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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編
17/62

ユニコーン争奪戦です

 


 風見らが到着した村はハイドラが隣接する湖へと注ぐ川をずっと遡った場所にあった。その村は元々、畜産業を中心にしてきたようで家屋の他に牛舎や放牧地が目立つ。

 


 馬車が進む道は石の垣根で仕切られていた。

 これはわざわざ道を整備するために作られているわけではない。サッカー場ほどもある放牧地の囲いがそこらにあり、その間の道が馬車も通れる幅を取られているのだ。田んぼで言うところのあぜ道のようなものだろう。

 


 民家はほんの二、三軒が隣接しているのみで、見える範囲にぽつぽつと存在している。切り出した石を積んで作ったような家屋には煙突までついており、日本家屋とはまた違った穏やかさを感じる造りだ。

 それに加えて村の中だというのに大きく育った樹があちらこちらに残されているし、森を開いて作った畜産村というイメージが強い。

 イングランド地方の古風な村々はこんなイメージだろうか。

 


「こんなところでのんびりできたらいいのになぁ」

 


 馬の蹄鉄が鳴る音や車輪が鳴る音を耳にしていると田舎っぽさが余計に強調され、そう思わずにいられない。

 こんな場所で年寄り臭く散歩したり、釣りをしたりして日がな一日過ごすなんてこの上ない癒しだろう。

 


「「……っ!」」

 


 その一方、馬車内ではクロエとノーラが静かに火花を散らしていた。

 風見にの腕にピタリとついたクロエは負けません! と瞳で強く語っており、ノーラは越えようにも越えられない距離を前に悔しそうに唇を噛んでいる。

 


 一体、何がどう間違ってこんな奪い合いに巻き込まれているんだろうかと風見は困り顔のまま、気付かない振りをした。

 きっと触らぬ神に祟りなしである。そう思うほど、彼女らの雰囲気は刺々しい。

 


 


 そうこうしているうちに馬車は止まり、御者がドアを開けた。

 リズやクロエに続き、風見も降りるとそこには数人が待ち構えていた。

 口髭も髪も白い細身な老人と、肉体労働派の身体をした中年。それから十代半ばかもう少しくらいの村娘だ。

 


 推測するに身分的には町長と、ユニコーンを預けられた農場主と飼育係の女の子という感じだろうか。

 農場側の二人は亜麻色という文字の通り、薄茶色をした植物本来の色をした衣服に身を包んでいる。麻は身分が低い人でも手が届く衣服らしい上に、彼女らはそれを着古しているため見分けやすかった。

 


 クロエは村長と何事かを話し、それに農場主も加わっている。

 普通の速度の言葉はまだ風見には理解しきれないのだが、端々に聞こえる『ユニコーン』『森』という単語からして早速本題に入っているようだ。

 ただ一つ疑問なことに町長と農場主が急に頭を下げ始め、女の子も頭を押さえつけられて急に何事かを謝り始めていた。

 


「何が、起きましたか?」

「あの娘がユニコーンを逃がしたそうですよ。他の馬が似たようなことで死ぬところを見たこともあって、見ていられなかったとかなんとか。まったく、面倒が増えますね」

 


 問いかけてみるとリズが答えてくれた。彼女は腕を組み、ため息をついている。

 そんな彼女の言葉だけでなく、クロエ達の会話ではどの辺りに逃がされたかの具体的な話も詰められていたおかげで風見にもようやく内容が理解できた。

 


 話から戻ってきたクロエは「どういたしましょうか?」と指示を仰いでくる。

 そんな様子を村娘の少女は青い顔をしながら見つめていた。領主の使いがどんなことを言うのかと今さらになって自分の行いが怖くなっているようだ。

 


「んー。まあ普通に捕まえに行けばいいんじゃないかな? だってここには飼育員の女の子もいるし、ちょっと捕まえてくるだけじゃないか」

 


 風見的には何気なしに言ってみただけのことだった。

 ここには村娘の他にリズ、クロエとノーラまでいる。彼女らに処女かどうか問い詰めるのは気が引けるが、十代半ば程度の彼女らならば揃って全員が卒業済みというのは流石にないだろう。

 


 少々手間はかかるが、相手がユニコーンならば普通に探してくるだけ。

 そう思ったのだが――クロエとしてはどうにも違ったらしい。風見の言葉を理解するのに数秒を費やした彼女は再起動するなり声を張った。

 


「もっ、もちろんですっ! 私はその……風見様のお傍に仕えるための付き人ですから! この身の白は他の誰にも汚されていません。風見様のためのものですっ!」

 


 彼女はぐっと拳を握り込み、間合いまで詰めて宣言する。

 何かこう、ん? と疑問に思わざるを得ない言葉が含まれていた気がするが、クロエが突然森へ駆け出したことによりそれは有耶無耶になってしまった。

 それどころかノーラまでハッとした顔になると、風見の顔を見てこんなことを言う。

 


「あ、あのーですね。ウチもその、こんな身分だけどお手つきではなくてですね……。その、なんていうか、良かったらそういう目で見てほしいというか……」

 


 こんなことをドストレートにどう説明したらいいのかと混乱し、恥ずかしさで茹で上がっていくノーラは指をもじもじとさせていた。

 次第にどの言葉も墓穴を掘るだけに思えてきたのか、彼女は言葉を重ねるほど羞恥プレイを強要されているようでかわいそうに見えてくる。

 


 ……尤も、はっきりした発音でないし、知らない単語ばかりだったので風見は意味を知る由もなかったのだが。

 


「しょ、証明してきますからっ!」

「あっ」

 


 とりあえず落ち着いてもう一回説明してもらおうとした矢先、彼女は逃げるように飛び出していった。

 


 風見はリズと共に残され、どうしたものかと頭を掻く。

 どうするべきか尋ねようとリズへ視線を向けてみると彼女はカップルの惚気を見せつけられたかのごとく心底白けた目をして腕を組んでいた。

 まあ、言葉は通じなくともこの態度だけで風見にも大体のことは読める。彼女的にもやりづらいのはわかるが彼としてもこれはコメントに困ることなのだ。その目で見つめられても対処に困ってしまう。

 


「……いかがいたしますか、猊下?」

「私も手伝います。その方が、早いです」

 


 ユニコーンを探すだけ探して、後は彼女らに任せるも良し。とりあえず何かしらをしておいた方が早く事が進むことだろうと伝えたかったのだが、生憎と言葉になったのはこのくらいであった。

 けれど意味は察してくれたらしく、リズは「承知しました」と短く答えてくれる。

 


 その態度は風見からしてみると随分と距離を感じた。彼女の言葉は無感情なのだ。仕事だからこうしていますという雰囲気ばかりで取り付く島もない。彼女の素が全く感じられないのがどうにもむず痒かった。

 他の隷属騎士に対してはもう少し砕けているところを何度か目にしている。どこの誰もが敬語や礼節ばかりなので、こうして兵士らしくされるよりもそちらの方が風見としては嬉しかった。

 


 ふと立ち止まると先を行こうとしていた彼女も気付き、振り返ってくれる。

 


「あなたの話し方はそれが普通ですか?」

「いいえ。普段は口汚いです。口を開けばそれなので不快にさせることも多かろうと口を閉ざしています」

「ええっと……わたしはそれが……ん? そちらの方が聞きたいです。普通の状態でいてください」

 


 そう伝えてみると彼女は少しばかり考える顔をした。

 


「命令ならば聞きます。けれど、そうなると行儀の良さは保障できませんがよろしいですか?」

「問題ないです」

「ふむ、なるほどね。それでいいというなら私は構わんが」

 


 実際、厳密に訳せば間違いだらけだったろうが風見は知っている限りの言葉でこのように理解していた。

 リズは頷くと服の首元を緩め、きちりとした制服を崩す。

 それでようやく解放されたのか彼女は一息ついた。その表情には今までと違って明らかに“らしさ”が見える。

 


「ほら、さっさと行くよ。あいつらの張り合いなんぞどうでもいいからさっさと馬を捕まえて、帰って警備を交代してしまいたい」

「いきなり、凄く正直です……!?」

 


 やれやれと露骨に面倒くさそうなリズ。その態度の急変には驚いたが、別に嫌ではなかった。むしろ他が堅苦しすぎたために懐かしさすら感じたくらいだ。

 お咎めなしと表情で語る風見の顔を見るとリズはそのまま続ける。

 


「付き合わされる私が面倒なんだ。あんなのは犬も食わんよ。ハドリアの神官はお前が良からぬ虫につかれると理想の猊下でいてもらえんと思ってそういう相手を用意してる。ノーラはお前に気にいられれば領主から恩赦があるから尻尾を振っている。気付かんフリをしてのらりくらりとされるよりもさっさと食えるものは食ってもらった方がみんな楽だと思わんかな、シンゴ?」

「あー……。少しわかります」

 


 もてなす側からしてももてなしの全てを断られていたら不安になるだろう。遠慮して断るばかりが誠実とは限らないのだ。

 相手が少女だから犯罪的だとか思っているのも、ここでは逆に悪いことに繋がってしまうかもしれない。

 けれど良識を持った社会人としてどうしたものかとも悩んでしまう。そうして思い詰めているうちに二人は森への道を歩き――

 


「おい」

「ん?」

 


 がさりと藪を掻き分けようとしたところでリズに背を摘ままれた。

 


「お前、どこに行こうとしている? なんでいきなり獣道ではなくて藪を掻き分けるかな……」

「え? 違う場所を探した方が効率がいいと思います」

「いや、だからっておもむろに藪を掻き分けるな。一応、お前の傍には付いていろと命令されているから見失うと困る」

「なるほど。それはともかく、こちらに行きましょう」

「……」

 


 こちらと彼が指差す方向は藪を少し越えれば木がまばらとなっており、歩ける程度の道はありそうだった。

 どうも彼はそこを目指す気満々らしいと見たリズは苦労気に犬耳を萎らせながらも仕方なく従うのだった。

 


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