてきた気分だ。

 ちなみにもう逃げていいですかと目で問いかけると意味を判っているのか、いないのか。にっこりと非の打ちどころがない笑顔が返ってきただけだった。

 


 視線を戻す。

 するとそこにはまたドニの熱烈な視線があった。彼は膝に手を当て、上半身を乗り出すようにして語りかけてきた。

 


『猊下。弟は地位や名誉といったものに際限なく手を伸ばすだけなのです。前領主である父が私に領地を任せたのもそれが一因。ここは民草を救うと思ってどうか手を貸してはいただけませんか?』

「そう言われても俺は政治とも戦争とも関係ないただの獣医です。民草を救うなんて言われてもできることなんてないですよ」

 


 風見には何か特筆するべき才覚もなければ、特殊な血筋でもない。生粋の日本人であり、実はこの世界の出身なんてこともない。

 加えて言えば強力無比な潜在能力があるわけでも、ここに来る経緯で特殊な力を授かったわけでもない。

 そんなただの人間はいきなりこのようなことを言われても困るしかなかった。

 


 そもそも彼は通訳がいてやっと意思疎通ができるくらいだ。そんな人間を第一線で働かせるというのも苦労ばかりだろう。

 ただの人気取りが欲しいならそこら辺を歩いている人でも捕まえて、この人が異世界からの勇者様です! と飾り立ててしまえばいい。

 わざわざ得体の知れない本物を使う理由なんてどこにもないはずだ。

 


 風見にはどうもドニの狙い――というか、本心のようなものが見えそうで見えず、気持ちが悪かった。クロエはともかく、彼が本心でこう言っているとは思えないのだ。

 あの森の中にいた人たちのように使い捨てられるのではないかと不安を拭いきれない。

 本当に困惑しているというのもあるが、揺さぶりをかけるためにも彼はわざと答えを渋ってみた。

 


「そういったこと以前に、俺にも仕事や生活があります。そう簡単には頷けません」

『伴侶の方を残されてこられたのですか?』

「いや、そういうわけではないですけど」

『ではあちらでも何か重要なお役職を?』

「現場で役に立てるための研究くらいは少々……」

 


 体が成長すれば大人扱いの中世社会に対して、二十六歳にもなるのにまだ学生ですとは言えない。

 しかし、それをはぐらかして言うにしても言葉にしているうちに悲しくなってしまった。

 


 自分はあくまで一般人。

 本当を言うならどこをとってもオンリーワンなんてなく、必要としてくれる人なんて家族や一部の友人くらいしかいない。

 能力を求めてくれるというのはむしろありがたいくらいで、このように渋れるほど偉くはなかった。

 


『ふむ。ならば何が心に差し支えていらっしゃいますか?』

 


 ずぶりと痛いところを突かれる。

 子供は残酷というが、それに似ている。ドニやクロエには悪気がないのだろうが風見の心は少々抉れた。

 


「あー……。要するに困惑しているんです。知らない場所、知らない人に囲まれていきなり頼みごとをされても頷きがたい気持ちは判ってくれますよね?」

『なるほど。確かに性急な願いだったでしょうか』

「それに誰だっていきなり故郷から引き離されれば困ることはあると思います。二、三日というわけにはいかないでしょうし、こちらでの生活も含めて不安を抱かないではいられません」

 


 逆に問いかける形で言ってみるとドニは納得してくれたのか、しきりに頷いていた。

 けれど少々言い過ぎてしまっただろうか。

 最後の一言を聞いたドニは、おや? と顔色を変え、自信ありげに微笑んでくる。

 


『ご安心ください。猊下に不自由は一切させません。お力を貸してくださるのなら例え帰られたとしても何不自由なく生きるだけの財をお約束します』

 


 それを言うドニの背景にはこの城や調度品の数々、おまけに仕える人々の姿があった。

 そのくらいは訳ないと言葉に勝る説得力が彼を後押ししている。

 うっ、と相手のペースに持って行かれそうになった風見はどうにか話題を変えようと言葉の粗を探した。

 


 すると、そういえば肝心なことを聞き忘れていることを思い出す。

 


「帰る……。そうか、そのことをまだ聞いていなかったか」

 


 異世界に召喚されたはいいが容易に帰る方法はない。

 それが今まで見てきた異世界召喚モノの主人公が負う苦悩の一つだったが、『例え帰られたとしても――』というくだりを聞く限りではそうでもないように思われた。

 


(でも召喚されちゃったら拒否権なんてないんじゃ……?)

 


 ふと思ったが間違いはないだろう。

 周りは見知らぬ土地。見知らぬ人。見知らぬ常識だけだ。国外で放り出されるのとはわけが違う。なにせ元の世界に戻る手段すら浮かばないのだから。

 


 こういう場合、召喚主はすでに被召喚者の命を握っている気がする。

 そうか。あんたは言うことを聞いてくれないのか。じゃあ次の人を喚びますからどこへなりとも行ってしまえ。ハイ、さようなら。

 


 と、いつでも放り出せる。

 けれどそうされた方は堪ったものではない。飼い犬が突然野に放されてもほとんどが飢え死にするのと同じく生き抜くのは容易ではないだろう。

 


 またつぶさに補足しようとするクロエを止める。

 これ以上言葉が増えたら頭がパンクしそうだった。

 


「一応確認したいんですが元の世界に帰る手段はあるということですね?」

『無論です。我々は喚び寄せたのではなく世界を繋ぎ、その上でこちらへお越しいただきました。なので一方通行ではありません。同じことをすれば帰れますよ』

「……あれと同じ、ですか」

 


 一度貫通できた穴ならどちらに行こうと自由だろうし、行ったら戻れないという方が普通ではないのだろう。

 しかし開いた穴はいつまでも使えるというわけではないようだ。

 


 風見の頭にはまだあの惨劇がこびりついている。

 あれと同じことを繰り返すなんて正直、人の所業ではないと思えた。クロエも同意見なのかまた表情が陰っている。

 


 いくつもの命を犠牲にしてまで帰るなんてことはできない。もし帰るのなら別の方法を見つけるべきだ。

 そしてそれが見つかるまで。このドニの本性が判るまで、大人しくしているのが最も利口な選択だろう。

 


「ちなみにどのくらいのことを達成したり、どの程度の期間協力すればいいんですか?」

『私が望むのは猊下がご存知の知識やお力でこの領地で苦しんでいる民をお救いになられることです。ただ、できることならば一年以内にかなりの成果を挙げてほしいと無理を承知でお願いいたしたく。そうでなければきっと今よりも民が苦しんでしまう結果となってしまいます』

 


 無能な弟に領地を取られてしまいますから、と言葉が続くのだろう。

 先程までの話からそれくらいは理解できる。

 


「え……。それはつまり、一年は戻れないってことですか? 準備を整えるためにもあっちから材料を取り寄せるとかは……」

『異世界へ小さな穴を繋げるだけでもそれなりの準備が必要なので残念ながら……』

 


 ドニは心苦しそうな顔をする。

 どうやら何かをするなら全て手持ちのもの、この世界にあるものから始めないといけないらしい。

 


 だが風見と一緒についてきたもので役立つ物なんて解剖道具と顕微鏡くらいなもので、薬の類はないと言っていい。

 始めるとすると相当な困難が予想され、風見はくらりときた。

 


「……状況は判りました。飢餓や疫病への対策というなら専門ですし、こちらの様子を見た限りではできることも多そうです。とりあえず今の俺にできることなら善処しますよ。だからできればこれからは何をすればいいか明確にしてもらってもいいですか?」

 


 この状況に絶望した彼は項垂れたまま、見てくれだけは良い言葉で返した。

 


 するとどうだろう。あちらの反応は凄まじかった。

 ドニには手を両手で包まれ、宝くじが当たったように大はしゃぎされてしまう。

 クロエにしても胸の前で手を合わせ、じーんと何かに感動していた。

 


「え、ええと……俺に何をしろって言うんだよ……。言っておくけど俺は超人でもなんでもないんだぞ……? できるって言ったって多少の診療と防疫くらいで……」

「そんなことありませんっ。私はジューイ様なら歴代の猊下にも勝ることをやり遂げられると信じています。あなたがなされることに私も尽力いたします!」

「いや、だからただの獣医なんだって」

 


 風見はこんな身の丈に合わない期待をぶつけられ慣れていない。むしろ庶民代表の彼としては扱いに困るのがオチだった。

 誰かの期待に応えなければいけないなんて重責はできれば避けて通りたい道である。

 


『何もすぐにどうこうしてほしいというわけではありません。詳しくは彼女から聞くといいでしょう。猊下もお疲れでしょうからまずはゆるりと休み、段々とこの世界に慣れていただければ今は十分にございます』

 


 とのことだった。

 この誤解のような信頼の大きさを解いておきたかったがちょっとやそっとでは変えられる気がしない。

 


 風見が観念している間にクロエは立ち上がり、ドニに一礼をすると「こちらへどうぞ」と招いてきたのでそれに従って部屋を後にする。

 


「なあ、クロエ。この城って何部屋くらいあるんだ?」

 


 六畳一間の宿舎なんて廊下にも劣ることにショックを受けつつ、風見はクロエの二歩後について歩いていた。

 何で横に並ばないかと言えば、それは調度品を汚したり壊したりが怖いからである。

 やたらと高そうなものばかりが飾られた廊下では至る所に値札を幻視してしまい、地雷原を歩いているというのが彼の心境に近い。

 


 ここは百万、一千万、億の値札がゴロゴロしている世界だ。

 だから彼はクロエの足跡を追えば安全とせめてもの頼りにしている。

 


「そうですね、恐らくは一階につき二十部屋というところではないでしょうか」

「……? クロエはここで働いているんじゃないのか?」

「私はハドリア教の神官ですからこういった城ではなく神殿でお仕えしていました。前にいたのはこの帝国領と北の大国の間にある総本山ですね」

 


 ここ、南の帝国と北の大国の間には急峻な山脈がある。

 ハドリア教はそこに総本山を置き、一帯を宗教的な中立国として管理している。

 それもただの中立国ではなく、両国の宗教として大部分を占める上にちょうどいい緩衝地帯として機能しているのだ。

 


 そして両国の聖地には神殿、街には教会が置かれている。

 言わばこの世界におけるキリスト教という位置づけが相応しいのだろう。

 


「ドニ様が召喚の儀を申請されたのでその監視などのお役目としてひと月と半分かけてここまでやってきました」

「ひ、ひと月半って凄まじいな……。そんなに遠いのか?」

「ジューイ様の世界の単位で言うなら六百マイルほどかと思います」

「外国の単位だな……。えっと、大体千キロだったか。なるほど……て、東京・大阪間の往復並みじゃないかっ!?」

 


 一マイルは約1.6キロだ。

 人や馬が歩く速度は毎時四から五キロ。一日八時間歩いても山などがあるから三十キロ程度ずつしか進めないだろう。

 しかも道は直線では進めないので――と考えていけばいかに大変だったか想像できた。

 


 文明の利器がない世界はこれほどなのかと風見は震撼する。この華奢な体でよくやり遂げたものだ。

 


「こっちではやっぱり盗賊とかもいるのか?」

「はい。しかし一番危険なのは野生の魔物ですね。ですがこの旅には本山から神官騎士団などがついてくれたので特に被害もありませんでした。それに、私はもう引き返さなくてもいいので他の神官に比べれば楽なんです。これからはどうぞよろしくお願いします、ジューイ様」

「……うん?」

 


 三階についた時、くるりと振り返ったクロエは貞淑に微笑んできた。

 そう、この笑みはどこかで見たことがある。

 確かコトブキ退社をする女性はこんな顔をして職を離れていったような、でうでもなかったような……?

 


 あやふやな記憶がはっきりとする前に彼女は行ってしまった。

 なんとなく、フラグが立った予感がした。

 ただし、過去二十六年間もそれをへし折り続けた男が今度はどう処理するのか。それはまだ謎である。

 


「この奥がジューイ様のお部屋です」

「ん、あの子は……」

 


 ドアの前には召喚された際に見た軍服が二人立っていた。

 そのうち一人はあの少女を殺した女である。つと向けてくる翡翠色の瞳は忘れるはずがない。

 


 視界に入れるなり、二人は姿勢を正して敬礼してきた。

 最初は何かと思ったが彼女らは警備か何かだったらしいと風見は推測する。

 


「荷物はすでに部屋に置いてあるのでご確認ください。お疲れでなければご一緒してもう少しお話をさせていただきたいのですがどういたしましょうか?」

「俺は別に疲れてないから大丈夫だよ。それと、そこの軍服の子。ほっぺたは大丈夫だったのか?」

 


 クロエは兵士に関しては置物であるように無視して部屋に案内しようとしていたが風見は足を止める。

 あちらも自分に関することではないと素知らぬ顔をしていたため、視線を数秒も当て続けることになってしまった。

 


 ようやく目が合う。

 指で頬を示すと翻訳がなくとも何と言ったか理解してくれたようだった。

 


『……お構いなく。大したことでもないので』

「大したことないってさっき殴られたばっかだから何も処置してないんじゃないのか? ちょっと触るけど勘弁してくれ」

 


 ぶつくさと文句を言われる前に彼女の頬を見た。

 女の子の顔なのだから痕が残ったらいけない。

 見れば多少は赤くなって腫れ気味だったが歯などに異常はないようだし、確かに大したことはないようだ。

 


 処置するなら冷やすかどうかだが――中世くらいの文化レベルに見えるここでは氷も希少品だろう。

 季節も秋に近い気がするし、冷蔵庫もなさそうだから処置は無理そうだ。

 


『……満足されましたか?』

「ああ、急に触って悪かった。怪我したかと心配しただけなんだ」

『猊下の命にも従えと命じられているのでご自由にどうぞ。求められれば何も拒むなと言われています。猊下のご身分には合わない下賤の者ですが、どうぞお好きにお使いください』

 


 クロエの翻訳は整えられたものだったが、語調からして意訳はもっと別の形になるだろうことは風見にもよく判った。言葉こそ丁寧だが、敬意がついてきていないのだろう。それは信用ならない相手に距離を置いているのと似た態度である。

 それを隠せないのは元から人付き合いが苦手だからなのだろうか。

 しかしこの子も見てくれは一回りほど若いのだ。風見は少しも気にしない。頑張ってお仕事しますという意味で捉えるのみだ。

 


 そんなところへクロエは『少々失礼ではないですか』と視線を飛ばしてきた。

 しかし軍服っ子の対応はまた『申し訳ありません。口は器用ではないので』と変わらない素振りだったため、火に油を注ぐ結果となった。

 


(え、なにこの空気?)

 


 途端に生まれた女同士の喧嘩という空気になす術もなく飲まれる。

 風見の世話を任された神官と、警備のみが任務の兵士。

 まだ彼女らは役職に縛られた対処をするのみでお互いに上手く折り合いをつけられないようだ。

 


『あなたは確か隷属騎士の団長でしたね?』

『騎士も団長も名ばかりですよ。所詮、奴隷の域を出ない小娘です』

 


 険悪な空気も感じさせない営業スマイルだ。どうやらクロエの表情や声は全く問題にしていないらしい。

 だから挑戦的な行動にも思えてしまう。彼女はついついそういうことをしてしまう性格なのだろうか?

 


 風見は仕方なく、火が大きくなる前になんとかせねばと部屋に入って空気を替えるネタを探した。

 こういう時の仲裁は大人の役目だ。

 


『確かリズ=ヴァート・サーヴィでしたか。私は身分をとやかく言うつもりはありません。機会さえあるなら私は普通に友人にもなりますし、好意も持ちます。しかし仮にも団長であるなら行動に責任を持ってください。何より、私のことは構いませんが万が一、彼の機嫌を損ねれば――』

『ハドリア教だけでなく、領主も困るでしょうね。大丈夫ですよ。似たようなことは私も言われていますから把握しています。しかしそれならばなおのこと、同じようにすり寄る輩はいない方が都合も良いのでは?』

『それは……』

 


 クロエは急に言葉を失ってしまう。

 と、そんな時、「うおっ、ベッドもここまで大きいだと!?」と部屋の中から風見の声が聞こえた。

 


『ほら、気を利かせて呼んでいますよ。お先にどうぞ』

『さ、先になんてそんな……!』

「なんか妙な剥製もあるっ……!? これの角は骨なんだろうか、皮膚なんだろうか。ひょっとして毛でできている部類か……?」

『……』

 


 後ろめたそうに視線を泳がせたクロエであったが、背後で呼び続けている風見を意識すると動きが固まった。

 そんな彼女を見やるリズの瞳。

 それが大きく見えてしまったクロエは表情を元に戻そうと努力しながら急いで風見の元へ戻った。

 


 するとリズはやはりどこ吹く風のまま、ドアを閉める。

 


「すみません、ジューイ様。お気遣いをさせてしまったでしょうか」

「ん、何の話だ?」

 


 風見はベッドの周囲を見終わると部屋の隅に置かれた荷物を見ていた。

 仕事道具のゴム長靴や消毒液、消毒液用の槽、その他解剖に使う予定だった道具を詰めたケースと、顕微鏡の入ったケースはちゃんとある。まず顕微鏡を確かめたが壊れてないようだった。

 彼は最初からクロエの言っている内容なんて意識になかったとでも言うように振る舞っている。

 


 さて、一通りそちらは確かめ終えた。こちらへ流れてきたものはどれも異常はないようであったが、やはり道具ツールの域を越えない物ばかりである。真っ当に役に立ちそうなものは顕微鏡くらいだ。

 そして次に気になるのは、まだ背中に張り付いている視線だ。

 振り返ればクロエはまだそのことに拘っているらしく、眉をハの字に寄せてこちらを見るばかりであった。しらばっくれるのはダメらしい。

 


 神官として正直に生きることが彼女にとっては重要なのだろうか?

 これは逃げられそうもないと風見は肩を竦める。

 


「さっきのことだよな?」

「はい。ご気分を害してしまったでしょうか?」

「いや、別に気にしてないさ。リズっていうんだっけ? あの子は不器用なだけなんだろ。言葉とか言動で見るほど悪い子じゃないさ」

 


 少なくとも風見はそう感じていた。

 そう思った理由は出会った時にある。

 あの時、死にかけの少女を容赦なく殺したことには行き過ぎを感じた。だがその寸前に見せた表情は決して偽物には見えなかったのだ。

 


 風見はこんな世界に来たと知らなかったから助けようとしたが、こちらではあの出血量から助けるのは無理だっただろう。

 なにせ輸血をしようにも輸血パックがない。それに誰がどんな血液型か調べる手段や注射針の存在も怪しいくらいだ。

 どんな処置ができるかと思い悩みながらあれこれと試し、少女には這い寄っている絶望を意識させてしまったに違いない。

 


 それに対してリズはあの子を真正面から受け止め、そして看取っていた。

 何の慈悲もない冷血とは違う。そんなところがあの時の光景から強く意識にこびりついていたのだ。

 


 こんなことを言葉にして伝えれば納得してくれるかと思って目を向けたのだがクロエは未だに顔に陰を引きずっていた。

 


「あれ、まだ何かあったか?」

「いえ、あの……すみません。そうとしか申し上げられないです」

「……?」

 


 風見が言ったのとは違う何かがクロエにはまだあったらしい。

 けれどそれを根掘り葉掘り問い詰めるのもかえって彼女を困らせてしまいそうな気がして聞くことができない。

 


 結局のところ、自分で無理やりに吹っ切った彼女が「それにしても豪華な部屋ですよね!」と空気を換えにかかり、それについては触れずに終わったのだった。


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[良い点] 獣医知識、業界の話は専門性もあり読んでいて興味がわきました。 [気になる点] スタートからここまで、主人公の態度がどうしても腑に落ちません。一貫して頼りない優柔不断キャラ(?)ではあるよう…
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