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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編
36/62

油断大敵だったようです

 


「退いた方がいいのか?」

 


 流石に数が数だ。下手に動くよりはまず専門家に意見を窺うべきだろう。

 


「迎え撃った方がいいね。スケルトンの特徴は馬鹿なところにある。相手が逃げないと見れば順次攻撃してくるだけだし、逃げると見れば辺りの武器を投げたり突撃したりと面倒が増える。それに直接戦えば大して強くない。さてシンゴ、避ける自信は?」

「ない」

 


 石灰を置いた風見は言い切った。

 


 というか普通は六対二十以上の人数差で飛んでくる凶器を避けられる方がおかしい。

 自慢じゃないが、風見はスペインのトマト祭りに参加すればほとんど避けられずに真っ赤になるくらいの自信がある。

 


 しかもあの水には感染源が浸かっていたのだから、それに沈んでいたスケルトンの武器も汚染物なわけで完全なオワタ式だ。

 つまりは当たれば即アウトということである。

 


 言わばリアルスペランカー先生。

 先生を物量で攻めたらいけません。確実に死ねる。

 


 前衛も揃ってひとところに集まって風見を守る扇のような陣形取ると、それぞれが武器を構えてスケルトンに備える。

 しかし彼らにはそれほどの緊張はない。

 どうやらRPGと同じでただのスケルトンはそれほどの脅威でもないらしい。

 


「スケルトンは頭蓋骨内に魔物がついて律法で操っているものが多い。だから狙うのは頭だ。異物がどこかに見えたらそれを狙え」

「なんだかリビングアーマーとかゴーレムみたいなものなんだな」

「何かを操っているという点では近いかな。まあ、この程度の相手なら手出しされない方が楽だ。そこで静かにしてるといい」

 


 無機物系とゲームで分類されるタイプは大抵律法で操られるもののようだ。

 スケルトンもアンデッドではなくこちらに分類されるようなので他のアンデッドがどういう扱いなのかは気になる。

 


 が、それを考えるのはまたの機会だ。

 今は流れ弾くらいには注意しようと風見も気を張る。

 


「判った。なら俺はここで、」

 


 今、全員の注意は風見かスケルトンにしか向いていなかった。

 守られる立場だった彼だけはその分、周りに意識を向けるだけの余裕があった。

 


 それが向く先はもちろんヒュドラだ。

 なにせ相手はあんな様子でも生きていた竜種である。

 十数トンにも届きそうな落盤によってトドメは刺せたであろうが、それでも注意をさらわれてしまう。

 


 


 ――それが幸いしたのだろうか?

 


 


 風見は不意に目撃する。

 それは、土の下から漏れる光だった。

 


 ぼうと揺れる、濁った色だ。

 壁から辺りを照らす蛍光色とは似ても似つかない不気味な暗紫色の光だった。

 それが何であるのか風見は直感的に悟った。

 


 半ば反射的に彼は叫ぶ。

 


「皆、下がれっ!!」

 


 あれはたった今目撃したリズの律法と似た光だと彼には判った。

 あの土砂の下でそんなものを使える相手がいるとしたら答えは一択。ヒュドラしかいない。

 


 風見は手が届く範囲にいたリズとクロエを咄嗟に引き倒してかばった。

 


「――!」

 


 瞬間、リズも気付いたのだろう。

 彼女は風見の腕で倒されながらも驚くべき反応速度で地面に触れると、

 


「Eu escrevo isto  Elevação Rapidamente!」

 


 張りつめた声に従って風見達の目の前に岩壁が突き出した。

 


 即座に反応したグレンとウェアキャットの少年が跳び入ってきた瞬間、凄まじい衝撃が襲いかかってくる。

 まるで無数の大砲が襲いかかってきたかのようだ。

 


 突き出した岩壁なんて気休め程度。ほんの一瞬耐えた直後には砕け、天井からもばらばらと石片が飛んでくる。

 伏せていなければ上半身ごと持っていかれていたことだろう。

 まだまだ威力の有り余る衝撃は凄まじい風を生んで洞窟内を荒れ狂っていた。

 


 けれどもそんなのは些細なことだ。

 


「――――っ!?」

 


 リズが作った壁を背に二人をかばっていた風見は、逃げ遅れたノーラが肉片となって後方へと吹き飛ばされる様を目撃してしまった。

 え? と疑問を浮かべていた顔が暗紫色の凶光に食われる様を見てしまった。

 


 ついこの間笑って会話していたはずの人が岩壁に赤い染みを広げて散らばる。

 岩を砕く轟音が耳を支配していたはずなのに飛び散った中身がべちゃりと湿った音を立てたのだけは何故か聞こえてしまった。

 飛び散った肉片と臓器は生きている動きのままにびくびくと震えている。

 その光景は生々しく風見の目に焼き付いた。

 


「ノ――、」

 


 しかしそれも至る所に降り注いだ暗紫色の砲弾によってすぐに吹き飛ばされ、土砂に埋まってしまった。

 今さら名前を呼んだって無駄なことは判りきっていた。

 


 これでも並の人よりはずっと多くの死に立ち会ってきた。

 様々な病気や事故による目も当てられない末路も多く見てきたので免疫はあったはずだった。

 


 けれども、これは違う。

 なんとか取り乱しはしなかったが、それでも人がこんな形で死ぬ様には耐性がなく、彼は息を詰まらせた。

 ぞっと全身から血の気が引いて眩暈すら感じた。

 


「今のは……、なんだ?」

「ブ、ブレスではありませんでした。恐らくは毒属性の律法……だったのでは、ないでしょうか……」

 


 腕の中のクロエは縮み上がった声だった。

 しかしすぐに我を取り戻すとガントレットをはめた腕に力を込め、平静を取り戻す。

 リズやグレンには劣るが彼女も相当に経験があるらしい。

 


 クロエの立ち直りは風見や少年騎士よりも早かった。

 だが、“彼女”はもっと早い。

 彼女は戦力が一つ分減ったと目で確認しただけですぐに次の行動へと移っていた。

 


「グレンとライはスケルトンの殲滅。私は後方支援だ、ヒュドラの注意も引いておく。クロエはシンゴを連れて退け」

「おい、それって――!?」

 


 即断、即決だった。

 


 風見が騒ぐ心を押し付けようと努めている間に出された指令で二人の騎士は恐れることもなく跳び出していった。

 クロエもクロエでリズをなぞるように風見の手を引いて走ろうとする。

 


 ――が、風見はそれに逆らってリズを見つめた。

 


「待てよっ、それじゃあまたさっきのが来たらどうするんだ!?」

「どうにかする。どうにかできなければ死ぬだけさ」

 


 理屈も何もない言葉だ。

 安い奴隷の命なんてそんなものだと言われているかのようだった。

 


 ここから逃げるにしてもまたヒュドラが攻撃してくるかもしれないし、誰かが逃げればスケルトンも投擲攻撃をしてくるだろう。

 その二つに晒されながら全員で逃げるのは恐らく無理だ。

 確かに敵の気を引き、攻撃を食い止める役がいるのも風見には理解できる。

 


 だが、ありえない。

 認められるはずがなかった。

 ヒュドラの攻撃は何度も運良く躱せるような代物ではなかった。それでは残る人間は死んでしまう。

 


 しかし異議を挟もうとするのは彼だけらしい。

 クロエは「風見様っ!」と急かして腕を引き、どんどん力を強めてくるのでもう腰も浮かされそうだった。

 


「クロエェッ!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 


 風見は力づくでも引っ張っていこうとした彼女をあらん限りの声で打つ。

 途端、彼女が雷に打たれたように痺れた隙に彼は走り出そうとしていたリズの肩を掴み止めた。

 


 自分の警戒が足りなかった。

 もっと保険をかけた判断さえ下していたらノーラは死なせずに済んだかもしれない。

 それはもう取り返しのつかないことだが、今ここでまたグレン達まで見捨てるなんてできるはずがない。

 彼らには十分以上に世話になったし、親しみも沸いてしまった間柄だ。

 


 誰も犠牲にしたくなんてない。

 誰かをまた肉塊にさせるなんてまっぴらごめんだ。

 平和な世界で育った風見だからこその甘い考えだろうが、それでもこの世界の流儀に合わせられるほど染まっていなかった。

 


 ここで自分だけ逃げられるはずがない。そんなことでは与えられた肩書きをのうのうと持っていられるわけがなかった。

 それをリズは見咎める。

 冷ややかな視線が刃物のように突き刺さってきた。

 


「命令するなら拒否はしない。何をしようと構わないけど、お前の判断で私達を殺す気はあるんだね?」

「なんとか、すればいいんだろ」

「……、」

 


「助けるさ。全員で生き延びる。……俺だけが生かされてどうする? 俺の仕事は小を殺しても大を生かすことだ、逆じゃないっ!」

「どうやって?」

「……ヒュドラまでの足場を頼む」

 


 リズが言葉を編む時間を惜しんだのと同じだ。

 風見も最低限しか彼女に伝えず、ようやく痺れから回復したクロエにも声をかけた。

 すぐに動けるようにヒュドラを見据えて立ち上がる。

 


 もう決して注意を疎かにはしない。

 


「クロエ、俺に聞かせた歴代猊下の話は本当だよな?」

「え、あ……はいっ」

「判った。だったら俺はそれと同じ英雄になってみせる。肩書きに負けないだけのことをしてみせる」

 


 何故そのようなことを聞かれるのか理解していないようだったがクロエは頷く。

 風見にとってはその答えだけで十分だった。

 


 ヒュドラのあの状態。

 今までに聞かされてきた情報。

 それらから考えればできないはずはない。上手くやればヒュドラを殺せるだろうと彼は踏んでいた。

 


 いや、やってみせなければならない。

 自分が彼女らの言う猊下だというなら、その英雄の真似事を今ここでできなくて何だというのか。

 


「で、でもヒュドラに近付く前にまたあの律法が来てしまうんですよ!? 当たってしまえば風見様もっ……」

「そうだな。俺も当たりたくない」

 


 周囲に暗紫色の発光が満ちていく中、彼は僅かな恐怖を抱いていた。

 頭の中ではノーラの死に様が何度も再生されている。

 


 ヒュドラの律法は暗紫色の光弾が十数発ほど乱れ飛ぶもののように見えた。

 まともに避けようとしてもそうそう避けきれるものではない。想像の中では何度も光線に貫かれて死んでいた。

 


 けれど風見はそれをぐっと飲み込み、全力で駆け出した。

 


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